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日銀の植田和男総裁へ「私の注文」 中曽宏氏ら4氏語る

2023-04-09 14:04:04 | 日記
日銀の植田和男総裁へ「私の注文」 中曽宏氏ら4氏語る

中曽宏氏/新浪剛史氏/仲田泰祐氏/ビル・ダドリー氏

時論・創論・複眼2023年4月9日 2:00 

多様な観点からニュースを考える
永浜利広さんの投稿

【この記事のポイント】

・金利に下げ余地がない中では金融政策には限界がある
・正常化の過程では混乱回避のため市場との対話重視を
・日銀の片翼飛行から抜け出し政府との二人三脚に期待
植田和男総裁による日銀の新体制が発足した。過去10年にわたる異次元の金融緩和の正常化が焦点となる。長期金利操作やマイナス金利などの政策には副作用も目立ってきた。物価や賃金が安定して上昇し、経済が成長する道筋をどのように描くか。植田日銀への注文を聞いた。
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正常化戦略、事前説明を 大和総研理事長・中曽宏氏
なかそ・ひろし 1978年東大経卒、日銀入行。13年副総裁、18年現職。金融危機対応の経験が豊富で、広い海外人脈も持つ
異次元金融緩和の総括をする際は、大胆な緩和を求め異論も許さない空気すらある中でこの政策が始まった事実を認識しておく必要がある。
日本が物価の継続的下落という意味でのデフレでなくなった点で、政策は一定の成果を上げた。
それでも2%物価目標は持続的・安定的な形での達成には至っていない。長年の低い物価上昇率に強く影響され予想物価上昇率がなかなか上がらなかったためだ。結果として緩和は長引き、金融機関の収益圧迫や債券市場の機能低下といった副作用も大きくなった。
長期金利操作は緩和の持続性を高めた。その副作用の大きさは、政策効果が経済へ波及している表れという面もある。日銀の新体制は適切なタイミングで修正・撤廃するのではないか。
その後の課題はマイナス金利政策解除であり、本格的な金融政策正常化の始まりになる。需給ギャップの改善や賃金の持続的な上昇が明確になり、2%の物価上昇率も持続するモメンタムが確認されたら日銀が適切に判断するだろう。
最近では物価・賃金情勢に従来になかった変化の兆しが出ている。政府の成長戦略も加わりこうした動きに持続性が伴えば、正常化の展望が見えてくる。
金融政策が緩和方向の時は、ある程度サプライズを演出して政策効果を高めようとした面があった。正常化への過程では意図せざる混乱回避のため市場との対話を重視すべきだ。
金融政策決定会合で何をやるかの手の内を事前に明かす必要はないにしても、正常化をどんな手順で進めるか、いかなる手法でやるかという基本戦略はあらかじめ説明した方がいい。米連邦準備理事会(FRB)が2014年にそうしたものを公表したのは、参考になり得る。
最近の米欧の金融不安については、日銀の金融政策への影響は今のところない。ただ、長期にわたった大規模緩和の巻き戻しの影響が出てくるのはこれからだ。日本も含め金融システムや経済への影響を見極めないといけない。金融規制をめぐる国際的議論の行方にも注意を払うべきだ。(聞き手は清水功哉)
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共同声明で賃上げ促せ サントリーホールディングス社長・新浪剛史氏
にいなみ・たけし ローソン社長などを経て2014年にサントリーホールディングス社長。27日に経済同友会代表幹事に就任予定
世界でインフレが進むなか、日本は賃金が上がらず、物価も上がらないというデフレのノルム(社会通念)を払拭するティッピングポイント(転換点)にある。このタイミングで植田和男氏が日銀総裁に就いた意味は大きく、今後のかじ取りは重要だ。
黒田東彦前総裁の10年間はデフレの社会通念が消えず、経営者も賃金を上げることが難しかった。現在は世界中で物価が上がり、金利も上昇するなど、風景が大きく変わった。
賃上げなど人材への投資ができない企業は、社員や社会から評価されないという危機意識を経営者が持つようになっている。サントリーホールディングスは今年の春季労使交渉で平均7%の賃上げを妥結した。
異次元緩和が続いた10年間で民間からアニマルスピリッツが失われたのではないかと危惧している。だが現在はヘルスケアや脱炭素、農業などの成長分野に投資しようと企業も前向きになっている。こうした企業の投資意欲をさらに高める必要がある。
企業が賃上げにも取り組むなか、(政府と日銀が13年に2%の物価目標を定めた)共同声明(アコード)は見直すべきだ。この10年間で日銀の力だけでは目標達成が難しいこともわかった。2%の物価目標は維持しながら、政府の役割として賃金を上げるための経済運営を新しいアコードに明記すべきだ。
政府は、日本国内への投資を促す仕組みづくりが求められる。例えば3年間といった期間を区切り、国内投資に対しての大幅減税に踏み切ることなどが考えられるだろう。国内投資に伴いイノベーションが促され、人材育成も進んだり、雇用も生まれたりする。結果的には、外国企業による日本への投資も増えるのではないか。
日銀の片翼飛行から脱し、政府と日銀がそれぞれの役割を担う二人三脚に期待している。長期金利を日銀がコントロールし続けることには無理があり、政府と連携して異次元緩和の出口への道筋をつくるべきだ。財政規律を緩めるのではなく、日本経済を民需主導に変えなければならない。(聞き手は遠藤邦生)
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予測可能な政策決定に 東大准教授・仲田泰祐氏
