昨日10月29日(2012年)、野田首相による第181回臨時国会所信表明演説が衆議院のみで行われた。参議院は野田首相が問責決議を受けていることから、野党が演説を拒否、行われないことになった。
一つの院のみの所信表明は憲政史上初めてのことだということだが、野田首相は政治史に名を残す快挙を成し遂げたことになる。
演説は初めから終わりまで相変わらず美しい、見事なばかりに力強く人に訴える言葉を並び立てている。だが、言葉の一つ一つを検証していくと、「明日(あす)への責任を果たす」云々は何度も繰返し使っているが、(20回も繰返しているそうだ。)、民主党政権の、あるいは野田政権の「今日(こんにち)までの責任」についての具体的な言及が一切ない。
抽象的には一度だけある。
野田首相「政権交代以降、民主党を中心とする政権のこれまでの取組は、皆さんの大きな期待に応える上では未だ道半ばでありますが、目指してきた社会の方向性は、決して間違っていないと私は信じます」
民主党を中心とする政権のこれまでの責任履行は「未だ道半ば」、いわば道の途中だと言っている。しかし民主党政権は成立から3年は過ぎていて、道の半ばを過ぎている。国民の期待に応えつつある政治、あるいは社会をつくり出していなければ、責任結果を果たしているとは言えない。
果たしていない責任結果の不足を「決して間違っていない」としている「目指してきた社会の方向性」で補って民主党政治に正当性を与えようとしているが、国民の利益となる実体的果実は「目指してきた社会の方向性」ではなく、あくまでも民主党政治、あるいは野田政治の責任結果である。
「政治は結果責任」――自らが負った責任の結果を出すことができないということは政治能力のないことを意味する。
当然、いくら「明日への責任」を言い立てようとも、責任結果に相当する「今日までの責任」を果たすことができていない政治に「明日への責任」は期待しようがない。
要するに責任の結果を出していなければ、言葉自体は美しい、見事なばかりに力強く人に訴える文言を並べたとしても、口先だけの奇麗事に過ぎないということになる。
具体的に「今日までの責任」がどれ程の成果を上げているのか、責任結果を見てみる。
演説は首相官邸HPから採録した。
野田首相は冒頭、〈一 はじめに ~明日の安心、明日への責任~〉で、次のように発言している。
野田首相「今日より明日(あした)は必ず良くなる。私は、この国に生を受け、目の前の『今』を懸命に生き抜こうとしている全ての日本人に、そう信じてもらえる社会を作りたいのです。年齢や男女の別、障害のあるなしなどにかかわらず、どこに住んでいようと、社会の中に自分の『居場所』と『出番』を見出して、ただ一度の人生をたくましく生きていってほしい。子どもも、地方も、働く人も、元気を取り戻してほしいのです」
雇用創出や格差解消等、政治の力によって国民一人ひとりに「社会の中に『居場所』と『出番』」を提供することによって、「今日より明日(あした)は必ず良くなる」と確約している。
だが、「自分の『居場所』と『出番』」の提供は野田首相が今回初めて言い出したことではない。鳩山当時首相が政権交代後の2009年10月26日の初めての所信表明演説で言及している。、
鳩山首相「毎年三万人以上の方々のいのちが、絶望の中で断たれているのに、私も含め、政治にはその実感が乏しかったのではないか。おばあさんのその手の感触。その眼の中の悲しみ。私には忘れることができませんし、断じて忘れてはならない。社会の中に自らのささやかな『居場所』すら見つけることができず、いのちを断つ人が後を絶たない、しかも政治も行政もそのことに全く鈍感になっている、そのことの異常を正し、支え合いという日本の伝統を現代にふさわしいかたちで立て直すことが、私の第一の任務です」
更に同じ所信で、〈「居場所と出番」のある社会、「支え合って生きていく日本」〉と題して。
鳩山首相「私は、国、地方、そして国民が一体となり、すべての人々が互いの存在をかけがえのないものだと感じあえる日本を実現するために、また、一人ひとりが『居場所と出番』を見いだすことのできる『支え合って生きていく日本』を実現するために、その先頭に立って、全力で取り組んでまいります」云々。
