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山下吹(15) 別子銅山の真吹の熱収支を推算する-2

2020-10-25 09:23:43 | 趣味歴史推論
 真吹において、鈹酸化で発生する発熱量が大きいが、大量の木炭が必要になる理由を前報に基づき考える。
鈹成分には酸化すべきS分とFe分の量が非常に大きい。これは酸化発熱量が大きく有利ではあるが、酸化のための酸素を大量に供給しなければならない。そうすると酸素の(77/23=)3.3倍重量の窒素も同時に供給することになる。反応を進行させるには、高温に維持しなければならない。先ず融解し高温に上げるのに必要な熱量のために木炭の燃焼を必要とする。木炭を燃焼させるためには、大量の酸素を供給しなければならない。そうすると大量の窒素が同伴供給される。その空気が高温の排ガスとして、熱を持ち去ってしまうということになる。すなわち、
鈹の酸化は高温で起きる→鈹の酸化すべきS,Feが大量 →必要酸素量が大量→供給空気量が大量→排ガス放熱量(特に窒素)が大量→木炭の燃焼熱の有効率が低下→大量の木炭が必要

1. 木炭1kg の燃焼し1250℃の排ガスが出る場合の有効熱量を計算する。
燃焼熱(酸化熱) 7,000Cal
木炭600℃までの加熱熱量 0.23×600=138Cal、 必要酸素量 32/12×0.89=2.37kg
その空気中の窒素量 77/23×2.37=7.93kg、 窒素ガスと共に放散する熱量 0.244×7.93×1250=2,419Cal
発生CO2ガス量 44/12×0.89=3.27kg、 CO2排ガスと共に放散する熱量 0.217×3.27×1,250=887Cal
有効な燃焼熱量は 7,000-(138+887+2,419)=3,556Cal 利用率=3,556/7,000=0.51
これは理論空気量の場合である。
もし、酸素過剰率50%、すなわち1.5倍の酸素を供給した場合は
余剰空気の量=(2.37+7.93)×0.5=5.2kg、余剰空気と共に放散する熱量 0.244×5.2×1,250=1,586Cal
酸素過剰率50%の場合、有効な燃焼熱量は、7,000-(138+887+2,419+1,586)=1,970Calと非常に少なくなる。燃焼熱の(1,970/7,000=)0.28しか利用できないことになる
好ましい酸素過剰率は、操業温度、排ガスの安全性(CO,SO2ガス濃度)、操作法などにより、決まるであろう。
あと必要な熱量は、鈹を加熱して融解するに必要な熱量、床壁面からの伝熱放熱量、浴面からの放射熱量である。

2. 鈹を加熱して融解するに必要な熱量と木炭量を計算する。
FeSとCu2Sの式量、融点、融解熱、熱容量は以下のとおり(推定値)1) 
FeS 式量87.9 融点1193℃ 融解熱(23kJ/mol)熱容量 61.0J/molK at1000K
Cu2S  159.1   1100℃     23kJ/mol    (85.2J/molK)

計算を容易にするために鈹は融点1100℃までは反応が起こらず融けた状態になるとする。(実際の鈹は多種の混合物なので、融点はこの温度より低くなる)。
鈹1kgを1100℃の融解状態にするのに必要な熱量を計算する。
鈹1kg中、Cu 2S(=530/63.5/2)=4.18mol、 Fe S(=230/55.8)=4.12mol である。
1kgの鈹の熱容量は、Cu2S分=85.2×4.18=356J/K、FeS分=61.0×4.12=251J/K、合わせて607J/K=0.145Cal/℃kg
鈹 1kgを融点1100℃まで温度を上げるのに必要な熱量(顕熱分)は 0.145×1100=160Cal、 鈹1kgの融解熱は 23×8.30=191kJ=46Cal、
よって鈹1kgを1100℃の融解状態にするのに必要な熱量は 160+46=206Cal
酸素過剰率50%の場合、鈹を融解状態にするには、(206/1,970=0.105)、鈹重量の10.5%の木炭が必要になる。
鈹375kgの場合には213×375=79,900Cal、 375×0.105=39.4kgの木炭が必要となる。
これは木炭量143kgの(39.4/143=)0.276 に相当する。
この他に床壁面からの伝熱放熱、浴面からの放射熱分を賄う木炭燃焼熱が必要となる。

注 参考文献
1. 熱容量 化学便覧基礎編Ⅱ-248(丸善 昭和59年 1984)
  FeS 54.64J/molK at 298K 61.0J/molK at1000K Cu2S 76.32J/molK よりCu2S at1000K=76.32×61.0/54.64=85.2J/molKと推算した。
 融解熱 同上266

山下吹(14) 別子銅山の真吹の熱収支を推算する

2020-10-18 09:59:42 | 趣味歴史推論
 別子銅山の真吹で、大量の木炭の燃焼熱は何に使われたのであろうか。塩野門之助にならい、発生熱量(酸化熱、燃焼熱) と 放散熱量(排出物の熱量、床からの伝熱放熱、浴面からの放射熱)を計算する。
 推算に使用する数値
(1)真吹の物質収支
 別子銅山覚書 元文4年2月(1739)によれば1)「真吹1仕舞に鈹100貫目吹申候、この出来銅30~40貫目まで、鈹善悪により不同御座候、銅数およそ10~13,4枚御座候、この吹炭36,7~40貫目程入申候。」を参考にして、
  鈹 100貫目(375kg) 木炭 38貫目(143kg) 出来銅35貫目(131kg)とする。
(2)真吹床の大きさは、直径2尺、深さ1尺 2挺のフイゴ。2)
(3)鈹の組成は、鈹の分析値:明治7年6~11月の平均実績値3)
  Cu 51.5% Fe 22.5% S 23.5% 不溶分・砂・石英 3.2% を参考にして、Cu 53%  Fe 23% S 24%とする。