なかた・たいすけ 2012年ニューヨーク大博士。米連邦準備理事会(FRB)調査部主任エコノミストなどを経て、20年現職
今回の日銀総裁人事で、ベストの人材を従来よりも幅広い候補者の中から選ぶことを実践できたのは良かった。これまで日銀や財務省の出身者の起用が慣行化していたかもしれないが、今後はそういう制約にとらわれずに選べばいい。今回はベストの人材が学者だったが、次もそうとは限らない。重要なのは幅広い選択肢から選ぶことだ。
過去10年の異次元金融緩和については、様々な論文で色々なメリットとデメリットが指摘されているものの、それらが具体的にどれくらい大きいのかはあまり整理されていない。現時点で効果と副作用のどちらが大きかったかは客観的に答えられない。
そのうえで、日銀の新体制の課題とも関連する論点についてコメントする。まず2%の物価目標に関しては、2%が世界標準だから導入すれば好循環が生まれるといった議論が多かった。それは正しいかもしれないが、2%達成がどこまで日本経済の成長にプラスになるかはあまり自明でない。もともと物価目標はデフレではなくインフレの防止策として導入された歴史的経緯も知っておきたい。
また長期金利や株価にしても、人為的な力が加わり価格機能が低下したとすれば、経済学者としては気持ち悪いというのはある。
サプライズ的な政策決定が多用されてきた点は、サプライズをできるだけ無くす米国とは好対照だ。どちらがいいか簡単には言えないが、一般論として不確実性は経済に良くない。説明責任を果たし共感を得るのは重要で、なるべく政策を予測可能なものにしたほうがよさそうだ。
日本は金融政策以外にやるべき事柄が多いというのが、3年前に20年ぶりに日本に帰ってきて実感した点だ。日本経済の成長率が低い主因は低い潜在成長率なのだから、それを高めるために非効率を減らし、生産性を上げるべきだ。手段はデジタル化や労働市場の流動化、テレワーク、海外人材の活用など山ほどある。
金融政策は本来強力な政策手段だが、金利の下げ余地があまりない中で多くのことはできない。過大な期待は修正されたほうがいい。(聞き手は清水功哉)
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2%目標は維持が妥当 ニューヨーク連銀前総裁 ビル・ダドリー氏
William C. Dudley 2009〜18年ニューヨーク連銀総裁。米プリンストン大の経済政策研究所シニア・リサーチ・スカラー
日銀を10年間率いた黒田東彦氏は、日本のインフレ予想を押し上げ、(利下げ余地がなくなる)ゼロ金利制約から抜け出すために必要な環境を整えることに強くコミットしていた。そのために続けてきた金融緩和は、最終的には成功するだろうと考える。
ただ、日銀が(これまでの大量購入で)国債市場において大きな役割を占める状況やイールドカーブ・コントロール(長短金利操作)をどのように正常化するかを見極める必要がある。現時点で黒田緩和の業績を評価するのは時期尚早だ。
足元の日本の物価上昇率は確かに高まっているが、重要なのは中長期的に2%の物価上昇が起きると家計や企業が確信し、インフレ予想が変化することだろう。一般的に2%の物価上昇を達成するには3%以上の賃上げが必要だ。日銀は物価の上昇がインフレ予想と賃金の上昇につながるかを確認しようとしている。
植田和男総裁が長期金利のゼロ%程度への誘導策やマイナス金利政策をいつ解除するかは、経済見通しによって変わる。長短金利操作の必要性はかなり低くなり、2%の物価目標達成に向けた進展もみられる。現時点で日本への影響は小さいとみるが、米欧の銀行業界で生じた混乱の影響の見極めも必要だ。
過去15〜20年間の日本で驚いたのは、国内総生産(GDP)比で高水準の債務を抱えているにもかかわらず、これまでのところ財政が持続可能だったことだ。日本の国債は多くを自国の投資家が保有し、外国人にさほど依存していないのが大きい。日本の財政状況が、日銀の目標達成や政策を妨げることはないだろう。
日本が今後も2%の物価目標を維持するのは妥当だ。金融環境が緩和的か引き締め的か決めるのは名目金利からインフレ予想を差し引いた「実質金利」だ。インフレ予想がゼロだと名目金利をさほど上げられず、経済が悪化した際に利下げする余地が限られる。先進国では2%よりさらに高い目標を掲げるべきか議論の余地があるが、まだ明確に2%目標を達成できていない日本では早計だ。(聞き手はニューヨーク=斉藤雄太)
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〈アンカー〉成長を支える 頼れる脇役へ
異次元緩和10年の経験は金融政策の限界を示した。企業収益や雇用環境の改善などで一定の効果はあったが、日本経済の実力を上げ人々が十分に豊かさを感じられるようにしたかは疑問だ。10年前に0.9%程度あった日本の潜在成長率(日銀推計値)は2022年10〜12月期に0.3%程度に低下した。主役になるべきなのは金融政策でなく成長戦略ということだろう。
むろん金融政策の役割が消えるわけではない。成長力強化に向けた政府や企業の努力を緩和的な金融環境を整えて支援する姿勢は当面必要だ。大震災などの危機発生時には潤沢な資金供給で対応することも欠かせない。一方で緩和策の円滑な継続のためには副作用を軽くする政策修正も意味を持つ。新総裁のもと金融政策は頼りになる脇役として経済を支え続け、将来の政策正常化への道も開いてほしい。
(編集委員 清水功哉)

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