人生が100倍楽しくなる、パスターまことの聖書通読一日一生5(旧約聖書 新約聖書 聖書通読ブログ)

聖書通読は、モノの見方を変え、イエスと共に前に進む気を起こさせてくれます。ご一緒にしませんか?

人生💯倍の賛美😊【聖書】詩篇14篇 愚か者の頭

2023年01月31日 06時43分13秒 | 出エジプト記
14篇 主の勝利を願う
1.背景
表題に、ダビデによる、とあります。まずダビデはこの詩をどのような状況で歌ったのかを考えてみます。アブシャロムが謀反を起こし、勢力を増し加えた時、あるいは、ダビデの生涯には記録のない非常に不運な出来事のあった時、諸説があります。具体的にはよくわかっていません。
ただこの詩篇は、そのように個人的な事情を背景として作られていますが、後に公の礼拝で用いられるように書き改められたと言われています。しかもこの詩は、詩篇第二巻に収められた詩篇53篇とほぼ内容が同じです。原語で読み比べると14篇が神の名に固有名詞の「ヤハウェ」を用い、53篇は普通名詞の「エロヒーム」を用いています。また、多少文言に相違のある5-6節を比べると、14篇は、助け手である主に、53篇は不法を行う者に対する主の裁きに強調があります。こうして詩篇53篇は、侵略や包囲の脅威などの国家的危機に合わせて、さらに改訂されたものと考えられているのです。
2.愚か者に対する確信と結果
 ダビデは言います。愚か者は心の中で、「神はいない」と言っていると。「愚か者」は、ヘブル語でナーバール、それは、知能的な愚かさではなく、意図的に神に心を閉ざし、逆らうことを意味します。「攻撃的なつむじ曲がり」という訳もあります。彼らの特徴は二つ。一つは、神の律法をあざけること、「性根が腐っており、忌まわしいことを行う」(1-3節)。そして神の民を抑圧することです。新改訳第三版では、「彼らは、パンを食らうように、わたしの民を食らい、主を呼び求めない」でしたが、新改訳2017では、「彼らは、私の民を食らいながらパンを食べ、主を呼び求めない」となっています。文法的に、パンを食らうは、完了形の動詞、私の民を食らうは、分詞形の動詞になっています。つまり、愚か者が、今「食らっている」状態に詩人の関心はあるのです。それは「あなたを知らない国々の上に、あなたの御名を呼ばない諸氏族の上に、あなたの憤りを注いでください。彼らはヤコブを食らい、これを食らって滅ぼし、その牧場を荒らしたからです(エレミヤ10:25)」と語っているエレミヤの思いに通じるものです。主を呼び求めない愚か者が、主の民を食らい、これを食らって滅ぼしつくそうとしている、もうお終いだ!という絶望的な切迫感を伝えているのです。
しかし、それは許されません(6節)。神は、生きておられるのです。正しいことをなさる神は、この状況を見過ごしにされることはない、また主が神を頼む者の避け所となられるというわけです。著者の確信が述べられています(6節)
2.パウロの視点
ただ興味深いことは、初代のキリスト者は、私が今解説したような読み方とは違う読み方をしていることです。パウロは、ローマ書にこの詩篇を引用し、「愚か者」についてある特定の人々ではなく、全人類を想定し引用しているのです(ローマ3:10-12)。つまりこの詩は、初代のキリスト教徒には、ダビデの特定の状況でも、国家的に抑圧された状況でもなく、全人類の罪の状況を想定するものとして読まれたのです。パウロは自分を含めてすべての人がこの「愚か者」であり、そこから救われる必要がある、と読んだのです。
となれば、後半、パンを食らうかのように私の民を食い尽くす者は(4節)、まさに私たち自身であり、主を呼び求めない者は、まさに私たち自身である、となります。確かに、私たちは、被害者というよりは加害者と言うべき者、神に敵対し、自分よりも弱い者を見つけて踏みにじって来た者ではないでしょうか。だからこそ、7節「ああ、イスラエルの救いがシオンから来るように」そのような私たちが、神に救われ、神の恵みの中に入れられますように、というわけです。
このようにして読めば、この詩篇は、単純な勧善懲悪を語るものではありません。人はどうしても、神を既に信じている自分たちは正しく、神を信じていない悪しき者は、裁きを受ける者、救われるべき者と考えやすいものです。しかし罪の深みの中に生きている私たちがこの世にあって、完全な聖潔の中に生きるなどありえないことでしょう。どこか「愚か者」である性質を引きずって生きているのです。パウロは晩年、自分を罪人の頭であると語りましたが、私たちはまさに愚か者の頭です。そして、愚か者の頭として、特定の人々ではなく、自分を含めた全人類の素晴らしい救いを祈り続ける者でありたいのです。では今日もよき一日となるように祈ります。

<クイズコーナー>
最初に、昨日のクイズです。詩篇120-134篇など、エルサレムに上る巡礼の旅に歌われた作品群は、何と呼ばれているでしょうか?①賛歌、②都のぼりの歌、③シオンの歌。答えは②都のぼりの歌です。では今日の聖書クイズです。五旬節、いわゆるペンテコステの時に特別に読まれたとされる詩篇は、次のどれでしょうか?①詩篇7篇、②詩篇29篇、③詩篇137篇。答えはまた明日。では今日もよき一日となるように祈ります。