1. 鈹の酸化熱(燃焼熱)を計算する。
 S 375×0.24=90kg がSO2ガスとなって放散。 Sの酸化熱=2,250Cal×90=202,500Cal
 Fe 375×0.23=86.25kg Feの酸化熱=1,350Cal×86.25=116,400Cal 
 鈹の酸化熱の総量は 318,900Cal

2. 木炭の酸化熱(燃焼熱)を計算する。
 木炭は全て炭酸ガスCO2になると仮定する。送風不十分でCOが多く含まれると危険である。先ずは理論量の酸素の場合を想定する。
 木炭の酸化熱は7,000Cal/kg 4) 木炭の酸化熱総量は 7,000Cal×143=1,001,000Cal
 木炭の酸化熱の総量は 1,001,000Cal
 木炭の酸化熱は、鈹のそれより1,001,000/318,900=3.14倍である。

 鈹と木炭の酸化熱の総量は 318,900+1,001,000=1,319,900Cal

3. ガス体と共に放散する熱量を計算する。
 銅鈹のSとFeを酸化するに要する酸素量は
  S 90kgに対し---32/32×90=90kg
  Fe 86.25kgに対して---16/56×86.25=24.6kg
 木炭を酸化するに要する酸素量は、木炭 143kgに対して 32/12×143×0.89=339.4kg
 すばいの木炭は無視する。
 よって、S,Fe,木炭の燃焼の必要な酸素の総量は、90+24.6+339.4=454kg
 送風して空気の酸素が100%使われて余分な酸素がない状態が達成されたとする。
 その空気中の窒素の量は    77/23×454kg=1520kg
 SO2ガスの量は       64/32×90=180kg
 CO2ガスの量は     44/12×143×0.89=467kg
 ガス体と共に放散する熱量は1℃毎に 窒素とは1520×0.244=370.8Cal、SO2ガスとは180×0.155=27.9Cal、CO2ガスとは467×0.217=101.3Cal
 よって3種のガスと共に放散する熱量の総量は1℃毎に 370.8+27.9+101.3=500Cal となる。床内熔物の温度を1250℃と想定すると、放散するガス体もこの温度となるので、
 ガス体と共に放熱する熱量の総量は  500×1250=625,000Cal 

4. 鉱滓と共に持ち去られる熱量を計算する。
 Fe 86.25kgの酸化により生成するFeOの量は 72/56×86.25=110.9kg 鉱滓(Fe2SiO4)量は204/140×110.9=161.6kg、Fe2SiO4の比熱は、0.219Cal/kg℃5)
 鉱滓が持ち去る熱量の総量は 0.219×161.6×1250=44,240Cal

5. 生成物の荒銅と共に持ち去られる熱量を計算する。
 生成物の荒銅の量は131kg、 Cuの比熱は0.105 Cal/kg℃6)
 荒銅が持ち去る熱量の総量は 0.105×131×1250=17,190Cal

6. 床内壁からすばい層を伝熱して放散する熱量を計算する。
 伝熱量=熱伝導率λ×伝熱面積/厚み ×温度差(ΔT)
 すばい層の熱伝導率λ=1.0 W/m・K=0.86 Cal/mh℃と見積もる。7)
 床の底面積 π×(0.6/2)2=0.283m2  、床面積 2×π×0.6/2)×0.3=0.565m2  合わせて伝熱面積は0.848m2
 熔体に接する床内壁1250℃ から、すばい層厚み0.3m離れたら100℃になると想定すると ΔT=1250-100=1150℃
 10時間(h)が1250℃であると想定すると、伝熱量(=放熱量)は 0.860 Cal/mh℃×0.848m2 /0.3m×(1250-100)℃×10h=27,960Cal となる。
 床内壁からすばい層を伝熱して放散する熱量は 27,960Cal

7. 床の浴面からの方射熱を計算する。
 放射熱Q=σ×ε×T4×A   σ:ステファンボルツマン係数20.4×10-8(KJ・m-2・K-4・h-1)ε:放射率 T:絶対温度
 浴面は銅(酸化物)としてその放射率ε 0.87 8) T=273℃+1250℃=1523K、
 放射面積Aの見積もり。真吹の後半は、浴面上は釜天井で覆われるので、放射熱の大部分が浴面に反射する。開いた口から放散する熱量を知りたいのであるが、ここでは全真吹工程を通して浴面の3/4は覆われ、1/4相当から放射熱が外部へ出ていると想定する。
  A=π×0.32 ×1/4=0.0707m2 
 1時間の放射熱Q=20.4×10-8×0.87×15234×0.0707=67,510KJ/h=16,100Cal/h  10時間では 161,000Cal となる。
 浴面からの方射熱量は 161,000Cal

CASE1
 発生熱量=鈹酸化熱318,900+木炭酸化熱1,001,000=1,319,900Cal
 放熱量=ガス625,000Cal+鉱滓44,240Cal+銅17,190Cal+床伝熱27,960Cal+放射161,000Cal=875,390Cal
 発生熱量の方が放熱量より444,510Calだけ大きい。

