菅首相が昨8月28日、北九州市の工場を見学、見学後記者会見を行って、優れた経済論を披露に及んでいる。記者との質疑箇所は略して、冒頭の首相の発言部分のみ参考引用。
《「代表選、終わった後はノーサイドで」28日の菅首相》(asahi.com/2010年8月28日21時0分)
菅直人首相が28日、視察先の北九州市で記者団に語った内容は次の通り。
「はい、どうも。ご苦労さん」
――よろしくお願いします。
「はい。あ、私からですか、はい」
【企業立地促進策】
「昨日は大田区、東京大田区の二つの中小企業を視察をしました。で、今日はこの北九州にやってきまして、東芝の工場と、そしてこのリチウムの電池の素材を作っているこの戸田工業と、二つの工場をみせていただいたうえに、特にあの私が副総理の時に、緊急経済対策として、低炭素にかかわる企業の国内立地を促進するための補助金をつくりましたけれども、その補助金を使って国内立地を進めているこの戸田工業、そして東芝を含めたこの北九州や山口県の企業の経営者の皆さんにお集まりを頂いて、1時間余り話を聞くことができました。まあ、その中には私のもう十数年前に亡くなった父親がやっぱりこれ技術屋でものづくりだったんですが、40年間勤めた会社の経営者の方も来られて、そういう意味では個人的にも大変懐かしさと同時に、まあ楽しい視察というか、有意義で、かつ楽しい視察ということになりました」
「しかし、中身はですね、なかなか大変な状況にあります。東芝のLEDのチップの生産については、世界でも最高の技術で、これから大きく伸びられると思いますけども、やはり海外との競争は激しいものがあります。また、この戸田工業も、世界にまさに注目されるリチウム電池の素材ですが、オバマ大統領の方からもですね、色々と補助金が出て、アメリカにも立地をし、そして、私どものそうした補助金にもしていただいて、日本にも立地するということで、ある意味では、そういったその立地を巡ってですね、非常に日本の円高もありまして、手をこまねいていると、どんどん有力な企業が外に出ていきかねない状況にあることを改めて強く認識を致しました」
「私は日本の経済を立て直すには1に雇用、2に雇用、3に雇用と、つまりは雇用があればそこに新しい仕事があるということですから、そこで物が生まれてGDPが上がり経済が成長し、また税収が上がる。さらにはそれを生かして社会保障も強くなっていくと。そういった意味で昨日ブレア元イギリス首相と電話会談いたしましたが、ブレアさんは1に教育、2に教育、3に教育という言葉を言われましたが、私は1に雇用、2に雇用、3に雇用で行きたいと、こういうことを申し上げたら、ぜひそれでがんばれという話を昨日ちょうどいただいたところであります。その意味で国内立地に力を入れる補助金などについてもですね、これからも効果のある形でやっていくということは非常に重要であると思います。いろいろお話を聞いていますと、リスクのある新規の投資のところでそういう補助金があったことで、思い切って国内で、新たな工場をつくったというそういう大変積極的な評価が多い中で、やはり非常に手間ひまがかかるとか、あちこちの役所に行かなければなかなか物事が決まらないとか、あるいはこの補助金もうまくいったら返してくれとややまあなんといいましょうか、中途半端なところもあるようでして、そういう点ではこの仕組みをこれから継続ないしは拡大する場合に、そういった指摘もしっかりと受け止めてより効果的なものにしていかなければならないと思っています」
「特に私のほうからいろんな機会に経営者の方に申し上げているのは、今企業全体としてはですね、200兆円程度の留保を持っておられるわけです、日本のマクロ的に見ると。一方で日本の企業の設備はかつては平均7年ぐらい設備の現状だったんですけど、今は13年、つまり設備の老朽化が一方で進んでいる。かつてなら老朽化が進めばですね、ドンドン新規投資をして最新鋭機に変えてこられたんですが、今経営者のみなさんはどちらかというと国内に投資するのか、それとも投資を待ってお金のままで持っているのかということで、投資を抑えてお金のままで持っているという傾向が強いというのがこの数字にも表れています。そこで私からは経営者の皆さんにも思い切って国内で投資をして、そして新しい業種に進出する、あるいは今までの業種だとしても、より効果的なですね、効率の高いものに工場を変えていくと。そういう方向で、えー、踏み出してもらいたいと。その踏み出すにあたって、必要な支援、あるいはいろいろな制約になっているいろいろな行政上の制約は、積極的に取り除いていくと。これが、私たち行政がやらなければいけない仕事だということも申し上げました」