Psalm 14: The Lord Wants Victory
1. background
The title says, by David. Let us first consider the circumstances under which David sang this psalm. There are various theories: that it was a time when Abshalom rebelled and added to his power, or that it was a time of very unfortunate events that are not recorded in David's life. The specifics are not well known.
However, it is said that this psalm was composed against the background of such personal circumstances, but was later rewritten for use in public worship. Moreover, this psalm is almost identical to Psalm 53 in Psalm Book II. When compared in the original languages, Psalm 14 uses the proper name "Yahweh" for God, while Psalm 53 uses the common noun "Elohim. Comparing verses 5-6, which differ somewhat in wording, Psalm 14 emphasizes the Lord as Helper, while Psalm 53 emphasizes the Lord's judgment of the wrongdoer. Thus Psalm 53 is considered to be further revised to fit national crises such as invasions and threats of siege.
2. conviction and consequences for fools
 David says. The fool, says David, has said in his heart, "There is no God." The word "fool" is nabar in Hebrew, which means not intelligent stupidity, but deliberately closing one's mind to God and defying Him. It is also translated "aggressive whirlwind." They are characterized by two things. One, they mock God's law, "being corrupt in nature and doing abominable things" (vv. 1-3). And they oppress God's people. In the New Revised Version 3, it was "They eat bread as they eat my people, and call not upon the Lord," but in the New Revised 2017, it is "They eat bread as they eat my people, and call not upon the Lord." Grammatically, eat bread is a perfect tense verb, and eat my people is a participle verb. In other words, the psalmist's concern is with the state in which the fool is now "devouring". It says, "Pour out your indignation upon the nations that do not know you, upon the clans that do not call upon your name. For they have devoured Jacob, and eaten and destroyed him, and laid waste his pasture (Jeremiah 10:25)," which is in keeping with Jeremiah's thoughts. The fools who do not call upon the Lord are devouring His people, devouring them and destroying them, and it is over! This conveys a sense of desperate urgency.
But this cannot be allowed to happen (v. 6). God is alive. God, who does what is right, will not overlook this situation, and the Lord will be a refuge for those who ask Him. The author's conviction is stated (v. 6).
2. Paul's Perspective
It is interesting to note, however, that the early Christians read the book differently from the way I have just explained it. Paul quotes this psalm in Romans, and he quotes not one particular group of people as "fools," but all mankind (Rom. 3:10-12). In other words, the psalm was read by the early Christians as assuming the sin situation of all mankind, not David's particular situation or that of national oppression. Paul read it as saying that everyone, including himself, was this "fool" and needed to be saved from it.
Then, in the second half of the verse, those who devour my people as if they were bread (v. 4) are indeed ourselves, and those who do not call upon the Lord are indeed ourselves. Surely we are the ones who are the perpetrators rather than the victims, the ones who have been hostile to God and have found those weaker than ourselves and trampled them down. That is why verse 7, "Oh that the salvation of Israel might come from Zion," that we, such as we are, might be saved by God and brought into His grace.
Read in this way, the psalm does not speak of simple good or evil. People inevitably tend to think that they who already believe in God are righteous and that the ungodly are the ones to be judged and saved. However, it is impossible for those of us who live in the depths of sin to live in perfect holiness in this world. We live with our "foolish" nature. In his later years, Paul spoke of himself as the head of sinners, and we are indeed the head of fools. We are the head of fools, and as the head of fools, we should pray for the wonderful salvation of all mankind, including ourselves, not just certain people. I pray that today will be another good day.

<Quiz Corner
First, here is the quiz from yesterday. What are the names of the works sung on the pilgrimage up to Jerusalem, such as Psalms 120-134? (1) Hymn, (2) Song of the Ascent, and (3) Song of Zion. The answer is (2) Song of the Ascent. Now, here is today's Bible quiz. Which of the following Psalms is said to have been specially read during Pentecost? (1) Psalm 7, (2) Psalm 29, and (3) Psalm 137. The answer will be given tomorrow. Then I pray that today will be another good day.

