忘備録の泉

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なぜ哲学は、「死なないほうが良い」ことを論証できないのか①

2020-08-22 08:55:37 | Library
イエール大学教授のシェリー・ケーガン教授の講義録「DEATH」。
23年連続の人気講座という謳い文句に惹かれて読んでみた。
第9講「自殺」に考えさせられた。

下図は人生がどう見えるかの一例だ。





かなり順調な人生だが、A点から状況が悪くなる(A点で病気になるかもしれないし、病気の症状が出てくるかもしれない)。
人生の質が低下し始めるのだ。
図の線の右端にあるD点は、自然死する時点を表す。
このように、グラフの線は人生がどうなるかを示している。
もう少し正確に言うと、途中で自殺しなければ人生がどうなるかを示している。
もちろん肝心なのは、自殺するのが合理的かどうか、自殺はこのようなケースでは理にかなっているかどうか、だ。
そして、答えがノーであることははっきりしている。

確かにA点の後には人生の価値は低下し、最終的にはかなり小さくなるが、死んだ方がましなほど悪くはない。
このような人生については、長いほど良いというのが常に真実のままであり、だから自殺はまったく筋が通らない。
自殺が理にかなうためには、人生がひどく劇的に悪い方向へ向かい、人生のある期間、線がX軸の下にくるようでなくてはならないのだ。
ようするに、自殺が理にかなうためには、死んだほうがましな時期が来る必要があるのだ。
この図にはその時期がまったくない。

(つづく)

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