ペタンク爺さん

ペタンクで遊ぼうよ!で20年

遠藤釣具商は通算26年に及ぶ

2015年01月19日 17時23分51秒 | 釣夜話
親父の才覚で昭和18年頃百貨店より遠藤釣具卸商に変革している、間もなく終戦を迎えるが親父が最も輝いた時だ2年くらいでひと財産築く、ここで親父は発展的に物事を考え釣具から漁網の分野への転出を図る、その頃は綿糸は統制時代のキップ制で自由販売の出来ない時代だった、遠藤製網株式会社を立ち上げた、事務所もシックイ塗りのジャンデリアが下がった応接間もある会社で、専務や事務の方には長男もスタツフの一員だった。
向かいの工場には糸車のついた輪転機械が稼働していた、出来上がった網を二階の倉庫で仕上げ作業と忙しく、女工さんもたち働く企業だった、その頃私もー役かって夜になると工場入口の門番役で泊に行っていた。
遠い昔のお話しです。

釣の方は磯釣りばかりでなく自家用磯舟もあったが、私はからっきし舟に弱く釣り場につかない内に舟酔いが始まってしまうので子供の頃は舟釣りは出来なかった、それでも大人になってからは、いつの間に消えていた。
黄金の沖辺りは宗八カレーの漁場で何時も箱釣りで大漁が当たり前だかた、量が多いとあの独特な魚の臭いに閉口するが、腹を出し串に刺して2・3日干し上げると、これがカレーの一夜ぼしになり最高の代物に変化する。
宗八カレーは干物のトツプリーダーです。
残念ながら磯釣りでは釣れないカレーです、虎杖浜辺りから日高沿線様似辺りの砂浜でタカノハカレー釣りが楽しみのひとっでした、よく煮っけにして食べていたが黒がしらカレーより美味しかった、いっの間に姿が消えてしまった理由は未だに解らない。

親父の釣具商は、室蘭編5年と札幌編21年の合計26年に及ぶ。


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