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人生💯倍の励まし😊【聖書】列王記第二25章 あわれみ深い神

2022年08月30日 08時09分12秒 | 列王記
25章 エルサレム陥落
1.エルサレム陥落
25章は、エルサレムが陥落、ユダ南王国の終焉の記録です。エルサレムの包囲は、実際には、BC588年1月15日に始まったとされます。ネブカデネザルは、この戦いに介入する恐れのあるエジプトを阻止するため、リブラにおり、フェニキヤの諸港を封鎖していました。ですから実際にエルサレムを包囲していたのは、侍従長のネブザルアダンでした。彼はユダ南王国を兵糧攻めにし、確実に弱らせて落とす方針を取りました。エルサレムで発掘されたおそらくこの時代の便器が見つかっており、その付着物を分析した結果、この兵糧攻めでエルサレムの住人はどうやら燃料に不足し、生肉を食べていたと推測されています。包囲は約2年続き、まずユダ南王国の王が、その包囲を北側で突破し、夜の内にアラバへの道を急いだと言います。恐らく、アラバの峡谷と死海南岸を通って逃げ延び、アンモン人のベアリスと合流し、反逆の機会を狙おうとしたのでしょう。しかし、王はその途上捕らえられ、王の兵士たちも四散しました。王の子らは皆虐殺され、王は目をつぶされてバビロンに連れ去られていきます。また、町に残されていた民も、群衆も、捕らえ移され、主の宮の最後の宝物というべきもの、つまり青銅の柱と青銅の海などが、ことごとく、バビロンに持ち去られました。エルサレム陥落です。BC587年8月頃であったとされます。エルサレムはことごとくはぎ取られ、焼き打ちにされ、色あせた世界になってしまいました。 
しかし、それらは皆、エレミヤによって預言されていたことでした。エレミヤは言うのです。「あなたがたはバビロンの王のくびきに首を差しだし、彼とその民に仕えて生きよ」(エレミヤ27:12)バビロンのくびきを拒むなら、滅び以外に道はないと警告されていたのにもかかわらず、ゼデキヤはネブカデネザルに反逆したのです。つまり、ゼデキヤは、エレミヤを通して語られた神のことばを信用せず、結果主にも逆らってしまったのです(2歴代誌36:12,13)。しかしそれは、ゼデキヤの周りにいた偽預言者の誘惑も大きいものでした。彼にとって、バビロンの没落を告げるハナヌヤのことばは、エレミヤのメッセージよりも受け入れやすいものでした(エレミヤ28章)。彼自身の願望を後押しするものであったわけです。しかしそのような弱さを持つのはゼデキヤばかりではありません。人は常に自分の思いを支えることばを探し求めるものです。カウンセリングと称しつつ、ホントのところは自分の思いを後押しするカウンセラーを求めているだけ、ということがあるものです。信仰は願望を遂げる道具ではありません。
2.イスラエル再生の希望
エルサレムは滅亡しました。絶望的な終局を迎えた後で、列王記の著者は、二つのエピソードを加えます。一つは総督ゲダルヤの、バビロンの王に仕えて幸せになるように、というメッセージです。エレミヤのことばの真実さが明らかにされた以上、それは当然受け入れられるべきことでした。しかし、残念なことに、それを受け入れない人々がいた、とされます。
また、もう一つのエピソードはユダの王エホヤキンの釈放と立場の変更です。BC562年3月または、BC561年4月の事とされますが、バビロンでは、ネブカデネザルからエビル・メロダクに王位が変わっていました。エホヤキンに対する処遇は、戴冠の大赦のようなものではなく、父ネブカデネザルの政策に対する故意的な反動であったと考えられていますが、エホヤキンが従順であったことも、功を奏したと言えます。
これら二つのエピソードは、神は厳しい裁き主だけではないことを伝えています。神はあわれみ深い裁き主です。神はいつまでも怒ってはおられません。神はイスラエル再生の希望を示されました。実際、イスラエルはやがて故郷に連れ戻されエルサレムとその神殿を再建していきます。たとえ神の裁きを受け、隷属する身になろうとも、その身に甘んじることが主への従順であり、主のご計画に与ることです。へりくだり、神のことばに心を開き、忠実な歩みをしていくことが祝福の道なのです。では今日もよき一日となるように祈ります。