「そういった中で、皆さんにもお手元にお配りいたしておりますけども、日本国内投資促進プログラムというものを、策定するようにわたしの方から、関係方面に指示をいたしました。つまり今申し上げたこと、そのものを、促進するためにですね、この日本国内投資促進プログラムというものを、つくりあげて、法律的な面、いろいろな制度的な面、人材の問題などを、しっかりとフォローしていくと。その結果、先程来申し上げてますように、国内でより多くの企業が、投資をし、立地をし、日本の国内の産業発展に踏み出してより積極的に踏み出して頂けるように、日本国内投資促進プログラムというものを、つくるように指示をいたしました。これの実行に当たっては、当面の景気、経済対策のとりまとめといいましょうか、基本方針を、31日には基本方針を決定する予定ですが、その中でも取り入れられるものは取り入れ、その後、検討することになる補正予算等においてもですね、あるいはさらには、来年度予算についても、こういったことを推し進めるために施策を盛り込んでいきたい。このように考えております。そんなことで、今日の視察、昨日の視察、あわせて、大変有意義な視察だったと。これからもこうした視察を重ねながら、迅速に、政策に反映させていきたい、このように考えております。私からは以上です」
記事題名の「代表選、終わった後はノーサイドで」は改めて説明するまでもないが、ラグビーの試合が終わった後のようにしこりを残さず敵味方なしに挙党一致を目指すという意味なのだが、人間、先ず論功行賞で動くから、双方とも、言葉通りにはいかないと思う。
菅首相は、「私は日本の経済を立て直すには1に雇用、2に雇用、3に雇用と、つまりは雇用があればそこに新しい仕事があるということですから、そこで物が生まれてGDPが上がり経済が成長し、また税収が上がる。さらにはそれを生かして社会保障も強くなっていくと」といいこと尽くめのことを言っているが、この「新しい仕事」が新卒者の新就職先、あるいは再就職者の就職先、あるいは新産業という意味の「新しい仕事」を指しているのか分からないが、いずれにしても、首相の言う「雇用」は「新しい仕事」の存在を前提とした「雇用」としている。
いわば「新しい仕事」が存在しなければ生まれない「雇用」、「新しい仕事」があって、初めて生じる「雇用」と位置づけているのだから、「日本の経済を立て直すには」、「1に新しい仕事、2に新しい仕事、3に新しい仕事」と「新しい仕事」の創出を最初に持ってこなければならないはずだが、なぜか「雇用」を先に持ってきている。
決してニワトリと卵の関係ではない。「新しい仕事」が「雇用」を産むのであって、「雇用」が「新しい仕事」を産むわけではない。
最初に準備すべきは「新しい仕事」であって、「雇用」ではない。「雇用」は「新しい仕事」に付いてくる付属要素である。
菅首相が言っていることは合理的な認識と言えるのだろうか。それとも当方が間違っているのだろうか。
電話会談したブレア元英首相が「1に教育、2に教育、3に教育」と言ったのは、長期的視点に立った場合、新産業創出には長い目で見て教育が大切であり、短期的には現在の景気後退や景気後退時の経済政策等に伴う産業構造の転換に対応可能なスキルアップ・スキルチェンジに必要要素として「教育」を挙げたのだろう。
民主党は産業に関しては外需から内需への転換、雇用に関しては介護・医療分野、農林業分野への転換を政策として掲げていた。このことに伴うスキルアップ・スキルチェンジには訓練(=教育)が必要となる、その教育のことでもある。
雇用は企業からの求人の結果であろう。企業の求人は製品の需要増(=消費増)の結果である。供給が需要に追いつかないときに求人は生じる。となると、消費(=需要)をかき立てる製品が求められることになる。新製品開発には技術が必要となる。技術は技術訓練を含めた教育によってもたされる。
