8月24日(水)
どうやら九月は奄美の八月踊り見物へ気持ちが傾いて来て仕事が片手間になります。八月踊りは大隅半島にも存在して数カ所を祭り見物した記憶があります。地元の民俗芸能へ関心が向くには何かの切っ掛けも必要です。宮崎県と鹿児島県という行政の境目が意外にも壁になっていた時期がありました。年頃や時代や環境で民俗芸能と言う誰でも目にしそうな光景が見えなかったりします。

佐仁の八月踊り、チジンを先頭に各屋敷を訪問して庭先で踊りと唄が繰り広げられます(撮影:2007.9.19)
祭りの本質は何で有ろうと考えますが、奄美市笠利町佐仁の八月踊りを写真で眺めますと、踊り連の皆さん、女性は和服であったりしてそれなりハレの装いをされています。祭りに装いで華やかさを求めるのは何処でも同じ。日本の祭りをテレビで眺める機会が有りましたが、昨夜は土佐のよさこい祭りが放映されて、参加する若者の多さと華やかな衣装の数々、大胆な踊りの振り付け、華やいだ顔と顔、テレビ画面から放射される熱気とは言え平成の祭り本場にいる気分になりました。

最初に出会った方々も高齢化の波が近づいてきて
昨夜放映された祭りの舞台は高知市でしたが、奏でる音楽も多国籍みたいな部分も有り、祭りの場面に若者の姿が次々と現れて驚くやら嬉しいやらでした。日常において活気がなければ人も国も前へは進みませんし、何事も次世代へ引き継ぎが肝心です。つい説教調になりがちですが、祭りには人の未来へかける願いが込められていると思います。何かしら午後の眠たい時間でも祭りに想いを馳せますと、何となく明るさが眠気の中から起き上がってきそうです。

だんだん夜が更けるとチジンの音もよく響いてきます
本日、本業の不動産物件調査で出向いた先の住宅地は空地が減り住宅の軒が並ぶようになりましたが、宅地造成が始まって二〇年は経過したでしょうか、それでも住宅街としては日が浅いのか屋敷を取り巻く垣根が少なくて、大半の屋敷が境界表示のブロック壁が一段か二段程度で済ませております。言葉が滑りますと、住宅ローンの支払いが続いており屋敷を守る垣根着工まで到らないのかと思ったりしました。

チジンの音色も人により微妙に異なります
これと同じ場面を体験したのが九月に出向く奄美市笠利町佐仁集落です。何回目か訪問の折りに不動産業者意識が祭り気分の中から蘇り、各屋敷の境界はどのようになっているか?目線で調査してみました。どの屋敷も隣接屋敷との境界は胸の高さほど有るブロック壁で仕切られており紛争の発生する余地は有りません。かっては垣根とは珊瑚礁の欠片なのか、その辺はすっきりとしませんでしたが、砂地の屋敷にブロック壁は情緒をあまり感じませんが、その反面で集落が存在するに必要な厳然たるものを見た思いでもありました。

サンシンの弾き手は毎年同じ人が弾いているようです
「集落の生い立ちは集落内各屋敷の境界を見ればわかる」。自分で言うのも何ですが!何かしら不動産業者の格言になりそうな感じがします。各家庭の敷地が明確に仕切られていてこそ祭りも発生するのかな!祭りとは共同体意識と個の意識がしっかりと根付いてこそ芽生える。ご先祖様がなん世代か住み着いて初めて祭りも生まれるのかもしれません。

四年前のニセどんと彼女たち・・・またお会いしたいもの!