<クイズコーナー>
最初に、昨日のクイズです。BC605年、バビロンの王がエジプトのファラオ・ネコを打ち破り、またその際に、ヨシヤがエジプトのファラオ・ネコに殺される結果となった、世界史上有名な戦いは何と言うでしょうか?①カルケミシュの戦い、②カルカルの戦い、③カデシュの戦い、①カルケミシュの戦い。では、今日の聖書クイズです。バビロニア帝国を築いた民族は何人と呼ばれているでしょうか?①アンモン人、②ペリシテ人、③カルデア人、答えはまた明日。では、今日もよき一日となるように祈ります。
1. Fall of Jerusalem
Chapter 25 records the fall of Jerusalem and the end of the Southern Kingdom of Judah. The siege of Jerusalem actually began on January 15, 588 BC. Nebuchadnezzar was at Ribla, blockading the ports of Phoenicia to prevent Egypt from intervening in the war. So it was his captain, Nebuzaradan, who was actually besieging Jerusalem. He adopted the policy of starving the southern kingdom of Judah, making sure it was weakened and taken down. Urinals excavated in Jerusalem, presumably from this period, have been found, and analysis of the deposits suggests that the inhabitants of Jerusalem apparently ran out of fuel and ate raw meat during the starvation. The siege lasted about two years, and it is said that the King of the Southern Kingdom of Judah first broke through the siege on the north side and hastened his way to Arabah during the night. Perhaps he escaped through the Valley of the Arabah and the southern shores of the Dead Sea, where he hoped to join up with Beerith the Ammonites and seize the opportunity to rebel. But the king was captured on the way, and his soldiers were scattered. All the king's children were slaughtered, and the king was blinded and taken away to Babylon. And all the people and crowds that were left in the city were taken captive, and all the last treasures of the house of the Lord, the pillars of bronze and the sea of bronze, were taken away to Babylon. The fall of Jerusalem. It is said to have been around August 587 BC. All Jerusalem was stripped, burned, and turned into a faded world. 
But they were all prophesied by Jeremiah. Jeremiah says. “Bow your neck under the yoke of the king of Babylon; serve him and his people, and you will live.” (Jeremiah 27:12). Nevertheless, Zedekiah rebelled against Nebuchadnezzar. In other words, Zedekiah did not trust the word of God spoken through Jeremiah, and as a result he also rebelled against the Lord (2 Chronicles 36:12, 13). However, the temptation of the false prophets around Zedekiah was also great. Hananiah's words of Babylon's fall were easier for him to accept than Jeremiah's message (Jeremiah 28). It was an endorsement of his own aspirations. But Zedekiah was not the only one with such weaknesses. People are always looking for words to support their thoughts. Although it is called counseling, in reality, there are times when you are just looking for a counselor who will support your thoughts. Faith is not a wish-fulfillment tool.
2. Hope for the rebirth of Israel
Jerusalem is destroyed. After meeting the hopeless end, the author of Kings adds two episodes. One is Governor Gedaliah's message to serve the king of Babylon and be happy. Since the truth of Jeremiah's words had been revealed, it should have been accepted. Unfortunately, it is said that there were people who did not accept it.
Another episode is the release of Jehoiachin, king of Judah, and his change of position.
In March 562 BC or April 561 BC, the Babylonian throne was changed from Nebuchadnezzar to Evil Merodach. Although Jehoiachin's treatment is thought to have been a deliberate reaction to the policies of his father Nebuchadnezzar, rather than a coronation amnesty, Jehoiachin's obedience also paid off. 
These two episodes tell us that God is not only a harsh judge. God is a merciful Judge. God doesn't stay angry forever. God has shown hope for the rebirth of Israel. In fact, Israel will eventually be brought back to his hometown and rebuild Jerusalem and its temple. Even if we are subject to God's judgment and become slaves, we are obedient to the Lord and participate in the plan of the Lord. Humbleness, openness to the word of God, and walking faithfully are the path to blessing. I hope you have a good day today.

<Quiz Corner>
First, yesterday's quiz. What is the famous battle in world history in 605 B.C. where the King of Babylon defeated Pharaoh Necho of Egypt and in the process Josiah was killed by Pharaoh Necho of Egypt? 1) Battle of Carchemish, 2) Battle of Karkar, 3) Battle of Kadesh, 1) Battle of Carchemish. Here's today's Bible quiz. What is the name of the people who built the Babylonian Empire? 1) Ammonites, 2) Philistines, 3) Chaldeans, the answer will be tomorrow. I hope you have a good day today.


人生💯倍の励まし😊【聖書】列王記第二24章 主は正義

2022年08月29日 07時26分38秒 | 列王記
24章 南ユダの没落
1.エルサレムの滅亡、マナセの罪
24章は、南ユダ王国の滅亡、バビロン補囚の記録となります。南ユダ最後の王たちは、エホアハズ以降、イスラエルの歴史はさらに22年6ヶ月、4代続きますが、いずれも評価の悪い王たちです。つまり、ユダが滅びたのは、強大なバビロンの力がパレスチナに及んだためではなく、神の裁きによる、神がバビロンを用いられたのだ、というのです。
実際、この時代の王エホヤキムは、神が遣わした預言者エレミヤが書にした神のことばを焼き捨ててしまった王です。彼は主を恐れるところがなく、主の前に悔い改めることもしませんでした(エレミヤ36:24)。彼は悪名高きマナセ王と同様であったのです(3節)。マナセ王は、神殿に偶像を持ち込み、あらゆる偶像崇拝を南ユダにもたらしましたが、それ以上に、罪のない者、敬虔な者を弾圧しています。伝承によれば、イザヤは、マナセの時代に、鋸で真っ二つに挽かれたとされます(ヘブル11:37)。神がマナセを赦そうとされなかったのは、ただ悪者だったと言う以上に、罪の赦しを告げ知らせる神のことばを拒み、神のことばを退けた結果です。人は、神に滅ぼされるのではなく、自ら神の赦しを拒むことで滅びを刈り取ると言うべきでしょう。
それは今日も同じです。イエス・キリストにある罪の赦しを拒み続けるならば、そこに赦しがないことは当然のこと(マタイ12:31)。神はただ裁きを宣告されているのではない、赦しを提供しておられるのに、その赦しを拒むなら、滅びを刈り取る以外にないのです。
2.エルサレムの最期
エホヤキムの後を継いだのはその子エホヤキンでした。彼もまた、「すべて先祖たちがしたとおり、主の目の前に悪を行った」(9節)と評価されています。つまり悔い改めのない人生であり、神を認めない人生であった、ということです。
ネブカデネザルは、エルサレムを包囲し、攻撃し、ついにエホヤキムを捕え(2歴代誌36:6)、エホヤキムに代わって王となっていたエホヤキンも、バビロンに降伏するのです。神の下された裁きを彼らは身に受けていくことになります。
14節は、バビロン捕囚(BC598-597年)の状況を伝えています。捕え移された者は、国の指導者層の人々、兵士、職人、鍛冶屋であり、貧しい民衆だけが残されました。こうしてイスラエルは解体され、国の道を誤らせた者たちが約束の地から排除されていきます。異教の国々の神々を愛するのならば、異教の国々に住み着くがよい、エルサレムは神のおられる聖なる都である、ということではないでしょうか。教会もそのようなものかもしれません。やはり教会は、神がおられるところ、主の御名が呼び求められるところ。主が中心におられるところです。その神を大切にし、その神に従う心がなければ、教会から引き釣り出されてしまう。主の恵みの晩餐の機会を失うというのも理解できます。神がおられると信じて歩むならば、その神がおられるところ、その神を愛する者の交わりをも大事にしてまいりたいところです。
ネブカデネザルは、エホヤキンに代わって叔父のマタヌヤを王とし、その名をゼデキヤと改名しました。ゼデキヤは、「主は正義」を意味します。ネブカデネザルは単純に、この名を自分の戦勝を記念して付けたようです。けれども、それは実に象徴的でした。つまりエルサレムに起こったすべてのことは、神の裁きの結果である、ということです。歴史上に起こることも、皆神のなさること。そして神は正しいことをなされるのです。正しいことをなされる神を恐れて歩ませてまいりましょう。では今日もよき一日となるように祈ります。