人生💯倍の回復😊【聖書】ヨブ記41章 神には負けた

2023年01月15日 20時20分46秒 | 出エジプト記
ヨブ記41章 神の応答(5)レビヤタン
1.レビヤタンを飼いならすことができるのか(41:1-10)
 ヘブル語聖書では、8節までが前の40章に含められています。つまりこの41章は、40章の続きです。1節のレビヤタンはヘブル語を音訳したもので、鰐のこととされています。河馬にしても鰐にしても、私たちが家畜にすることができないもの、家畜にするなど考えられないものです(3-5節)。しかしそれも、神の創造の傑作であると言うわけです。
ただし新改訳はレビヤタンを鰐と訳していません。それは、おそらくこれが、パレスチナやナイル川に生息した地上の鰐そのものというよりも、ウガリット神話に出てくる巨竜を想定したためと思われます。訳者の解釈によれば、先の40章では目に見える現実の世界で、この41章では、人間の空想の世界でその存在を信じられていた神の創造の傑作を取り上げたということでしょう。いずれにせよ、言いたいことは、それらをお造りになった神に対抗することの愚かさです。
2.あなたは何一つ私に与えていない(41:11)
 ですから神はヨブに言うのです。「そうであれば、一体誰が、わたしの前に立つことができるだろうか」つまり、レビヤタンすら征服しえないのに、どうして神の前に立つことができるのか、ということです。そして神は重ねて言います。「だれが、まずわたしに与えたというのか。わたしがそれに報いなければならないほどに」(11節)唐突な印象で、よく理解しにくいかもしれませんが、この節はパウロによっても引用されています(ローマ11:35)。そこでパウロは、人間は何一つ神に与えておらず、逆に神が人間にすべてを与えいるということです。つまり神がすべての源になっていることを覚えて、神の足元に遜るべきだ、と言うことでしょう。神と対等に語ろうとするヨブに、神は否を突きつけたわけです。このように考えると、神と私たちの間に立つ、仲介者キリストの存在は大きいと言わざるをえません。神は神であり、罪人の人間が軽々しく近づけるものではないのです。キリストの十字架があってこそ、神を仰ぐことができるのです。
3.レビヤタンに優るものはない(41:12-34)
 12節以降から、神は、40章の河馬同様にレビヤタンを絶賛しています。神は、自らの創造物に対する賛辞を惜しみません(12節)。仮にレビヤタンを鰐として考えてみましょう。以前私はフロリダのマイアミに行ったことがありましたが、そこで道のあちらこちらに鰐の姿を見かけました。確かに鼻と眼を突き出して、水中からこちらを伺う姿は不気味でした。しかし、神の目から見れば、それは、実に魅力的な最高傑作なのです(18節)。そこで鰐が動き出せば、どんな力強い男でも、慌てて後ずさりします(25節)。背中は堅い甲羅のように防御されていて、下腹が弱点かと思いますがそうではありません。彼らが通った泥の跡は、下腹もまた板のように防御されています(30節)。彼らは泳ぎの名手で、沼地の中を荒々しく進むことができます(31節)。この鰐の異様とその力を見よ、すべての者が彼らを恐れて逃げても、彼らは何者をも恐れない。彼らの背丈より高い生き物はいくらでもいるが、彼らはそれらを平然と見下ろす、誇り高い、獣の王である、と神はヨブに語り掛けるのです。
4.人間だけではない
 鰐の皮が高級バックやベルトに加工され、重宝にされるのは、現代ならではのことです。少なくともこの時代、河馬も、鰐も人間が関心を向けるようなものではありませんでした。しかし神はそれらを造り、それらを完全な生き物として造ったのです。神が完全な美しい傑作として造ったのは、人間だけではありません。神は被造世界を支配する者として人間を存在させましたが、支配されるものはいい加減に造ったわけではありません。そして被造世界の中心は、人間ではなく神ご自身です。世界は人間を中心に動いているわけではないのです。となれば、わからない、不本意だと思うようなことはいくらでもあることでしょう。けれども、命ある限り、神の計り知れないご計画の中にある、と覚えて、神の最善の結果を期待しつつ歩むことが大切です。では今日もよき一日となるように祈ります。

