忘備録の泉

思いついたら吉日。O/PすることでI/Pできる。

会話術の焦点(1)

2017-01-31 15:58:55 | 読書
第1章 想像する
「創造性の基礎」
効果的なコミュニケーションと想像力には関係性がある。
想像力は、語り手にとっても聞き手にとってもすべての独創的な考えや作品の基礎となる。
力のある語り手はこのことを知っていて、準備段階においても話しぶりにおいても、そして後でプレゼンの分析をするときもおおいに想像力を使う。
また、力のある語り手というのは、できる限りの方法で聞き手の想像力を巧みに引き出す。

「想像力を理解する」
想像することは決して止まらない
寝ているときも起きているときも、想像力は走り続けている。
しかし、人は起きているときにはあまり想像力を使っていない。
空想にふける癖のある人でもない限り、見るものや聞くもの、自分の周りで起きる騒ぎにより注意がそがれ、時間が過ぎていってしまうからだ。
ところが、夜になると、たいていの人は自身の想像力に目を向ける。
なぜなら眠っている間、想像力が夢という形になって、みんなを楽しませるからだ。
気づいていてもいなくても、想像力は必ずすべての人にある
想像の現れ方は人によってさまざま
イメージがカラーで見ることができたり、白黒だったりする。
人の想像はそれぞれ、現れ方がまったく違う。
想像力は導くことも導かれることもできる
あなたの想像力があなたを導く。
直観は想像のなかから導き出される。
想像は空想と現実の区別がつかない
この事実が想像力にとてつもないパワーを与えている。
もし崖から落ちる夢を見たら、心臓が高鳴り、手のひらは汗ばむ。
なぜなら恐怖は、体にとって本物だからだ。
頭で描くことを、体は現実と受け取り、反応する。
スポーツ選手たちがイメージトレーニングするのはそのためだし、ストレスを和らげるためや、空想の力をガン治療にも役立てている。

「想像力を身につける」
想像力を身につける最初のステップは、想像力の存在を認識することからはじめる。


(つづく)
参考文献(スピーキングルール)



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中国の歴史(漢帝国)

2017-01-27 14:22:55 | 読書
中国の歴史展開は、他の歴史世界と比べるとよく分かるが、数千年の長期にわたる断絶のない連続した歴史を有する。
中国固有の伝統や文化はどんな政治的支配にあっても、ほとんど変容することはなかった。
この連続した歴史展開こそが中国史の大きな特徴でもある。
そこに王朝の興亡史や帝国の歴史が刻まれていく。

中国史上最初の帝国が成立したのは、BC221年秦の始皇帝によるものだ。
郡県制を全土に施行して中央集権国家の枠組みを確定させた始皇帝は、矢継ぎ早に各種の統一政策を打ち出すとともに、大規模な土木工事や全国巡行を行い、統一帝国の内実を充実させようとしたが、それが定着する間もなく、各地に反乱が続発し、秦帝国は2世15年で滅んだ。
始皇帝の時代に有名な兵馬俑坑や、匈奴(きょうど)の侵入を防ぐための万里の長城がつくられた。

秦滅亡後、一時頂点に立った項羽は、分封による諸勢力の均衡の上での覇権を目指したが失敗し、楚漢戦争で項羽を滅ぼした劉邦が漢王として即位し、BC202年皇帝の位についた。
皇帝となった劉邦(高祖)は都を長安とした漢帝国を成立させる。
BC119年、建国以来の脅威であった匈奴を破り、東は朝鮮、南は南越などを滅ぼして郡県化し、東アジア全体に影響力を行使した。

220年漢を受け継いだ王朝は魏であり、その魏は265年に司馬氏の晋によって滅ぼされる。

資本主義・自由主義を標榜するアメリカが現代文明の最先端にいる。
しかしそのアメリカはつい100年ほど前まで西欧より遅れていたし、アメリカのルーツのほとんどが西欧であった。
しかしその西欧がそれより数百年前には軍事力も経済力も、そして文化力もアジアより劣っていた。
現代の日本人の多くは、欧米人に対しては劣等感を持ち、アジア人に対しては優越感を持っている。
これは明治維新以後に西洋から入ってきた西欧中心史観が、「脱亜入欧論」を唱えた福沢諭吉のような明治の啓蒙家たちや、中学・高校の歴史教科書によって喧伝された上に、日清戦争での勝利と台湾領有、日露戦争での勝利と日韓併合、そして第二次世界大戦での敗北という歴史的事件が重なって生み出された「負の遺産」である。
しかしながら、千年、二千年の単位でユーラシア全体の歴史を眺めてみると、進んだアジア、遅れたヨーロッパが見えてくる。
紙・羅針盤・印刷術・銃火器(鉄砲・大砲)のどれひとつとってもヨーロッパで発明されたものはない。

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地中海世界とローマ帝国(2)

2017-01-21 15:24:51 | 読書
農耕と牧畜が始まり、数千年を経て文明が生まれた。
青銅器時代から鉄器時代へと変遷するなかで、古代の諸国家の間では戦争が繰り返される。
ユーラシアの東に春秋戦国時代という乱世があれば、西のポリス世界はしばしば慢性的戦争状態として描かれている。
それら諸勢力が乱立するなかから、一大勢力が頭角をあらわすのである。
ふりかえってみれば、東では秦帝国が流産し、西ではアレクサンドロスの帝国がつかの間の生涯を終える。
やがて漢が台頭し、ローマが覇権を築いた。
それらは期せずして、前2世紀後半には、諸民族と諸国家を広域にわたって支配する。
まごうことなき世界帝国の時代が訪れたのである。

