
© ダイヤモンド・オンライン 提供 Photo: barks / PIXTA
国際社会において
孤立感が高まる中国
香港の混乱や新疆ウイグル自治区の人権問題などで、国際社会における中国への批判が高まっている。
これまであまり明確な姿勢を示してこなかった英国など、欧州諸国の間からも批判が鮮明化している。
米国のトランプ政権も、わが国とインド、オーストラリアとの連携によって「自由で開かれたインド太平洋」を目指すスタンスを一段と明確にしてきたため、国際社会における中国の孤立感は一段と高まっている。
中国はこの状況を打開しようと、アジア新興国などに経済面から秋波を送り始めた。
それがRCEP(東アジア地域包括的経済連携)協定に中国が署名した理由だ。
このように中国は通商面を中心に世界各国に対して自国との連携を呼びかけ、発言力の回復を目指すだろう。そして米国は中国により強く圧力をかけることとなる。
各国の対中姿勢の厳格化によって最も影響を受けると考えられるのが、文在寅(ムン・ジェイン)政権下の韓国だ。
米国はサムスン電子の生産拠点であるベトナムを「為替操作国」に認定
韓国が重視する中国の関税障壁の引き下げ姿勢が、どのような結果をもたらすかは不透明だ。
それに加えて、米国は12月16日、サムスン電子を筆頭に韓国企業が生産拠点として重視するベトナムを「為替操作国」(為替相場を不当操作する国)に認定した。
経済面を中心に、韓国を取り巻く世界情勢は厳しさを増しているとみるべきだろう。
8月以降、中国を取り巻く世界情勢が大きく変化している。
それは、今後の世界経済の展開を考える上で重要だ。
リーマンショック後の世界経済において、対中関係を重視する国は増えた。
独メルケル政権の対中政策はそうした例の一つといえるだろう。
しかし、新型コロナウイルスの感染発生・拡大を境に状況は大きく変わった。
特に、8月に米国とオーストラリアが「2プラス2(2カ国の外務・防衛担当閣僚の協議)」を開催し、中国への懸念を明確に表明したインパクトは大きい。
豪州にとって中国は鉄鉱石や農産品を中心とする最重要の輸出先だ。
それにもかかわらず豪州政府は香港や新疆ウイグル自治区での人権問題に強い懸念を表明し、南シナ海での中国の領有権も否定した。
それは、安全保障の確立こそが、自国の経済と社会の安定に欠かせないという危機感の表れにほかならない。
それ以降、中国を取り巻く国際世論は急速に変化した。
9月に入ると、英独仏が連名で南シナ海における中国の領有権を認めない立場を表明した。
重要なことは、ブレグジット(英国のEU離脱)交渉が難航する中にあっても、対中政策において英独仏が、日米豪印に足並みをそろえ始めたことだ。
新型コロナの感染再拡大と変異株の発生によって英国経済はかなり厳しい状況にある。
その分、今後の景気回復を目指すため、同国にとってアジア新興国の重要性はかつてないほどに高まっているといえる。
英国は日米との連携を強化するため、来年初めにも最新鋭空母「クイーン・エリザベス」を、沖縄県などの南西諸島近海に派遣する。
また、人権問題に敏感なドイツは、インド・太平洋外交のガイドラインを取りまとめ、わが国など自由資本主義体制を取る国との連携強化を打ち出した。
言い換えれば、「融和姿勢によって中国の民主化を促すなどして、共産党政権を国際社会のルールに従わせることは難しい」という米国の考えにドイツも賛同し始めたのである。
ドイツもインド太平洋地域に軍艦・フリゲート艦を派遣することを表明した。さらにフランスは、日米との共同訓練を予定している。
対中政策で足並みをそろえる欧米諸国と
それに反発する中国
日米豪印の4カ国に、英独仏の欧州3カ国も加わり、安全保障面からの対中包囲網は強化されている。
国際社会における中国の立場はかなり厳しい状況に置かれることとなった。
こうした状況は、米バイデン次期政権下も変わらないだろう。
その鍵を握るのが台湾だ。
中長期的に世界経済のDXが進み、IT関連の投資は増加するだろう。半導体の設計開発をはじめ、米国企業はソフトウエア開発の強化を重視し始めた。
その主導権を握るために米国は、世界最大の半導体ファウンドリ(受託製造企業)である台湾のTSMC(Taiwan Semiconductor Manufacturing Company)を自陣にとどめなければならないのである。
