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縄文小説家・森裕行のブログです。身近な縄文を楽しみ生き甲斐としています。「生き甲斐の心理学」の講師もしています!

本物にふれると何かが変わる!(心の健康度 ⑦ 8/10)

2014-06-24 | 第五章「和解と平和」

 もう十年近く前になるが、大会社を辞めて障がい者の介助関係の仕事をしていたことがある。その時、不思議なご縁で知り合いになった当事者運動のリーダーOさんに連れられて、よく都心の美術館や博物館に行った。そこで知ったのだが、本物にふれる意味である。ちょうど「生き甲斐の心理学」の勉強も4-5年続けていたので、湧きあがる感情を大事にする意味も、それなりに判ってきたころだった。

 本物の美術品、それが巷でどう評価されるかはあくまで二次的と考え、自分の湧き起こる感情の中から、これは凄いと感じるものに触れることを優先する。自分の感性?を私はかつては信じていなかったが、それが一番意味あることだと思うようになった。

 本物とは何なんだろう。一つの見方として、欧米の臨床心理学のエキス「生き甲斐の心理学」の人間観から考えると、人は身体と心(生育史からくる)と魂(死んで身体から離れる生命体で愛そのもの)からなると解釈する。従って、本物と感じるのも身体からくるのか、生育史からくるのか、魂からくるかで分けて考えることが可能になる。

 その結果、自分の独断と偏見で恐縮だが、魂を揺さぶるというか、本物は魂(宗教・哲学)の領域と一番関係があるのではないかと思う。そして、本物は直接的、間接的(まあ、意識、無意識の世界なのだろう)に自分の方向性に影響を与える。

 さて、本物は何も美術品だけではない。この数年、自分がうつつをぬかしていた、公園の植物、野草、月や星座、寺社仏閣、縄文土器、動物園の様々な動物、・・・今は、歴史を持った町そのものも・・・。本物は多様なところに存在するとも言えよう。

 それから、親しい人との会話も、何か魂と魂の会話かなと思うことも。

 写真は中尊寺にある能楽堂。Kさんに教えていただきましたが、本物を感じるところでした。

心の健康度 ⑦ 8/10

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