CASE2
 CASE1では理論量の酸素分しか空気は供給しなかったが、CASE2では、444,510Cal分に相当する空気量をプラスして酸素過剰にする。その場合の余分の空気量を計算する。
 空気量は 444,510/0.244/1250=1,457kg となる。
 すなわち空気はCASE1 の(1,457/(454+1520)=)0.74倍の過剰分を足して供給すると、熱収支はバランスする。

まとめ
 上記の推算は、操業の状態の想定や、多くの定数の想定などを基にしているので、実際とは大分違うかと思う。しかし各因子が熱収支にどの程度の影響を与えるかを考えるのに少しは参考になるかもしれない。
1. 木炭酸化熱量は鈹酸化熱量の3.14倍で、発生熱量の76%と大きい。
2. 送風する空気中の窒素の顕熱分が放散熱量の大きな部分を占める。

3. 浴面からの熱輻射による放熱量が大きそうであるが、釜天井の構造、送風量等が影響して、この量の見積もりはで容易ではない。

注 引用文献
1.  住友別子鉱山史 別巻p79(平成3年 1991)
  別子銅山公用記所収 公用記では「間吹」を使っているが、「真吹」を指しているので、このブログでは「真吹」と表記した。
2. 住友別子鉱山史 上巻P261(平成3年 1991)
3. ルイ・ラロック「別子鉱山目論見書-第1部-」p159 (住友史料館編集 平成16年 2004)
4. 木炭の発熱量
 「web. katakago.sakura.ne.jp › chem › fire › sumi3
 発熱量 白炭6700~7300Cal/kg  黒炭 6700~7500Cal/kg 」なので7000Cal/kgとする。 木炭の燃焼熱7000Cal/kgは、C(炭素)32.79MJ/kg(7837Cal/kg)の7000/7837=0.89に相当する。木炭の燃焼に必要な酸素量もCの0.89とする。
5. Fe2SiO4 の熱容量
 化学便覧Ⅱ-248(丸善 昭和59年1984)
 132.9J/mol℃(結晶 25℃)~240.6J/mol(熔体 1227℃)であるので、0℃~1250℃の平均値としてこの二つの平均値を採用する。(132.9+240.6)/2=186.75 単位を変換すると 186.75/4.184/204=0.219Cal/kg
6. Cuの熱容量
 化学便覧Ⅱ-248(丸善 昭和59年1984)
 24.45 J/mol℃(結晶 25℃)~31.4J/mol(熔体 1227℃)であるので、、0℃~1250℃の平均値としてこの二つの平均値を採用する。(24.45+31.4)/2=27.93 単位を変換すると 27.93/4.184/63.6=0.105 Cal/kg℃
7. すばい層の熱伝導率
 ① web.日射計のミューロッツ>熱科学>熱伝導率の測定
   室温の熱伝導度λ=W/m・K コンクリート1.28 ガラス0.93 砂(乾燥)0.35 砂(湿潤)2.7  粘土(乾と湿気の中間)0.15~1.8  粘土(濡れて) 0.6~2.5 岩石2~7
 ② web. BOXCOOL 物体の物理的性質一覧
   木炭(80℃)λ=0.074
 層の水分含量が非常に影響するようである。これらの値を参考にして、すばい層のλ=1.0 W/m・K と見積もる。単位換算1 W/m・K=0.860Cal/mh℃ よってすばい層の熱伝導率=0.86 Cal/mh℃
8. 浴面の放射率
 web. ジャパンセンサー株式会社のホームぺージ>よくある質問>放射率とは
 放射率のデータ  
 銅(酸化)0.87(at 1100K), 銅(研磨)0.03(at 800K), 鋳鉄(酸化)0.73(at 1350K), 炭素(荒い)0.81(at 1200K), 砂 0.9(常温)
 浴面には銅の酸化物など色々な雑物があるはずなので、銅(酸化)の放射率を想定する。すなわち放射率ε 0.87となる。

山下吹(13) 塩野門之助の「銅のベスマーリジング」(2)

2020-10-11 10:04:00 | 趣味歴史推論
 前報の続きである。技術用語を読みやすくするために以下のように書き換えている。
満素→マンガン 硫→硫黄 硅素→ケイ素 酸化炭素→一酸化炭素 炭酸→炭酸ガス 気→空気 熱度→温度 1基→1kg 1熱→1Cal(=1kcal) 欠→減量 飛散→放散 最大→大 最小→小

