私と松本清張先生との出会いは、中学生の時に、読んだ「点と線」。
それ以来、松本清張先生の小説をほぼ、全作品を読んだ。
今の銀座マリオンは、前は、朝日新聞社の本社跡。
高校2年生の時、朝日新聞社の裏にあった大きな本屋の中で、松本清張先生と出会う。
本を探しながら店内をブラブラしていると、松本清張先生にばったりと出会う。
サインをして欲しかったが、高校生の私にはその勇気は無かった。
松本清張先生が本屋を出るまで、目で追っていた。
有楽町駅の方に歩いて行かれた。
小倉は、松本清張先生と縁が深い。
松本清張先生と小倉の関係は、先ず、生まれが今の小倉区出身(旧:福岡県企救郡板櫃村)。
朝日新聞広告部で勤務する傍ら、「或る「小倉日記」伝」で芥川賞を受賞したが、題材は、森鴎外の小倉時代の日記を題材にしている。
(その前に「西郷札」で週刊朝日の懸賞で3位に入選していた)
この小倉城内には、松本清張記念館がある。
詳細は、ここを参照:
http://www.kid.ne.jp/seicho/html/index.html
先生の経歴、作品と、都内にあった自宅を再現してあった。
ゆっくりと時間をとって見ることをお勧めする。
館内では、昔の作品で映画化された上映会もある。
先生の自宅を再現した書庫には、手にとってみたい本や地図が沢山あった。
松本清張先生は、41歳の時、初めての小説(西郷札)を書き、作家になったこと。
82歳で物故。人生の丁度半分を、小説家で生きた。
何歳からでも、新たな人生ははじめられる。
今、このブログを書きながら気づいたのは、私が今も興味をもっている分野は、松本清張先生が関心をもって書かれた本による。
松本清張先生の関心は、私の関心になっている。
「影響の輪」そのものでもある。