<クイズコーナー>
最初に、昨日のクイズです。エルサレムとオリーブ山を分ける谷を何と呼ぶでしょうか?①チロペオンの谷、②キデロンの谷、③ヒノムの谷、答えは②キデロンの谷です。では、今日の聖書クイズです。BC605年、バビロンの王がエジプトのファラオ・ネコを打ち破り、またその際に、ヨシヤがエジプトのファラオ・ネコに殺される結果となった、世界史で有名な戦いは何と言うでしょうか?①カルケミシュの戦い、②カルカルの戦い、③カデシュの戦い、答えはまた明日。では、今日もよき一日となるように祈ります。

Chapter 24 Fall of South Judah
1. Destruction of Jerusalem, Sin of Manasseh
Chapter 24 is a record of the downfall of the southern kingdom of Judah and the exile in Babylon. The last kings of southern Judah, after Jehoahaz, continue the history of Israel for another 22 years and 6 months, 4 generations, but they are all bad kings. In other words, Judah was destroyed not because the mighty power of Babylon reached Palestine, but because of God's judgment and God's use of Babylon.
In fact, the king of this age, Jehoiakim, is the king who burned the word of God written by Jeremiah, the prophet sent by God. He was fearless of the Lord and did not repent before Him (Jeremiah 36:24). He was like the infamous King Manasseh (v. 3). King Manasseh brought idols into the temple and brought all kinds of idolatry to southern Judah, but more than that he persecuted the innocent and the pious. According to tradition, Isaiah was sawn in half in the time of Manasseh (Hebrews 11:37). God's unwillingness to forgive Manasseh was more than simply saying that he was a wicked man; It should be said that people reap destruction by refusing God's forgiveness, rather than being destroyed by God.
It is the same today. If we continue to reject the pardon of Jesus Christ, it is no surprise that there is no pardon (Matthew 12:31). God has not just pronounced judgment, He offers forgiveness, and if He refuses it, He will have no choice but to reap destruction.
2. the end of jerusalem
Jehoiakim was succeeded by his son Jehoiachin. He, too, is credited with having done evil in the sight of the Lord, as all his fathers had done” (v. 9). In other words, it was a life without repentance, a life that did not recognize God.
Nebuchadnezzar besieged Jerusalem, attacked it, and finally captured Jehoiakim (2 Chronicles 36:6). They will receive the judgment given by God.
Verse 14 tells the circumstances of the Babylonian captivity (598-597 BC). Those deported were the country's leaders, soldiers, craftsmen, and blacksmiths, leaving only the poor populace. Thus Israel will be dismantled and those who have misled the nation will be expelled from the promised land. If they love gods of the heathen nations, let them settle in the heathen nations, and Jerusalem is the holy city where God is. The church can be like that too. After all, the church is where God is, where the name of the Lord is called. It is where the Lord is centered. If you don't have the heart to cherish that God and obey that God, you will be dragged out of the church. Losing the opportunity to have the Lord's Supper of Grace is understandable. If we walk by believing that there is a God, we would like to cherish where that God is and fellowship with those who love him.
Nebuchadnezzar replaced Jehoiachin with his uncle Mataniah as king and renamed him Zedekiah. Zedekiah means "the Lord is righteous". Nebuchadnezzar seems to have given this name simply to commemorate his victory. But it was really symbolic. In other words, everything that happened to Jerusalem was the result of God's judgment. Everything that happens in history is the work of God. And God will do what is right. Let us walk in fear of the God who does what is right. I hope you have a good day today.