米国経済にとって、半導体製造拠点としてTSMCの重要性は増しており、一方で米国は、中国の大手・半導体ファウンドリであるSMIC(中芯国際集成電路製造)への規制を強化した。
中国共産党政権は、こうした米国の圧力に対抗しなければならない。
足元では、ラオスと並ぶ親中国のカンボジアが、中国・シノバック製のワクチン調達を見送った。
中国がRCEPへの署名に加えて、TPP参加への積極姿勢を示したのは、中国から距離をとろうとする国との関係をつなぎとめ、国際社会での孤立を食い止めるためだ。
ワクチン外交によって新興国などとの関係修復・強化につなげたい中国は、通商面での連携やインフラ開発支援などをより積極的に提示し、国際世論への影響力向上を目指すだろう。
中国共産党政権は、国家資本主義体制の強化にも取り組んでいる。
半導体企業の所得税の減免は、製造技術面をはじめとする対米依存の脱却を目指す取り組みだ。
それに加えてSMICは、TSMC出身の人材を経営陣に招き、製造能力の向上を目指している。
今後の経済と国際社会への影響力発揮に欠かせない、半導体製造。こうした半導体製造に関するヒト・モノ・カネの面で、米中の対立には拍車がかかっている。
韓国は国際社会の中で
自国の主張を伝えることが難しくなる
その状況下、厳しい状況を迎える恐れがあるのが韓国だ。
なぜなら、文大統領は一貫して、安全保障面では米国、経済面では最大の輸出先である中国、外交面では北朝鮮を重視してきた。
英独仏のように、安全保障面で対米関係を重視する国は増えている。
それに対して文大統領は、TPP参加を重視する姿勢を示した中国の意向をフォローするようにして、TPP参加を検討する姿勢を初めて示した。
しかし中国のTPP参加のハードルは高い。
まず、中国の参加には、TPPに参加している11カ国の了解が必要だ。
また、RCEPに比べてTPPでは、補助金や知的財産の保護に関して厳格なルールを各国が共有する。
中国がTPPに参加することは、口で言うほど容易なことではない。中国の対外姿勢は変わりつつあるが、それが成果をもたらすか否かは不透明だ。
そうなると、主要国とは対照的に、経済面で対中関係を優先しているとみられる韓国は、国際社会の中で自国の主張を各国に伝えることが難しくなるだろう。
それは輸出依存度の高い韓国にとってマイナスとなり、文政権の経済運営は一段と難しくなる。
サムスン電子が強化してきたベトナム事業をめぐる不確定要素が増加
それに加えて、韓国企業を取り巻く世界経済の環境も変化している。
韓国最大の企業であるサムスン電子は、台湾のTSMC超えを目指して設備投資を積み増す。
ただしTSMCに比べてサムスン電子は、顧客へのサービス、柔軟な生産対応力、国際シェアといった点で劣後している。
TSMCがいち早く米国重視の立場を表明したことも、顧客の安心感を高めた。
これまで積極的に設備投資を積み増し、業績拡大につなげてきたサムスン電子が、今後も同じように成長を実現できるかはわからない。
同社の中興の祖である故イ・ゴンヒ氏の相続税負担が、同社の事業運営体制に与える影響も小さくはないだろう。
さらに、サムスン電子が強化してきたベトナム事業をめぐる不確定要素も増えている。
先述の通り、米国はベトナムを「為替操作国」に認定した。
協議によって問題が解消しない場合、米国は制裁措置の一環としてベトナムに関税を課す可能性がある。
サムスン電子はスマートフォンの約5割をベトナムで生産する。
同社はベトナムの輸出の25%を占める。
仮に、米国がベトナムに制裁関税を課せば、サムスン電子の業績には無視できない影響があるだろう。
それは、同社の業績の恩恵にあずかるようにして雇用と所得環境の改善を実現してきた韓国経済を下押しする。
バイデン政権下の米国が、WTO(世界貿易機関)などの国際機関において各国の利害調整役を果たすことも期待しづらい。
外需依存度の高い韓国経済の不安定感は高まりやすい。
韓国の国際社会における立場と景気先行きへの懸念が高まる中、文政権は急速にわが国に接近して秋波を送り始めたように見える。
それが示唆することは、韓国の社会と経済を取り巻く世界情勢が想定される以上に厳しさを増しているということだろう。
(法政大学大学院教授 真壁昭夫)