3. ベスマーリジング
 銑鉄をベスマーリジングしてそのケイ素・マンガン・炭素を燃焼するときは、容易に鍛鉄を収得されるべし。もしこの法を銅鈹に応用してその硫黄と鉄とを燃焼し直ちに精銅を産出することを得ば、熔銅夫の仕働をして大いに簡略ならしむべし。しかりといえどもベスマー法の実地銅鈹に対する如何については大いに銑鉄と異なる所あり。
 銑鉄中その燃焼すべき雑物はわずか9/100~10/100に過ぎず。----銅鈹の含銅は高度のものにてようやく60~70/100 通常25/100~30/100に過ぎざる故、熔物原量の30/100より75/100に至るあまたの雑物を酸化排除せざるべからず。なかんずく鉄の酸化硅酸化より生出する多量の鉱滓はことに銅鈹のベスマーリジングをして困難ならしむべし---
鉄のケイ素(の酸化熱)は7830Cal/kg (1000gの水を0℃より1℃に温むるに必要なる熱量を1熱(=1Cal=1kcal)と名づく)その炭素(の酸化熱)は8080Cal/kg そのマンガン、鉄(の酸化熱)は各々1350Cal/kgを発生す(マンガンの発生する熱量を鉄の熱量と同一に仮定す)。そうして銅鈹の硫黄(の酸化熱)はようやく2250Cal/kg、その鉄はわずかに1350Cal/kgを発生するに過ぎず。また送気の酸素に対しても鉄の親和力は銅の親和力より大なり。そうしてその比較1350Cal/kgと660Cal/kgとの如し。しかりといえども銅の比熱は鉄の比熱より小なるのみならず(グリュネールに従えば、高温度にて銅の比熱は鉄の比熱のおよそ2/3なり)銅とその原鈹の比較量は鉄とその原銑の比較量に対し遠く小なり。また銅の熔解点は鉄より低度なることおよそ400℃。故に銅鈹におけるベスマー精煉は銑鉄におけるよりむしろ小の熱量を要すべし。
ここにベスマーリジング中熔物の発生する熱量とその消費する熱量を概算し銑鉄の場合と銅鈹の場合を比較すべし。

(甲)銑鉄(グリュネール)
銑鉄変性中の減耗を10/100とし、そうしてこの減量は、
炭素         0.04
ケイ素        0.02
マンガンおよび鉄   0.04
      計    0.10
の燃焼によると仮定し、また炭素の2/3は一酸化炭素を組成すと想像するときは、銑鉄1kg毎に熱量382.41Calを発生すべし。
 (計算) 炭酸ガスを組成せし炭素 0.013kg(←0.040kgの1/3)------8080Cal×0.013=105.04Cal
一酸化炭素を組成せし炭素 0.027kg(←0.040kgの2/3)------2473Cal×0.027=66.77Cal
ケイ素                   0.02kg------7830Cal×0.02=156.60Cal
酸化を組成せしマンガンおよび鉄       0.04kg -----1350Cal×0.04=54.00Cal
発生せし熱量の総額                         382.41Cal
消費熱に至っては変性中ガス体と放散する部分のみ概ね算定するを得べし。銑鉄1kgの含有雑物を燃焼するには、0.105kgの酸素を要す。
 (計算) 炭酸ガスを組成せし炭素0.013kgに対し-------32/12×0.013=0.035kg
      一酸化炭素を組成せし炭素0.027kgに対し----16/12×0.027=0.036kg
 ケイ素 0.02kgに対し ----------------------------32/28×0.02=0.023kg
 マンガンおよび鉄 0.04kgに対し--------------------2/7×0.04=0.011kg
       燃焼に要せし酸素総量                0.105kg
空気の余燼すなわち窒素の量は0.350kg なり
 (計算)3.33×0.105--------------------------------------------------------------=0.350kg 
また炭酸ガスの量は0.048kg 一酸化炭素の量は0.063kg
 (計算) 炭酸ガス-----------------------------------------------------44/12×0.013=0.048kg 
      一酸化炭素---------------------------------------------------28/12×0.027=0.063kg 
そうしてガス体と共に放散する熱量は1℃毎に0.1112Calなり。
 (計算)窒素と-----------------------------------------------0.350×0.244=0.0854Cal
 炭酸ガスと-----------------------------------------0.048×0.217=0.0104Cal
     一酸化炭素と---------------------------------------0.063×0.245=0.0154Cal
 1℃毎に放散する熱量の額              0.1112Cal
銑鉄湯の温度は変性の最初に1250~1300℃ その終期に1500~1600℃ 始終の平均1400℃なり。そうしてビン口より発出するガス体もまたこの温度を有するとせば、放散熱量総額155.68Calを得べし。
 (計算)放散熱量総額----------------------------0.1112Cal/℃×1400℃=155.68Cal
ガス体の温度は鉄湯の温度より余程小なるものにして決して同一の温度を得るに至らず。-------ガス体温度の極大として鉄湯と同じく1400℃を仮定するものは熱量定算をして安全ならしむるためなり。
発生熱量382.41Calより放散熱量155.68Calを減せば226.73Calを得べし。
この差は変性中熔物鏡面の発射する熱量およびビン体を透徹放散する熱量を補充してなおあまたの剰余を与うべし。-----この計算によって銑鉄湯を通過攪拌する冷気はこれを凍せざるのみならずかえってこれを熱するゆえんを了解すべし。