<Quiz Corner>
First, yesterday's quiz. What do you call the valley that separates Jerusalem from the Mount of Olives? (1) Valley of Tyropeon, (2) Valley of Kidron, (3) Valley of Hinnom, the answer is (2) Valley of Kidron. Here's today's Bible quiz. What is the famous battle in world history in 605 B.C. where the King of Babylon defeated Pharaoh Necho of Egypt and in the process Josiah was killed by Pharaoh Necho of Egypt? (1) Battle of Carchemish, (2) Battle of Karkar, (3) Battle of Kadesh, the answer will be tomorrow. I hope you have a good day today.

人生💯倍の励まし😊【聖書】列王記第二23章 改革

2022年08月28日 07時08分09秒 | 列王記
23章 ヨシヤ王の改革
1.ヨシヤの宗教改革
ヨシヤ王は、徹底した宗教改革を行いました。主の本堂にあったバアルやアシェラの器物、アシェラ像(4、6節)、主の宮の中にあった神殿男娼の家(7節)、ユダの町々にあった高き所(8節)、ベン・ヒノムの谷にあるトフェテ(10節)、太陽の車(11節)、歴代の王たち(アハズ、マナセ、ソロモン、ヤロブアム)が作った異教の祭壇(12節)、サマリアの町々の高き所(19節)、そして、霊媒、口寄せ、テラフィム、偶像、とユダの地とエルサレムに見られるすべての忌み嫌うべき物(24節)、等、偶像という偶像がすべて取り除かれました。そして本来のイスラエルの宗教祭儀を復活させたのです。おそらく、町の様子は一変するものとなったことでしょう。
聖書記者は、ヨシヤについて「モーセのすべての律法に従って、主に立ち返った王は、彼の先にはいなかった。彼の後にも彼のような者は、ひとりも起こらなかった」(25節)と評価しています。それは徹底した悔い改めでした。
2.聖書に基づく改革
何が、ヨシヤをそのように動機づけたのか。それは、単なる反アッシリア、イスラエルのナショナリズムによるものではなく、契約の書との出会いによるものでした。ことにそれは申命記であったとされるのは、彼の行動が申命記に基づいていると見なされるからです(申命記18:6-9、23:9など)。彼はまさに神の御言葉に捕らえられたのです。
しかしヨシヤ王の徹底した宗教改革にも関わらず、「主はユダに向けて燃やされた激しい怒りを静めようとされなかった」(26節)とあります。確かに、人間が悔い改めて、よい業を積み重ねたどころで、罪の結果を贖うことはできないものでしょう。また、神が、人間の態度に一喜一憂しながら、歴史の流れを変えていくこともありえません。一々神がそのようなことをしていたら、世界の秩序はめちゃめちゃです。ただ神は、人間の小さな感情を見過ごしたり、見逃したりする方ではないことも事実です。神はヨシヤが心を痛めて主の前に遜って泣いたことを見ておられ、ヨシヤの願いを聞き入れています。神が聞き入れることと、聞いてはいるものの、応じられないこともある、と言うべきでしょう。
3.ヨシヤの死
その差は、どこにあるのか。ヨシヤの死が、考えるヒントを与えてくれます。BC612年、アッシリアの首都ニネべがメディア、スキタイ、新バビロニア連合軍によって陥落すると、アッシリア亡命軍はハランに遷都しました。さらにBC609年、アッシリア亡命軍は、新バビロニア連合軍の脅威にさらされてカルケミシュへ移動を余儀なくされました。ヨシヤは、これを助けようとするエジプトを阻止しようと動き出すのです。ヨシヤは、メギドでエジプト軍を待ち伏せし、葬りさるつもりでした。メギドは、カルメル山脈の谷間に位置し、海の道は、その谷間を通り抜ける形でした。つまり、彼は、谷間の両サイドから、エジプト軍を挟み撃ちにし、絶滅させようと考えたわけです。ところが、そのような戦略的に優位な地点で、エジプト軍を打ち破れないほどに、ユダ南王国の軍隊は弱体化していたのです。かつてヒゼキヤの時代、ユダ南王国は、アッシリアとの戦争に負けた時に、神殿の扉からはぎ取って、銀300タラントと金30タラントの戦争賠償金を支払いました。今度は、銀100タラントと金1タラントの戦争賠償金を、国民からかき集めて支払う他ない状態でした。ユダ南王国の終焉が近づいていたのです。
ともあれ2歴代誌を読むと、エジプトの王ネコは、ヨシヤ王に、余計な邪魔をしないように警告していることがわかります(35:21)。そして神のみこころを第一とするヨシヤが、「神の御口から出た王ネコのことばに聞こうとしなかった」(22節)と聖書は言います。神の言葉に従うというのは、聖書のことばに杓子定規に従うということではないでしょう。しばしば信仰は常識的判断を飛び越えてしまうことがあります。確かに信仰は超常識な部分はあっても非常識にはなりません。信仰は、私たちの思うところが念じて遂げられるというものではないのです。神の主権に服しながら、神に必要を訴え、その恵みに与ることが大切なのです。では、今日もよき一日であるように祈ります。

<クイズコーナー>
最初に、昨日のクイズです。女預言者フルダが住んだエルサレムの第二区は、神殿のどのあたりに位置したと考えられているでしょうか?①神殿の南側の下町、②神殿の西側の旧城壁外、③神殿の東側のオリーブ山方面、答えは②神殿の西側の旧城壁外の区域です。おそらく、BC8世紀の繁栄の時代に神殿の西側、古代の城壁の北側に広がって居住区とされた新しい地区が「第二区」と呼ばれたと考えられています。では、今日の聖書クイズです。エルサレムとオリーブ山を分ける谷を何と呼ぶでしょうか?①チロペオンの谷、②キデロンの谷、③ヒノムの谷、答えはまた明日。では、今日もよき一日となるように祈ります。

