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一生

人生観と死生観

老いてなお、しかし

2010-11-13 17:39:37 | 人生人間
11月13日 曇り・晴れ・曇り
 ドイツの友人フランツ(元ミュンヘン工科大学教授)からメールが立て続けに届いた。昨年発表した「トリチウムの生物への摂取について」の論文まで付帯文書として付いていた。9頁もある立派な論文である。驚いた。彼は81歳で私と同年、論文発表時は80歳というわけだ。老いてなお元気な姿を想像し、喜んだが、読み進むと彼は家をレンタルに出し、老人ホームに入ったとのこと。力の限界を感じたらしい。
 私は新老人の会の会員としては日野原流につねに前向きに生きることをモットーとし、老いてなお生き甲斐をもって暮らすことにしているのだが、限界を感じて引退の生活を送ることにした友人の便りを見て、考えさせられた。前向きに生きるといっても、倒れるまでがんばるということではない。無理することはない。誰も永遠に生きることは出来ないのだから、限界になったらそのように暮らし方を変えればよい。
 老人は若者と競争するような生活は出来ない。第一線で働くことはある年齢からは不可能だから、若い人に自分の志をつなげてもらうようなことをやりたいものだ。それは指導というとおこがましい。指導などという思い上がった態度では嫌われるに違いない。自分のペースでやる、一人でもやる、生涯の終わりまでそういう仕事を続けることが望ましい。
 さらにいえば、他人と摩擦を起こさずにやれることなら大きなことは言う必要もない。それが自分一個の楽しみにおわっても悔いはないではないか。

異分野間協力

2010-11-12 16:02:35 | 人生人間
11月12日 晴れ
 読売新聞にノーベル賞受賞の田中耕一さんの話が出ていた。もともとこの人は電気工学をやっていて、東北大学では電波の反射障害について研究していたのだが、島津製作所に入って化学をやることになり、いろいろことに素人として戸惑ったこともあったようだ。あるとき失敗の実験から思いついてよい結果を得、これがノーベル賞を受ける仕事になった。異分野にはいって異なる専門の人と接し、協力することによって新しい発展をすることができる、良い例である。
 話は飛ぶが、東北北部青森県津軽の古代稲作については、長年伝播経路が謎となっていた。北方ルートを示唆する説はあったが考古学会では受け入れられなかった。津軽地方の伝説では晋人が大陸を亡命して津軽にやってきたときに、早生種の稲を持ってきて水田を作って植えたことで収穫に成功した話が伝えられている。しかしこれが事実かどうかは科学的に取り扱って証明するほかない。仙台市のSさんは農学部出身で考古学に詳しいので、私は科学史家として彼と協力して、この問題がどこまで科学的に追い詰められるか検討することにした。私は考古学や農学の素人だからSさんの知識を活用して、協力研究の利点を生かすよう努力したのである。稲作伝播の速度を北進と東進について考察し、両者に著しい差が見られることの原因を明らかにした。東北北部の稲作は本州南方からの北進ではなく、中国東北部からの東進による伝播と見るほか妥当な解釈が出来ないことを力説した。この結果を保守的な考古学の雑誌ではなく、境界領域にも理解のある『生物科学』という雑誌に投稿し、なかなか良い評価が得られた。論文は採用されることになり、間もなく校正刷りが来る予定になっている。異分野間の協力により良い結果が得られることの例がここにも示された。いろいろな意見が起こることだろうが、私は最後の勝利を確信している。私の本当の望みは私自身の成果を誇ることではなく、このような新しい分野が若い勢力によって将来健全に発展することである。私自身そのための捨石になっても良いのだ。

生きた研究と応用

2010-11-11 15:23:35 | 人生人間
11月11日 晴れ
 美しい日であった。晴れてかつ穏やか。気温はやや低めであったが寒いというほどでなく、歩いていれば快い日ざしを浴びることが出来た。
 さて研究者の醍醐味というものは、味わった人は決して忘れることが出来ない。それは時に辛いもので、かなりの努力を必要とする場合が多い。しかしそれを乗越えて難問が解決されたときは、ちょうど山登りで辛い上り道を越えて山頂に達したときの心境になるものである。人類史上、新人は今から10万年ほど前にアフリカを出発したといわれるが、行く先々の未知の世界には難問だらけであったろう。それを乗越えるべく知恵を搾り出して今日に至った。よく言われるように教育は重要であるが、もともと教育において教える知識は先人の研究によって得られたものだ。研究がなければ知識は得られなかった(研究しないでも得られる知識は浅いものに過ぎない)。良い教育とは研究から生まれると信じて、研究第一主義を標榜した大学教授たちがいた。この人々は講義はあまり上手ではないが気迫において聞く学生たちに圧倒的な感銘を与えた。
 生きた研究は応用を生み出す。何の役にも立たないと思われた基礎研究がいつの日か花開くときが来る。
 そして人生の晩年この生き方で活路を見出すことのできる人が現われる。応用問題には幾つかのバラエティーがある。人生の応用問題をフレキシブルな頭で解いてみたらよいのだ。その道は幾つかあろう。前途に希望を持て。これは私自身に対する励ましだ。失敗するかもしれないが、それで挫折しっぱなしということはないはず。必ず別の道にたどり着けるのだ。科学の研究だけが研究ではない。生きた研究はどの分野にもある。そしてそれから生まれる応用も。

