内向き・縮み志向の自公の「愛国心」

2006-04-18 04:18:29 | Weblog

 4月16日(06年)日曜日のNHKテレビの「日曜討論」で「教育基本法」について各党が議論していた。

 民主党鳩山幹事長「教育基本法は賛成です。新しい憲法にふさわしい新しい教育の憲法は何かという議論を本来やるべきであります。我々は憲法の改正と同時に教育基本法の改正をやるべきだと。教育の荒廃とか、色々と問題に果たして今の与党案は色々な苦しんだ中、議論してきたらしいですけど、それが解決できると到底思えません」
 
 この主張に対して、自民党武部幹事長は「憲法改正まで待っていられない。いつ改正できるか分からない」と反論していたが、そんな頼りないことでは自民党が党是としている「憲法改正」の看板を降ろした方がいい。いつか分からなくても、必ず改正するという強い姿勢を示すべきだが、頼りない男だ。「憲法改正と別々であってもいいではないか」と言うべきだったろう。

 鳩山幹事長の言わんとしたことは、教育は子供に知識を教えると同時に人間としての成長を導くことでもあるが、広い意味では世界と日本に向けた日本人としてのあるべき姿を形成することをも目的としていて、目標とする国民のありようと形成役として関わる国の姿は翻って憲法が目標とする国と国民のありように対応することから、憲法に連動させるべきだということだろう。

憲法以外の普通の法律に前文を置くのは異例で、「教育基本法」が〝教育憲法〟と呼ばれているということだが、国があるべき国民の姿を教育を通して理念するという点で、教育に関わる〝憲法〟そのものであり、そのものでなければならないのではないだろうか。

 自民党は逆である。憲法に「愛国心」を盛り込みたいが、憲法改正まで待てないから、先に「教育基本法に」ということだろう。憲法と「教育基本法」を連動させている点に関しては、民主党と変りはない。

 普通の法律には置かないという現行の「教育基本法」の「前文」を見てみると、

 「われらは、さきに日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貞献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである。
 われらは、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育を普及徹底しなければならない。
 ここに日本国憲法の精神に則り、教育の目的を明示して、新しい日本の教育の基本を確立するため、この法律を制定する」

 如何に教育が大切か、教育の成果が「日本国憲法」に記した理念を実現できる人間を形成得ると謳っている。「日本国憲法」が高邁な理念でいくらびっしりと覆われていたとしても、教育が日本の政治家や官僚みたいなクズ人間ばかりつくったのでは、理念の実現は覚束ないと言っているのである。断っておくが、経済大国になることと「日本国憲法」の理念を実現させることは180度違う。政治家や官僚がクズ人間ばかりでも経済大国になることは可能だが、憲法の理念を世界に向けて形あるものとして示すことはできない。今回の景気回復にしても自民党は小泉構造改革の成果だと言うが、アメリカの好景気と中国の経済成長――いわゆる中国特需に後押しされた景気回復の側面がはるかに大きい。独善的自画自賛に過ぎない。

 現行の「教育基本法」に示された理念、その具体性から比べたら、自公が合意した「伝統と文化を尊重し、それらを育んできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養う」は、いわば〝自国愛〟は感じることができるが、そこに比重を置いているために理念としての格調性も具体性も乏しく、理念実現の主体的存在としての人間の姿も感じられない。現行「教育基本法」に示されている程の〝世界性〟も感じることができない。そのため、内容の纏まりようが軽く、小さくなっている。

 これは自民党と公明党の軽さ・小ささだろう。所属議員が軽く小さいから、軽くて小さな考えしか出てこない。内向きで、一国主義的な縮み志向はグローバル時代への逆行以外の何ものでもないだろう。


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