Chapter 23 Reformation of King Josiah
1. Josiah's Reformation
King Josiah undertook a radical reformation. The utensils of Baal and Asherah in the temple of the Lord, the statue of Asherah (verses 4, 6), the house of male prostitutes in the temple of the Lord (verse 7), the high places in the cities of Judah (verse 8) ), Topheth in the Valley of Ben Hinnom (v. 10), Chariot of the Sun (v. 11), Pagan altar built by kings (Ahaz, Manasseh, Solomon, Jeroboam) (v. 12), City of Samaria The high places (v. 19), and the mediums, the charmers, the teraphim, the idols, and all the abominations that are found in the land of Judah and in Jerusalem (v. 24), were all removed. And he restored the original Israeli religious rites. Perhaps the town has changed completely.
The Bible writer says of Josiah, "There was no king before him who turned to the Lord according to all the law of Moses, and after him there was not one like him" (v. 25). ). It was a thorough repentance.
2. Bible-Based Reformation
What motivated Josiah to do so? It was not just anti-Assyrian, Israeli nationalism, but an encounter with the Book of Covenants. Especially it is attributed to Deuteronomy because his actions are considered to be based on Deuteronomy (Deuteronomy 18:6-9, 23:9, etc.). He was truly captured by the Word of God.
However, despite King Josiah's thorough reformation, "the Lord would not calm the wrath that was kindled against Judah" (verse 26). Certainly, even if a person repents and accumulates good works, he or she cannot atone for the consequences of sin. Nor is it possible for God to change the course of history while rejoicing over human attitudes. If gods were doing that kind of thing, the order in the world would be messed up. However, it is also true that God is not the type to overlook or ignore the small emotions of human beings. God sees that Josiah was heartbroken and humbled and cried before the Lord, and God heard Josiah's request. It should be said that God listens and that even though he hears, there are times when he does not respond.
3. Death of Josiah
where is the difference? The death of Josiah gives us a hint to think about. In 612 BC, the Assyrian capital of Nineveh fell to a combined army of Media, Scythians, and Neo-Babylonians, and the Assyrian exile moved its capital to Harran. In 609 BC, the Assyrian exile forces were forced to move to Carchemish under threat from the Neo-Babylonian coalition. Josiah sets out to stop Egypt from trying to help him. Josiah planned to ambush the Egyptians at Megiddo and bury them. Megiddo was located in the valley of the Carmel Mountains, and the sea road passed through the valley. In other words, he wanted to annihilate the Egyptian army from both sides of the valley. However, in such a strategic position, the army of the Southern Kingdom of Judah was so weakened that it could not defeat the Egyptian army. Once, in the time of Hezekiah, when the Southern Kingdom of Judah lost the war with Assyria, it ripped off the doors of the temple and paid war reparations of 300 talents of silver and 30 talents of gold. This time, there was no choice but to pay the war reparations of 100 talents of silver and 1 talent of gold from the people. The end of the Southern Kingdom of Judah was nearing.
In any case, if we read 2 Chronicles, we find that King Necho of Egypt warned King Josiah not to disturb him unnecessarily (35:21). And the Bible says that Josiah, who put God's will first, "would not listen to the words of King Neko that came out of the mouth of God" (verse 22). Following God's word does not mean following everything done by Bible words. Faith often jumps over common sense judgments. Certainly, faith does not become insane even if there is a supernatural part. Faith does not mean that what we think will come true. While submitting to God's sovereignty, we must not forget to appeal to God for our needs. I hope you have a good day today.

<Quiz Corner>
First, yesterday's quiz. Where is the second district of Jerusalem, where the prophetess Huldah lived, thought to have been located? (1) the downtown area on the south side of the temple, (2) outside the old walls on the west side of the temple, (3) toward the Mount of Olives on the east side of the temple, the answer is (2) outside the old walls on the west side of the temple. It is probable that during the prosperity of the 8th century BC, a new residential area extending to the west of the temple and north of the ancient walls was called the "Second Ward". Here's today's Bible quiz. What do you call the valley that separates Jerusalem from the Mount of Olives? (1) Valley of Tyropeon, (2) Valley of Kidron, (3) Valley of Hinnom, the answer will be tomorrow. I hope you have a good day today.

