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山形のホリデイマタギ日記

山菜とキノコと魚を採って遊ぶ年寄りの冷や水日記

声のアルバム制作

2025年01月30日 | 日記

 時間が少し遡る。

 今回、受診、即入院となったその日の夕方、診察をしてくれた医師さんが部屋にやってきた。

 その日の時点で分かること、想像できることを伝えに来てくれたのだ。

 その中で、

「今回の治療の場合、患部の除去とともに、声帯も除去しなければならない可能性があります。」

 そんで、

「声帯を取り除いたら、マタギさんの声は、もう2度と発することができなくなります。」

 そうですか。

「でもね、AIの現在の技術って日進月歩で発達しているから、もしかしたら、マタギさんの声を再現できるようになる可能性があるんですよ。」

 そう言えば、もしかして、ああいうやつかな?

 以前、某テレビ番組で、今は亡き昭和の歌姫の歌声をコンピューターを駆使しながら再現する試みを行っているのを見たことがある。

 確かに、そういう需要があれば実現してしまうだけの技術が、現代にはある。

「それで、近いうちに、誰かの声をAIを使って簡単に再現させるってことが可能になると思うんです。」

 ほう、面白そう。

「ただ、もとになるデータがないと再現は無理。 だとすると、声が出なくなる前に自分の声を残しておく必要があるんです。」

 確かに、その通りですな(歌姫のデータは無限にあった)。

「それで、もし、興味を持たれるのであればと思い、話させていただきました。」

 はい、その話、乗った!

 

 その日の夜の担当看護師さんが、いかにもパソコンに強そうな若者だったので、声を掛けると、早速、話に乗ってくれて、『ヴォイスレコーダー』なるアプリをチャチャッとダウンロードしてくれた。

 第一段階、準備完了。

 ただ、記録として残す音声のデータは、多いほどいいに決まっている。

 だったら、『本の朗読』ですね。

 翌朝、売店に置いてある本の中から興味を惹かれたものを買ってきた。

       この本、面白そう

 しゃべれなくなるというのに、『しゃべるための本を買ってしまった。

 まあ、暇つぶしの読書も兼ねた録音だから、面白さが第一ですがな。

 この本、中身もすごく面白いのだが、章立てがとても分かりやすいし、文章の長さもちょうど良く区切られている。

 では、やってみましょうか。

 やってみると、マタギの実力では、初見で上手な朗読なんてなかなかできないことが分かった。

 それに、読む速度が速すぎたり、発音があいまいだったりで聞き取りづらかったりもする。

 そこからは、口の開け方だのテンポだの強弱だの、色々なことに頭を巡らせながら朗読大会。

 2日間かかって、手術前日の夕方までに録音を完了することができました。

       マタギの声のアルバム

 まあ、これを使うことになる可能性はそんなに高くないとは思うんだけど、自分としては、満足の行く時間を過ごせたのだから、それでいいじゃない。

 『声が出るうちにできること』

 曲がりなりにも目的達成できてよかった。


入院でプチ哲学

2025年01月29日 | 日記

 明るい話が続かなくて恐縮なのだが、マタギ個人としては、現在、貴重な体験をしている最中なので、もう少し、感じたことや考えたことを綴っていこうと思う。

       手術日の朝の空(マタギの心のようだ)

 昨日、組織検査等のための手術を行った(この辺の感想は、機会があったら書きます)。

 で、現在、しゃべれない

 最低で2~3日間。下手をすると一生だそうだ。

 そうなってしまったらどうなるか考えてみた。

 今のマタギの職業は、人と話すことで成立する仕事だから、これは辞職するしかないだろう。

 対外的に行っている、町内会や審判業務についても考えてみた。

 こちらも無理っぽくないかい?

