投石日記

日野樹男
つながれて機械をめぐる血の流れ生は死の影死は生の影

日野樹男句集(2)

2016年01月11日 | 句集

日野樹男句集(2)


■身はつひに秋風かよふ管と知る
■コスモスの搖れて選べぬ好きな色
■ふえて困るそれでもけふは敬老日
■秋の燈を消して見つめてゐる自分
■われひとり月もひとつと見つめあふ

■月見てはわが腦球も缺けてゆく
■これもまた秋聲透析機の微音
■病めばこそ秋氣凛乎と身を正す
■星飛んでいまも昂るこころあり
■よひやみとかく美しき闇を言ふ

■われは紙魚にあらずあんなに走れません

■ひまはりを兇器に君をアリバイに
■文法をまなばぬ子らの夏休み
■朱夏無殘老いては劍もペンもなし
■たましひは永遠不滅などと蚊が
■ほたる掌に哲學などをこころみむ

■咲きみちて薔薇は母系を誇りゐる

■永遠の次に長くて夏ひと日
■罰としてわれ炎晝をゆくならむ
■雪溪に死すそれさへももはや夢
■さても暑し腎臟買ひに來たる街
■肉といふ文字のかたちに咲く牡丹
■いづみ湧くここより大河始まりぬ

■あめりかが嫌ひで廣島原爆忌
■てんなうが嫌ひで長崎原爆忌
■廣島忌から長崎忌まで三日

■蛾と一音蝶と二音の夜と晝
■生きゆくは壞るることと冷奴
■人生を要約すればいととんぼ
■禾偏のわれをり麥の秋のなか
■七月のどこへゆくにも登り坂

■甚平を著てまだ生きてゐるふしぎ
■いぼいぼの胡瓜と世間嚙みくだく
■この地球はだしで步くしあはせを
■老いたるは涸れて無用に噴水も

■月おぼろわれもおぼろとして酌めり

■春雨に濡れたる假面をとりかへる
■春塵のひとつあるいはわがいのち
■野火に眼をあたへよ足や手のほかに
■わがいのち輕きを紙のふうせんに
■ゆく春もすぐに忘れて老後かな

■都みなほろびて大きかひやぐら
■陽炎の中なり生と死のあはひ
■手に取らば春の滿月甘き菓子
■水の春みづ拔く機械に繫がれて
■水温むいのちを洗ふならば今

■たがやして土もこころもやはらかく

■いのち買ひいのちを蒔くや種いろいろ
■野遊びもひとり遊びのままに老い
■老いてなほ何か探せる潮干狩り
■接木してけふに繫がる明日やある
■日本のテレビはいつも子供の日

■春の夜の右折うつかり黄泉路へと
■逃げ水と一緒に逃げてここにゐる
■春光はあまねきに髭剃りのこし
■春ひと日その半分を透析に
■明の規則ただしき心電圖
■進化樹の磯巾著とわれの距離

■老い櫻おもふは若き日の過剩

■春の日の透析室は宇宙船
■身の内に春泥ありとおもふ鬱
■き踏みながらも一步死へ一步
■腦初期化STAP細胞春の夢
■うまごやしけふ新しき散步靴

■むつ走るむつ掘るむつが睨みゐる
■やくそくはさくらに花の咲くごとく
■うすらひをまとひて透析室にゐる
■いまここでこのまま死んでも春うらら
■死ぬときはひとりたんぽぽ手に持てど

■なだれたり雪はあるべきところまで

■腎臟のほかは元氣に春一番
■われは肉春一番を受けて立つ

■冬帽のを思想としてかぶる
■冬銀河地球はたれにも見えぬ星
■ふくろふと人とを分かつ要もなし
■雪の果ていのちのはての白き道
■兎うさぎむかしは耳で飛びしとや
■冬はみな袋にしまふ耳手足
■風邪をひいて寢てゐる春のすぐ隣り

■沼涸れてかならず死者の二三人
■つららもて人を殺めしことは夢
■比類なき名手あるいはもがり笛
■猫の眼に猫のすがたの雪をんな
■水の上をあゆむあり鴛鴦の沓
■水ぶくれさらに著ぶくれ透析へ

■くりかへすことなき今を冬北斗

■時間とは何冬眠中の君に訊く
■大寒や死ぬまで見せぬ頭骸骨
■沈默も武器なりきりりと寒日和
■息しろく吐きては何か失へる

■丹頂のちひさき腦も雪の中
■雪折れかもしれず心も折れさうに
■ユートピア否いな冬の蜃氣樓
■目貼りしてほしきは叫びだす心
■鷹つてゐるとつまらぬ嘘を吐く

■枯れてのち氣がつく人は樹の仲間