日野樹男句集(8)
■木枯やこの身を盾に何を守る
■惡夢とは生きてゆく日日日記買ふ
■年惜しむいのちを惜しむ日を惜し
■煉炭や生きてさびしき人にも孔
■冬の雷一列車みな他人のみ
■一枚の枯葉となつてまだ散らず
■ふわふわと宙に浮くまで日向ぼこ
■寒林に入りて罪あるごとくゐる
■いづこへと訊かぬ別れや冬の蝶
■鏡中にわれ鑛物として冷ゆる
■茂平次のへのへの睨む秋の空
■思考するじやが芋ひとつ首の上
■歸らざる旅人いづこましら酒
■戰爭はどんぐり彈でいたしませう
■病むわれも途方に暮れて穴惑ひ
■水澄めよ湖底に死者の見ゆるまで
■書を閉づやふいの秋思に耐へかねて
■椋鳥のひとついのちのごとく群れ
■紅葉狩りあの世この世と境なし
■邯鄲の夢の途上や秋を病む
■にんげんの毒もあつめてわらひ茸
■ほんたうはひとりはさびし毒きのこ
■もう木の子やめたくなつて步きだす
■野良猫といふ生き方や草は實に
■きのふけふあすへと草の花の宴
■掌に石榴少年の日にも憂ひありき
■種採つてゐる來年も生きたくて
■ふるさとはたとへば白き曼珠沙華
■しびと花すてご花みな曼珠沙華
■石の上に石をかさねて秋の墓
■蟲の貌三角形に男前
■月へゆく醉漢ひとり坂の街
■ちんもくは金かなしみは銀の月
■いなづまやにもあるてふ凹と凸
■秋光や影も病みつつ地に壁に
■永遠は刹那の中に星流る
■銀漢や一星亡びてこともなし
■赤とんぼ赤く生まれてうれしくて
■かなかなや繩文彌生のこゑのまま
■たたかねばいのち忘れて鉦たたき
■片かなとひらがなとある蟲のこゑ
■夏草に隱るるあそびにひと世過ぎ
■絶望をかたちにすれば金魚玉
■金魚にも理由はあらう人を見る
■正直に生きてくらげは透きとほる
■蛇の皮脱いでも脱いでも蛇のまま
■しつかりと捲いて隱さうキャベツの祕密
■河童忌の鏡の中にもゐる河童
■駿河屋のむすめ歌詠む洗ひ髮
■夜店にはきのふばかりが賣られゐる
■籐椅子に坐れば死後に在るごとし
■思はずや草木蟲魚の原爆忌
■ほたる掌にひかりを奪ふべきや否
■毛蟲たることは罪なり火刑とす
■かうもりと逆さに見たる世間虛假
■萬やみどりの語源水なりと
■椅子ふたつあれど獨りの冷酒かな
■水の字を水にうかべてあめんばう
■たまゆらを花王と呼ばれゐる哀れ
■噴水のちから及ばぬ高さかな
■夕燒けに燃え殘りたる愛を信ず
■透析の除水けだるく梅雨に入る
■とりどりに雨に色ある花菖蒲
■生も死も同じこころに櫻桃忌
■時の日のこころの時を漏刻で
■人に智慧草に毒ある芥子の花
■蟻よりも小さくなりて地下の街
■いまだ手の觸れぬ白なり手毬花
■かたつむり病やしなふ身に似たり
■足るを知るけふの幸なり豆御
■凧と人つながる絲の見えぬまま
■むらさきの眠りぐすりに春の夢
■病みてよりひとつ朧として步む
■何もかも捨てて土筆のごとくゐる
■人間も文字ものどかに欠かな
■氣がつけばきのふの蝶を待つてをり
■人體の穴もゆるびて春うらら
■覺めてなほ透析つづく春の夢
■透析に春たけなはの日も過ぎて
■戀や否春のゆふやけ見たるのみ
■豆よりも豆の花こそ死後の糧
■人つどふさくらの花へ人の死へ
■櫻さくらそのまま夢に咲くさくら
■愚かなるけふのひと日も花のせゐ
■犬の眼に天上の花としてさくら
■花守とならばや淡き戀やぶれ
■生きてゆく人もみどりに草萌ゆる
■春光や石にも花の咲く日あれ
■拾はれて人の掌に咲くさくら貝
■エイプリルフール卽ち三鬼の忌
■美しきマリア戀しと繪は踏まず
■善き人は海市に棲むと傳へあり
■人間と人參つひにおなじもの
■雛市のたれも選ばぬ雛のこと
■蟹蒲に晩酌一合多喜二の忌
■すこやかに生きゐる人は耕せり
■淡雪の地までとどかぬ片思ひ
■獨りとはこの身ひとつと冬の影