<クイズコーナー>
最初に、昨日のクイズです。ヨルダン川が最初に流れ込む湖の名前は何と言うでしょうか?①フーレ湖、②ガリラヤ湖、③死海。答は①フーレ湖でした。ヨルダン川は、ナハル・バニアスから約64キロの所にある長さ6.4キロほどの湖沼フーレ湖に流れ込んでいます。フーレ湖は、今日干拓されて、野生動物の保護地区となっています。では、今日の聖書クイズです。レビヤタンが、神に敵対する勢力のエジプトの象徴として語られている箇所はどの書になるでしょうか。①出エジプト記、②詩篇、③列王記。答えはまた明日。では今日もよき一日となるように祈ります。
Job 41: God's Response (5) Leviathan
1. can Leviathan be tamed (41:1-10)
 In the Hebrew Bible, up to verse 8 is included in the previous 40 chapters. Leviathan in verse 1 is a transliteration of the Hebrew word for crocodile. Whether it is a river horse or a crocodile, it is something we cannot domesticate or even think of domesticating (vv. 3-5). But they are also masterpieces of God's creation.
However, the New Revised Translation does not translate leviathan as crocodile. This is probably because it assumes that this is a giant dragon from the myth of Ugarit, rather than the earthly crocodile itself, which inhabited Palestine and the Nile River. The translator's interpretation may be that the earlier 40 chapters dealt with the visible, real world, while this 41 chapter deals with the masterpiece of God's creation, whose existence was believed in the world of human fantasy. In any case, what I want to say is the folly of opposing the God who made them. 
2. you have not given me anything (41:11)
 So God says to Job, "Who then can stand before me? How can you stand before God if you cannot even conquer Leviathan? And God says again, "Who first gave it to me? Who gave it to me first? So that I must repay it." (v. 11) It may seem abrupt and difficult to understand, but this verse is also quoted by Paul (Rom. 11:35). There, Paul says that man has not given anything to God, but on the contrary, God is giving everything to man. In other words, he would say that we should remember that God is the source of everything, and we should be reverent at God's feet. God is not God, and God is not God. In this light, I must say that Christ the Mediator, who stands between God and us, is significant. 
Job tried to speak with God on an equal footing, but God turned him down. In this light, I must say that Christ the Mediator, who stands between God and us, is significant. God is God, and He is not something to be approached lightly by sinners. It is only through the cross of Christ that we can look up to God.
3. nothing is better than the Leviathan (41:12-34)
 From verse 12 onward, God praises the Leviathan as much as He praises the river horse in chapter 40. God is unsparing in his praise of his creation (v. 12). Let us consider the Leviathan as a crocodile. I was once in Miami, Florida, where I saw crocodiles all over the streets. It was certainly eerie to see them with their noses and eyes poking out of the water, looking at you from underwater. But in God's eyes, it was a masterpiece, a fascinating masterpiece indeed (v. 18). So when the crocodile starts to move, even the most powerful man will back away in a hurry (v. 25). Their backs are protected like a hard shell, and one would think that their underbellies would be their weak point, but they are not. The muddy trail they have gone through is also defended by their underbellies like a plank (v. 30). They are excellent swimmers and can navigate wildly through the swamp (v. 31). Behold the strangeness of these crocodiles and their power, and though all men flee in fear of them, they fear no one. There are plenty of creatures taller than they are, but they look down on them with impunity, proud, the king of beasts, God tells Job.
4. not just for humans
 It is only in modern times that crocodile skins are processed into fine bags and belts and made useful. At least at this time, neither river horses nor crocodiles were of human interest. But God made them, and He made them as perfect creatures. It is not only humans that God created as perfect and beautiful masterpieces. God brought man into existence as the ruler of the created world, but He did not create the things that are ruled by him in a lax way. And the center of the created world is not man but God Himself. The world does not move with man at its center. If this is the case, there will be many things that we do not understand or are unwilling to understand. However, it is important to remember that as long as we live, we are in the midst of God's unfathomable plan, and it is important to walk with the expectation of God's best outcome. I pray that today will be another good day.

<Quiz Corner
First, yesterday's quiz. What is the name of the first lake into which the Jordan River flows? (1) Lake Hule, (2) Lake Galilee, and (3) the Dead Sea. The answer was (1) Lake Hule. The Jordan River flows into Lake Hule, a lake about 6.4 km long, located about 64 km from Nahal Banias. Lake Hulet has been reclaimed and is now a wildlife sanctuary. Now for today's Bible quiz. In which book is the Leviathan mentioned as a symbol of Egypt, a power hostile to God? (1) Exodus, (2) Psalms, and (3) Kings. The answer will be given tomorrow. I pray that today will be another good day.

人生💯倍の回復😊【聖書】ヨブ記12章 迷うこともあり

2022年12月18日 07時01分12秒 | 出エジプト記
12章 ツォファルの最初の弁論に対するヨブの答え 
ヨブの答えは、12章から14章までの3章にわたります。そのように長くなったのは、ツォファルのみならず、三人の友が語ったことへまとめて答えようとしたためなのでしょう。
1.わたしだってわかっている(12:1-6)
先にツォファルがヨブを「ろば」呼ばわりしたことが、ヨブの気持ちを逆なでしたようです。ヨブも、負けてはおらず、「あなたがたは地の民」つまり下々ではないかと言います。私にだって、神の主権と人間の人生がなんであるかなど、そんなことはわかっている、と彼は言うのです(3節)。ヨブは、上から目線で友人に諭される形になって、我慢ならなかったのでしょう。ヨブは皮肉っています。安泰な人生を送る者は、上から目線で、不幸には相当の理由があると軽々しく言うものだ(5節)。そして、神を怒らせるようなことをしている者が、どういうわけか、その悪を神に見過ごされ、厚かましくも特権的な地位と横暴を許されている(6節)。それは、人間社会だけに限ったことではなく、自然界にも同じような現実がある、と(7節)。神の創造の御業の美しさは歴然としているが、そこには同時に弱肉強食の凄惨な矛盾があるではないか。どの鳥、どの魚が良い悪いも関係なく、人間がこれを捕食するのだ(7,8節)。まさにそこには、不条理な世界が広がっている。耐えがたいのはその矛盾。信仰を持ち、神と共に生きていても、世の中には、神がいないかのような矛盾がある。問題は、これらは皆神が定めたもの、神がどうしてそのような現実を許されているのか、です。(9節)。友よ、あなたがたは、あれこれ言うが、私だってそういうことはわかっている。人は、知恵あるように語るが、言葉を尽くしても、何一つ物事が見えてこないということがあるものだろう(12節)。いや、すべてが神のみこころ中にあるというのなら(10節)、神ご自身がその意図を語ってくださらなければ、何も見えてこない、と言います(13節)。
2.神よ。あなたは私たちの足をすくわれる(12:14-25)
さらに問題なのは、神が「自然悪」を人の世にもたらしているように見える時です。神が天の雨戸を閉じられるなら地は乾き切り、水門を開くならば逆に一切が押し流されてしまいます。干ばつや大雨を送り出される神に、人間は全く逆らいようがありません(14、15節)。また、神は「道徳悪」を人間の社会にもたらしているように思われることがあります。悪いことを考える人物が弱い人を踏みにじる(16節)。国が侵略者に破られて君主も官僚も、祭司という特権階級にある者も皆奴隷にされる。そういうことは、神が許されるから起こるのではないでしょうか。国々を栄えさせ、滅ぼされるのは神です(23節)。それにしても一体全体何のために、神はそのようにされるのでしょうか。正しい神がこの世界を支配しておられるというのに、どうして「自然悪」や「道徳悪」が世に蔓延する矛盾が起こるのか。ヨブの悩みは、知っている、知らない、ということではなくて、世の中に起こっていることは皆わかっている、でもなぜ、そのようなことが起こっているのかなのです。なぜ、このような矛盾の真っただ中に自分が堕ちていくのを神は許すのか、なのです。
14節以降は、詩編107篇および、イザヤ44:24-28との関連が語られるところです。しかしヨブの応答は、詩編やイザヤ書とは違って、真っ直ぐな神への賛美となってはいません。それは屈折したヨブの心情を吐き出すものになっています。不可解な神の意に服従させられる、そんな時が私たちの人生にはあるのです。しかし、迷うこともクリスチャンの人生の一景なのです。なぜに拘らずにやれる時もあれば(ヨブ2:10)、そうではない時もあります。神への信頼を失わないことです。では今日もよき一日となるように祈ります。
<クイズコーナー>
最初に、昨日のクイズです。ヤコブが12人の子どもを祝福した時に、「たくましいろば」と表現された子は、誰でしょうか?①ルベン、②ベニヤミン、③イッサカル、答えは③イッサカルでした(創世記49:13)では、今日の聖書クイズです、ヨブ記が書かれた年代を推定するにあたり、その下限が捕囚期前後と判断される重要な記述はどこにあるでしょうか?①イザヤ書、②エレミヤ書、③エゼキエル書、答えはまた明日、では今日もよき一日となるように祈ります。

