投石日記

日野樹男
つながれて機械をめぐる血の流れ生は死の影死は生の影

日野樹男句集(4)

2016年01月11日 | 句集

日野樹男句集(4)


■アリバイに秋の虹など語りおく

■海よりも大き勇魚にはやるとも
■島ひとつ絡めとつたり勇魚とり

■老年やわれ蟲かごに棲める鬱
■秋燈下詩を讀むをとこに翳うすく
■ひたひたと蔦におほはれゆく老後
■檸檬買ふほどには元氣透析後
■背の高き新妻ぐみの熟るるころ
■胡桃割つてしまへり祕密など要らぬ

■あと少し生きてこの身も鵙の贄

■百舌鳴いて空の殺人事件かな
■臍の緒を切つて六十年後の花野
■紅葉かつ散りぬ人にも老病死
■秋の野にわれをり咲かず裝はず
■霧を身にまとひてゆくは霧の國
■見えぬものみな美しく霧の中

■人體は空なり霧をつめておく

■龍になりそこねて蛇のまま穴へ
■長き長きうしろすがたや秋の蛇
■竹伐つてかぐや戀しとはや千歳
■檸檬まだみどりに人を寄せつけず
■身にしみてわが血の赤し透析の

■林檎置く卓に林檎の影そへて
■林檎ふと人よりかしこさうな顏
■刃を入れて梨に鋼のにほひかな
■稲妻や死んでゆく日もぎざぎざに
■腎臟を花と咲かせて鷄頭花

■秋れの中なり腎を病みてなほ
■秋濕りつつも何かに耐へてをり
■飮みほしてこれも秋水ゆくごとし
■ゆく水もまた來る水も秋の水
■人はみな石となりはて秋の墓

■こはれても地球はひとつ蟲の秋
■いもむしのこれでも急ぐ旅途中
■闇背負ひきてこほろぎは部屋の隅
■うつくしき兇器は空に二日月
■殘暑わが身のおきどころ探しつつ

■かくまでもいのちくるしき草いきれ

■草笛に思ふいのちに聲あるを
■ハンカチで折る折鶴のごとき夏
■わがもてる獸の臭ひハンカチに
■あをりんご君戀しくてきまま
■木苺の母をとりまく木よ艸よ
■夏逝くともの知り顏の犬が鳴く

■白蝶に文字はなけれど夏見舞ひ
■母の手にかなふものなし胡瓜揉み
■けふひと日冷し中華の具のごとし
■人間と出あひ現の證據と呼ばる
■なめくぢの來し方ひかる道として
■蟲干しのついでに無用の腎臟も

■大トマト喰らへりいのち足すごとく

■少年の乳首あつめてぶだう
■その淵のなまづ王位は世襲制
■蝙蝠と一緒に地球をまもる夜
■毛蟲なぜ人に媚びむと進化せぬ
■透析の除水ゆふべの冷酒かな

■黴てゆく部屋のあるじとして老後
■流螢のたとへばの文字として
■收穫のごとしよ老いの草むしり
■實となるに沈思默考なすの花
■玉葱を下さいそれその地球似の

■麥も人も病みてはき穗をかかげ

■櫻桃忌誰でもいいから愛したい
■鋏持てど薔薇に仕ふるわれら人
■相對すねむれぬ男とねむの花

■きりきりと血壓はかる夏立つ日
■夏立つと透析室に風入れて
■寢ころんではだしで步くい空
■麥秋の道うつくしくま直ぐなる
■梅のみどりを今もあをと呼ぶ

■チューリップ咲くや人なら頭蓋裂け

■この村に住みたし桃を咲かせたし
■陽炎はしあはせめがねすべて夢
■からつぽのポケットまでも朧かな
■藤の花むらさきふかき夜の闇
■ゆく春をピエロ素顏の眼で送る

■われ嘗て海市に棲めり幸せなりき

■誰が魂を迎へにしだれざくらかな
■散骨はたとへばさくら散るゆふべ
■人智假に空にあるならおぼろ月
■春愁ひこのまま死んでいいですか
■身の内の闇深ければ春燈し

■陽にあてて地球儀春の星にする
■蟲愛づる姫にも告げよ地蟲出づ
■猫の子は轉がるものを轉がして
■鳥歸るいのちひとつを旅みやげ
■何捨ててきたるかるさや春の雲

■鳥居には扉のなくて二月盡

■流しびな人もいづれはゆくところ
■早春の人待ち顏の樹に出會ふ
■透析の管を手にして春の夢
■一年後三月十一日は雪

■金色の脚ゆつくりと日脚伸ぶ
■おほかみが季題にありし昔かな
■まんぢゆうが恐いそれから熱燗も
■冬終はる無數のいのち終へてのち

■要目貼こころにすき間多きゆゑ