更に次を継いだ菅無能にしても、何度も口にしている。小沢一郎氏を対立候補とした2010年9月8日民主党代表選挙前の決意表明で次のように言及している。
菅無能「今、日本には多くの問題が山積しています。その中で最も緊急にかつ強力に解決を図らなければならないのは、経済を立て直すこと、そして、雇用の安心を確立することです。雇用を失うことは、収入を失うにとどまりません。居場所と出番。つまり社会とのつながりを失うことは、孤立を招き、自らの存在意義を見失って、希望までもが奪われていきます。20年に及ぶデフレから脱却し、強い経済を作り上げ、雇用を立て直す。そのために、新成長戦略を策定しました」(MSN産経/2010/09/14 16:22)
内閣改造後の2010年10月1日第176回国会菅所信表明演説――
菅無能「経済の歯車を回すのは雇用です。政府が先頭に立って雇用を増やします。医療・介護・子育てサービス、そして環境分野。需要のある仕事はまだまだあります。これらの分野をターゲットに雇用を増やす。そうすれば、国民全体の雇用不安も、デフレ圧力も軽減されます。消費が刺激され、所得も増えます。
その結果、需要が回復し、経済が活性化すれば、さらに雇用が創造されます。失業や不安定な雇用が減り、『新しい公共』の取組なども通じて社会の安定が増せば、誰もが『居場所』と『出番』を実感することができます。こうした成長と雇用に重点を置いた国づくりを、新設した「新成長戦略実現会議」で強力に推進します」
2011年2月9日菅・谷垣党首討論――
菅無能「今日の高齢化の進展によって、毎年1兆円のそうした社会保障の費用が自然増という形で増えている。さらには子育てや若者層の雇用という問題が、これまで必ずしも十分に保障されてこなかった。そして、孤立化といった、人々が居場所と出番を持てない、そういう社会にもなっております。そうした意味で、今こそ社会保障と税の一体改革はどの内閣であっても、誰が総理大臣であっても避けては通れない、そういう課題であることをまずスケジュール感として申し上げておかなければならないと思います」(MSN産経)
いわば、民主党政治は、鳩山氏にしろ菅無能にしろ、野田首相にしろ、「目指してきた社会の方向性は、決して間違っていない」としている自らの政治の力によって、『居場所』と『出番』の国民への提供の責任を負った。
当然、当初から責任を負って3年も経つのだから、どの程度の成果(=責任結果)を提供できたのか、今日までこれこれの責任を果たしてきましたという、その検証結果を報告しなければならないはずだが、その検証もなしに、「今日より明日(あした)は必ず良くなる」、「そう信じてもらえる社会を作りたい」と言って、「どこに住んでいようと、社会の中に自分の『居場所』と『出番』を見出して、ただ一度の人生をたくましく生きていってほしい。子どもも、地方も、働く人も、元気を取り戻してほしいのです」と美辞麗句を駆使して終えている。
民主党政治は「『居場所』と『出番』」の提供にこれだけの責任結果を出しましたとその成果を誇示してこそ、国民は「今日より明日(あした)は必ず良くなる」と信じることできるはずだが、責任結果の提示もなしに信じさせようとしているのだから、口先だけと見られても仕方はあるまい。
野田首相は社会保障・税一体改革関連法成立を、「『決断する政治』への断固たる意思を示した画期的な成果です」と誇り、「温もりあふれる社会を取り戻し、次の世代に引き継いでいくための大きな第一歩です」と約束しているが、消費税収入の使途を社会保障に限定すると約束していながら、そのことに反して消費税増税法の「附則第十八条 二」で、「税制の抜本的な改革の実施等により、財政による機動的対応が可能となる中で、我が国経済の需要と供給の状況、消費税率の引上げによる経済への影響等を踏まえ、成長戦略並びに事前防災及び減災等に資する分野に資金を重点的に配分することなど、我が国経済の成長等に向けた施策を検討する」と謳って、社会保障費以外にも使うことができる規定を設けていることと、復興予算が被災地の復旧・復興貢献に直接関係のない被災地外の事業に流用されていた事実、その他を見ると、否応もなしに予算の使い道に疑問符がつき、言っている「温もりあふれる社会」の実現を無条件には信じることができない。