Chapter 12: Job's Answer to Zophar's First Argument 
Job's answer spans three chapters, chapters 12-14. The reason for the length of the answer may be that Job was trying to respond to what not only Tzophar but also his three friends had said.
1. even I understand (12:1-6)
Job's feelings were probably offended when Zophar called him a "donkey" earlier. Job, not to be outdone, says, "You are the people of the earth," in other words, a lowly man. Even I know, he says, what God's sovereignty is and what human life is (v. 3). Job must have been unable to stand being admonished by his friend from above. Job is being sarcastic. Those who live a life of peace are the ones who look down from above and say flippantly that there is a good reason for their misfortune (v. 5). And those who do things that offend God somehow have their evil overlooked by God and are allowed a thickly privileged position and arrogance (v. 6). It is not only limited to human society, but the same reality exists in the natural world as well, he said (v. 7). The beauty of God's work of creation is obvious, but at the same time there is a terrible contradiction between the weak and the strong. It does not matter which bird or fish is good or bad, man preys on them (vv. 7, 8). It is truly an absurd world out there. What is intolerable is the contradiction. Even though we have faith and live with God, there are contradictions in the world, as if there were no God. The question is, these are all ordained by God, and how can God allow such a reality? (v. 9). Friends, you say this and that, but even I know such things. People talk like they are wise, but I suppose that sometimes, despite all their words, they can't see anything (v. 12). No, if everything is in God's will (v. 10), he says, nothing can be seen unless God Himself tells us His intention (v. 13).
2. "O God! You are our footstool (vv. 12:14-25).
Even more problematic is when God appears to be bringing "natural evil" into the world of men. If God closes the shutters of heaven, the earth will dry up; if He opens the floodgates, everything will be swept away. Man cannot resist God, who sends out droughts and heavy rains (vv. 14, 15). Furthermore, God sometimes seems to bring "moral evil" into human society. Persons who think evil trample on the weak (v. 16). A country is broken by an invader and the monarch, bureaucrats, and even those in the privileged position of priests are all enslaved. Such things happen because God allows them to happen. It is God who makes the nations prosper and destroys them (v. 23). But why in the world would God do such a thing? How can there be a contradiction in the spread of "natural evil" and "moral evil" in the world when a righteous God rules the world? Job's concern is not about what he knows or does not know, but rather, we all know what is happening in the world, but why are these things happening? Why does God allow himself to fall into the midst of such contradictions?
Verses 14 and following relate to Psalm 107 and Isaiah 44:24-28. But unlike the Psalms and Isaiah, Job's response is not a straightforward praise of God. It is an outpouring of Job's refracted sentiments. There are times in our lives when we are forced to submit to the will of an incomprehensible God. But being lost is part of the Christian life. There are times when we can do without regard to why (Job 2:10), and there are times when we cannot. We must never lose faith in God. I wish you a good day today.

<Quiz Corner>
First, yesterday's quiz. When Jacob blessed 12 children, who was the child described as a "strong ass"? (1) Reuben, (2) Benjamin, (3) Issachar, and the answer was (3) Issachar (Genesis 49:13). In estimating the date when the Book of Job was written, where are the key statements whose lower limit is determined to be around the time of the captivity? (1) Isaiah, (2) Jeremiah, and (3) Ezekiel.