ブレア元英首相は新産業創出や産業構造の転換のみならず、新製品開発まで視野に入れて、「教育」と言ったに違いない。
少し前のブログに書いたことだが、菅首相は8月21日に新卒者の就職状況が厳しいことへの対応策として首相官邸に省庁横断の「新卒者支援特命チーム」を設置して新卒者の就職を支援していく考えを示した。
そのとき次のように書いた。〈日本の景気を確実に回復させることが第一義であって、このことが解決しない限り、「新卒者支援特命チーム」を設置したとしても、名前が何であれ、望ましい状況に常に届かない不完全な対処療法で終わることになる。すべては景気回復の原因療法にかかっているとしなければならない。
いわば景気回復の原因療法とすべき政策の構築と実施を何よりも先に持ってきて、何よりもそのことに専念し、「新卒者支援特命チーム」等の設置は関係閣僚と協議し、責任者を決めて指示して機能させていく、そういう態勢を取ることで十分なはずである。〉・・・・
景気回復策を主たる政策として公表し、その実施に向けて全力投球すべきを、新卒者を対象に就職支援を行う施設「京都ジョブパーク」の視察にわざわざ時間を掛け、首相直々「新卒者支援特命チーム」の設置を宣言する。この認識のズレは、「私は日本の経済を立て直すには1に雇用、2に雇用、3に雇用と、つまりは雇用があればそこに新しい仕事がある」とする認識のズレと重ならないだろうか。
大体が、「私は日本の経済を立て直すには1に雇用、2に雇用、3に雇用」と言っているが、政権獲得後の2009年10月9日に「緊急雇用対策本部」(本部長・鳩山由紀夫首相)を設置、10月下旬の臨時国会開会までに最終決定する方針とした「緊急雇用創造プログラム」(仮称)の概要を《建設労働者の転職を支援 政府の緊急雇用対策》(asahi.com/2009年10月9日3時4分)が伝えている。
その中には次のような政策を掲げている。
(1)介護労働の雇用者数拡充
介護施設で働くための職業訓練の支援策の充実及び研修生の生活支援も検討。
(2)公共事業削減に伴う建設・土木労働者の農林業などへの転職支援
「八ツ場(やんば)ダム」の建設中止に加え、1兆円超の公共事業費の削減を打ち出しているため、
地方を中心に建設労働者などの失業が急増する可能性に備えて農林業などへの転職支援の仕組みを新
たに設ける方向。
10月下旬の臨時国会開会までに最終決定するとした時点から10ヶ月経過している。これらの政策は10ヶ月経過分の進捗度を見せているのだろうか。
菅首相は副総理時代の昨年10月半ばにテレビ朝日の「サンデーモーニング」に出演して、介護と農林分野への雇用創出を力説している。
菅副総理「今有効求人倍率の高い分野は介護の関係。今7千億円の人材育成の補正予算が組まれている。ほかにもあるが、これなどをうまく活用して、例えば半年とか1年とか、そういう研修を受けたり、あるいは実習を受けた人が、介護の色んな施設で、そのまま正職員として働いてもらえるようなプログラムを今準備を始めている。
田原「介護は正社員でない職員やパートが多くて、待遇がはっきり言って、悪い」
菅直人「我が党は月収にして4万円を引き上げるということを公約にしている」
田原「今、平均どのくらいですか?」
菅直人「正確にはよく分かりません。(上目遣いになって考える様子)よく言われるのは13万とか15万ですね。
麻生内閣でも、地方もそういう(人材育成の)基金がかなり積んである。そういう介護の分野を中心にちゃんと仕事につながってくる、そういうプログラムを今準備を始めている」
田原「仕事につながるということは、やれば食える、生活できるいうね」
菅直人「つまり、研修だけ受けて、いまITとか何とかの研修が多いが、いくらエクセルができるようになったといったって、就職先がなければ、意味がない。就職先がある分野としては介護の分野が一つ大きい」
菅副総理「もう一つ、公共事業がこれまでのように増えることはないわけで、そういうものに携わっていた人たちの転職をしたときの新しい仕事を考えなければいけない。