(乙)銅鈹
銅鈹変性中の減耗を40/100としそうするとこの減量は
 硫黄----------------------0.23
 鉄-------------------------0.17
    (計)   0.40
の燃焼によると仮定す。また成るべく銑鉄との比較計算を容易ならしめんため、ビンの腹部に一鉱滓口を想像し、鉄は酸化硅酸化するに従いビン外に流出すと仮定す。--------鉱滓は最高度に流離性を有せざるべからざる故、勤めて単硅酸鉄(硅酸の酸素量と塩基の酸素量相いひとしきものにして100分中酸化鉄71、硅酸29を含有す)を組成せしむ------酸化鉄と硅酸と抱合して鉱滓を生ずる時は多少の熱量を発生すべきもこれを計るに由なきをもって発生熱額中これを算入し能わず。しかりといえども計算の結果についてはむしろ安全度を増すべし。
銅鈹1kg毎に747Calを発生すべし。
 (計算)硫黄 0.23kg--------------------2250Cal×0.23=517.50Cal
     鉄  0.17kg--------------------1350Cal×0.17=229.50Cal
      発生熱量の総額            747.00Cal
消費熱に至っては変性中、ガス体と放散し鉱滓と流れ去る部分のみ概算し得べし。-------
銅鈹1kgの硫黄および鉄を酸化するには0.278kgの酸素を要すべし。
 (計算)亜硫酸ガスを組成する硫黄0.23kgに対し----32/32×0.23=0.230kg
     酸化鉄を組成する鉄0.17kgに対し-------------16/56×0.17=0.048kg
      硫黄および鉄の燃焼に要せし酸素の総量        0.278kg
空気の余燼すなわち窒素の量は0.931kgなり
 (計算)77/23×0.278-----------------=0.931kg
亜硫酸ガスの量は0.46kg
 (計算) 64/32×0.23-------------------=0.460kg
そうしてガス体と放散する熱量は1℃毎に0.298Calなるべし。
 (計算) 窒素と----------------0.931kg×0.244=0.227Cal
亜硫酸ガスと-------0.460kg×0.155=0.071Cal
       1℃毎にガスと放散する熱量   0.298Cal
ビン内熔物の平均温度は1250℃と仮定して実際に遠からざるべし。そうしてガス体もまたこの温度を有すると想像せば、およそ372.50Calを放散すべし。
 (計算)放散熱量総額------------0.296×1250℃=372.50Cal
鉄0.17kgの燃焼によって成立せし酸化鉄の量は0.219kgなり。そうしてその組成する硅酸鉄すなわち鉱滓の量は0.308kgなり。
 (計算)酸化鉄の量-----------------------72/56×0.17=0.219kg-
     硅酸鉄すなわち鉱滓の量-----100/71×0.219=0.308kg
鉱滓の比熱は決して0.26(0.32~0.36の間違い?)を超過せざるべし。またビンを離れ去る瞬間において鉱滓含蓄の熱量は400~450Calなるべし。
(計算 (0.32~0.36)×1250=400~450Cal)) 
故に鉱滓の持ち去る総熱量はおよそ138.60Calなり。
 (計算) 鉱滓と共に流れ去る総熱量-----------------450Cal×0.308=138.60Cal
ガス体と飛散する熱量372.50Calに鉱滓と流れ去る熱量138.60Calを加え、その額511.10Calを発生熱量747Calより減せば235.90Calを得。
この差は変性中熔物鏡面の発射する熱量およびビン体より透徹放散する熱量を補充すべきものなり。

(甲)(乙)両計算の結果なる補充熱量すなわち変性物の凝結を予防すべき熱量を比較せば
 銑鉄の場合においては、鍛鉄900gに対し226.73Cal
 銅鈹の場合においては、精銅600gに対し235.90Cal
なり。故に熱量的にベスマーリジングは銑鉄におけるよりもかえって銅鈹において満足なるべし。
(論文おわり)

注 引用文献
1. web. 塩野門之助「銅のベスマーリジング」日本鉱業会誌7(71)p15~25(1891)

山下吹(12) 塩野門之助の「銅のベスマーリジング」(1)

2020-10-04 17:19:47 | 趣味歴史推論
 塩野門之助(しおのもんのすけ)は、松江藩校でフランス語を学び、外務省を経て、明治7年(1873)ルイ・ラロックの通訳として住友に入社、明治10年(1877)フランス鉱山学校へ留学、帰国後別子に勤務、惣開製錬所建設に従事、明治20年(1887)足尾銅山へ転職、明治23年(1890)「銅のベスマーリジング」の論文を発表、足尾で日本初の方形水筒熔高炉とベッセマー転炉を建造した。明治28年(1895)別子に再就職し、明治30~38年(1897~1905)四阪島の製錬所の設計建設を行った。

山下吹(真吹)とベッセマー炉に関わった技術者塩野門之助の論文の全文を読むことにする。前半は日本鉱業会誌6(69)p690(1890)後半は同誌7(71)p15(1891)に掲載された。読みやすくするために、難しい漢字語、接続詞は「かな」に代え、意訳字に代えている。例 而して→そうして 鞴口→フイゴ口 壜→ビン 坩堝→ルツボ
ベスマーリジングは、「Bessemerizing ベッセマーライジング」の当時の表記であろうと推測する。ベッセマー法で銑鉄を鋼に転化すること、空気を吹き込むことにより、熔金属を処理すること 等を意味する。
論文の後半に、この方法の熱量収支計算があるのが貴重である。

塩野門之助「銅のベスマーリジング」日本鉱業会誌 明治23~24年(1890~1891)

 40年以来熔砿に製銅に一反射炉を特用して多量の燃料を消費すれども、英国の熔銅夫は今日なお商銅の相場を左右す。新また新便また便、人工燃材の経済上非難されざる鉱炉を使用する北米の熔銅夫といえども未だ必ずしも失敗せざるなき能わず。これ他なし熔銅の業たるその製造地の形勢燃料人工の廉不廉ことに地方商業の形況および輸出入の等差など百般の事物によって勤励または妨害さるること他冶金業に比較して最もはなはだしければなり。故に一熔銅所新規経営の任に当たらば、篤とその需用砿石の品質を吟味すべきはもちろんその地固有の形勢習染の情態および商業の実況等を精密に調査し、しかる後始めて如何なる製煉法の最もよくその場合に適応するかを吟味せざるべからず。
さてこの問題についてその循環経済的に関わるものはしばらくおき、その単純冶金的に係るものといえどもその総論の如きはこれを学者諸君に待たん。ただ思惟すらく、もし製煉器の種類いよいよ多くその解説また従って綿密ならば最適法選択の範囲ますます広くその審案の材料もまた乏しからずして、いかに難雑なる場合におけるも幾分や容易に選定を下し得るに至らんやと。このベスマーリジング報告の如きも最適熔銅法選定者その人のために、あるいは一材料たるを得せしめんと希企するに外ならざるなり。