人生💯倍の回復😊【聖書】ヨブ記11章 かみ合わない

2022年12月17日 07時00分00秒 | 出エジプト記
ヨブ記11章 ツォファルの最初の弁論
ヨブの激しいことばに、三番目の友ナアマ人ツォファルが口を開きます。先にエリファズは、自分の経験を根拠にヨブを説得しようとしました。そしてビルダデは普遍的な真理に訴えヨブに気づきを与えようとしました。三番目のツォファルは、このようなことは語り合うことで解決するようなものではない、と悟りきった感じです。
1.神の深さなどわかるはずがない(11:1-12)
弁舌巧みなヨブに対して、きっちり反論できる者はいない。もう神に語っていただく他はない。神が語ってくださって、神に対してそんな口の利き方をしてはならないことを明らかにしていただこう、と言うわけです(5,6節)。そして、ツォファルは、ヨブの目を神に向けようとします。神の偉大さ、高さ、深さ、広さと、全能者の無限性に目を留めさせようとしています。しかし、ヨブは神を知らないわけではありません。ツォファルが本当に言いたかったことは、あなたは神を知っていると思っているかもしれないが、あなた本当はよくわかっていない、ということです。
確かに、神の御思いの何であるかを知るためには、人は天空高く上り、あるいは地の陰府深く下らなくてはなりません(8節)。神の高さ、深さ、広さなど、そんなに簡単にわかるはずがないのです。神は恐るべきお方、その裁決は絶対です(10節)。神は、正しいお方で、神の目には、全てが裸なのです。野生のろばの子のような分際でありながら、神を知っているなど甚だしい、とツォファルは、ヨブの浅はかさをたしなめています(12節)。
ヨブは三人の友の反感を買ってしまいました。議論をするつもりも、勝負するつもりもなかったでしょうが、彼は益々救いようのない事態に陥っています。ツォファルにしてもヨブを傷つけるつもりはなかったのに、既に傷ついているヨブの心をさらに痛めつける羽目になっています(12:4)。何とも不幸なことですが、しばしば人は、こんな矛盾を起こしてしまうのです。互いに分かり合えず、益々互いに傷つけあってしまうことが。しかしそれこそがまさにサタンが喜び、快とすることなのです。
2.正しい者の祈りは祝される(11:13-20)
後半ツォファルも悔い改めを勧めています。愚かで無力な人間にできることは、ただひたすら神のあわれみを求めることだ。手を頭上に掲げ、神に向かって、この悲惨な状況からの解放を求めることだ(13節)。ただ、不法や不正があってはいけない。もしそのようなものがあるなら、あなたの身辺からそれらを取り除け(14節)、そうすればあなたは確信をもって、神に語り掛けることができるだろう(15節)。そして再びあなたの人生に光が差し込み(16節)、あなたの暗闇は真昼のようになる(17節)。
あなたはエリファズに、「私の日々は機の杼よりも早く、望みのないままに終わる」(7:6)と語ったが、そんなことはない。あなたは神からあらゆるよいものを期待でき、確信を持つことができる(18節)。あなたは「いくつもの夢で私をおののかせ、…おびえさせます」(7:14)と言ったが、もう大丈夫だ。神との関係も正され、人との関係も正されるのだから。むしろ、あなたは名誉ある関係を取り戻すのだ(19節)。しかし、強情を張り続けるなら、そうはならない(20節)。
ツォファルのことばに教えられることは、人間の小ささです。確かに、人は神の前に野ろばの子のような者に過ぎません。人は愚かで、無知で、限界に満ちており、神の高さ、広さ、深さの一旦すらも理解できないような者です。彼の語ることに間違いはないのですが、その一面真理は、ヨブの思いには全くかみ合わないものでした。人の心にことばが届く時があると言うべきでしょう。では今日もよき一日となるように祈ります。

