忘備録の泉

思いついたら吉日。O/PすることでI/Pできる。

第2の習慣「終わりを思い描くことから始める」②

2017-09-30 09:08:30 | Library
「終わりを思い描くことから始める」習慣は、「すべてのものは二度つくられる」という原則に基づいている。
すべてのものは、まず頭の中で創造され、次に実際にかたちあるものとして創造される。
第一の創造は知的創造、第二の創造は物的創造である。
(P120)

すべてのものは二度つくられるという原則を理解し、第二の創造だけでなく第一の創造にも責任を果たすことによって、私たちは影響の輪の中で行動し、影響の輪を広げていくことができる。
この原則に反して、頭の中で思い描く第一の創造を怠ったなら、影響の輪は縮んでいく。
(P121)
自分で気づいていようといまいと、また、意識的にコントロールしていようといまいと、人生のすべてのことに第一の創造は存在する。
第一の創造によって自分の人生を自分の手で描く。
それができれば、第二の創造で主体的なあなたができる。
しかし第一の創造を他者に委ねてしまったら、あなたは他者によってつくられることになる。
(P122)

第二の習慣は、自分の人生に自らがリーダーシップを発揮すること、つまりパーソナル・リーダーシップの原則に基づいている。
リーダーシップは第一の創造である。
リーダーシップとマネジメントとは違う。
マネジメントは第二の創造である。
成功の梯子を効率的にうまく登れるようにするのがマネジメントであり、梯子が正しい壁にかかっているかどうかを判断するのがリーダーシップである。
(P123)

正しい壁であるかどうかを判断するためには、はっきりしたビジョン、明確な目的地を持たねばならない。
そしてその目的地に到達するためには、ロードマップよりもコンパス(方向を示す原則)が要る。
さまざまな問題が発生しても、自分の内面にあるコンパスを見ればどんなときでも正しい方向を示してくれる。
(P124)
終わりを思い描くことから始めるというのは、親としての役割、その他にも日々の生活でさまざまな役割を果たすときに、自分の価値観を明確にし、方向をはっきりと定めて行動することである。
第一の創造を自分で行う責任があるのであり、行動と態度の源となるパラダイムが自分のもっとも深い価値観と一致し、正しい原則と調和するように、自分で脚本を書き直すことである。
(P130)

(つづく)


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第2の習慣「終わりを思い描くことから始める」①

2017-09-29 09:32:08 | Library
影響の輪のもっとも中心にあるのは、決意し、約束をしてそれを守る能力である。
自分自身や他者に約束をし、その約束に対して誠実な態度をとることが、私たちの主体性の本質であり、そこにもっとも明確に現れるのである。
(P110)

自分の内面の奥深くにある基本的な価値観こそが、あなたの影響の輪の中心にあるものだ。
第2の習慣「終わりを思い描くことから始める」は生活のさまざまな場面やライフステージに当てはまる習慣だが、もっとも基本的なレベルで言うなら、人生におけるすべての行動を測る尺度、基準として、自分の人生の最後を思い描き、それを念頭に置いて今日という一日を始めることである。
そうすれば、あなたにとって本当に大切なことに沿って、今日の生き方を、来週の生き方を、来月の生き方を計画することができる。
人生が終わるときをありありと思い描き、意識することによって、あなたにとってもっとも重要な基準に反しない行動をとり、あなたの人生のビジョンを有意義なかたちで実現できるようになる。
終わりを思い描くことから始めるというのは、目的地をはっきりさせてから一歩を踏み出すことである。
自分にとって本当に大切なものを知り、それを頭の中に植え付け、そのイメージどおりになるように日々生活していれば、私たちの人生はまるで違ったものになるはずだ。
(P119)

(つづく)

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第1の習慣「主体的である」②

2017-09-28 14:32:42 | Library
私たち人間に本来備わっている性質は、周りの状況に自ら影響を与えることであって、ただ漫然と影響を受けることではない。
自分が置かれた状況に対する反応を選べるだけでなく、状況そのものを創造することもできるのだ。
率先力を発揮するというのは、押しつけがましい態度をとるとか、自己中心的になるとか、強引に進めたりすることではない。
進んで行動を起こす責任を自覚することである。
(P87)

率先力を発揮する人としない人の違いは、天と地ほどの開きがある。
「7つの習慣」を身につけるにも率先力がいる。
第1の習慣「主体的である」の後に続く6つの習慣を勉強していくと、主体性という筋肉が他の6つの習慣の土台となることがわかるはずだ。
どの習慣でも、行動を起こすのはあなたの責任である。
周りが動くのを待っていたら、あなたは周りから動かされるだけの人間になってしまう。
自ら責任を引き受けて行動を起こすのか、それとも周りから動かされるのか、どちらの道を選ぶかによって、成長や成功の機会も大きく変わるのである。
企業、自治体、家庭も含めてあらゆる組織が、主体的であることができる。
どんな組織も、主体的な個人の創造力と知恵を結集し、主体的な組織文化を築ける。
(P89)

自分がどのくらい主体的な人間か自覚するいい方法がある。
自分の時間とエネルギーを何にかけているかに目を向けてみる。
誰でも広くさまざまな関心事を持っている。
健康や家族のこと、職場の問題、国家財政、核戦争、等々。
その関心事を「関心の輪」の中に入れてみる。
関心の輪に入れたことを見ると、自分がコントロールできるものとできないものとがあることに気づく。
自分でコントロールでき、影響を与えられるものを「影響の輪」として小円にくくる。
この二つの輪を眺めて、自分の時間と労力を主にかけているのはどちらだろうか、と考えてみる。
主体的な人は、影響の輪の領域に労力をかけている。
自分が影響を及ぼせる物事に働きかける。
主体的な人のエネルギーには、影響の輪を押し広げていくポジティブな作用があるのだ。
一方、反応的な人が労力をかけるのは影響の輪の外である。
他者の弱み、周りの環境の問題点、自分にはどうにもできない状況に関心が向く。
自分が影響を及ぼせる物事をおろそかにしてしまうと、ネガティブなエネルギーが増え、その結果、影響の輪は小さくなっていく。
(P97)

