投石日記

日野樹男
つながれて機械をめぐる血の流れ生は死の影死は生の影

2010年05月29日(土)

2010年05月29日 | 映畫
●引き裂かれたカーテン(TORN CURTAIN)/1966、米/アルフレッド・ヒッチコック監督/ポール・ニューマン、ジュリー・アンドリュース
◎NHKBSの錄畫。冷戰時代の東ベルリンを舞臺にしたスパイ劇。婚約者であり助手でもある女性を伴つて訪歐中の物理學者が、暗號文の指令を受けて突然東ドイツへの亡命を決行する。慌てた婚約者も後を追ひ、一緒に鐡のカーテンをくぐつて東ベルリンに這入る。實際には開發競爭中のミサイルで先を越された部分の情報を盗むために、自分で情報の評價が出來る專門家を素人スパイとしてアメリカが送り込んだもの。いかにも素人らしく失敗の連續で、協力してくれてゐる現地の抵抗組織を次次と危險な目に合はせながらやつと目的達成。ドタバタ騷ぎの中を何とか逃げ出す。ヒッチコックにも失敗作があるといふことを思ひ知らされる作品で、場面場面では面白味もあるがストーリー全體の繫がりが惡すぎる。ポール・ニューマンは學者役が似合ひさうなのにいざやつてみるとどうしてもふざけた僞學者にしか見えない。ジュリー・アンドリュースは堂堂とし過ぎてゐて、婚約者を追ひまはして事態を混亂させるやうなお騷がせ女にはどうしても見えない。ふたりとも別の映畫に出てゐて何氣なく隣のスタジオに遊びに來ましたといふ雰圍氣で、作品から浮いてしまつてゐる。私が一番面白かつたのは、東ベルリンの空港に降り立つたときに自分のために記者が集まつてゐるのだと勘違ひして恥を搔いたバレリーナが、最後に舞臺の上から客席に隱れてゐるふたりを發見するところ。あの妙な怖さは忘れられない。

2010年05月24日(月)

2010年05月24日 | 映畫
●リード・マイ・リップス(SUR MES LEVRES)/2001、佛/ジャック・オーディアール監督/エマニュエル・ドゥヴォス、ヴァンサン・カッセル、オリヴィエ・グルメ、オリヴィエ・ペルメ
◎AXNミステリーの錄畫。不動産會社に勤めるカルラは難聽の障碍で補聽器が必要な身ながら熱心に忙しく働いてゐた。コンプレックスもあつて同僚とはうまく付き合へず陰濕な嫌がらせも繰り返され孤立しがちな中、ある日過勞によつて倒れてしまふ。心配した社長から研修生を助手に雇ふやうに言はれてポールといふ若い男を採用する。ポールは口髭を蓄へシャツの袖口から刺をのぞかせてゐるやうな粗野な感じの人物で、日本なら事務系の職場には絶對に這入り込めないタイプ。しかも竊盗罪により服役してゐて出所したばかりで、保護監察官に促されて仕方なく堅氣の仕事を探してゐただけらしい。カルラは女としてさういふポールに却つて好奇心を持ち、慣れない事務機器相手に苦戰してゐる姿を眺めてゐた。ある日、自分が擔當だつた大きな仕事を同僚に取られさうになつたカルラは、思はずポールに「特技」を生かしてその同僚からある書類を盗むやうにむ。失職したくない一心でその盗みを實行したポールにカルラは逆に弱みを握られた形になり、ふたりの關係が微妙に縺れ始める。難聽のカルラは讀唇術が出來たのだが、この事件があつたために後にポールはカルラのその「特技」を犯罪に利用しようと思ひつくことになるのだ。服役前の借金がやくざの手に渡り暴力的な取り立てを受けたポールは、會社を辭めてそのやくざの經營する酒場で働かざるを得なくなるが、その店でボスが何か大きな取り引きを企んでゐるらしいのを嗅ぎ付ける。ポールはカルラに隣のビルの屋上からボスの部屋を雙眼鏡で覗いて讀唇術で會話を「盗聽」するやうにみ込む。いやいやながら引き受けたカルラだが、やがて積極的に犯罪にそしてポールに關はつていくことになる。映畫の冒頭で上目遣ひに同僚の唇を讀んでゐるカルラの姿が描寫され、その完全に成り切つた演技が實に見事。やや陰氣な感じのカルラが犯罪に加擔していく變貌ぶりも鮮やかなものだつた。犯罪といつても小惡黨ポールの手口は計畫ともいへない粗雜さで、ポール自身では失敗してしまふのだが、カルラの手助けを得て何とか窮地を脱することになる。その時にも讀唇術が大いに役立ち、やくざ相手にしか通用しないものながら切れ味のいいトリックで形勢逆轉、ふたりが大金を手にしたところで映畫は終はる。何の豫備知識もなしに觀た作品だつただけに、後半のまるで進行中の犯罪を覗き見してゐるかのやうな臨場感のある展開には大滿足だつた。

2010年05月22日(土)