アッシリア帝国もペルシア帝国もアレクサンドロス大王の支配も、あくまでも独裁者の率いる覇権国家であった。
まさしく王者は一人しかいない。
だがローマでは、大勢の王者があり、共和制とファシズムとが結びつく。
父祖の物語をたどれば、そこにはローマ人の国家の原型があった。
少なくとも前2世紀半ばまでは、ローマは「共和制ファシズム」という形でとらえることができる。

共和制ファシズム国家ローマの強みは苦境にあってこそ発揮された。
打たれてもめげないということは失敗をたんなる失敗で終わらせないということでもある。
失敗から学ぶという姿勢が身に沁みついているともいえる。
だから失敗した者でも勇気をもって事態にのぞんだのであれば、責められるわけではなかった。
むしろ温かく迎えられることさえある。
そのかわり、臆病者や裏切り者には情け容赦がない。
それがローマ人の「父祖の遺風」であった。

ユダヤ人は唯一神をあがめる特異な民族である。
ローマ人もある意味特異な民族ともいえる。
万物は神々の力によって支配されている、それはどうしようもない宿命としてローマ人の意識の底にひそんでいた。
他国でなら迷信とされることでも、ローマでは国家統合の要をなすものである。
いずれの宗教行事も壮麗に執り行われ、公人としても私人としても市民の生活をはっきりと規制している。
こうした役割において宗教を凌ぐものはない。

拡張された版図を維持していくことは大変なことである。
ネルウァ、トラヤヌス、ハドリアヌス、アントニヌス、マルクスは「五賢帝」とよばれ、その時代は「ローマの平和」の絶頂期であった。
最適任者を皇帝の後継者に指名し、有為の人物が最高権力者として君臨している。
後継者選抜の原則は踏襲されてきたが、世界史の中でも類まれなほど高潔で聡明な哲人皇帝にも予測できなかった過ちがある。
マルクス帝が実子コンモドゥスに期待したことである。

古代末期を衰退や没落と考えるのではなく、人間の営みの時代として理解してみる。
やはり人間というものは常に新しいことに挑戦しているのであり、そのような時代として見直すべきなのだろう。
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地中海世界とローマ帝国(1)

2017-01-20 15:02:58 | 読書
ローマ帝国は、トラヤヌス帝の時代(BC98年~117年)に度重なる遠征によって最大の版図を実現した。
戦勝記念碑に描かれたダキア戦争によって黒海西岸のダキア地方(ほぼ現在のルーマニアにあたる地域)を征服。
さらに東征してバルティア王国を破りアルメニア、メソポタミアも属州とした。
これにより北はブリタニア北部(現在のスコットランドとの境界付近)、南はアフリカの地中海沿岸、東はカスピ海に至る広大な地域を支配した。

紀元前8世紀半ばに生まれた小さな村落がほどなく都市国家となり、やがて近隣諸国を併合してイタリアの覇者となった。
それにとどまらず、前2世紀半ばにはもはや地中海世界に並ぶものもない世界帝国へと変貌していたのである。
いかにしてこのような興隆がありえたのだろうか。
そしてそれほどの大いなる覇権が数世紀にわたって維持され、「ローマの平和」のなかで安寧と繁栄がつづいたのである。
これに比せられるかどうかは別にして、20世紀に生まれた社会主義国家のソ連はわずか70年ほどで同世紀のなかで姿を消してしまった。
「自由」を標榜したローマ人は数百年間もその勢力を保持したのであるが、「平等」をかかげた社会主義国家はわずか数十年で崩壊してしまった。
ここには「自由」と「平等」に思いをはせながら、人類の行く末を案じるための素材が満ち溢れていると言ってもいいだろう。

戦後70年以上が過ぎて、日本人はさまざまな体験をした。
その記憶をたどれば、敗戦の苦境から立ち上がり、高度成長の波にのり、やがてバブル経済の崩壊を体験してきた。
今またグローバル世界の中で国際競争力が低迷し、未来の兆しはいっこうに明るくない。
平和こそ維持されてきたものの、その繁栄はバブルのように消え去ってしまったのである。
古代ローマ史には、興隆も衰退もあり、戦争も平和もあり、苦難も繁栄もあった。
これほど起承転結にあふれる完結した歴史世界がここにはある。

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星空

2017-01-15 10:24:03 | Library
私たちが日常生活で使っている距離の単位は、メートルやキロメートル。
広大な宇宙空間にある星や銀河までの距離のように、途方もない距離を言い表すには。キロ単位では桁数が大きくなって便利ではない。
そこで天文学では、星や銀河までの距離のような長大な距離を扱うときは、光年という単位を使う。
1光年というのは、光が1年間に進む距離のこと。
光の速度は30万キロ毎秒だから、1光年というのは莫大な距離になる。

星や銀河から発せられた光は、長い時間をかけて宇宙を旅してやってきたものだ。
私たちが見ている天体の姿は、その天体の「今の様子」のように感じてしまうが、実際には昔の姿を時間をさかのぼって見ていることになる。

月は地球にもっとも近い天体。
月の軌道は弱い楕円形で、地球から月までの平均距離は384,400キロ。
光が月から地球に届くまでの時間は、1秒を少し超える。

250万光年先のアンドロメガ銀河は肉眼で見えるもっとも遠い天体だ。

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