清しこの夜 2007-12-24 18:45:28 | 生活 12月24日 晴れ とうとうこの夜に。私の家族はこの晩を毎年楽しみにして来た。教会のクリスマスとは違うが、イエス・キリストの誕生を記念する。子どもたちはこういう行事によって情操を育てられる。
仙台育英駅伝優勝によせて 2007-12-23 15:07:14 | 生活 12月23日 天皇誕生日 雨のち曇りのち晴れ 都大路を走る高校駅伝で仙台育英が2年ぶり7回目の優勝を遂げた。育英高校は体育競技に強い有名校だ。人間あたま勝負だけでなく、身体の勝負もあるから、がり勉がいやな人はこちらで世の中にアピールすることができる。それでも一流になろうとすれば大変な努力が要る。勉強でも運動でも結局同じことだ。 しかし人に勝つことだけを目標にするときはその人の人生が狭くなり面白みがなくなる。やはりゆとりとか、勝負だけに拘らぬ器量の大きさとかいうものが必要になる。日本人はそのことに早くから気がついていた。道というのがそれだ。柔道は柔術を超えたもの。その道の達人は風格がなくてはならぬ。 モンゴルから帰った横綱の朝青龍も多分このことに気がついたのではなかろうか。
大先輩逝去 2007-12-21 11:14:28 | 生活 12月21日 晴れ 今朝の朝日新聞で東大名誉教授斉藤信房先生が肺炎のため死去されたことが報じられた。先生は私の恩人の一人であった。先生の妹は幼いとき日本脳炎のために心身障害児となり七十歳代まで生きた。先生は私の二男充が予防接種事故のため重症心身障害児になったことを聞き心を痛めておられたよしであった。そして私が遂に国家賠償法訴訟に踏み切らざるを得ず、それが新聞に報ぜられるといち早く私を支持するといわれたそうで、それは東北大学のS教授から聞いた。当時大学の助教授であった私にとって訴訟に関わることは昇進を諦めるほどの覚悟がいったのである。陰口もあったし、嫌がらせもあり。居心地の悪い状態は長く続いたことは事実だったが、私は斎藤先生のような支持者も居られることを心の底で有り難く思った。昇進は殆ど駄目と言われた職場で奇跡のようなことが起こり、私は好きな仕事を続けることができた。 その後も先生は陰に陽に温かく見ていてくださったと私は感謝したものである。 先輩を失う淋しさ、辛さを、いま身に沁みて思う。ああ。
日々の発見 2007-12-16 10:14:31 | 生活 12月16日 晴れ 生きている、そのことが嬉しいというそんな姿を見せてくれた、在りし日の重度心身障害者の二男だった。生命はもろもろの奇跡のようなメカニズムによって支えられている。なんという素晴らしいいのちなのか。 こうしたことからあらためて日常の生活の中の自分に返る。するといろいろなものが目に入り、耳に聞こえる。日に輝く常緑性の垣根の赤い葉が風に揺られふと落ちて飛んだ。ごうごうと鳴る風の音は時に休みつつまぶしい日の光にさらされている。それがなにか人の世の約束を越えたもののように私の耳に届く。日々のいとも小さい発見はこうして私に至福のときに導く。
元気を出して 2007-12-13 11:47:32 | 生活 12月13日 雨 暫くぶりで雨だ。くたびれきって昨夜はかなりよく眠ったので今朝は立ちくらみのひどいのはおさまり、ほっとした。 『いのちの杜に歌声起こる』好評のようだ。沢山の反響をいただいている。注文も5冊、10冊とある。宮城県中央児童館問題で関心を高めることになったようだ。この本を普通の読み物と思ってはならない。充のようなワクチン禍犠牲者の魂の叫びとそして地上のわれらを見守るいのちの光がこもっていることを悟ってもらいたい。裁判のことひとつとっても、20年という長い月日に見事な判決が出たことを忘れてはならず、それが現代訴訟に及ぼした影響は決して小さいものではない。音楽の癒しについても驚くべき恵みがあり、重障児さえそれにあずかる。 さあ元気を出して。疲れたるものよ、立ち上がれ。
