投石日記

日野樹男
つながれて機械をめぐる血の流れ生は死の影死は生の影

日野樹男句集(7)

2016年01月11日 | 句集

日野樹男句集(7)


■戰爭へ芋蟲ゆつくり急ぎ足
■いわし雲整列なんて大嫌ひ
■右ひだり次にかまきりわれを見る
■木に登る魚も汗かく殘暑かな

■折りたたみ式ががんぼもにんげんも

■遠き日の蠅取り紙の蠅に貌
■少年の草矢はあはき戀ごころ
■夏野ゆく蝶の棺をポケットに
■手の先に線香花火といふ異界
■髭一本殘るおとがひ夏瘦せぬ
■騙されて死んでゆく眼の誘蛾燈
■乳母車犬が顏出す暑さかな

■にんげんをやめてこのまま平泳ぎ

■陰に腦を冷やしてゐる猫と
■人の世へつながる傾斜蟻地獄
■喉といふ冷やし素麺のための穴
■バルコンに車椅子押す殺意かな

■蟲干しの本につたなき戀の文
■花茣蓙の花に似てゐる古き戀
■飛べさうで飛べぬ夢見て扇風機
■絲とんぼ身はこれほどにあれば足る
■幼くて蟹とジャンケン負けてをり

■端居せりこの世の端にゐるわれも

■人はみな旅人たれと夏木立
■虛空城あるじは蜘蛛の姿なり
■夏あはれ少女の脚のほそきこと
■遠き瞳を君からかくすサングラス
■ごきぶりと折りあひ終の棲處かな

■あの赤き星へゆきたし猫を連れ
■とほく見る虹の眞下の人ともし
■みなづきの水の底なるわが家系
■梅雨だねと話すふたりも雨の中
■色のとかげいつでも不審顏

■釣られても釣られても鮎の目指すところ

■城山に城なき春を惜しむかな
■透析のパジャマもけふの衣更へ
■これもまた一期一會や百足打つ
■いまならば黃泉へと續く木下闇

■姉よりもアネモネ戀し濃むらさき
■薔薇咲かせゐる眞實を隱すため
■薔薇よりも美しきもの薔薇の蕾

■人間であらうとさくらに誓ふかな

■春眠や見果てぬ夢をもう一度
■針恃むもののふ蜂の面がまへ
■逃げ水の逃げて甲斐なきことばかり
■悟らざるゆゑに花なり坐禪草
■透析の膜でも濾せぬ春うれひ

■天皇を問ふ憲法の記念日に
■第一章いつまで憲法記念の日

■春の夢たれかを殺しそこねたり
■窓邊へと地球儀移す春うらら
■蒼天を繼ぐべき子らよ鳥交る
■すかんぽやなべて愚かに少年期

■君が方に春雷ありと追伸に
■春の空紙飛行機にも乘れさうな
■春愁や猫呼ぶこゑに猫のこゑ
■地の蟲に天の翅得て蝶生まる
■蝶飛んで蝶の音樂音もなく

■さくらまでまた來年のさくらまで

■あめつちの間に呱呱たり初ざくら
■夕ざくら夜ざくらさらに夢ざくら
■さくら狩り人をいとひて人の中
■乘らばやなわが逝くかたへ花筏
■落花飛花あふげば赤き複葉機

■人の逝くすなはち春の塵として
■命あるかぎりは野火を眼に消さず
■還らざるものぞ戀しき潮まねき
■目に見えてつちふるけふの時の嵩

■たんぽぽはきつと百年後のわたし

■胸中に春泥かくも深きところ
■蛇といへど穴を出でしはすこやかに
■目を刺して目刺と呼びし古人かな
■透析中捨蠶てふ季語見てしまふ

■ため息を紙風船にかへて戀
■薄ごほり覗けば見ゆる地獄かな
■まだ私語として公園に春のこゑ

■いざや野に種蒔く人と呼ばれてむ

■たぬき汁かちかち山はけふも
■野に噂充ちてうさぎの耳いそがし
■地にあらば冬三日月は王者の劍
■二月盡目ぐすり一滴落ちてくる

■人の世の何とおそろし鬼は外
■曇天のごときをかぶる冬帽子
■熱燗や政治家阿呆と議は決す
■わが步み女がしとね犯しつつ
■人喰つてきたる顏して寒がらす

■ひとり寢の電氣毛布にかわく愛

■瀧凍る時間はとまる人は病む
■マフラーを捲くやいつでも死は隣り
■どてら著てまだしばらくは生きてゆく
■生きのびて人生おまけおでんに酒
■ふりむけばきのふや寒き影法師
■寒がらす鳴くや鳥語は簡明に
■考へる人も枯木も無一物

■ことさらにいのちの息を白く吐く

■あらたまの年の始めの血を洗ふ
■はつ夢に透析こばむ男ゐて
■かじかむ手かじかむ手もて愛ほしむ
■仁なりや義なりや焚火に面あぶる
■病む身にも隙間のありて隙間風