人生💯倍の励まし😊【聖書】列王記第二22章 心を汲む

2022年08月27日 07時38分19秒 | 列王記
22章 ヨシヤ
1.ヨシヤの自立的信仰
ヨシヤは、8歳で王となり、31年間在位しました。かつて7歳で王となり、40年間王であったヨアシュが思い浮かびます。しかし、ヨシヤとヨアシュは明らかに違います。ヨシヤについては、彼は、主の目にかなうことを行い、先祖ダビデのすべての道に歩み、右にも左にもそれなかった、と書かれていますが(2節)、ヨアシュについては、祭司エホヤダが彼を教えた間、そうであった、と言います。つまりヨシヤは自立的な信仰、ヨアシュは祭司エホヤダに支えられた信仰でした。
こうしたヨシヤの信仰の特徴がよく表れているのが本章のエピソードでしょう。つまり、ヨシヤは、神殿で発見した聖書を読み、啓発されて、自発的に神のことばに従おうとしました。もともとヨシヤは、聖書を読むこともなく神に熱心な者であったようです。彼は、教え聞かされていたとおりに神を愛し、まず王として神の神殿をしっかり再建しようとし、神殿に納められたお金を計算し、これを工事に使うように指示しています。しかし、その神殿再建の際に、律法の書を見つけると、彼はこの律法の書を読み、それに啓発されて、さらに主を求めているのです。
2.主を求める
つまり、ヨシヤにあってヨアシュになかったものは、まさにこの神の御言葉に向かう心です。神とひざを突き合わせて、神のことばを読み、神のことばに応じる信仰の歩みこそ大切にされなくてはなりません。けれども、不思議なことに、そのような積み重ねがなくても、キリスト者風に生活することはできてしまうものなのです。実際、毎日聖書を読まずに過ごしているクリスチャン、祈りもしないクリスチャンは少なくありません。キリスト者と称していても、その実態は様々です。日曜日に礼拝に出る、献金もする、さらには奉仕もする、しかし、それは大多数の人がする形式に合わせたもの、あるいは自己都合によるもの、ということはないでしょうか。あるいはただ人に言われるのが嫌だからそのようにしている、というヨアシュ的な人もいるはずです。求められているのは、本当に神のみ言葉に動機づけられて、神のみことばから右にも左にもそれない熱心さからそれらを行っているヨシヤ的な人です。
ヨシヤは、側近たちに命じました「行って、この見つかった書物のことばについて、…主を求めよ」(13節)。神殿再建を行う同じようなエピソード(2列王12:4-16)が記録されていることに注目しましょう。神殿再建が進むか進まないか、その違い、あるいはヨシヤにあってヨアシュにないものは、この点です。ヨシヤは、自ら神のことばにつながり、神のことばに応じる信仰の歩みがあったのです。
ヨシヤが読んだのは、申命記、ことに28,29章であったと考えられています。このように、どこかで神のことばに励まされ、力づけられ、方向づけられる信仰の歩みが形作られなくてはなりません。そうでなければ、この複雑な時代にあって、決して人の魂を動かすようなキリスト者になることはないでしょう。まさに神のことばに動機づけられた、神と一つ心の働きであればこそ、人はその歩みに関心を向けるのです。
3.主のあわれみ
後半部分は、主を求めるヨシヤに対する神のことばです。女預言者フルダは、二つの言葉を伝えています。それは、耳痛い神の裁きのことばでした。神が語られたとおりに、ユダは裁かれるというものでした。しかし、心痛めて主の前にへりくだったヨシヤに対しては、神の憐れみのメッセージが語り伝えられています。大事な点です。神は、物事を定めたとおりに進められるお方です。しかし、そこで、人の生身の心の叫びにも心を留めて、その叫びを汲んで物事を進められるお方です。
聖書のことばは、しばしば耳痛いと思うことがあるものでしょう。しかしそのことに、私たちが応じるなら、神はまた、私たちの思いを汲んでくださるのです。そのような神との心の通い合わせを大事にするのが、聖書通読、そしてそこから教えられたことの実践ということになるのでしょう。では今日もよき一日となるように祈ります。
<クイズコーナー>
最初に、昨日のクイズです。ユダ南王国で最も長い政権を握ったのはマナセ、では最も短い人は誰であったでしょうか?①ヨシャパテ、②アハズ、③エホヤキン、答えは③エホヤキンでした。エホヤキンはわずか3か月の治世でした。加えて、ヨシヤの子エホアハズも3か月で退位しています。では、今日の聖書クイズです。女預言者フルダが住んだエルサレムの第二区は、神殿のどのあたりに位置したと考えられているでしょうか?①神殿の南側の下町、②神殿の西側の旧城壁外、③神殿の東側のオリーブ山方面、答えはまた明日。では、今日もよき一日となるように祈ります。