私が本当に状況を良くしたいのであれば、自分が直接コントロールできること―自分自身―に働きかけるしかない。
影響の輪の中でできることはいくらでもある。
(P107)

他者の弱点や欠点を批判的な目でみるのをやめ、慈しみ深い目で見よう。
問題はその人の弱点や欠点ではなく、それに対してあなた自身がどんな反応を選択し、何をすべきかである。
(P112)

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第1の習慣「主体的である」①

2017-09-27 14:12:56 | Library
ヴィクトール・フランクルという心理学者がいる。
フランクルは心理学者でもあるが、また精神科医でもありユダヤ人でもあった。
彼は第二次世界大戦時にナチスドイツの強制収容所に送られ、筆舌に尽くしがたい経験をした。
彼の両親、兄、妻は収容所で病死し、あるいはガス室に送られた。
想像を絶する過酷な状況の中で、フランクルは人間だけが授かった自覚という能力を働かせ、人間の本質を支える基本的な原則を発見した。
それは「刺激と反応の間には選択の自由がある」という原則である。

選択の自由の中にこそ、人間だけが授かり、人間を人間たらしめる四つの能力(自覚・想像・良心・意思)がある。
自覚は、自分自身を客観的に見つめる能力だ。
想像は、現実を超えた状況を頭の中に生み出す能力である。
良心は、心の奥底で善悪を区別し、自分の行動を導く原則を意識し、自分の考えと行動がその原則と一致しているかどうかを判断する能力である。
そして意思は、他のさまざまな影響に縛られずに、自覚に基づいて行動する能力である。
動物は、たとえ知力の高い動物でも、これら四つの能力のどれ一つとして持っていない。
動物は本能や調教で行動しているだけだが、人間は四つの能力を使えば、本能や調教とは関係なく自分で新しいプログラムを書くことができる。
だから動物にできることには限界があり、人間の可能性は無限なのだ。
(P79)


人間の本質の基本的な原則である選択の自由を発見したフランクルは、自分自身の正確な地図を描き、その地図に従って、効果的な人生を営むための第1の習慣「主体的である」ことを身につけ始めた。
主体性とは、自発的に率先して行動することだけを意味するのではない。
人間として、自分の人生の責任を引き受けることも意味する。
私たちの行動は、周りの状況ではなく、自分自身の決定と選択の結果である。
私たち人間は、感情を抑えて自らの価値観を優先させることができる。
人間は誰しも、自発的に、かつ責任を持って行動しているのである。
(P81)


人間は本来、主体的な存在である。
だから、人生が条件づけや状況に支配されているとしたら、それは意識的にせよ、支配されることを自分で選択したからに他ならない。
そのような選択をすると、人は反応的になる。
反応的な人は、周りの物理的な環境や社会的な環境に影響を受ける。
天気が良ければ気分も良くなり、悪いと気持ちがふさがり行動も鈍くなる。
主体的な人は自分の中に自分の天気を持っている。
雨が降ろうが陽が照ろうが関係なく、自分の価値観に基づいて行動している。
質の高い仕事をするという価値観を持っていれば、天気がどうであろうと仕事に集中できるのだ。
衝動を抑え、価値観に従って行動する能力こそが主体的な人の本質である。
(P82)

私たちは自分の身に起こったことで傷つくのではない。
その出来事に対する自分の反応によって傷つくのである。
もちろん、肉体的に傷ついたり、経済的な損害を被ったりして、つらい思いをすることもあるだろう。
しかしその出来事が、私たちの人格、私たちの基礎をなすアイデンティティまでも傷つけるのを許してはいけない。
むしろ、つらい体験によって人格を鍛え、内面の力を強くし、将来厳しい状況に直面してもしっかりと対応する自由を得られるような態度は、他の人たちの手本となり、励ましを与えるだろう。
(P84)

フランクルによれば、人生には3つの中心となる価値観があると言う。
一つは「経験」、自分の身に起こることである。
二つ目は「創造」であり、自分でつくり出すものの価値だ。
そして三つ目は、「姿勢」である。
不治の病というような過酷な現実に直面したときの反応の仕方だ。
フランクルはパラダイムの再構築において、この三つの価値のうちで一番大切なのは「姿勢」だと言っている。
つまり、人生で体験することにどう反応するかがもっとも大切なのである。
(P86)

(つづく)



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成長の連続体

2017-09-26 09:07:04 | Library
私たちの人格は、習慣の総体である。
習慣は私たちの人生に決定的な影響を及ぼす。
ここでは「知識」「スキル」「意欲」の3つが交わる部分を習慣と定義する。
まず「知識」は、何をするのか、なぜそれをするのかという問いに答える理論的なパラダイムである。
「スキル」はどうやってするのかを示し、意欲は動機であり、それをしたいという気持ちを示す。
人生において効果的な習慣を身につけるには、これら3つすべてが必要である。
(P48)

「7つの習慣」は、断片的な行動規範を寄せ集めたものではない。
成長という自然の法則に従い、連続する段階を踏んで、個人の効果性、人間関係の効果性、人間関係の効果性を高めていく統合的なアプローチである。
依存から自立へ、そして相互依存へと至る「成長の連続体」を導くプロセスである。
(P51)

「7つの習慣」より

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