2010年05月22日 | 映畫
●博士の愛した數式/2005/小泉堯史監督/寺尾聰、深津繪里、吉岡秀隆、淺丘ルリ子、齋藤隆成
◎NHKBSの錄畫。交通事故の後遺症により記憶障碍のある元大學授の數學者と、その身の回りの世話のために雇はれた家政婦の物語。家政婦の息子を絡ませ、その子供が成長して中學の數學師になつてからの回想といふ形式をとることで、押し付けがましさのないこころ温まる優しい映畫になつてゐる。しかもその回想が新學年の最初の數學の授業で數の不思議な世界への導入を兼ねて語られるといふ場面設定は、その數學の話題そのものへの興味も搔き立ててくれる秀逸なものだつた。數學的な知識や思考力に衰へはないのに日常的な記憶は80分しか保持できないといふ「博士」。義姉が家政婦を雇つてもすぐにトラブルを起こして辭めてしまふ。そこへ何人目かに派遣されて來たのが杏子で、持ち前の明るさと前向きな姿勢で「博士」との間に良好な關係を築くことに成功し、その子供もまた「博士」に受け入れられる。何の文句もないいい話ではあるが、ただしもちろんこれはお伽話。この映畫の登場人物たちの内、時間が來ればさつさと歸つていく一時杏子の後を引き繼いだ家政婦、それに家政婦紹介所の所長や少年野球の監督などが現實世界の中で生きてゐる生身の人間。「博士」との不倫の愛に苦しみ、「博士」と同乘してゐた車の事故による脚の障碍を罪の報ひと受け止めてゐる義姉もまた、いかに人眼を避けて暮らしてゐようとも現實の存在。義姉以外は斷片的な描き方だが、それぞれ手で觸れることもできる私たちの隣人だ。それに比べると「博士」と家政婦母子の何と異質なことか。理想的な病人と、理想的な家政婦と、理想的な子供。この異質な人びとの共通點は何だらうか。杏子といふ女性のNHKのテレビ小説から拔け出して來たやうな前向きで單純な性格は、日常的に必要な部分以外の記憶をすべて拒否してゐるかのやうにも見える。杏子によつて型通りに行儀よく躾けられた子供は、子供であるがゆゑにまだ惱むに足るほどの記憶の蓄積がない。病氣によつて記憶の囚人であることから解放された「博士」とこの母子は、「記憶」によつてもたらされる煩はしさから完全に隔離されたところで生きてゐるらしい。罪の記憶によつて自らを苦しめ續ける義姉との對比は殘酷でさへある。この世には有り得ない樂園の住人のやうな3人の生活を觀て私たちは感動と羨望を覺えるわけだが、現實に戾つて彼らの樂園生活の據り所を確かめてみると、「博士」の生活は義姉の金に支へられ、杏子はあくまでも給料を貰つての仕事であり、子供はやがて大人になり記憶の囚人となり果てる身。この樂園は決して永遠には續かない。

2010年05月20日(木)

2010年05月20日 | 映畫
●Life 眞實へのパズル(LIFE) 1-32/2008-09、米、TV//ダミアン・ルイス、サラ・シャヒ、アダム・アーキン、ロビン・ワイガート、ドナル・ローグ、ガブリエル・ユニオン
◎AXNミステリーの錄畫。無實の罪で12年間も服役してゐたロサンゼルス市警の警察官チャーリー・クルーズが、新しいDNA鑑定により無罪が立證され刑事として復職する。私の記憶に間違ひがなければ50億円近い賠償金を得たことになつてゐて、當然刑事などにならずとも悠悠自適の人生を送つてもいいわけだが、どうやら自分を冤罪に陷れた眞犯人を刑事の立場を利用して探さうとしてゐるらしい。それは眞實の追求のためなのか復讐のためなのか、といふドラマ。主演のダミアン・ルイスはスティーヴ・マックイーンを現代的にしたやうないい男。漫畫に描けば「ルパン三世」で要するに猿顏なのだが、その野性味たつぷりの風貌に一目で惚れ込んでしまひ、結局最後まで付き合つた。内容的にも1話ごとに實に工夫されてゐて見應へがあつた。毎回必ず異常な狀況で屍體が發見され、クルーズと相棒のリースが現場に驅け付けるところから話が始まる。かういふ屍體を玩具にしたやうな繪はミステリー嫌ひの人には耐へ難いとは思ふが、ミステリー好きにはその異常な狀況の異常さそのものが愉しみのひとつ。そして刑務所の中で禪の本を讀みふけつてゐたといふクルーズが何やら浮世離れのしたことを呟いたりしながら動き廻つてゐるうちに、突然ふとすべての謎が解けて話が繫がり事件が解決する。クルーズなりリースなりが眞實に到達したその瞬間を、ドラマを觀てゐるこちらも確實に共有できる大變にいい脚本だつたと思ふ。早口の臺詞で場面展開も忙しい今風のドラマなので付いていくのはややしんどいところもあつたが、本氣で觀るだけの内容は間違ひなくあつた。ただし毎回一話完結ながら、全體を通してクルーズが自分を嵌めた眞犯人を追ひつめていく姿も少しづつ描かれてゐて、テンポの速いドラマの中ではその部分が私には全く理解できなかつた。賠償金で買つた豪邸の一室に人物相關圖が貼られてゐてそれがどんどん擴がつていくのだが、誰が誰なのかさつぱり分からず、最後にはその場面が來るともう考へるを諦めてしまつてゐた。ドラマにかういふ縱絲を織り込むのは視聽者を次回にも必ずテレビの前に坐らせようとする仕掛だらうが、世間の人びとは本當にあのぶつ切れの場面を頭の中で繫ぎながらドラマを觀てゐるのだらうか。私には超人的な能力が必要に思へて仕方がない。