Chapter 22 Josiah
1. Josiah's Independent Faith
Josiah became king at the age of eight and reigned for 31 years. Joash, who once became king at the age of seven and was king for forty years, comes to mind. But Josiah and Joash are clearly different. As for Josiah, it is written that he did what was right in the sight of the Lord, and that he followed in all the ways of David, his father, and did not turn left or right (v. 2), but as for Joash: It is said that it was so while Jehoiada the priest taught him. In other words, Josiah was an independent faith, and Joash was a faith supported by the priest Jehoiada.
The episode in this chapter clearly shows the characteristics of Josiah's faith. In other words, Josiah read the scriptures he found in the temple, was enlightened, and volunteered to obey the Word of God. Originally, Josiah seems to have been a zealous person for God without reading the Bible. He loved God as he had been taught, and as a king, he first tried to rebuild the temple of God, calculated the money paid for the temple, and instructed that it be used for construction. However, when he found the book of the law during the rebuilding of the temple, he read the book of the law, was enlightened by it, and sought the Lord even more.
2. seek the lord
In other words, what Josiah had that Joash lacked was precisely this heart toward the Word of God. We must value the walk of faith in which we kneel with God, read the word of God, and respond to the word of God. Yet, strangely enough, it is possible to live a Christian life without such accumulation. In fact, there are many Christians who do not read the Bible every day and who do not even pray. Even if they call themselves Christians, their reality is different. You go to church on Sundays, you donate, you do service, but it's not a formality or a convenience that most people do. Or there must be some Joash-like people who just don't want to be told what to do. What is needed is a Josiah who is truly motivated by God's Word and does it with a zeal that does not deviate from God's Word.
Josiah commanded his aides, "Go and seek the Lord about the words of this found book" (v. 13). Note that a similar episode (2 Kings 12:4-16) involving the rebuilding of the temple is recorded. This is the difference between whether the rebuilding of the temple proceeds or not, or what Josiah has that Joash does not. Josiah had a walk of faith that connected himself to the word of God and responded to the word of God.
Josiah is believed to have read Deuteronomy, especially chapters 28 and 29. Thus, somewhere a walk of faith must be formed that is encouraged, strengthened and directed by the Word of God. Otherwise, you will never be a soul-moving Christian in these complicated times. Precisely because it is a work of one heart with God, motivated by the Word of God, man pays attention to his steps.
3. Mercy of the Lord
The second half is God's word to Josiah, who seeks the Lord. The prophetess Hulda tells us two words. It was God's judgmental words. Judas was going to be judged just as God had said. However, a message of God's mercy is handed down to Josiah, who was heartbroken and humbled himself before the Lord. That's the point. God is the one who makes things go according to plan. However, there, he is also the one who can heed the cries of people's hearts and minds and move forward with those cries.
The words of the Bible can often make your ears hurt. But if we respond to that, God will also understand our thoughts. The importance of such heart-to-heart communication with God is to read through the Bible and put into practice what is taught there. I hope you have a good day today.
<Quiz Corner>
First, yesterday's quiz. Manasseh reigned the longest in the Southern Kingdom of Judah, but who was the shortest? ① Jehoshaphat, ② Ahaz, ③ Jehoiachin, the answer was ③ Jehoiachin. Jehoiachin reigned for only three months. In addition, Josiah's son Jehoahaz also abdicated after three months. Here's today's Bible quiz. Where is the second district of Jerusalem, where the prophetess Huldah lived, thought to have been located? (1) Downtown on the south side of the temple, (2) Outside the old walls on the west side of the temple, (3) Mount of Olives on the east side of the temple, the answer will be tomorrow. I hope you have a good day today.

人生💯倍の励まし😊【聖書】列王記第二21章 普通の人

2022年08月26日 07時09分49秒 | 列王記
21章 マナセ
1.神を認めない悪王マナセ
ユダ南王国では、悪王の場合、その政権は短いのが一般的でした。しかし、悪王マナセの場合は、55年という長期政権を誇っています。善王とされたアザルヤの52年をゆうに超しているのです。そしてマナセの悪王ぶりも抜きんでています。彼は、父ヒゼキヤが打ち壊したバアルやアシェラのための祭壇を築き直し、エルサレムの主の宮に、アシェラ像や異教の祭壇を設置しました。もはや、初代の王、ダビデやソロモンが、主の宮にかけた祈りと願いは忘れられてしまいました。イスラエルの信仰は、もはや形式に過ぎませんでした。
しかしながら、こうしたマナセについての記録は、何を物語っているのでしょうか。というのは、列王記は単なる王の年代記ではありません。それは、申命記的歴史と称されるものです。つまり、申命記に現わされた神の愛に、それぞれの王がどのように応え、その報いを受けたかを示す記録です。それは単純にイスラエルの王には、道徳的、倫理的に善い王と悪い王がいたと書き記しているのではありません。それは、神を認め、神に従った王とそうではない王との記録です。ですからマナセが「異邦人よりもさらに悪いことを」した、というのは、異邦人よりも道徳的、倫理的に悪かったというのではありません。彼は、神殿にわざわざ偶像を安置したのですから、積極的に、先祖代々伝えられてきたイスラエルの神、天地創造のまことの神を否定したのです。ヒゼキヤが積極的に神を認め神に従ったとするならば、マナセはまさにその逆、積極的に神を認めず、従わなかったのです。
ただ、マナセがそのようになっていく背景もあったのでしょう。彼は、ヒゼキヤの病の後に生まれ、アッシリア帝国の最も栄えた時代に生きた人です。それは、アッシリアがユダ南王国を属国とし、上エジプトまで支配し、地中海沿岸のウィア・マリス(海の道)を自由に行き来した時代です。もはやアッシリアを中心とした世界秩序が出来上がった時代でした。アッシリアは、征服した国に対して、彼らがアッシリアの偶像を神殿に安置することを受け入れるなら、その国の存続を認めました。ですから、マナセは、個人的に積極的に神を否定したといよりも、抗しえない世界秩序に順応する他、考えがなかった、普通の人間であったということです。確かに、目に見える現実をひっくり返すほどの神のビジョンに生きるような人は稀です。普通の人間は、目に見える現実に順応して生きる者でしょう。そして普通を脅かすものに対しては、抵抗をします。つまり彼は、いわゆる普通の感性の持ち主でした。ですから、たぐいまれな感性を持った父ヒゼキヤは、ビジョンを持って世の流れに逆らって新しい時代を起こそうとしました。しかし、その子マナセは、世の中の流れる方向に向かって改革の流れを留め、他の国に合わせてイスラエルをも異教化させていくのです。さらに、伝承によれば、彼は預言者イザヤを弾圧し、殉教させたとも言います。彼は、世の流れに乗っかって安泰に生きようする人であって、世の流れに逆らって杭を打ち、その流れを変えるような人ではなかったのです。
2.神のマナセに対する忍耐
しかし神は、そのようなマナセに55年の歳月を与えられました。ダビデの故に、また父ヒゼキヤの故にというところではないでしょうか。人は見込みがないと思えば、もはやこれまで、とバッサリと切り落としてしまうものですが、神はそうではありません。神はマナセに55年の猶予を与えられたのです。ほぼ人の全生涯というべきでしょう。そして彼を待つ甲斐はあったのです。マナセは、晩年に悔い改めています(2歴代33:12)。彼の悔い改めのために50年待たれた神の真実があると言うべきでしょう(2ペテロ3:9)。
神を知ってはいても、神に応答しようとしない人は珍しいことではありません。むしろそれは人間として普通のことです。宣教というのは進みにくいものです。しかし、神は忍耐深いお方です。列王記は、王たちの信仰、不信仰を描きながら、実質、神の忍耐と愛、そして誠実さを語っていると言えるでしょう。ですから、たとえ50余年が過ぎようとも人は、この神の期待と愛に立ちながら、隣人のために祈りを捨ててはならないのです。そしてその愛は、まず自分自身に対して向けられたことを覚え、心から神に従う者でありたいものです。では今日もよき一日となるように祈ります。
<クイズコーナー>
最初に、昨日のクイズです。ヒゼキヤの業績が記録されたシロアム碑文の実物は、今日どこにあるでしょうか?①イスラエル考古学博物館、②大英博物館、③トルコ考古学博物館、答は、③イスタンブールにあるトルコ考古学博物館にあります。では、今日の聖書クイズです。ユダ南王国で最も長い政権を握ったのはマナセ、では最も短い人は誰であったでしょうか?①ヨシャパテ、②アハズ、③エホヤキン、答えはまた明日。では、今日もよき一日となるように祈ります。