1. ベスマー製銅法の歴史
 はじめてベスマー壜を製銅に試用せしは、ロシヤ国の技師にして今を去ること24年前、1867年の事なり。くだって1878年に至り、英人ゼー・ホルウェー氏もまた銅の「ベスマーリジング」を試みしが、その結果いかんなりしや中途にしてその試験を廃絶せり。
その後1880年に至りフランス人マネス氏またベスマー製銅の吟味に取り掛り、器を換え法をあらため固執試験すること4年。遂に製造的この問題を決するを得たり。北米モンタナ州バット・スチー・ノ・ラ・パロット会社におけるベスマー製銅器はすなわちマネス氏の意匠に係るものにしてその創設建築は学友ベルニー氏の指導監督せしものなり。
 このパロット会社がマネス氏と特約を結んで新製銅法を採用せしは、けだし明治18年(1885)にしてその時同社の築造せしもの1トン吹きのベスマービン3基なり。以来今日に至りおよそ5年間漸々そのビン数を増設し絶えずその改良を施行して今日いよいよこの法の学理試験の性質を脱し実利営業の一大要法たるを得せしめたり。
この頃北米「Engineering & Mining Journal」を閲するに、パロット会社は今年新規に形大のベスマー製銅ビン2基を増設せしことを記載せり。

2. ベスマー製銅器
製銅彎頸器の解説をして容易ならしめんには、ベスマー製鉄ビンの発明者ベスマー氏その人の試験に付き一ページの談話をなさざるを得ず。故に報告者はしばらく熔銅の問題を中止めここに専ら製鉄ビンの来歴を陳述すべし
(1)ベスマー製鉄法の大発明は実に第一図に示すが如き一小器の内に萌芽せり。(鉄とは煉鉄と鋼鉄を論ぜずすべて鍛煉に堪える諸の種鉄類を指す、以下これにならう)

この器は単に一風炉と一ルツボに成る。ルツボは重さ40ポンド(18.1kg)のものにしてその蓋の中央に一穴あり。もって送気管を貫通すべし。(送気管は耐火粘土をもって作る、また蓋の縁周囲に穿ちたる数小穴は送気中ガス体の発出口なり)そうしてベスマーリジングを成さんには先ずルツボの中に15ポンド(6.8kg)の銑鉄を熔解し蓋を貫きて送気管をルツボ底に差し込みもって気を送り通ずべし。
ベスマー氏その試験発端において単にこの小器を使用せり。そうしてこの小器はよく---熔解したる銑鉄を透し 唯気を通過せしめるのみにて鍛鉄を生ずらるべし---という顕象を発出し得たり。これ時1855年なり。
(2)前陳の小試験についてはそのルツボの始終烈火に包繞さるるをもって鎔物の変性後といえどもその熱量を失う憂いなかりし。しかりそうして一つも補助熱を外部に仰ぐことなく変性中に発生せし極熱を庇保して鍛鉄の凝結を予防し得べきや。ベスマー彎頸器は実にこの問題の刺激によって意匠されしものなり。そうして第一のベスマービンは円球形にてありし。けだし総固形中特に球形を選びしは、その容積の比例にその外皮面(すなわちその内熱発射面)最も小なるをもってなり。
(3)しかりといえども彎頸器仕働上その能力にその欠点にこの器特有の器量を顕出せしは、水平フイゴ口の円筒形不動ビンなり。このビンによって数度試験の後、ベスマー氏は左の三切要を定めたり。
第1 送気はその圧力充分にしてよく鎔物の中心に透達しこれをしてあまねく循環周流せしむべきこと
第 2 鎔銑をもってビンを充たすにあたりその注流全く終り、始めて送気すべきこと
第3 変性中あるいは気を送りあるいは気を絶ち鎔物のフイゴ口へ流れ入る気遣いなくして自由に送気の仕働を支配し得べきこと
吹風の構造をくらべるや丈夫にして気の圧搾度を高め得ば、第1の切要に当たらん事容易成るべし---第2、第3の切要に当たらんためにベスマー氏は種々試験の後(あるいは気を全く絶ち得ざるもその圧力を減じ---あるいは小さく粘土を丸め注射気の誘導によってフイゴ口の筒先に到らしめ気の突出口を縮小して注入気の量を減殺し---あるいは無酸化力ガスをして気に交代せしめし等種々の試験をなせり。---なかんづく注入気減殺は近年クラブ・グリヒッシュ特許の不動ビン中やや満足に意匠されたり)遂に第二図に示す如き動ビンを造設せり。

