ふりかえれば、フランス。

かつて住んでいたフランス。日本とは似ても似つかぬ国ですが、この国を鏡に日本を見ると、あら不思議、いろいろと見えてきます。

教授資格試験の問題に不備が・・・問題だ!

2011-05-26 21:10:44 | 社会
アグレガシオン“agrégation”・・・日本では、大学教授資格とか、中高等教授資格、あるいは教授資格と呼ばれている、フランスの1級教授資格。定員が決まっている選抜試験で、合格すると“PRAG”(Professeur Agrégé)と呼ばれ、中学・高校・大学で教員として教えることができます。

この「アグレガシオン」が日本でも有名になっている一因が、サルトル(Jean-Paul Sartre)ですね。1929年の哲学教授試験で、見事にトップ合格。同年、2位で合格したのが、事実婚の相手となったボーヴォワール(Simone de Beauvoir)。さすが、すごい知的カップルだ! となったわけです。ただし、サルトルは前年も受験し、その時は落ちています。優秀だっただけに、周囲はみなその落第に驚いたとか。青春の蹉跌だったのかどうか。因みに、同年の哲学教授試験に合格した仲間に、『アデン、アラビア』や『陰謀』などでお馴染みの作家、ポール・ニザン(Paul Nizan)がいます。『帝国以後』などで知られる人口学者、エマニュエル・トッド(Emmanuel Todd)はニザンの孫にあたります。

また、翌1930年の合格者には哲学者のメルロ=ポンティ(Maurice Merleau-Ponty)が、31年には哲学者のヴェイユ(Simone Weil)と社会人類学者で、構造主義の祖と呼ばれるレヴィ=ストロス(Claude Lévi-Strauss)がいました。錚々たる顔ぶれが並んでいますね。アグレガシオン=フランスの知性、といった印象を与えています。

今日では、中学・高校教員向けの中等教育アグレガシオン(les concours d’agrégation de l’enseignement de second degré)と大学教師資格のための高等教育アグレガシオン(les concours d’agrégation de l’enseignement supérieur)に分けられています。ただし、あくまで教員(教育職)であり、博士号を取得した教育研究職(Enseignant-chercheur)とは一線を画しているようです。

こうしたフランスの知性を選抜するようなアグレガシオン試験の問題に、不備が見つかりました。どのような問題なのでしょうか。その波紋は・・・24日の『ル・モンド』(電子版)が概略を紹介しています。

2011年の歴史教授資格試験が取り消される可能性が出てきている。4月初旬に行われた中世史の試験問題に不適切な個所があると指摘されたのだ。試験問題として引用されたテキストは、1415年に書かれた文書だとされていたのだが、実は1964年に出版された歴史家、パレモン・グロリュー(Palémon Glorieux)によるテキストであることが発覚した。

この混乱は、大学・学界の驚きと志願者の怒りを買っている。パレモン・グロリューはその序文でその著作の一部が多くの古い資料を参考にしつつ書かれたものであることを語っており、その出典も明記しているだけに、今回の試験問題のエラーはいっそう驚くべきものとなっている。

日刊紙“Libération”(リベラシオン)はブログ・サイトで次のように自問している。試験問題作成を担当した二人の歴史家、カトリーヌ・ヴァンサン(Catherine Vincent:Centre d’Histoire Sociale et Culturelle de l’Occident)とドゥニーズ・リシュ(Denyse Riche:リヨン第二大学)は、どうしてこのような驚くべき失態をやらかすことができたのだろうか。試験問題を作るのに、たぶんラテン語によるものだろうが、オリジナルが存在することをどうして確認もしなかったのだろう。

アグレガシオンの試験を担当する部署が、このような問題に直面するのはまったく初めてのことだ。国民教育大臣のリュック・シャテル(Luc Chatel)と高等教育大臣のヴァレリー・ペクレス(Valérie Pécresse)は、今回の試験が有効かそれとも無効とすべきかの決断を迫られている。スキャンダルにも関わらず、4月に実施した試験は有効だとすることもできるし、不備を指摘された部分のみを別の問題で再試験することも、あるいは試験すべてを作りなおして再受験させることも可能だ。いずれにせよ、批判をかわすために、いずれかの方法を取ることになる。

・・・ということで、文化大国、教育のレベルの高さを自慢するフランスで、それも教授資格試験で、問題に不備が指摘された。これは由々しき問題でしょうね。記事も指摘しているように、どうして著者の註に気付かなかったのでしょう。まさか、ネット上に出ていて、それをコピペしたため気づかなかった、などということはないでしょうね。

日本だけでなく、フランスでも学生のコピペが問題になっています。“le copier-coller”という単語がメディアなどにしばしば登場することでも、その「普及」ぶりが分かります。今では、コピペ部分を見つけ出すソフトウェアまで開発されています。大学よっては必需品になっているとか。人間は楽な方へ流れやすいものですが、若いうちの苦労は買ってでもしろ、とも言います。自分で考え、自分で書くことが、後々生きてくるのではないでしょうか。さぼったり、遊ばず、もう少し「知」を磨いておけばよかったと、50過ぎて反省する人間が言っているのですから、間違いありません。それにしても、後悔、先に立たず、です。

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