いわば予算の使い道で今日までの責任を果たしていないのに対して「明日への責任」を言われても、土台無理だということである。
一つ一つ責任結果を出していてこそ、「明日への責任」は生きてくるはずだが、その逆となっているのだから、「明日への責任」を20回言おうと、その倍の40回言おうと、「明日への責任」は生きてくるはずはない。
当然、奇麗事と化す。
「雇用のミスマッチ」に関しても同じことが言える。《明日への責任 ~国民生活の安心の基盤を固める~》で次のように綺麗事を並べている。
野田首相「明日(あす)への責任を果たす。それは、私たちが日々の生活を送る上で感じている将来への不安を少しでも取り除いていくことです。
明日(あす)に希望を持てない若者たちが数多くいます。明日(あす)を担う子どもたちを育てる喜びを実感するよりも、その負担に押し潰されそうになっている親たちがいます。貧困や孤独にあえぎ、あるいはその瀬戸際にあって、明日(あした)の生活さえ思い描けない人や、いじめに怯(おび)える子どもたちもいます。
そうした現実から目をそらさず、社会全体として手を差し伸べなければなりません。一人でも多くの人が、働くことを通じて社会とつながる実感を抱くことができるよう、経済全体の再生やミスマッチの解消を通じて、雇用への安心感を育みます。行政の手が行き届かないところにも社会の温もりを届ける『新しい公共』が社会に根付くための環境整備にも努めます」
「雇用のミスマッチ」は自民党時代から言い出していたことである。当時の舛添厚労相が2009年1月16日の閣議後記者会見で、派遣切りによる失職者を人手不足に悩む介護・医療分野での雇用に結びつけるために約2万6千人分の介護職の職業訓練費用を国が負担する方針を明らかにしている。
舛添厚労相「省を挙げて(雇用の)ミスマッチ状況に対応したい」(asahi.com)
当然、民主党政権も「雇用のミスマッチ」に取り組んだ。菅無能は2010年9月10日民主党代表選公開討論会で発言している。
菅無能「先日、京都のジョブパークに行って話を聞き、確かに大企業は求人倍率は0.5ぐらいだが、中小企業は4ぐらいある。中小企業がほしい人材、学生さんが暗い顔してやって来るのをカウンセリングして、いろいろ話をして、場合によってはトライアル雇用をやっていると、だんだん元気になってくる。逆に中小企業の人も、去年1人とってみたら元気だった、今年は2人とろうと。かなりの成果が上がっていた。そういうミスマッチをきちんとマッチングさせることも極めて大きいところだ」(MSN産経)
菅無能は成果が上がっているようなことを言っているが、果たして事実だろうか。
派遣切り等で失業した若者を恒常的な人手不足に陥っている介護分野への再就職による「雇用のミスマッチ」解消で経済を活性化させるを持論とし、機会あるごとに発言していた。
一例を上げると、2011年11月17日参院予算委員会――
菅無能「需要が潜在化しているところに、例えば介護とか保育とかそういった分野にある程度の財政出動をすれば、潜在化している需要が生まれると同時に、当然ながら雇用が生まれ、生産が生まれ、そして納税者が増えるわけであります。そういうメカニズムを好循環で回していきたいというのが私の考えている経済成長路線への復活の道でありまして、まあ余りやじには答えたくありませんが、是非そういう考え方を国民の皆さんに御理解をいただきたいと思っております」――
だが、介護分野を対象とした 「雇用のミスマッチ」解消はうまくいっていない。《介護事業所 半数が“人手不足”》(NHK NEWS WEB/2012年8月19日 4時22分)
厚生労働省所管財団法人「介護労働安定センター」による去年10月、全国約1万7000の介護事業所対象の調査。
「介護現場で働く職員が不足している」――53%の事業所(前年比+3ポイント)
原因。
「採用が困難」――66%
「定着率が低い」――20%
2010年10月~2011年9月までの離職率――16%(前年比+2ポイント)
離職者の勤務年数3年未満――76%
田中雅子日本介護福祉士会名誉会長「団塊の世代が75歳になる10数年後までに、あと100万人介護の人材が必要だ。能力が高い職員の育成と職場への定着のための対策や、資格がありながら介護現場を離れている人たちへの再教育など、国の継続的な支援が不可欠だ」