之すなわち冶金術上吾人の創めて得たる第1転動彎頸器なり。この器は送気中よく熔解物を循環周流せしむるをもって変性的の能力ことに顕著なり。そうしてベスマー氏は更に小変形をこの器に加えて満足に第2、第3の切要に当たるを得たり。(変形後のこの器は今日のベスマービンにやや類似す。そうしてこれを横臥するべきは諸フイゴ口全く熔物の水平面上に露出する様構造しある故、熔銑の注入または変性物の覆し明け中熔物のフイゴ口に流入する憂いなくして随意に送気を遮断し得るなり)
(4)以上はベスマー法創始試験の概況にして以来今日に至りこの法のその器と共に驚くべき進歩を成せしことは吾人の知る処なり。
それ仕働満点のベスマービンは腹に沸騰たる鉄湯重さ数萬斤(24~30トン)を蔵し口に白熱の火焔高さ数十丈(尺? 10m?)を吐き、その咆哮轟然まさに大空に飛揚せんと欲するが如くしかりそうして一熔夫の鞭下によく俯伏沈静す。それ非常の体量とその包蔵物の最危険なるに関せずその運動の円滑自在にしてことにわずかも違えず適度の鍛鉄を産出するが如きは、人造機関もここに至ってその妙を極むというべし。

さてこれより製銅ベスマービンに論及せんに先ず日本旧来の真吹より始め、前ルツボ内濃縮を抄述し、終にマネスビンの解説にいたるべし。

真吹 先ず銅鈹を地炉中に鎔解せし後、粘土の円鉢をもってこれを蔽い(鉢の下縁に2穴あり、1はフイゴ管を通すためにて側面にあり、1は仕働口にして前面にあり、ガス体はすべてこの仕働口より発生す)およそ40度の傾斜にフイゴ管を据え付け鎔鈹湯面の中央に送気すべし。(気の圧力は平均2cmなり、しかれども吹き揚り前およそ30分間は水銀6cmの圧力をもって送気するを必用とす、吹風器は主に大坂製木造の角フイゴを用いる。)最初銅鈹を吹き卸す時に当たって燃料を要するはもちろんなれども、銅鈹ひとたび鎔解せばその吹き揚りまで一片の木炭をも消費せず、単にその含有鉄および硫黄を燃焼してよく鎔物の凝結を支え得べし。(真吹地炉の内部を形造する素灰もまた凝結を支えるために必要なり)
送気の仕働によって先ず発生する酸化鉄は包繞硅酸物と砿滓を形造す。(鎔夫は始終この砿滓を掻き除けて鎔物の鏡面を顕さざるべからず)吹き揚り30分前に至り、鎔夫は一の鉄棒を取りこれを鎔物(この時に至って鉄の多量すでに硅酸化せし故、鎔物は全く硫化銅とみなし得べし)の内に差し込み湯を攪き雑ぜてその総部に気の働きを受け硫黄を酸化揮発せしむ。

前ルツボ内濃縮 (南スペインの)リヨチント銅山オフマン炉の前ルツボ内に送気して銅鈹の品位を高くする仕働の如きもまたベスマー法の一応用なり。この仕働については既に会誌に報告せしことあるをもって、ここに贅せず。(明治20年6,7月頃の鉱業会誌を参観すべし)
 1861年の特許に関わるベスマー不動ビンの仕働はこの前ルツボ濃縮とほぼ相似たり。そうしてこのビンは製銅上参考となるべき特質を有すること少なからざる故、以下にこれが記載をなさんとす。
ベスマー氏創始試験の際においてその彎頸器内部の耐火包繞物は常に永続せず。ことにフイゴ口平行線の部分において破損すること甚だしくそのつどこれが修繕をなさざるべからざるために、あまたの手数と数度の休働を要せり。---また気の圧力同一の場合においてビンの内部中心より送気するとその外部周囲より送気するといずれか最もよく熔物を攪き雑ぜるやといわんに、中心送気の変性力素より最大なること論を待たず---これすなわちベスマー氏が第三図に示す如き無フイゴ口ビンを設計築造せし理由なり。

このビンはフイゴ口を有せざる故、その破損することまれにしてその修繕もまた至って容易なり。且つ送気機は上げ下げ自在の一管体なれば、たとえ変性真最中に破損をきたすことあるもこれを取り換えんこと一瞬間の仕働のみ。(管の骨材は鉄にしてその外部は耐火粘土の輪形レンガなり)
普通の製鉄ビンを用いて製銅するときは、その遊離銅フイゴ口を凝塞して、変性中途に激変を来たさん。この無フイゴ口ベスマービンにおいては遊離銅の漸々沈溜するに従いその送気管を徐々に引き揚げてフイゴ口の凝塞と銅の凝結を避け得べき故、充分に変性することを得べし。また、かのクラブ・グリヒッシュ彎頸器におけるが如くこのビンの腹部に(底を離るる適宜の高さに)鉱滓口を穿開せば低度の銅鈹に対し最好適変性器とならんや。そうして斯くの如きビンを全く高炉に膚接して据え置きせば、一の変性前ルツボを得べし。

クラブ・グリヒッシュ彎頸器  英国においてクラブ・グリヒッシュ不動製ビン(小製鉄所の為に意匠せしものにしてすなわち少量の鋼鉄を得るに適す)を用い銅鈹の変性を試みしものありしが、好結果を得ざりしという。けだし4,5年前のことなり。

マネス・ダビードビン  含銅25内外の低度銅鈹を料理する時は、その遊離銅量過小にその鉱滓量過大なる故、マネスビンを以ていっぺんに変性を遂げ終わるを得ざるべし。(次節ベスマーリジングを参観すべし)マネス・ダビードビンはすなわちこの欠点を補充するために意匠されしものにして第四図(この略図はただ意匠を解明するのみにてビンの甲材その気管及び歯車等を顕さず)にその略図を顕す如くビンは両底付き水平円筒になる。

