投石日記

日野樹男
つながれて機械をめぐる血の流れ生は死の影死は生の影

2010年09月26日(日)

2010年09月26日 | 映畫
●樞機卿(THE CARDINAL)/1962、米/オットー・プレミンジャー監督/トム・トライオン、ロミー・シュナイダー、キャロル・リンリー、ラフ・ヴァローネ、ジョン・ヒューストン、バージェス・メレディス、オジー・デイヴィス、テュリオ・カルミナティー、ジョセフ・メインラッド
◎NHKBSの錄畫。アメリカ・カトリック會の實在の大司で法王廳の樞機卿であつた人物をモデルにした小説の映畫化。樞機卿叙任式の進行する中スティーヴ・ファーモイルはこれまでの人生のさまざまな場面を回想してゐた。大學卒業後に聖職者を志してローマの學校に學び理想に燃えてゐた若きファーモイルは、故ボストンの會に助任司祭として赴任する。そこでローマ時代に書いた論文の出版を計畫して許可を得ようとしたところ、樞機卿に呼び出されてその高慢ぶりをたしなめられ最も貧しい區に飛ばされてしまふ。だが會政治とは無緣の篤實なハーリー父に仕へ、やがて病に倒れた父を獻身的に看病するうちに會の外の現實に目覺めることになる。ハーリー父の死の間際に驅け付けて來た樞機卿から、ハーリー父が大切な友人でありファーモイルを試すために父の元に預けたのだといふことを知らされる。成長を認められ樞機卿の祕書に拔擢されたものの、今度は家族の問題で宗と現實の相剋に苦惱することになる。最愛の妹がユダヤ徒の戀人との結婚に惱んだ擧句に家出してしまひ、探し當てたときには異常妊娠のために母子ともに生命の危機にさらされてゐる狀態だつた。墮胎する以外に妹を救ふ方法はないのだが、家長としての決斷を迫られたファーモイルには義上許されない墮胎を選擇することはできなかつた。自分の判斷の結果で妹を死なせてしまつたファーモイルは深く傷つき聖職を辭する決意をするが、樞機卿のはからひで休職扱ひとなり、英語師としてヨーロッパ各地を遍歷する。ウィーンではへ子のアンネマリーとの戀に惱み、しかしそのことによつて却つて聖職への思ひが斷ち難いものであることに氣付き法王廳に職を得ることで聖職に復歸する。その後はアメリカ擔當の司として人種差別に惱む人神父のために單身K.K.K.の集會に乘り込んだり、ナチスドイツによる倂合を受け入れるやうに國民に聲明を出したオーストリアの樞機卿を翻意させるため法王廳の特使としてファシズムに呑み込まれる寸前のウィーンを訪れたり等等、自ら積極的に行動することで皇の信を得て樞機卿への道を切り開いていく。3時間近い長い映畫でしかも宗がらみの話では退屈して最後まで觀てゐられないだらうと豫想してゐたのだが、案外に面白い内容だつた。ハーリー父と妹とアンネマリーと人種差別とナチス、それぞれが個別に描かれてゐて話の展開が分かりやすい。單純に受け取れば、ハーリー父の元で信仰を必要としてゐる人びとの存在に直接觸れて頭デッカチな秀才が一旦叩きつぶされ、妹の死で信仰の矛盾に突き當たるもその苦惱を乘り越え、アンネマリーに別れを告げることで俗界との縁を完全に斷ち切り、それらすべての體驗を經て鬪ふ司として人種問題やナチスの擡頭に毅然と立ち向かつていくまでに成長した宗家。圖式的な理解ながらスティーヴ・ファーモイルといふ樞機卿はそういふ人物だといふことなのだらうか。この映畫を觀てゐて不思議に思つたのは、ハーリー父を除くファーモイル周邊の會關係者に「宗」を全く感じなかつたといふこと。會内の管理運營の問題ばかりで、文字通り會政治の世界でしかない。確かに「會」を絶對に必要なものとする立場からすれば信仰を守るためにも誰かがそれをやらねばならず、ローマ・カトリックのやうな大きな組織になればそれなりの秀才を必要とする。狂信者ではなく宗を醒めた目で見ることができる實務的な人間が必要であり、ファーモイルが會内で昇進を重ねていくのはさういふ人物として期待されたからなのだらう。といふことはこの映畫、何も法王廳の話でなくともどこかの企業の經營者や政治家の世界でもよかつたわけだ。樞機卿の赤い僧服に身を包み、さてファーモイルは、そしてそのモデルであつた人物はこの後どんな會運營をしたのだらうか。この映畫にも出て來る「妊娠中絶」の問題では今でもアメリカから信じがたいやうな話が傳はつてくることがある。私はローマ・カトリックが新國アメリカでどういふ位置付けになつてゐるのか知らない。したがつてさうした宗上のゴタゴタがどちらの側の問題なのかも理解してゐないのだが、噂で聞く範圍内では、このアメリカといふ巨大な軍事國家は同時に中世に逆戾りしたやうなガチガチの宗國家でもあるらしい。ファーモイルの妹の悲劇はもしかすると今も續いてゐるのではないだらうか。