隣は何をするひとぞ

2010-10-29 19:32:35 | 人生人間
10月29日 晴れ後曇り 
 秋深み行く。芭蕉の句に「秋深し隣は何をする人ぞ」とあるように、人恋しさが募る季節。
 人は母の胎を出てから死に至るまで否応なしに時をすごさねばならぬ。楽しむ人もおれば、苦しむ人もいるだろう。それがこの世というものだ。そして今日本は長寿社会だからこの世に長くお世話になっているというわけ。できれば明るく過ごした方が良いとは思うが、そうも行かない人もいる。
 しかしいずれにしても人は生涯を終えて死の時を迎える。そのときに感謝をもって家族友人に対することのできる人は幸いだ。こんなことを綴れば、明日にもお迎えが来ることをしょっちゅう思っている人間であるかのようにみなされるかも知れない。しかしくよくよせずに生きることの価値を最大限に試したいものだ。

恵みの中のいのち

2010-10-27 16:06:43 | 人生人間
10月27日 晴れ一時曇り
 日本の古代は良く分からない。決定的な証拠が不足している。邪馬台国論争でもいつまでたっても決着がつかない。恐らく天皇陵の発掘でもしない限り、堂々巡りの論争が続くのではないか。宮内庁は超保守勢力の牙城だ。簡単に許可するはずがない。古田武彦氏がこの難題に挑戦し、宮内庁に考慮を求めたことをはじめて知った。答えは分かりきっていたが。天皇家は古い神話にこだわってはならないことは、世界の趨勢を見れば一目瞭然なのだ。しかし時は長くかかるに違いない。仙台のS氏と古代稲作の北方伝播ルートの研究論文を投稿したら審査意見が戻ってきた。修正のうえ掲載可ということであった。一歩前進である。
 さて私の晩年はいろいろの話題の中に進んでゆく。野心を持つほどのことはもはやなく、家族関係や友人関係の後始末や将来展望は私の小さな義務的課題だ。健康は持病があるというほかはまあまあの状態だし、とにかく朝起きられるだけでも感謝である。「神の恵みはたれり」と思って暮らし、前向きに構えることだ。家内は健康は決してよくないが、俳句を生き甲斐にして暮らしてる。今日も句材を探しに肌寒い外にでた。彼女は腰痛症に悩んでいるが、時々休みながら家事をする。気の毒に思うがなんともならない。私はなるべく自分のことは自分でするように努めている。その中で小さな生活は静かに過ぎてゆく。今の恵みはいつまで続くか。しかし先のことを心配しすぎることは無用だ。

人は過去の思い出に生きるしかないか

2010-10-22 20:46:59 | 人生人間
10月22日 曇り
 朝は急激に低い気温になってゆく。秋はまっしぐらに進行中だ。
 年をとるととかく消極的になり、過去の思い出に生きる人ガ増えてくる。他人の生き方をとやかく言ってもしかたがないが、こういう時に新老人の会の理念ー愛すること、創ること、耐えることーが輝いて見えるであろう。日野原氏は類い稀な人生を送ってきたが、99歳を超えてなお望みを未来に繋いでいる人なのだ。前向きに生きるとはやはり信仰の力があずかるところがおおきい。思い出に生きる、そのときは楽しいが不生産的である。やはりその人なりに老年の設計をするべきであろう。ただ人は永久に生きるはずなないから、お召しがあったときは喜んでゆく覚悟も出来ていなければならない。

ペンは剣より強しか?

