投石日記

日野樹男
つながれて機械をめぐる血の流れ生は死の影死は生の影

日野樹男句集(5)

2016年01月11日 | 句集

日野樹男句集(5)


■冬服に顏はりつけて朝のバス
■凍蝶となりしは愚者の夢ならむ
■死に至る道ひとすぢに冬野ゆく
■ひいふうと數へて七つ冬さうび

■中肉にして中背も著ぶくれて
■澤庵をふた切れけふの幸として
■葱やその切られて放つ香もみどり
■枯草とおなじ光のなかにゐる
■寒月のごとく笑へりいたましく

■にんげんも餘計なものは枯れておく

■生きてゐるあかしに白き息をはく
■てぶくろの中に老いゆく十指かな
■なかなかに猫は行火に化けてくれず
■短日の釘しつかりと打ちこまれ
■ストウヴにシャントの腕も暖めて
■透析の膜にへだたる去年今年

■元旦のにはかに尖端恐怖症

■ゆく年の地球に七十億の人
■除夜にゐて命はすでに引き算に
■冬至せめてこの美しきバスクリン
■笑ひ滴りよそほひやつと山眠る
■空つぽになる幸せや日向ぼこ

■きつかけは寒雷なれど默祕せり
■小春日のこの日のために猫をふ
■野にあるは在るべきものら寒暮なり
■くしやみして腹の底までがらんどう
■散り敷いて時の形見の落葉かな

■冬の朝デジタル時計のゼロ四角

■半七の十手も腰に冷ゆるかな
■鳥であるよろこびいかに實南天
■どぶろくのこの混沌をうべなへり
■秋惜しむ昨日にかはらぬ今日なれど
■ゆく秋とゆくへ不明のてふてふと

■進化して木の子に至るおもしろさ
■きのこにはあと五人ほどなれさうな

■人が花にかはる途中の菊人形
■古本を値踏みさるるも秋燈下
■愁思繪に描けば目もなく口もなく
■たいくつの極みにうきくさ紅葉かな
■病む人のこころ細道秋の風

■ころがれば檸檬にれもんだけの道

■すでにして死後なりかくも水澄みて
■秋陰三日病みて錆びゆくものとして
■へうたんのくびれて何の憂ひかな
■花野にてひとつの花を見うしなひ
■蒼天と合はせかがみに秋の海

■寂しさにおのれ燃えたつ紅葉かな
■秋水のたとへばいのち澄むごとく
■百舌鳴く日人語にかなしき語彙多し
■石榴裂けよ星のたまごを抱きつつ
■老年や記憶もゆれてコスモスに

■梅もどきにんげんもどき睦みあひ

■蟲賣りが蟲賣りつくし病むのかも
■いなづまや起承轉結轉が好き
■玉碎くべし秋日海に沒すべし
■いざ落ちむどんぐり落ちてどんぐりに

■良夜なり人よあゆめば旅人に
■秋山に人も果實としてぶらり
■在ることの不安は卓に梨の影
■月天心こころまづしきゆゑに生く

■月まつる否かぐやをまつる男かな

■君の手は銀河にとどく十二歳
■死んでゆく彼に九月の暑きこと
■わがやまひ星が飛ばうと流れよと
■生きてをりへつぴり蟲と呼ばれつつ
■球たらむ葡萄たらむとまだき

■辭書的に出あへり蛇と蛇いちご

■わが逝くは草矢の傷とかの人に
■たましひを金魚にかへて賣りにゆく
■トマト喰ふ喜怒哀樂はどれも赤
■ぬばたまの闇を身ぬちに夏瘦せぬ
■夜光蟲光れぬ蟲はどう生きる
■透析は死ぬまでつづく夏の果て

■非非非非非むかでどこかへゆく途中

■蝶なりや蛾なりやわれは人なりや
■かぶと蟲われ眼中になかるべし
■書くほどに象形文字のごとき薔薇
■朝燒けを見とどけ終へて手術待つ
■何もかも汗のごとくに拭ふべし
■うかうかと晝寢にひと世の夢を見き

■飛んだとて飛魚海を拔けられず
■梅雨の底道路に穴があいてゐる
■瀧として水したたりとしても水
■斑猫にへられたる迷ひ道

■泳ぐなり二足步行に飽きはてて

■箱庭やひとり一匹一軒家
■しばらくはこの身も黴と分類す
■はつなつといふ果物のごとき時
■賣られゐる水著透明人間のもの
■思ひ出のうしろの正面木下闇

■かたつむりつねに途上としての今

■蛇穴をわれは地球を出たきころ
■いまだ來ぬ時を未來と春に待つ
■龍の字にかざり多くて朧かな
■暮れ殘る思ひもあれど暮春かな

■葛井寺藤のむらさき藤の白
■千よたび梅は實となる道明寺