3.11後の世界

その後の世界について書きます。

リスクとセーフ

2012年06月14日 10時35分11秒 | 日記
今 首都圏に住むリスクの有無は判断がわかれているらしい。

大丈夫だという人 リスクが高すぎるという人

そして 推進派だから大丈夫だといっているとも限らない。

反原発であろうが 大丈夫だろうという楽観派も多いと思う。


どこにいこうが 危険だという人もいれば もうさまざまで 
一般人であるわれわれには判断は到底つきそうにない。
しかし これは専門家でも同じことで

仮説に基づいた検証やデーターを探りながら その時 その時のベストの答えをだしているのが現状で われわれは少なくとも当事者だという意識をもって考えないといけない現実だけが正しい。


放射能が減衰してきたのか それとも 雨風で流されていっているのかわかないけれども いつもの定点測定は 0.055μ 30分計測
0.060μ 3時間計測 という値になっています。

感覚的にも下がっているんだ と実感できます。






ブログ をたちあげてもうすぐ3ヶ月になります。

最初は やり場のない思いのぶちまけどころとしてスタートしましたが
書いているうちに 自分の考えが非常に整理できてきておりまして、

どうしよう と悩みもんもんとしていたのとは違い、

私も なし崩し的な この生活を 卒業する決意もでき

後ろ髪を引かれる思いだった 首都圏離脱も

月に数回通う 程度でもいいんじゃね?

と思うようになり、

そもそも 首都圏 や 東京に い続ける 意味すら なくしかけている状態です。

所詮 そんなもんです 人間なんて

諦めやふんぎりがつけば 次の世界へ向って 気持ちを切り替え生きていけるものです。

バブルのことを今更語るのが恥ずかしいことのように

時間がたてば 価値観や見えている世界も変わる

これが 人です。


強いていえば 東京には どこか冷たい 東京サービス的な コンプライアンスに基づいたサービスがある程度で
地方に行けば行ったで 優しくて要領が少し悪く感じるような方言の入ったサービスになるだけです。
 かっこや見得は本質ではないとわかっているものにとっては どうでもいいことですが


テレビや新聞の報道が入りづらい 遮断した生活の中では 東京など での生活だからといって あまり意味を持ちません。

景気の下落感は 地方よりはましかもしれませんが 同じようにありますし。

おそらく 放射能の影響なんて 私の体は 強いて受けないような気がしますが、今回の事象をきっかけに 色々なことを考えるようになりました。

その中の結論のひとつとして 今いる環境にこだわることの愚かさというものがあります。

そう考えないと人って 自由になれないだと思うですよね。



それでも 仕事が とか 子供の学校 とか 色々 考える人はいると思いますが それは障害にはなりません。
どんな壁もその気になれば 因数にわけて それぞれクリアしていけばいいだけなんですから

少しめんどくさい というのと 少しだけ 時間が かかるというだけです。