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縄文小説家・森裕行のブログです。身近な縄文を楽しみ生き甲斐としています。「生き甲斐の心理学」の講師もしています!

生育史を見直す楽しみ!(心の健康度 ⑥ 4/10)

2014-06-10 | 第五章「和解と平和」

 「今さら生育史?」もう13年前くらいたつが、生き甲斐の心理学をはじめたころ、そんな印象を持った。しかし、この勉強を深めれば深めるほど、生育史は宝物のように感じるようになってくる。勿論、生育史は嫌な出来事と思われることで結構埋まっている。良い出来事もあるが、思い出したくもないことも。

 しかし、オセロゲームではないが、生育史の記憶を今の大人の思考レベルで客観的に思索していくと、暗い記憶のクロを明るい宝のシロにひっくり返すように意外に変化していくものである。だいたい、生育史上の出来事は、そのときの年齢に応じた思索・経験レベルで解釈されて記憶されるようだ。そして、それが現実の各場面に、どこか重なり無意識の世界から働きかけ、現実に影を投げかけてしまう。

 もう、何回もこのブログでも述べて恐縮たが、例えば小学校1年のときの友達の交通事故の出来事は、当時の解釈で封印され、大人になってから、いざというときに何か訳も分からずに逃避したりする傾向を産みだしたりし苦しめた。それゆえ、大事な自分の進むべき道に影を落としたり。

 すべてのこうした生育史上の問題は、自分の生きる道でも問題だが、心理療法家やカウンセラーという他者のケアに当たる立場の人にとっても、職業柄、克服すべき問題となり、自己分析や教育分析が非常に大切になってくる。当たり前だが、生育史が変なフィルターとして現実を直視できないことは問題なのだ。

 とはいえ、どのように生育史を大切にあつかうかは、過去のことなので道具立てが必要になる。昔のアルバムや手帳、身近な人から過去のことを尋ねたりするのもとても重要だ(今でも母に尋ねたりすることは大切な糧である)。そして、体験の独りよがりの解釈が音を立てて崩れ、明るい解釈に辿りつくことも。いずれにしても、コップの水のたとえではないが、「もうこれしか残っていない」というネガティブな視点のほかに、「まだこれだけ残っている」というポジティブな視点が必要なのだろう。

 さらに、エリクソンやロジャースなどの人格形成理論もとても大事で、これを深く学んだ人に学んだりして生育史を解釈するコツをつかむと時間の無駄をなくすこともできる。

 さて、昨日・今日、生育史を考えるための大事な汎用的ツールを、教えて頂いたりして二つ見つけました。生育史を考える時、住んでいた空間と時間を思索することは大事で、空間については、Goo古地図(江戸、昭和22年、昭和38年、現代)。そして、時間についてはWikipedia、特に例えば昭和には年表がありますし、その年とクリックすると詳しい時代の情報が掲載される。人は住んでいる空間や時代に翻弄されがち、その時の空気を知ることは、やはり生育史解釈に別の視点を与えてくれる(U先生に教えていただいた大事なこと)。

 蛇足ですが、この生育史、見直しは、決して無理をしない、嫌だと思ったら止めるのが鉄則です。きっと、それは今やるべきことではないのでしょう。生育史を楽しむというスタンスが大事だと思います。

心の健康度 ⑥ 4/10

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