<クイズコーナー>
最初に、昨日のクイズです。エリファズ等3人の友が神について語ることは、神にどの様に評価されたでしょうか。①そのとおりである。②真実ではない。③どちらともいえない答えは②真実ではないでした(ヨブ42:7)では、今日の聖書クイズです。ヤコブが12人の子どもを祝福した時に、「たくましいろば」と表現された子は、誰でしょうか?①ルベン、②ベニヤミン、③イッサカル、答えはまた明日、では今日もよき一日となるように祈ります。
Job 11: Zophar's First Argument
1. how can you know the depth of God?
Zophar the Naamathite, the third friend of Job, opens his mouth in response to Job's fiery words. Earlier, Eliphaz tried to persuade Job on the basis of his own experience. Then Bildad tried to make Job aware by appealing to universal truths. Third, Zophar seems to realize that this is not the kind of thing that can be solved by talking to each other.
1. there is no way to know the depth of God (11:1-12)
There is no one who can argue with the eloquent Job. There is no other way but to let God speak. Let God speak to him and make it clear to him that he should not talk to God in such a manner (vv. 5, 6). Zophar then tries to turn Job's eyes to God. He wants him to fix his eyes on the greatness, height, depth, and breadth of God and the infinity of the Almighty. But Job is not ignorant of God. What Zophar really meant to say is that you may think you know God, but you really don't know much.
Indeed, to know what God's will is, one must ascend to the heights of the sky or descend to the depths of the earth (v. 8). It is not so easy to know the height, depth, and breadth of God. God is fearful, and His judgment is absolute (v. 10). God is righteous, and in His eyes, everything is naked. Zophar chastises Job for his foolishness, saying that he is like the son of a wild ass and yet he knows God (v. 12).
Job has antagonized his three friends. He may not have intended to argue or play games, but he has become more and more irredeemable. Even Zophar did not intend to hurt Job, but he has ended up hurting Job's already hurting heart even more (12:4). How unfortunate, but often people make such contradictions. They cannot understand each other and hurt each other more and more. But that is precisely what Satan delights in.
2. the prayer of the righteous is celebrated (11:13-20)
The latter half of Zophar also encourages repentance. All that a foolish and helpless person can do is to simply seek God's mercy. Raise your hands above your head and turn to God and ask for deliverance from this miserable situation (v. 13). But there must be no illegality or injustice. If there are such things, remove them from your person (v. 14), and you will be able to speak to God with confidence (v. 15). Then light will shine into your life again (v. 16), and your darkness will be like midday (v. 17).
You told Eliphaz, "My days will end faster than the shuttle of a plane and without hope" (7:6), but that is not true. You can expect every good thing from God and have confidence (v. 18). You said, "Many dreams frighten me...they terrify me" (7:14), but it's all right now. Your relationship with God will be corrected, and your relationship with people will be corrected. Rather, you will regain an honorable relationship (v. 19). But not if you continue to be stubborn (v. 20).
What Zophar's words teach us is the smallness of man. Indeed, man is but as the son of a wild ass before God. Man is foolish, ignorant, and limited, unable to comprehend even a fraction of God's height, breadth, and depth. But that one-sided truth did not engage Job's thoughts at all. I should say that there are times when words reach people's hearts. I pray that today will be another good day.

<Quiz Corner
First, yesterday's quiz. How did God evaluate what Eliphaz and the other three friends said about God? (1) True. (2) Not true. (3) Neither answer was (2) untrue (Job 42:7). Here is today's Bible quiz. When Jacob blessed 12 children, which one was described as a "strong ass"? (1) Reuben, (2) Benjamin, and (3) Issachar. I will give you the answer tomorrow, so I wish you a good day today.

人生💯倍の安心😊【聖書】ヨブ記8章 自然界の法則

2022年12月14日 12時19分25秒 | 出エジプト記
ヨブ記8章 ビルダデの最初の弁論
エリファズに続いてビルダデが口を開きます。シュアハ人ビルダデは、アブラハムの妻ケトラが生んだ子の一人として、創世記に名が記録されています(創世記25:2)。つまりその子孫だと考えられています。
1.抵抗を止めて悔い改めよ(8:1-7)
彼は、エリファズよりも、年が若いのか、より言い方がストレートです。ですから、まず彼は、ヨブの嘆きのことばが、怒りに任せた空しいことばで、愚かであると指摘します。そして、エリファズは、人間の罪深さを強調しましたが、ビルダデは神の義を強調するのです。神が法と公正さを曲げることなどありえないこと。だから、ヨブが自分に罪を見出せないのであれば、問題はその子らにある、とします(4節)。ヨブの子らの悲惨な死は、彼らの罪の刑罰だ、というわけです。
そこで、もはや無駄な抵抗は止めて、神の哀れみを求めるべきなのだ、純粋で真っすぐに、求めるなら、神があなたのために起き上ってくれる、そして、再びあなたを回復させてくれる、いやそれ以上のことをしてくださるはずだ、と言います。
2.先人の経験、自然界の法則に学べ(8:8-15)
そして先のエリファズは、自分の主張を個人的な神体験で補強しましたが(4:12)、ビルダデは先人の経験に訴えます(8節)。またパピルス、クモの巣のイメージを取り上げ自然界の法則に訴えます(11節)。それらにとって生育環境は大切で、環境が整わないと、どんな草花もまだ成長しきらないうちに、また抜かれる前に枯れてしまいます(12節)。神との交わりを大事にしない者も、同じ(13節)。そんな子どもたちによりかかったことが間違いではないか(14節)。なんとも頼りにならないものを頼りにしたものだ(15節)。自分の息子たちに支えを求めた結果、彼らも私たちももろともにひっくり返るのだというわけです。しかしこうした考え方は、基本的に不幸の原因を因果応報的に考えることを補強しているに過ぎません。
3.神を敬う者と敬わない者(8:16-22)
ビルダデは続けます。神を敬わない者は、家の壁に張り付くツタのようなものだ(16節)。それは青々と茂り、石造りの家に所かまわず這い上り、それを覆いつくそうとする(17節)。しかし、その目障りなツタを取り除くことがあれば、そんな光景など最初からなかったかのように、家は装う(18節)。これは、不敬虔な人の繁栄も一時で忘れ去られてしまうという意味なのでしょう。他方、誠実さをもって神に仕えようとする人を神はそのように扱われることはない(20節)。だから神は、あなたがそうであれば、間もなく笑いを取り戻し、喜びの叫びを口に上らせてくれるだろう(21節)、と言います。確かにビルダデの言うとおりでしょう。しかしそうではないことも人生には、起こるのです。実際、エリファズもビルダデも神とサタンの取引については知らないのです。ヨブの不幸は、ヨブ自身のあるいは、ヨブの子どもの問題によるのではなく、サタンがヨブの人生に介入した結果でした。そして神がサタンの意のままにすることを許可した理由は人には理解できません。人が把握しきれないことが起こっているのです。 
物事には、一面の真理では説明しきれない問題があります。だから、人の世に起こるあれこれについては、いつでもわからぬ何かがあるぐらいの気持ちを持つことです。主の宮で律法学者と議論をしていた少年イエスを見つけたマリアは、その行動について、自分にはわからぬ何かがあると心に留め、神のみこころを思い巡らしました(ルカ2:52)。そのように物事を複雑なものは複雑なままに受け止める知恵を持ちたいところです。では今日もよき一日となるように祈ります。
<クイズコーナー>
最初に、昨日のクイズです。聖書には神の御心を示す幻と、そうではない偽りの幻が出てきます。では、パトモス島で、神の幻を示された人は誰でしょうか?①ヨハネ、②パウロ、③ペテロ、答えは①ヨハネでした。では、今日の聖書クイズです。幼児の時に、パピルスのかごに入れられて、流され、エジプトの王女に救われた人は誰でしょうか。①モーセ、②ヨシュア、③カレブ、答えはまた明日、では今日もよき一日となるように祈ります。