少しは改善されたというものの巷には失業者が溢れているというのに介護現場では、「10数年後までに、あと100万人介護の人材が必要」だと言っている。
では、菅が言っていた大企業と中小企業の「雇用のミスマッチ」は民主党政権下で解消されたのだろうか。
《政府「若者雇用戦略」正式決定》(NHK NEWS WEB/2012年6月12日 18時52分)
2012年6月12日、野田首相は深刻化する若者の雇用状況の改善に向けた「若者雇用戦略」を正式に決定した。
この「若者雇用戦略」は、「高卒の3人に2人、大卒の2人に1人は就職できなかったり、早期に会社を辞めたりしている」厳しい雇用環境を踏まえたものだそうだ。
このような厳しい雇用環境自体が、菅が言っていた「雇用のミスマッチ」が改善されていないことの証明にしかならない。景気低迷による厳しい雇用環境は欧州の金融危機といった外部環境も原因となっているだろうが、だからこそ、「雇用のミスマッチ」解消で就職難や失業状況を少しでも改善しなければならなかったはずだが、今年の6月になって「若者雇用戦略」を策定した。
具体的な対策――
▽大企業志向が強い学生と、採用意欲がありながら人材を確保できない中小企業との間のミスマッチを解消するため、中小企業などを紹介する政府版の就職情報サイトを新たに作って学生への情報発信を強化する
▽せっかく就職しても、仕事の内容が自分に合っていないなどとして、早期に会社を辞める若者が多いため、学生のうちから職場体験を行ういわゆるインターンシップを、産学官で支援する協議会を新たに設置する――等。
野田首相(12日の対策会議)「これまでの施策は対症療法的だという厳しい評価を受けている。現場の第一線からの率直な声を今後の運営に生かしてもらいたい」――
「これまでの施策は対症療法的だという厳しい評価を受けている」
要するに民主党政権約3年で、「雇用のミスマッチ」解消だ、介護分野の雇用創出だと散々言って、自らの責任としていながら、若者雇用に関して責任結果を出すことができていなかった。
しかも「若者雇用戦略」にかかる費用は来年度の予算編成に反映させるというのだから、責任結果が出るまでに更に時間がかかる。
今日までの責任結果を出していないのだから、その能力から言ったら、「経済全体の再生やミスマッチの解消を通じて、雇用への安心感を育みます。行政の手が行き届かないところにも社会の温もりを届ける『新しい公共』が社会に根付くための環境整備にも努めます」などと確約したとしても、今後の責任結果=「明日への責任」は安請合いとしかならない。熟した果実が手の届くところにあるかのように言ってもである。
野田首相は《明日への責任 ~日本経済の再生に道筋を付ける~》のところで、その方法論を述べている。
野田首相「経済再生を推し進める第一の原動力は、フロンティアの開拓により力強い成長を目指す『日本再生戦略』にあります。
これは、疲弊する地域経済の現場で明日(あす)のために戦う人たちへの応援歌でもあります。戦略に描いた道筋を着実にたどっていけるよう、日本再生を担う人材の育成やイノベーションの創出に力を入れるとともに、『グリーン』『ライフ』『農林漁業』の重点三分野と中小企業の活用に、政策資源を重点投入します」
続いて「重点三分野」について説明している。
野田首相「その先駆けとなる新たな経済対策の策定を指示し、先般、その第一弾をまとめました。新たな成長のエンジンとなるグリーンエネルギー革命。画期的な治療法を待ち望んでいる人たちの心に光を灯(とも)す再生医療の推進。情熱ある若者を担い手として呼び込む農林漁業の六次産業化。今般の経済対策によって、これらを始めとする将来への投資を前倒して実施します。また、金融政策を行う日本銀行とは、更に一層の緊密な連携を図ってまいります」
要するに『グリーン』とは、「グリーンエネルギー革命」のことで、「ライフ」とは「再生医療」、「農林漁業」とは「農林漁業の六次産業化」であって、「これらを始めとする将来への投資を前倒して実施します」と約束している。
