難聴者の生活

難聴者の日々の生活から、人工内耳など難聴者のコミュニケーション、聴覚障害者の制度改革について語る。

手話言語法に関わる難聴者からの論議

2012年07月05日 08時04分18秒 | 難聴一般
ろうあ連盟の手話言語法の取り組みはまだ広範な聴覚障害者、国民の関心にかみ合っていない。

そもそも、どのような言語、手話であってもコミュニケーションできる権利は人が生まれながらに持っている権利、自由権の問題。
しかし、その自由権は、手話で生活する権利、手話で教育を受ける権利、社会権として保障されなければならない。
どのような言語、手話を使うかは、文化や歴史的背景、教育などによって異なる。

障害者基本法の言語(手話を含む)とされたことは自由権の範囲にとどまるが、意思疎通の手段の選択の機会が与えられるというその後の記述により、手話で生活する権利、手話で教育を受ける権利、などの社会権として確立される必要があることを示している。
だから、手話言語法制定運動が行われているのだろう。

私たち、難聴者も手話で教育を受け、手話でコミュニケーションする権利がある。どのような手話かは合理的配慮により、難聴者が個別に選択する機会が与えられる。
難聴者の手話を使うのは音声と手話とを併用が私たちにとってわかりやすいコミュニケーション方法だ。

それは、補聴器や人工内耳による音声コミュニケーションが環境により大きな制約を受けており、音声の視覚的補償という形で、読話も視覚的補償の一つだが手話と併用することで理解度が高まる。

さらに、難聴者が集団の中で手話を学習することで自身の障害やコミュニケーションの状況を一歩ずつ理解し、権利意識の発芽、自立が促進されるというエンパワメント効果がある。

難聴者の手話を使う理由を積極的に位置づけ、その指導方法の確立が急がれる。

手話言語法と人工内耳は次回に。

ラビット 記
※都庁28階から

最新の画像もっと見る

コメントを投稿