三段がまえ(それ以上)の構想へ 2007-12-07 20:59:11 | 生活 12月7日 宮城県知事への誓願は署名提出が12月10日(月)午前9時半と決まり、私にも出席要請が来た。 今日宮城県の県議会でのやり取りから分かったことは、県は児童館敷地の約半分は公園として残し、記念碑や彫刻はそのまま残す方針になり、先日の知事答弁より一歩進んだ。しかし残り半分は現有建物を含め取り壊す方針は変わらないようである。 児童館界隈の土地を売り県の収入にしたい焦りのようなものがありありだ。しかしそこで待てよ。今土地の値段が下がっている、あるいはようやく下げ止まりつつあるときそんなに売り急ぐ必要があるのか?それは慎重にに考えるべきである。少なくともニ三年は売るべきでないと思われるから、売り急ぐ発想からの計画はやめてもらいたい。拙速に過ぎるのだ。 まず補修して十年の計画を実行することに主眼を置いた請願書の主旨は十分合理性がある。十年後建物をどうするかはその近くで考えたらよいのであって、先回りして十年後また補修あるいは取り壊しのことを今から言う必要はないだろう。 まず今から十年、関係者の努力で児童育成のためになることをやるのだ。いっぺんに飛躍する必要はないだろう。ここのところが上層部の頭では軽視されている。 ただし県の執行部があくまで今の計画を実行しようとする姿勢を崩さないときはどうするのか。請願側も二段,三段の計画を持たなければならないだろう。
ある懇親会 2007-12-07 20:21:09 | 生活 12月7日 晴れ 昨日から今日にかけて東京へ。昨夜は仁科記念財団の懇親会に始めて出席。仁科芳雄の長男雄一郎氏のご好意による推薦である。私も昔仁科記念財団の奨励金をもらったことがあるが、その時は一片の通知が来て、お金が振り込まれただけであった。旧知のかたがた、池田長生先生や朽津耕三先生にお目にかかった。さらに新理事長の山崎敏光氏に日本学士院の紀要に英文で小川正孝のニッポニウムのことを書いて欲しいと言われ、ニッポニウムと小川の名誉回復のためになるんであればと、承知した。意義ある会になったことを喜ぶ。
インフルエンザ迫る 2007-12-05 21:20:37 | 生活 12月5日 インフルエンザ流行が始まった。テレビはNHKが予防接種お勧め。週刊朝日は予防接種に半ば批判的。その他は国立感染症研究所の言うことだからと無批判に盲従の姿勢。そんな中で元公衆衛生院室長の母里啓子さんの「効きません インフルエンザワクチンは打たないで」の広告が朝日新聞の一面下段に出た。もっともなことだ。 インフルエンザワクチンが感染防止効果がないうえ、軽症化効果も少ないことはもう証明済みのことなのに、一部の強引な学者と医者が世論を引っ張っている。ワクチン業者を育てることが必要で、それに伴ういろいろの処置を考えれば、ワクチンを広めておいた方がよいと云う政治的配慮であろう。 ワクチンは効かないといっても、時と場合によっては僅かに軽症化効果があるらしい。その程度きいたところでタミフルの効果に及ばない(タミフルも問題があることは分かっているが)。 ワクチンで時間と労力を使うことはばかばかしいことである。
貧しいとき 2007-12-05 10:06:35 | 生活 12月5日 晴れ 冬、木の葉が落ちて天地は寒々とし、虚飾がなくなるある意味で素晴らしい恵みの時だ。 私の心にある思い。それは富めるときも貧しかったときを忘れず、今貧しいものを顧みるべし。日本の国は60年前にどんなに貧しかったか憶えている人も少なくなった。私の家は確かにどん底に近い時期であった。私が旧制の高等学校に入り、それを続けられたのは家族の犠牲においてであったと思う。その暮らしの中で姉が結核で亡くなり、ついで妹も感染して翌年になくなり、私も感染して病床に臥したが幸いにも回復して大学に入学することが出来たのだ。 それを思えば贅沢は出来ない。つましい暮らしをすることを信条とするようになる。カトリックの修道士の誓いのようなものが、姉妹の死の事実とともに私の胸を締め付ける。それは強制されてあるものではない。晩年の私の心の中に剥ぎ取られて現れた芯のようなものだ。
記憶について 2007-12-04 16:34:28 | 生活 12月4日 曇り 記憶力減退を嘆く人はある年配を過ぎると圧倒的に多くなる。人の脳の生理からしてやむを得ないものらしい。朝なにを食べたかを忘れることくらいは朝飯まえ。化学者として有名なドイツのブンゼンは長寿だったというが、物忘れの名人で、大事な約束を仕事に熱中のあまり忘れ、あっと思い出したときにはもう遅かった。何食わぬ顔して辻褄合わせしようとするのがユーモラスなこの人の性格。忘れっぽいという噂は広まって遂には彼は死ぬことを忘れたらしいということに相成った。欧米人の話はユーモアもスケールが大きいなあと感心する。