場末の雑文置き場

好きなことを、好きなときに、好き勝手に書いている自己満ブログ。

冬季オリンピックにマレーシアの選手が!

2018年02月18日 | スポーツ

平昌オリンピックの開会式をぼーっと眺めていたら、マレーシアの選手が出てきた。冬季オリンピックではマレーシアは初出場、とのこと。選手はアルペンのジェフリー・ウェブとフィギュアスケートのジュリアン志傑乙の二人。騎手はジュリアン志傑乙。

私はマレーシア推しなんで、冬季オリンピックにマレーシアの選手が出てくるってだけでなんだか嬉しい。そういうわけで、フィギュアスケート男子シングルのショートプログラムを下位グループからちゃんと見た。

ジュリアン志傑乙を見るのはこれで二度目。前に見たのは一年くらい前のアジア選手権のとき。まさかオリンピックで見られるとは思わなかった。調べたら、ネーベルホルン杯って大会で6位以内に入って枠をゲットしたとか。雪も降らない南国から冬季オリンピックって、それだけでもすごいことだよな。

名前からして華人っぽいんだけど、顔立ちから見てちょっとマレー人の血も混じっているのかな、という感じがする。向こうはそういう人多いし。
そして、嵐の二宮和也に似てるって言われてるらしい。うーん、似てると言えば似てるのかな? この件で二宮ファンらしき人が怒ってるのを見たけどなぜだろう。彼のほうが二宮よりイケメンなのに。

肝心の演技のほうは、結構良かったように思えた。パーソナルベストも出た。これくらいやれればフリーには進めるだろう、と安心していた。
ところが。
あと一人、っていうギリギリのところで足切りに。ああ惜しい、悔しい。
世界選手権にも出るようなので見ようかな。今度はフリーに進めるよねきっと。

アルペンのジェフリー・ウェブのほうは名前検索しても同名の別の人しか出てこない。ジュリアン志傑乙はザックザク出てくるのに。日本人って本当にフィギュア好きだね。


さて、ここから先はマレーシアとは全然関係ない話。

フィギュアスケートの中国選手の名前を、みんなが名→姓呼びするのはなぜだ。例えばボーヤン・ジンみたいに。欧米人がやるならまだわからなくもないが、日本と中国は同じ姓名順の国なのに。
リン・チャオパン(中国の体操選手)をチャオパン・リンって呼ぶようなもんだろ。変だよ。

あとはスノボの男子ハーフパイプと、スノボ男女スロープスタイルと、スキー女子スロープスタイルなんかを見た。
ハーフパイプは平野に金をとってほしい気持ちも正直ちょっとあったけど、ショーン・ホワイトの喜びようを見たらこっちまで嬉しくなってしまった。個人的にちょっと注目していたチャン・イーウェイは予選落ちで残念。

それと男子エアリアル。体操から転向した選手が出ている、そして体操のようなアクロバティックな競技ということで楽しみにしていた。
ところが放送なし。仕方なくNHKのネット配信で見た。日本選手が出てるっていうのに冷たいなあ。
エアリアルは初めて見たんだけど結構面白かった。体操の跳馬にめっちゃ似てるじゃないこれ。
ただ、やっぱりルールがよくわかってないし、いい演技だったのかどうかもなんとなくしかわからない。なにしろ初めてなもんで。日本語解説付きで見たかったな。
日本の田原は残念ながら予選敗退。そしてやっぱり中国強いんだね。ロシアもか。

エアリアルを見てすごく思ったのは、競技によって扱いにかなり差が付けられること。フィギュアスケートなんて、ものすごくいい扱いじゃない。
フィギュアスケートの団体だかをNHKで放送していて途中でサブチャンネルに変わった、そんで画質が悪くなり、炎上とかいうニュースを少し前に見た。ネットニュースだし、ちょっと大袈裟には言ってるんだろうが、フィギュアファンって贅沢だなあと思う。
サブチャンネルでも映してくれるだけいいじゃないか。民法でやってたスノボ男子ハーフパイプの予選なんか途中でぶった切られたんだぞ。男子エアリアルなんか放送してもくれなかったんだぞ。それに比べたらどんだけ恵まれていることか。

あと楽しみな競技はスノボのビッグエアかな。角野がいないのが本当にもったいないな。


「普通の日本人」と朝鮮半島

2018年02月10日 | 政治・社会

最近のニュース番組で韓国とDPRKの融和についてイチャモンをつけているのを見ると、嫌な気分になってくる。「韓国は浮かれすぎるな」とか上から目線で。

そもそも朝鮮半島が分断されたことについては日本に大いに責任があるわけだが、そういう事実はまるっきり無視していて、DPRKはとにかく一方的に非難していいい対象だと思ってる人はとても多い。

