投石日記

日野樹男
つながれて機械をめぐる血の流れ生は死の影死は生の影

日野樹男句集(3)

2016年01月11日 | 句集

日野樹男句集(3) 


■ゆく年の他にも還らざるものら
■人もまた枯れてしまへば幸せに
■何のために毒もつ河豚は皿の上
■腎臟の無きはらわたを笑ひ
■歌かるた言葉にならぬ戀ありき

■冬に入る乳房とつばさなきこの身
■人嫌ひこれさいはひと冬ごもり
■風邪の眼に古墳をめぐる白き道
■枯菊や廢帝てふはよき言葉
■逝く人のかたみち切符柿落葉
■獵解禁そろそろ人も狩るべきか

■もしかして死は永遠の日向ぼこ

■病ながくこころの煤はどう拂ふ
■眞四角が好き湯豆腐がさらに好き
■ゆたんぽの冷えて足から老いてゆく
■後悔は風邪にはじまるわが病

■小説の秋にかならず人の逝く
■日本のきのふの空に木守柿
■落ちてゆくその愉しさに黃落す
■芝居ならここで柝の入る紅葉かな
■病めば身にしみて心はこはれもの
■晩年はきつと寒かろ冬仕度

■花野ゆく花より拙きものとして
■佐保姫はをとめ龍田は契るかな
■芳香は檸檬の罠と知りたるや
■露置いてこんないのちも大切に
■わが秋思蜂一匹をもつて消ゆ

■蘆刈や河内平野はかつて湖

■病めば命するどく燈下親しめり
■春のごとしと霧の中をゆく
■朝霧を脱いで車中の人となる
■もう一人の自分をさがす霧の中

■誰か呼ぶその聲さへも秋の聲
■鶺鴒に影あるかぎり影をたたき
■仙人のをらぬへうたんばかりなり
■禁煙のパイプにほしき花たばこ
■秋風の中に身をおく無用者

■月光を絲につむぎて織るは屍衣
■空をつかみそこねて曼珠沙華
■病みて見き癒えてなほ見る百日紅
■花喰つてゐる無花果に騙されて
■十月やくるすは人を刑に處す

■望月のかぐやに捧ぐき地球

■白帝や天に一創許さざる
■鹿と眼があふ人體の無防備に
■戰爭や葡萄は葡萄にしかなれぬ
■人界に背き高きに登るかな

■秋立つと言葉むなしき暑さかな
■葡萄なり星を房へと地の糧に
■眠劑にねむれば夢に蚯蚓鳴く
■二百十日數へそこねて老いゆけり

■虹を探す愚者の仲間にわれもをり

■蛾と爺いいづれが先に家捨てむ
■網戸して人といふ蟲かごに飼ふ
■放屁蟲ひとりぐらしも長くなり
■蟬のこゑ今年も戰後のまま老いて

■冷房に人冷藏庫に死魚が冷え
■帽捨てて禿頭花のごとき夏
■夏帽の數だけ歳をとる戰後
■まつすぐが好きでそれでも心太
■螢もし身ぬちにあらばわが狂氣
■歳重ね生きて理想は丸はだか

■生きてゐることもしばらく夏休み

■ヘリコプター對夏雲のひといくさ
■風死んでわれゐるき無爲として
■誰か火をつけて逃げゆく油照り
■片陰を猫ゆく人もついてゆく
■西日受けつつ信號は赤が長し

■夏至のわが傾きぐあひ地軸ほど
■萬の補色は己が血のすべて
■咲いてゐるつもりわたしも水中花
■はるかなるものを思へりヨット眼に
■香水のたれかの好みわが不快

■どこへでもゆけさう春の闇へ一步

■立ち盡くす老年つくしほどの矜恃
■菫つんであの世へもつてゆくつもり
■卒業す群れをはなれて一人へと
■孤獨死に友ありき蠅生まる

■凍蝶と凍人かよひあふ命
■冬銀河人すむ星は光らずに
■白鳥の動けば雪とちがふ白
■萬象にふるふゆひゆと冬の雨
■言ひさして雪に話頭を轉じたり
■風花や人生途上といふばかり
■いさかひも蜜語も白き息の中

■過去は記憶未來は夢想いまは冬

■元日や血はくれなゐに管の中
■去年今年血は濁流として流る
■一月の電車が運ぶ黒きもの
■寒がらす人に似てゐて嫌はるる
■枯苑に影を連れきて置き忘れ
■人よりもふくら雀のなじみ顏
■冬の海日本の道はここに斷つ

■國盗つて鷹を放たむ夢の中
■マスクしてわが顏面を非公開
■風花や思ひとどかぬ日の午後に
■猛嘴のたかとわしとを分かつ人
■散り紅葉透析歸りの道明かり
■死ぬものか木の葉しぐれの中にゐて