 人とのコミュニケーションが前提みたいな仕事ばかりだからねえ。

 電話にも出られんから、友人や親戚との連絡も滞るわなあ。

 ええ~、これって八方塞がりじゃないの。

 このままだと世捨て人状態になってしまう。

 こうしてみると、会話が生活で果たす役割って、とてつもなく大きなものだったんだね。

 さて、何とかならないか。

 ・・・家の中で、家族と意思の疎通を図ることはできそうだ。

 だって、時間の流れがゆっくりだし、お互いをよく知り尽くしているから。

       時間の経過とともに遠くまで見えるようになってきた

 やっぱり、より大きな問題は、外界とのコミュニケーションをどうとるかということですね。

 そんなに無理する気はないけど、完全に内に籠る生活は、自分の好みではない。

 少しでも、外とのかかわりを持って、感情を分かち合ったり、人の役に立ったりしたいと思うのだよ。

 どうすれば外界と気持ちよくつながれるのか。

 こんなこと、普段、当たり前すぎて、真面目に考えたことがなかったけれど、今回の経験は、いいチャンスですね。

 たっぷり時間はある。

 じっくりと、ようく考えてみようと思う。


入院生活に希望の光

2025年01月28日 | 日記

 昨日は、たくさんの励ましの言葉や応援ボタンを押していただきありがとうございました。

 おかげで、元気が湧いてきました。

 さて、

 

 強制収容の翌日、『治療計画書』なるものが手渡され、同意のサインを書かされた。

 読むと、期間が4週間だって。

 長すぎねえか?

 入院生活を始めてみて、すぐ感じたのが制約の多さ。

 定時の検温や血圧測定なんかは仕方がないと思う。

 だけど、『行動』が不自由過ぎるのだ。

       殺伐とした病室

 初日から点滴やら何やらにつながれてしまっているから、外出はもちろん、院内でも廊下とエレベーターぐらいしか移動手段がない。

 

 もう一つ困ったのが『飲食』。 

 調理できないのは当たり前だが、物を買って食べることが許されない。

 口に入れていいのは、処方されている薬と水と、何だか得体のしれない栄養剤だけ。

       なんだか不思議な味のする液体

 食べる楽しみがないことが、これほどつまらないことなのかと実感させられている。

 これは、正に、囚われの身だ。

 でも、救いもある。

 実は、この病院には10年以上前にも入院したことがある。

 その時にはなかったものが、今はあるのだよ。

 それが、今使っている『Wi-Fi』

 病室には、以前からテレビはあったし、家から持ち込んだラジオも聞くことができた。

 でも、Wi-FIは、全然別次元なんですね。

       これが使えれば、活動の幅が広がる

 これを使えば、ほら、こうやって日記を書いて発信することができるじゃないの。

 これは、画期的です。

 身体は動かせないけれど、こうして自分の考えたことをまとめ、表現することができる。

 もちろん、入院期間中に『できること』は激減するだろう。

 マタギの日記は、基本的に『活動の記録』だったから、そういう報告が出来なくなるのは残念だ。

 多分、最初に予想した通り、日記の発信は不定期になると思うけど、自分が今考えたことは、書き続けられるんじゃないかな。

 ということで、入院生活に小さな光が差したお話でした。


入院しちゃった

2025年01月27日 | 日記

 週末に予約した総合病院に行ったら、即、入院することになってしまった。

 すぐに様々な検査が始まり、身動きが取れない。

 というか、採血・採尿・レントゲン・CTと回って、処置室に戻ったら点滴につながれてしまった。

 間に土日を挟むから、一度帰宅できるんじゃないかと高をくくっていたが、甘かった。

 月曜日に手術だそうだが、何やら重々しい気配が感じられる。

 とりあえず、明日の勤務と明後日の審判予定は、それぞれと連絡を取り、キャンセルさせてもらった。

 代理が入って、何とかなりそう。

 さて、ここから先だけど、方針が決まったら従うしかないと思う。

 場合によっては、これまでの生き方を大きく変えることになりそうな気配だ。

 まずは運を天に任せましょう。

       病室から見える景色は早春のようだが・・・


ちょっとヤバいかも

2025年01月22日 | 日記

 紹介された医院に出掛けて検査してもらったところ、変なものが見つかってしまった。

 で、結果を持たされて、すぐにかかりつけ医のところに帰された。

 かかりつけ医は、

「こりゃ、総合病院だな。〇〇病院でいい?」

と言う。

で、今週中に精検を受ける運びになった。

 以前にも似たような場所の治療を受けるために入院したことがあるので、数日間はかかると思う。

 

 ずっと続けて来たこの日記だけど、期間中は、不定期になりそうですな。

 まあ、仕方ないべ。

 ということで、悪しからず。

 See you