Chapter 21 Manase
1. Manasseh, the evil king who does not recognize God
In the Southern Kingdom of Judah, it was common for evil kings to have short reigns. However, in the case of the evil king Manasseh, he boasts a long-term regime of 55 years. He is well past the good king Azariah's 52 years. And Manasseh's villainy is also outstanding. He rebuilt the altars to Baal and Asherah that his father Hezekiah had destroyed, and installed the statues of Asherah and pagan altars in the house of the Lord in Jerusalem. The prayers and requests made to the house of the Lord by the first kings, David and Solomon, have been forgotten. Israel's faith was no more than a formality.
But what do these records about Manasseh tell us? For the Book of Kings is not just a chronicle of kings. It is called Deuteronomic history. In other words, it is a record that shows how each king responded to the love of God revealed in Deuteronomy and received its reward. It does not simply write that there were morally and ethically good kings and bad kings of Israel. It is a record of kings who acknowledged and obeyed God and kings who did not. So to say that Manasseh did "worse than the Gentiles" is not to say that he was morally or ethically worse than the Gentiles. Because he deliberately placed idols in the temple, he actively denied the God of Israel, the true God of creation, who had been handed down from generation to generation by his ancestors. If Hezekiah actively acknowledged and obeyed God, Manasseh did the exact opposite, actively not acknowledging and obeying God.
However, there must have been a background for Manase to become like that. He was born after Hezekiah's illness and lived during the height of the Assyrian Empire. It was a time when Assyria made the Southern Kingdom of Judah a vassal state, ruled as far as Upper Egypt, and traveled freely along the Via Maris (Road of the Sea) along the Mediterranean coast. It was an era when the world order centered on Assyria was completed. Assyria allowed conquered nations to remain if they accepted the installation of Assyrian idols in temples. Therefore, rather than actively denying God personally, Manasseh was an ordinary human being who had no idea other than to adapt to the irresistible world order. Indeed, few people live a vision of God that overturns visible reality. Ordinary people are those who live by adapting to the visible reality. And they resist anything that threatens the ordinary. In other words, he was a so-called ordinary sensibility owner. Therefore, Father Hezekiah, a man of extraordinary sensibility, had a vision to go against the tide and bring about a new age. However, his son Manasseh stops the flow of reform in the direction of the world and makes Israel pagan to match other nations. Furthermore, according to tradition, he persecuted and martyred the prophet Isaiah. He was a man who wanted to live in peace with the current of the world, not a man who drove a stake against it and changed it.
2. Patience to God's Manasseh
But God gave Manasseh 55 years. Is it not because of David or because of his father Hezekiah? When people think there's no hope, they cut it off, but God doesn't. God gave Manasseh 55 years. It should be said that it is almost the entire human life. And it was worth waiting for him. Manasseh repents in his later years (2 Chronicles 33:12). It should be said that God's truth waited fifty years for his repentance (2 Peter 3:9).
It is not uncommon for people to know God but refuse to respond to Him. Rather, it is normal for humans. Evangelism is a difficult thing to do. But God is patient. While describing the faith and disbelief of the kings, it can be said that the Book of Kings actually speaks of God's patience, love, and sincerity. Therefore, even if more than 50 years have passed, one should not give up prayer for his neighbor while standing on the expectation and love of God. And I want to remember that his love was directed to myself first, and I want to be a follower of God from the bottom of my heart. I hope you have a good day today.
<Quiz Corner>
First, yesterday's quiz. Where are the actual Siloam Inscriptions that record Hezekiah's accomplishments today? (1) Israeli Archaeological Museum, (2) British Museum, (3) Turkish Archaeological Museum, the answer is (3) Turkish Archaeological Museum in Istanbul. Here's today's Bible quiz. Manasseh reigned the longest in the Southern Kingdom of Judah, but who was the shortest? (1) Jehoshaphat, (2) Ahaz, (3) Jehoiachin, the answer will be tomorrow. I hope you have a good day today.