ふりかえれば、フランス。

かつて住んでいたフランス。日本とは似ても似つかぬ国ですが、この国を鏡に日本を見ると、あら不思議、いろいろと見えてきます。

二つの「モネ」展、醜い争い。

2010-10-18 20:02:00 | 文化
この秋、パリはモネで溢れている・・・二つの「モネ」展が時を同じくして開催されています。

一つは、9月22日から来年の1月24日まで、グラン・パレで行われている「モネ」展。オープン初日には6,300人の入場者があり、会期中には今までの記録だった2008年の「ピカソと巨匠たち」展(“Picaso et les maîtres”)を超える80万人の入場が見込まれると言われるほどの大人気。めったに貸し出されないニューヨーク・メトロポリタン美術館所蔵の『サン・タドレスのテラス』やモスクワ・プーシキン美術館所蔵の『草上の昼食』など、70を超える世界中の美術館やコレクター所蔵の作品が、一堂に集められています。

もう一つの「モネ」展が行われているのは、16区にあるマルモッタン美術館。クロード・モネの息子、ミシェル・モネが多くの作品を寄贈した美術館です。10月7日から来年2月20日まで、印象派の語源となった『印象、日の出』(Impression, soleil levant)や『睡蓮』など館所蔵の多くの作品と、手帳や写真などモネの遺品も含めて、幅広くモネを紹介する一大美術展になっています。

二つの美術展を回れば、モネのかなりの作品に出会えるわけで、愛好家にとっては願ったりかなったり。よくぞ協力して開催してくれたと感謝したくなりますが、実は開催をめぐって、タイアップどころか醜い争いが行われていた。その争いのお蔭で、二つの「モネ」展が開催されたのです。10日の『ル・モンド』(電子版)がその内幕を紹介しています。

事の発端は、2008年3月。ルーブルやオルセーなど国立美術館の運営管理や展覧会の企画を行うフランス国立美術館連合(RMN:la Réunion des musées nationaux)のグルノン会長(Thomas Grenon)とオルセー美術館のコジュヴァル館長(Guy Cogeval)が、グラン・パレで「モネ」展を開催することを決定。美術展の成功は、いかに優れた作品を集めるかにかかっている。そこで、各地の美術館や個人のコレクターに貸し出しを依頼。特に「モネ」展と言えば、印象派の由来となった『印象、日の出』は欠かせない。

そこで、コジュヴァル氏はその年の秋、『印象、日の出』をはじめ多くのモネ作品を所蔵しているマルモッタン美術館のタデイ館長(Jacques Taddei)を昼食に誘って、貸し出しを依頼しようとした。しかし、タデイ館長が語るには、その会食はとても気まずいものだった・・・テーブルに着くより前に、コジュヴァル氏は「モネ」展をやろうと思うと切り出した。それに対しタデイ氏は、自分も同じ企画を温めていると答える。するとコジュヴァル氏は、それは諦めた方がいい、まるで巨人のゴリアテに歯向かうダビデのようなものだ。そこでタデイ氏は、小さいダビデが勝つこともある、このまま帰ってもいい、と応酬。結局、物別れに。

こうして、交渉はまとまりませんでしたが、しかしどうしてもマルモッタン美術館所蔵のモネの作品を借りたいグルノン氏とコジュヴァル氏は17点の作品に絞って、貸し出しを願い出ました。しかし、そのリストにあったのは、1870年代のモネを代表する作品ばかり・・・『印象、日の出』、『サン・ラザール駅』(La Gare Saint-Lazare)、『雪の中の蒸気機関車』(Le Train dans la neige)・・・これらを貸し出してしまったら、マルモッタン美術館に印象派の充実した時代の作品が無くなってしまう。そこで、タデイ氏は申し出を断りました。

それでも諦めきれない二人は、今年の1月、5点にまで絞って、改めて貸し出しを依頼しました。しかも今回は、グラン・パレ、『睡蓮』の大作を展示しているオランジュリー美術館、マルモッタン美術館の3館共通のチケットを提案。各チケット代金のうち7ユーロをマルモッタン美術館が手にすることができるという、おいしい条件まで付けてきました。

しかし、マルモッタン美術館はこの申し出も拒否。その理由は・・・『印象、日の出』はあくまでマルモッタン美術館のシンボル的作品で、同じパリの他の美術館で展示すれば、何かと誤解のもとになる。

こうした、言ってみれば楽屋裏の出来事は、本来なら一般には知られないものですが、コジュヴァル氏はあまりに悔しかったのか、マスコミを通してマルモッタン美術館を非難してしまった・・・マルモッタン美術館の「モネ」展は、作品を貸し出さなかったことを正当化するために、急きょ決定した美術展で、まったくひどい対応だ。マルモッタン美術館は、田舎美術館だ。

これに対し、タデイ氏は、マルモッタン美術館の「モネ」展はグラン・パレよりも先に企画していたものだと反駁し、次のように付け加えました。私は田舎の美術館、それもモネの作品で溢れた美術館にいることができて幸せだ。

しかし、RMNやオルセー美術館相手にやりあったことで、マルモッタン美術館の立場が悪くなることは、タデイ氏も認めざるを得ません。モネの作品をお目当てに年間30万の入場者数がある私立のマルモッタン美術館は、その入場料と館内での書籍販売で運営されている。国の補助金は受け取っておらず、クーラー施設を取り付けるにも、メセナを募らざるを得ない状況だ。正規の館員は8名だけで、館長と言っても名誉職で、手当てはわずか月800ユーロ(約9万円)。予算の不足分は、作品の貸し出しで補っている。来年夏にはスイスの美術館でモネの多くの作品が展示されることになっているが、その貸出料は100万ユーロ(約1億3,000万円)と言われている。

しかも、マルモッタン美術館のシンボル、『印象、日の出』にしてもこの春、マドリッドの美術館に貸し出されていた! それゆえ、コジュヴァル氏の怒りは収まりそうにありません。一方、マルモッタン美術館はオルセー美術館から2008年に6点の作品を借り受けていた。これでは、今後マルモッタン美術館は、オルセーをはじめ国立の美術館から貸し出しを受けることができなくなってしまうのではないでしょうか・・・

どうも、今回の件、コジュヴァル氏とタデイ氏の馬が合わなかったことが原因のような気がします。「オルセー」を笠に着たコジュヴァル氏の威圧的な態度。一方、良く言えば反骨精神、悪く言えば意固地なタデイ氏。見事な衝突ですが、同時に、見事にフランス人気質を表しているように思えてなりません。

今回の表沙汰になったいざこざの結果、二つの「モネ」展は大盛況。特にマルモッタン美術館はモネの有名作品を多く展示しているだけに、大成功。もし、両氏の争いが、話題づくりのために事前に仕組まれたものだったとしたら・・・それこそ商業主義に毒されている! フランスよ、お前もか! しかし、文化大国・フランスのこと、たぶん、そこまでの醜さはないのでしょうね。ショー・ビジネスの世界や、何事も商売、商売の国では分かりませんが。いずれにせよ、来年初めまで、パリがモネ愛好者たちを惹きつけています。