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申命記24章

2022年03月22日 09時36分17秒 | 申命記
申命記24章 弱い者を思いやる
1.離縁された女性に配慮する社会(1-4)
まず、離婚の際の女に対する配慮が語られます(1-4)。1節「恥」と訳された語は「裸」「不名誉な行為」「無作法な言動」と幅広い意味があります。つまり「何か恥ずべき事」には不貞(マタイ19:9)、身体的な欠陥、性格上の問題まで、幅広い意味があります。大切なのは、どんなことであれ離縁する時には、その根拠を明らかにし、きちんとした手続きを取ることだ、と言います。もちろん、これは後に悪用されたように、夫の離縁権を主張するものではなく、むしろ離婚を慎重に行わせ、弱い女性を守るためのものでした。また一度離縁した女性と復縁することは許されないと言います。というのも一度、妻として失格の烙印を押した女性を取り戻そうなど、実に身勝手で、後でその女の良さがわかったなどと言っても遅いのだ、女はモノじゃないんです、というわけでしょう。
2.家庭の重要性を認め新婚家庭に配慮する社会(5)
次に新妻をめとった者は、1年間は家にいてその祝福を喜び、子をもうけ、家系を絶やさないように配慮されるようにと教えられます。子孫を設け、共同生活の最初で最小の単位を大切にするように、というわけです。人間尊重のこの神の姿勢こそ、あらゆる人道行為の基礎です。人間が大事にされるのは、神の意思なのです。
3.困窮者に配慮する社会(6)
 ひき臼や上衣を質に入れるのは原始社会では貧困のしるしです。経済的に困窮している者から、ひき臼を質に取るのは生存を脅かす行為です。ひき臼は上下二個の円盤状の石からなり、上石を回して穀粒を引き砕き、粉にします。それは、日毎の食物を作るのに、必要不可欠な調理器具で、毎朝女たちがパンを作るために使用するものでした。それを取られるというのは、家族の生活を脅かしたのです。神は、借り手の必要と感情に配慮しなさい、と言います。
4.正しい雇用に配慮する社会(7節)
次に、奴隷の考え方。聖書は、奴隷を世間の常識のように、モノとは考えないのです。さらうようにして、あるいは奪うようにして奴隷にしてはならない、と言います。誰かに仕事をさせようとするなら、正しく雇用し、暴利をむさぼらないこと。神の民は、この点においても違うのだ、ブラックなことをしてはいけない、と明快です
5.裁かれた者や祭司に配慮する社会(8-9節)
またツァラートの問題について言えば、ここで強調されるのはミリヤムの事件です。つまり、それは、祭司、また牧師の言うことが軽んじられることへの忠告です(レビ13、14章)。上に立つものが逆の意味で弱くされることがあります。彼らに従わないことは、ひき臼を質に取るのと同じであり、誘拐者が暴力をふるうのと変わらない、と言います。
6.借主に対して配慮する社会(10-13節)
今着ている着物を担保にするしかない貧しい人には、日没には、その担保とした着物を必ず返さなければならいとします。また担保を取る際に(10-13)、貸主は外に立って、待っているべきであるとします(10-11)。自分の強い立場を誇示しない、弱い人を思い図ることもなく、土足で人の家に上がり込むようなことはしてはならない、と言うのです7.困窮している者に対して配慮する社会(14-15節)。
また、どんな人であれ貧しく困窮している者への賃金の支払いを引き延ばすことがあってはなりません。自分がかつて奴隷とされ、搾取されていた時の惨めな気持ちを忘れず、同じような境遇の人を思い図りなさい、ということでしょう。
8.連帯責任に対する配慮を持つ社会(16節)
一人の罪のために家族が連座して死刑にされる、古代オリエントにはそんな習慣がありました。しかし、神の民の間ではもはやそのような習慣はなしです。人が罰せられるのは、あくまでもその人自身の罪のためだけです。
9.在留異国人、みなしご、やもめに配慮する社会(17ー22) 
また、農作業において、在留異国人や、みなしご、やもめ、いわゆる社会的弱者の生活のすべを確保し、配慮するように、と教えられます。
なんとも、良識感覚のある教えであり、神がこのようなことを懇ろに、人に教えると言うこと自体が感動です。神はただ、ご自身が神であり、神を礼拝するようにと教えられるのではなく、人が互いに思いやりをもって、支えあい、助け合う社会を作ることを教えるのです。教会が考えるべきこともまずこのようなことでしょう。キリスト者は、聖書に教えられて、まず人間として、できているはずなのにできていない、あたりまえの感覚を養い育てていくことが期待されているのです。謙虚に心を使い、社会的弱者への関心を持ち、社会的な公正を守り、配慮ある社会を作る、信仰は、人間と人間関係を豊かにするものなのです。では今日もよき一日となるように祈ります。

<クイズコーナー>
最初に、昨日のクイズです。エドム人は、誰の子孫とされているでしょうか?答えはイサクの長子で、ヤコブの兄、エサウでした(創世記36:1-19)。では、今日の聖書クイズを一つ、律法で死に値すると言った場合、ユダヤ人の間で最も一般的な死刑の方法はなんであったでしょうか?①石打ち、②火刑、③十字架刑、答えはまた明日。では今日もよき一日となるように祈ります。

<天草さんのフォローアップ>
パスターまことの聖書通読一日一章をフォローし、さらに掘り下げにチャレンジしている、天草さんのサイトはこちら⇒「天草幸四郎」http://progress-to.jugem.jp/
私の願いは、聖書が国民の愛読書になることです。

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