2010-10-19 16:35:34 | 人生人間
10月19日 晴れ
 「文弱」という言葉がある。文弱に流れ、文弱の徒など、褒めたものではない。しかし逆に「武断」という言葉もよい響きではない。武断政治の弊害は、われわれ日本人がかっての朝鮮統治のさいの軍人政治家たちのやったことを思い出すだけでも明らかだ。そのときは弱い相手は従っているように見えるが、いわゆる面従腹背、機会があれば不満は爆発するのである。
 ところで有名なことわざとして「ペンは剣より強し」というのがある。ジャーナリストはこれによって励まされる。長い目で見れば剣はそれほど強いとは思えないが、ペンの強さは使いようである。強いはずのペンもいい加減に使えば、たいへんなことになる。今の新聞雑誌は節度を知ることも必要だと思う。いくら言論の自由があるからといって下卑た個人攻撃は見たくも聞きたくもない。ことわざの真理が達成されるためには、経験もいるだろうし、良識的判断も必要だ。言葉は磨かれねばならないのだ。

ある晴れた静かな日

2010-10-18 10:26:33 | 人生人間
10月18日 晴れ
 穏やかに晴れ上がった秋の日を楽しむ。私は今幸せなのか?不幸は周りにたくさんある中でそんな悠長なことを言っていてよいのか?しかしこれも私の人生のひとこまである。与えられたときの間の小さな幸せを楽しむのは上なる至高の存在への感謝ととってもらいたい。
 いつどんな事件が起こるとも限らない。人間はそんなに偉い立場にはない。巻き込まれていのちを落とすかもしれない。志ならず倒れるかもしれない。今を一生懸命生きることはいのちある存在の義務ともいえるだろう。
 世界は荒れ、もろもろの事件はおこり、人の心がすさむとき、人間の原点に立ち返るのだ。耐え忍べ、助け合い、希望を持て。チリの鉱山落盤事故で33人が救われた事件は感動的だった。
 しかしこれは新老人の会のモットーのようになってきた。基本的に神はないとする人は苦難に弱い。神ありとする信仰がチリの人たちを救ったではないか。

全員救出リーダーの信念

2010-10-15 16:29:09 | 人生人間
10月15日 晴れ後曇り
 ああ、チリの落盤事故で33人が地価700メートルに閉じ込められ、そして70日後に全員救出とは!これは歴史に残る大きな事件になった。日本では地球の正反対の国のチリのことはあまりにも知らなさすぎた。知っていたのは地震国であるくらいのことであった。鉱山の坑道は深く、曲がりくねっていて、想像を絶する危険が伴っている。シェルターがあったから良かったものの、もしなかったら?この国は地震国として小さな地震はしょっちゅうらしいが、もし少し程度の大きい地震が鉱山近くで起こったら?そして食べ物、飲み物がもたなかたら?いや想像することさえ恐ろしい。しかし「幸運」はこの人たちに微笑んだ。良いことにしっかりしたリーダーがいて、みんなを統率した。食料を分配し、忍耐を求め、希望を持つよう励ました。地上からのドリルが地下の遭難者たちに届くまでの20日前後の時の間、暗い坑道の先のシェルターにどんな人間の絆があったことであろう。ここではカトリックの国チリの人々の信仰がこれらの遭難者たちを救ったといえるのではないだろうか。日本だったらこううまく統率できただろうか。基本的に無神論の日本人はパニックを起こしたであろう公算が高い。そうしたら全員救助どころではなかったであろう。チリのリーダーは遭難した船になぞらえて、船長は最後に船を下りる、自分は一番最後に救出ケージにのると順番を決めたそうだ。冷静沈着な判断が人々の信頼を集めた。この人の信念が仲間を救った。そして見守る世界中の人々の注視の中に類い稀な救出劇の成功のフィナーレを飾った。近頃の最高の嬉しいニュースではないか。
 それは欲望と争いのさなかの人類に福音をもたらした見事な事件であった。人よ、前途に希望を失うことなかれ!

誤飲性肺炎の危険

2010-10-09 19:50:22 | 人生人間
10月9日 曇り後雨
 秋は雨とともに深まるようだ。家にいても足温マットをつけないと過ごせないようになった。もっとも私は寒がり屋で暑いときでも足が冷え、これを使うときがあるほどだ。家内はじょうぶとはいえないが足だけ冷えるということはない。これから寒さ対策がますます必要になるが、気持ちだけはしっかりと持ちたいものだ。
 さて誤飲性肺炎といえば、家内の兄がいまこのために入院している。歳は84歳でそれほどの高齢というわけではないが、長年医師として働き、特に農村部や恵まれない人たちのために献身的に働いてきた。私は彼が表彰に値する人物だと思っているが、一向に欲のない人で、勲章や栄誉ということにはほとんど関心もなさそうであった。その彼が医師を辞めて娘の家に同居するようになってから、急激な衰えがやってきたのだ。誤飲というのは老人に特徴的なことで、私も誤飲しそうになって慌てたことがある。食道にゆくべき食べ物や飲み物が誤って気管に行ってしまい、肺に入って炎症をおこすのがこの病気だ。体の弱った、免疫力の低下した老人には大変危険なのである。家内の兄は治療の結果快方に向かっている。まだ元気でいられる年齢なのだから早く回復してくれることを望む。