3.11後の世界

その後の世界について書きます。

組織と原発

2012年02月20日 22時25分30秒 | 日記
組織は組織を守る為には必要とあれば 個人を容赦なく切り捨てる。
それは表の社会でも裏の社会でも同じルールである。






土日になると 反原発、放射能関連のデモが行われているようだ(このあたりは疎いので)


国は 国としての秩序を守る為、警察や治安を動因し 必要とあれば逮捕す。




検閲が行われ、言論規制が行われる空気があるし
情報統制に向けた政府筋の動きも無視できない。

全ては国という組織の秩序を守る為、
悲しいかな そこには民衆は非力に近い。

国の存続を守る為には民衆の生命のリスクをも隠蔽するのは どの国家も同じことだとオレは思う。
それがいいとは思えないが、それが組織が組織たるゆえんで、
もし 国の存続のリスクを考えず 民衆第一に考えるのは国家としては失格だと思わざるえない。
なぜならばそらが組織というものだからだ。


税金を収める人がいなくなっては もとも子もないですよ という考え方もある。
医療負担が膨大になり 国家がたちゆかなくなる ということも考えられる。
しかし それでもそれらのリスクと それを犠牲にするメリットを天秤にかけ 行動するのが
国家たるもので
人道的判断、感情的判断、人情 浪花節で流されているようでは たちゆかなくなる。




時々ネットでみかけるが やっちゃうぞ とか のレベルで騒いでいる連中は 本当の国家権力の力の大きさ そして 怖さを知らないと思う。
そして 我々民衆が考えている正義と 国家の正義は同じものにはならない。


じゃあ オレは 原発賛成か 政府や国に従うのかというとそれも違う。



今の国の方向は賛同しかねるが かといって なにかできるかというとできない。
おそらく 個人単位では 立ち向かえない。

だからこそ 反原発なり 反政府を掲げるのであれば 組織をつくり 対抗すべきではないのではないかとオレは思う。


被爆させられたなどと被害者意識をもつ人も多い

しかし 守ってもらえる 生活は保護されるものだ という前提にたつからそうなるわけで そういう豊かな時代はもう終わったと思い、個々が自らを守る意識を強くもつ必要があるのじゃないかと 考えるだよな。



そして 

オレは 正常でも放射能がダダ漏れする原発は全く反対。
地震も多く地殻が活動期に入っているがゆえ、とりあえず 国家戦略の練り直しを希望している。











最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。