私の両親もそういう人だ。前にDPRKがあんなことになったのは日本の責任でもある、と一言指摘したら激怒していた。DPRKどころか慰安婦問題についても大方の日本人と同じで日本のほうが被害者のような意識でいる。
でも両親は自称左派、リベラル派なんだよね。安倍政権に批判的だったり反原発だったりすることから自分たちのことをそう認識しているみたい。
この間驚かされたのは、「ドイツの戦後の態度は立派だった、それに比べて韓国は外国の悪口ばっかりだ」という父の発言。なんでこの文脈で日本じゃなくて韓国の名前が出てくる? ネット国士様たちもビックリの発想だわ。もう一度書くと、父は自称左派なんだけど。左派ってなんだっけ。

まあ、私の両親はちっとも特殊な例なんかじゃなくて、まあ所謂「普通の日本人」なんだと思う。これで自称左派なのはちょっと変わってるところだけど。

DPRKを人権抑圧国家と非難しながら、抑圧されている人たちのことなんか少しも考えておらず、ただ嫌いな国を非難したいがために利用しているのも、普通。慰安婦問題に関して日本が理性的に対応しているのに韓国のせいでこじれていると思っているのも、普通。

だからニュース番組を見るのは苦痛だ。森友加計問題について非難する程度のことはするが、韓国やDPRKのことになると日本政府と変わらない意見になるから。

家族もこんなだし、田母神が結構好きだと言っていた友人もいたし、ネットはヘイトで溢れている。ときどきどうしようもない絶望感に襲われる。私が普段楽しんでいるコンテンツを作っているあの人もあの人も、多分そういう人なんだろうなとか余計なことを考えたり。

でもいるんだよな。私なんかよりちゃんと考えている人もたくさん。ネットは人間の悪意がものすごくわかりやすい形で可視化される場所だけど、そういう空気に異を唱える人も決して少なくはないんだと知ったのもネットを通じてだった。あと、私が中学生の頃の社会科の先生は、教科書に載っていない従軍慰安婦問題や南京大虐殺のことをわざわざ自作プリントを用意して教えてくれたっけ。
今現在私の周りにはそういう人全然いないんだけど。どこに行ったら会えるんだろう。


池波正太郎時代劇 光と影 第九話「おっ母、すまねえ」感想

2018年02月07日 | BSジャパン時代劇

見ていて可哀相で可哀相で仕方なかった。

市太郎が。

どうしようもない不良息子みたいに描かれていたけど、あの子がそうなってしまったのは大体は母親の対応のまずさのせいだと思った。もちろん暴力を振るうという行為は誉められたもんではないが、その裏にある市太郎の寂しさみたいなものを感じ取って切なくなってしまった。

最初に家に殴り込んできたとき、金を渡して解決しようとしたのが一番ダメだったところ。市太郎は金が欲しかったわけじゃないよね。母親が自分を大事に思っているっていうのを態度で示して欲しかったんだろう。でもおぬいは市太郎のことがどうでも良くなっていたからそれができなかった。
その後金をせびり続けたのは、金そのものが欲しかったというよりは母親を困らせたかったからだろうな。なんで困らせたいのかって言うと、自分のことを気にしてほしいから。博打にのめり込んだのは自暴自棄になっていたから。

そもそも、なんで結婚したことを知らせもしなかったんだ。都合のいいときだけ可愛がって、自分に構ってくれる別の人ができたら放置かよ。冷たいよな。そういう冷たい人だから作者に殺されたのかもしれないけど。

そんなことを考えながら見ていたんで、おぬいの最期にはあまり、いや全く同情できず。子供が殺されなくて良かった。本当はおぬいに殺し屋を止めてほしかったけど。市太郎は自分を殺そうとしたことも何も知らないままこの先も母親に対する罪悪感を抱えて生きていくんだろうな。そう考えると悲しいけど、知らないほうがまだ幸せかな。

おぬいが息子殺しにあっさりGOサインを出したのは血がつながっていなかったから、と最後に明かされたけど、それもどうなんだろう。血がつながっているかどうかなんて、子供の頃から育てていたら関係ないんじゃないのかな。池波センセイにとってはそういうものなのか。血統主義者なのかな。

余談。市太郎役の木村風太くん、一條俊さん(2サスの脇役で時々出てくる俳優)の若い頃に似てるな。特に声が。あと目元。予告で見たとき一條さんかと思った。
まあ、一條さんがあんなに若いわきゃないわな。いくら童顔だっつったって、もうアラフォーなんだから。
本物の一條俊さんもこの枠で見たみたいな、と市太郎を見ていて思った。