国際武道空手道 白心塾 (愛知県 名古屋市西区 北名古屋市)

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自分自身の今出来る事を一生懸命に取り組む。

3月29日(木) 空手稽古日誌

2012年03月30日 | 空手稽古日誌
昨晩の稽古のテーマは基本の正確さとミット蹴りでした。

ミット蹴りは今回、量を重視・・・・とっても疲れたと思いますが、疲れた時に出る技が本当身に付いた技と思います。

そこから質を高めていけば、より良い技に仕上がるでしょう。

空手の稽古は挨拶、作法、稽古内容(簡単に言えば殴る蹴る)等、一種独特な現代社会とかけ離れた部分が多々あると思います。

ただそれが日本武道であり、その非日常的空間の武道空手に私は憧れて足を踏み入れ現在に至っています。

空手の挨拶に「押忍」と言う言葉があり、「はい」「わかりました」「こんにちは」「さようなら」も全て一言に集約されています。

元々は「耐え難きを耐え 忍び難きを忍ぶ 押さば押せ 引かば押せ これぞ自己滅却 これぞ押忍の精神なりけり」 尊敬、感謝、忍耐、の意味を込めて押忍と言います。

「押忍」の言葉は例えば学校とか会社では使うことはありません。

学校、会社は日常的空間なので言葉も必然と「はい」「わかりました」「こんにちは」「さようなら」と使います。

空手は武道であるとの前提で殴る蹴る等の非日常的な稽古をする訳であるので、あいさつも返事も非日常的な「押忍」で良いのではないでしょうか?

全て空手を日常に溶け込ませて考えるのでなく、日常(心構えは武道的に考えても)と非日常の切り替えスイッチがあった方が、私は良いと考えるのですが・・・どうでしょうか???

それと似ている部分もありますが、武道とスポーツは違うと思います。

一時期キックボクシングとテコンドーをかじったことがありますが、キックのジムで20歳位の練習生が柔軟をしている50歳位のおじさん会員に対して「お前、じゃまだ。あっちでやれ」と言っているのを目の前で見て、とてもがっかりしました。

キックでは彼が先輩でも人生においてはおじさんの方が先輩であるわけで、やはりどんな人(たとえおかしな人でも)でも人生の先輩に対しては敬意を持つべきであると私は思います。

テコンドーでもあまり武道性は感じられず、とてもスポーツ的でした。
気持を追い込む稽古はなく、さわやかに少し汗をかけばいい的な感じで、子供が稽古中に疲れたと言って平気で座ったり寝転がったりしていました。

私の道場ではないので余分な事は言いませんでしたが、気分的に注意したい気分でした。

それと先輩後輩の意識も空手ほどありませんでした。

格闘性やスポーツ性はあっても両者共に武道性欠けたきがして、しばらく稽古しましたが止めてしまいました。

やはり我々は礼節を備えた日本の武道空手を追求して行きたいと思います。

押忍
コメント
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