最大の問題は農業・林業。漁業も若干あるが、そういう転職と農業や林業への就労の支援をプログラムでやっています。レストランをつくる。そのレストランに供給する農業をつくる。そこにまた研修の人を入れて、大変だけど、レストランが7、8軒あって、そこに供給する。
おっしゃるとおり、農地法の問題が色々な参入規制があるので、大変なことは分かっている。しかし可能性としては農業があるのに加えて、林業も実はある。民主党は林業再生プランというものを出して、直接雇用が10万、切った木を使った雇用まで含めると、一応100万というものを2年前に出している」・・・・
いわば介護、農林分野を中心とした雇用創出によって内需を拡大していくことを言っている。それを「2年前に出している」ということだから、番組出演から10ヶ月経過を足すと、相当準備は整っていたはずである。
菅直人が言っていたとおりに介護、農林を中心に内需拡大が進んでいたなら、現在の円高は介護、農林を含めた内需産業にとっては恩恵となり、外需産業の不利益を相当部分補うはずだが、そうはなっていない。円高影響の景気の二番底が囁かれている。言っていることを満足に実現していないことの証明でもあるだろう。
介護の場合、いくら雇用創出を言ったとしても、農林と違って生産現場ではないために産業の裾野が小さく、準完結型の産業となっているから、介護分野の雇用創出で日本の景気全体がよくなるとは思えないが、菅首相は首相になる前から、介護・医療、農業・林業分野への雇用創出を十八番とし、日本の未来が開けるようなことを言っていた。この手の認識の合理性も問わなければならない。
介護現場に於ける現在の雇用創出が政策的なものではなく、不景気型の雇用創出となっていることを示す記事がある。《介護事業所の半数「従業員数は十分」 昨年度実態調査》(asahi.com/2010年8月16日20時35分)
厚生労働省所管の介護労働安定センターが8月16日に公表した09年10月現在の状況に対する「2009年度介護労働実態調査の結果」である。全国の介護保険サービスを提供する約1万7千事業所を抽出、有効回答率は44.6%。
●介護労働者の離職率――17%(前年度比-1.7ポイント)
この点を、〈離職率は07年度までの2割超から減少傾向だが、同センターは景気の悪化で転職しづらくなった影響と見ている。〉と説明している。
●従業員の過不足
「適当」――52.3%の事業所(前年度36.5%)
「不足」――4割(前年6割以上)
●平均月給――21万2432円(前年比-約4千円)
●介護労働者処遇改善のための09年度3%増額介護報酬の基本給への反映
「反映させた」 ――3割の事業所
「一時金支給に充当」――2割弱・・・・
以上の統計から見えることは、すべて政策とは無関係に、さらに介護の仕事が魅力的で人を惹きつけているのではなく、不景気、雇用悪化が力学として働いている、人員不足の介護職に流れていった消極的消去法からの止む得ない就職選択だということであろう。このことは一般的には労働力需給関係で需要が優るときは給与は上がるものだが、逆に前年比で4千円も下がっていることと離職率の低下に現れている。
このことを裏返すと、景気が回復した場合、逆の傾向を取るということであろう。再び離職率は上がり、人が集まらないことから、止むを得ず乏しい経営費の中から給与を捻り出して上げなければならなくなる。
いわば、「そういう介護の分野を中心にちゃんと仕事につながってくる」と言いながら、あるいは、「民主党は林業再生プランというものを出して、直接雇用が10万、切った木を使った雇用まで含めると、一応100万というものを2年前に出している」と言いながら、しかも「2年前」+10ヶ月、計3年近くの準備万端のはずでありながら、政治の力を通した日本の経済回復のための雇用創出の契機、起爆剤と何らなっていない。
にも関わらず、「私は日本の経済を立て直すには1に雇用、2に雇用、3に雇用」だと言っている。
何よりも消費意欲を促す新製品創出(=新製品開発)、あるいは新産業創出(=新産業開発)にかかっているはずで、そこに軸足を置かずに「雇用」、「雇用」と言っても、その合理的認識性のズレは如何ともし難いのではないだろうか。
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