iPS細胞を主流とした「再生医療」は今後のことだから、その政治支援に関しては今日までの責任から除外を受けるが、「グリーンエネルギー革命」となると、2010年6月18日の「エネルギー基本計画」菅内閣閣議決定では、「太陽光発電・洋上風力発電・バイオガス・海洋エネルギー・蓄電池に関する技術等の技術開発・実証事業を推進する」と謳い、それらのエネルギー開発に責任を負った。
それから1年4カ月が経過している。どれ程の開発が進んだのかの責任結果の検証をして、その検証の上に論ずることによって、「明日への責任」が確証可能となるはずだが、国民を確証不明の状態に置いたまま、「明日への責任」だとしている。
これでは国民の側自体が民主党政権、野田政権の責任履行能力、あるいは責任結果能力を検証できないことになり、いくら言葉巧みに「明日への責任」を訴えられても、胸には響いてこない。
「農林漁業の六次産業化」も将来への投資の前倒しの中に入れているが、前倒しも何も、「農林漁業の六次産業化」は2009年マニフェストで、〈農山漁村において、(1)農林漁業サイドが加工(2次産業)や販売(3次産業)を主体的に取り込むことや加工・販売部門の事業者等が農林漁業に参入する(2)農山漁村という地域の広がりの中で集落等による1次・2次・3次産業の融合に新たに取り組む――ことによる「農山漁村の6次産業化」を実現し、地域における雇用と所得を確保します。そのため、財源と権限の地方への移譲、金融・税制・補助金・規制の見直し等を総合的かつ一体的に実施します。〉と既に謳っているのである。
菅にしても、副総理時代の2009年10月11日、朝日テレビの『サンデープロジェクト』に出演して、間接的に六次産業化に触れている。
菅無能「最大の問題は農業・林業。漁業も若干あるが、そういう転職と農業や林業への就労の支援をプログラムでやっています。レストランをつくる。そのレストランに供給する農業をつくる。そこにまた研修の人を入れて、大変だけど、レストランが7、8軒あって、そこに供給する」
3年も経って前倒しの対象とするということは、この3年間、いわば今日までの責任結果を満足に出していないことを自ら証明していることに他ならない。
結果を出すことのできない責任能力を以って、今後出すことが期待できる責任能力に変得ることができるととても思えない。
責任結果という積み重ねがあって初めて、更にその上への積み重ね――「明日への責任」が期待可能となるはずである。
野田首相が常首相就任前の2011年8月29日民主党代表選演説で、「中産階級の厚みが今薄くなって、中産階級の厚みが日本の底力だったと思います」と口にし、その他の機会でも盛んに口にして套句としている「分厚い中間層」の回復という言葉にしても、自らの内閣の役目としてその責任を負った公約であり、そうである以上、首相就任1年でどの程度の責任結果を出したか、検証の対象となるはずである。
民主党政治の方向性について既に紹介した、「政権交代以降、民主党を中心とする政権のこれまでの取組は、皆さんの大きな期待にこたえる上では未だ道半ばでありますが、目指してきた社会の方向性は、決して間違っていないと私は信じます」という発言に続いて、次のように述べていること自体が、結果責任を出していないことの証明としかならない。
野田首相「今を生きる仲間と「明日(明日)の安心』を分かち合い、これからを生きていく子や孫たちに『明日(明日)への責任』を果たしていくという強い意志です。中間層の厚みを取り戻し、格差のない公正な社会を取り戻していこうとする断固たる姿勢です」――
「中間層の厚みを取り戻し、格差のない公正な社会を取り戻」すことを今後の課題としていること自体が、今日まで言ってきたことの責任を果たしていない、いわば責任結果を果たしていないことの自己証明であって、少なくとも現状に於いてはこれまでの自らの言葉を裏切る結末となっている。
実際にも現実社会に於いて民主党政権下でも所得格差やその他の格差の拡大が止まらない状況にある。
今日までの責任がこうまでも裏切られている以上、「明日への責任」を求められても、求めに応じることは到底無理な相談だと言わざるを得ない。
そうである以上、所信表明演説は奇麗事を並べ立てたに過ぎないことになる。
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