そうして筒上一起成線上にそのフイゴ口を配置す。またその回転運動の如きは一対の歯車をもって司らしむ。
変性最初期において、一は、第四図甲に示す如き位置を持たす。そうして遊離銅漸々沈溜するに従い、徐々ビンを回転して乙図の位置に至らしむ。故にフイゴ口は始終遊離銅を避け得て之が凝結を醸さざるのみならず、なお銅鈹層適意の点に送気し得るの便利を有す。しかりといえどもこの円筒形製銅ビンは実地好結果を奏せざるものの如し。けだしその内熱発射面のその容積に比較して過大なる故ならんや。

マネスビン  マネス氏意匠の製銅彎頸器はすなわち第五図に示すが如し。


その径およそ1m40cm その総高さ2m 体は円筒 上下両底は円球欠 そうして頂部に嘴形の一口を有す。ビンの甲材は錬鉄板をもって造りその内部は耐火硅酸物をもって装塗す。フイゴ口は水平にしてその径は1cm その数は18 そうしてビン底を離るゝことおよそ25cm の一平行線上に配置す。フイゴ口水平には耐火煉瓦の一層を用いるを要す。この煉瓦は長さ20cm 扇面形のものにして各々径1cmの1小穴(すなわちビンのフイゴ口となるべきもの)を有す。さてビンの内部を装成せんには先ず耐火装塗物をもってビンの底部を盛りよくこれを打擣せし後、その凹凸を削除して粗々底状を形造せしめその上にフイゴ口煉瓦を並列すべし。そうして木製のやり型心をビン内に入れこの心とビンの甲材の間に装塗物を塡充打擣すべし。(粉砕したる硅石または純良硅石砂2部とこれに粘着力を与うべき耐火粘土1部を調合しよく練り雑ぜつきこねてこの耐火装塗物を得る---)ビンの修繕を成すにもやはりこの物質を用いるを要す。)
マネス氏もその製銅試験の創始に於いては、もっぱら普通製鉄ビンすなわち垂直フイゴ口彎頸器を使用せり。そうして変性の初期には送気の仕働やや満足熔物もまた充分に循環周流せしが、その終期に至り熔物の沸騰暴かに激烈と成り、鉱滓銅鈹ことごとくビン外に投射せられたり。この激変を制圧せんため銅、鉄、硫黄、相互の比例を種々様々に変更して特に銅鈹を調製しこれをして数度の試験を経過せしめしといえども、彎頸器の垂直フイゴ口たる限り遂に好結果を得る能わざりし。
鉄のベスマーリジング中熔物の総体は始終同質同組織をなす。そうしてその排除すべき雑物は熔銑総部にむらなく散在して同時に一様に送気の酸化力を受くる故、既成変性物と未成変性物の区別あることなし。
銅のベスマーリジングにおいてはしからず。ビン内へ注入せし銅鈹総体は同質同組織なるも送気の仕働を受け始むるやいなや---沈溜する銅---未変性の銅鈹---浮かぶ鉱滓---の3層に分離す。変性ようやく進捗するに従い沈溜銅は増積して銅鈹はようやく減少し終にビン中銅と鉱滓の2層を得るにいたるべし。
だから垂直フイゴ口の製銅に適せざるは送気のビン底より突入してそのところに沈溜銅を冷涼凝結し遂にフイゴ口を填塞せしむるによる---もし底上適宜の高さに水平フイゴ口を並列し遊離銅をしてフイゴ口以下に潜溜し送気の冷涼を免れしめ得ば、必ず銅鈹の変性をまっとうすることを得ん。これすなわちマネス氏が水平フイゴ口彎頸器の意匠に誘導されし理由なり。
マネスビンフイゴ口水平面以下の深さはおよそ25cmなり。この深さすなわち変性中遊離銅を保蔵すべきビン底部の広狭は銅鈹の一と吹き量とその品位とに密接の関係を有す。遊離銅の鏡面(鉱滓層または銅鈹層と遊離銅層を界限する水平面をいう)は必ずフイゴ口水平面以下にあるべきことは既に述べきたり。しかれどもこの鏡面のフイゴ口を離れ下ることあまり大ならざるを要す。しからざれば変性最後期においてフイゴ口水平部はすべて鉱滓の領する所となり、送気はこの不燃質物中に進入してただこれを冷涼するのみに止まらず遂に総熔物の凝結を醸すに至らん。故に吹き揚りの瞬間においてもなお幾厚の銅鈹層フイゴ口水平にあるあってたえず熱量を生じ熔物全部の凝結を支えざるべからず。そうして多量の銅鈹を吹き余すを欲せざれば遊離銅の鏡面をしてなるべくフイゴ口水平面に接近せしむる様ビン底を造らざるべからず。
鉄のベスマーリジングにおいては、一と吹きの銑鉄量常に5~6トン往々10トンに至る。そうして銅鈹一と吹き量の1トン~1トン半に過ぎざるものは、けだしその鉱滓量最も多くその取扱従って困難なるをもってなり。且つ熔鉱炉より直ちにビン中へ銅鈹を注入する場合においてはビンの大きさ自ら制限す。( 続く)

注 引用文献
1. 塩野門之助の経歴年表 嘉永6年~昭和8年(1853~1933) 愛媛県立新居浜南高等の学校情報科学部の web. http://besshi.net/hp/eco/01/007/siononenpyou.htmより。
2. 塩野門之助「銅のベスマーリジング」日本鉱業会誌6(69)p690~701(1890)
3. web. 同上 続き 日本鉱業会誌7(71)p15~25(1891)