Job 8: Bildad's First Argument
Following Eliphaz, Bildaddeh opens his mouth. Bildad the Shuachite is named in Genesis as one of the children born to Abraham's wife Keturah (Gen. 25:2). He is believed to be a descendant of Abraham's wife, Keturah, who was born to Shu'ah.
1. stop resisting and repent (8:1-7)
He is younger than Eliphaz, or perhaps he is more straightforward in his speech. Thus, he first points out that Job's words of lamentation are empty words of anger and foolishness. Then Eliphaz emphasizes the sinfulness of man, but Bildad emphasizes the righteousness of God. That it is impossible for God to bend law and justice. So if Job cannot find sin in himself, the problem lies with his children (v. 4). The tragic death of Job's children is the punishment for their sins.
Therefore, he says, you should stop your futile resistance and seek God's mercy, pure and straightforward, and if you ask, God will rise up for you and restore you again, or better yet, he will do it for you.
2. learn from the experience of our predecessors and the laws of nature (8:8-15)
And while Eliphaz earlier reinforced his argument with his personal experience of God (4:12), Bildad appeals to the experience of his predecessors (v. 8). He also appeals to the laws of nature, taking up the image of papyrus and spider webs (v. 11). The environment in which they grow is important, for without it, any plant or flower will die before it is fully grown and before it is pulled out (v. 12). The same is true of those who do not value fellowship with God (v. 13). Is it not a mistake to depend more on such children (v. 14)? How very unreliable they are (v. 15). The result of seeking support from one's own sons is that both they and we are turned upside down. But this view basically only reinforces the cause-and-effect approach to the cause of misfortune.
3. those who honor God and those who do not (8:16-22)
Bildad continues. Those who do not honor God are like the ivy that sticks to the walls of a house (v. 16). It grows lush and thick, crawling up on the stone house wherever it wants to cover it (v. 17). But if that obtrusive ivy is ever removed, the house will look as if such a sight had never existed in the first place (v. 18). This may mean that the prosperity of the ungodly will be forgotten for a time. On the other hand, God will not treat those who seek to serve Him with integrity as such (v. 20). So God says, if you are, you will soon regain your laughter and let the cry of joy rise to your mouth (v. 21). Certainly Bildad would be right. But not so, too, in life, things happen. In fact, neither Eliphaz nor Bildad knows about God's dealings with Satan. Job's misfortunes were not due to his own or his children's problems, but were the result of Satan's intervention in Job's life. And why God allowed Satan to do what he wanted is beyond man's comprehension. There are things going on that man cannot grasp. 
There are problems in things that cannot be explained by one-sided truths. Therefore, we should have a feeling that there is always something that we cannot understand about this and that that happens in the world of man. When Mary found the boy Jesus arguing with the scribes in the Temple of the Lord, she took his actions to heart and pondered the will of God, mindful that there was something she did not understand (Luke 2:52). In this way, we should have the wisdom to accept things as they are in their complexity. I pray that today will be another good day.
<Quiz Corner
First, yesterday's quiz. In the Bible, there are visions that show God's will and false visions that do not show God's will. Who was the one who was shown the vision of God on the island of Patmos? (1) John, (2) Paul, (3) Peter, and the answer was (1) John. Now, here is today's Bible quiz. Who was put in a papyrus basket as an infant, swept away, and saved by an Egyptian princess? (1) Moses, (2) Joshua, (3) Caleb. The answer is tomorrow.