※お断り
2016年11月12日土曜日に投稿した記事がエントリーされていないことに気づいて調べているうちに間違って昨日(11月14日)の記事を削除してしまい、改めて今日(11月14日)投稿することにします。悪しからず。
11月12日に投稿したつもりの記事は11月15日に再投稿します。
2016年11月13日、NHK「日曜討論」の第2部で南スーダンPKO派遣自衛隊部隊に付与する予定の駆け付け警護についての議論が行われていた。
出演者は政治家は、その資格があるのか、防衛相の稲田朋美一人のみが政治家で、あとは学者と国際協力NGO職員となっている。
山口昇は「Wikipedia」によると、防衛大学校を卒業後、陸上自衛隊航空科部隊に配属、統合幕僚会議事務局軍備管理・軍縮班長や第11師団司令部第3部長(作戦担当)、陸上幕僚監部防衛調整官等を経て、2009年4月から2015年3月まで防衛大学校教授、現在軍事評論家で国際大学国際関係学研究科教授だそうだ。
こういった経歴を背景に稲田朋美の横に同じテーブルに就くことになっていたのだろう、同じ「Wikipedia」に、〈制服組を代表する論客として知られた。〉との解説が載っているから、安倍政権寄りの立場からの出席と言うことなのだろう。
このことは発言からも窺うことができる。
国際政治学者の川上高司に関しては「Wikipedia」は〈集団的自衛権の行使を容認し、日本国憲法の改正を必要と主張している。一方で、安倍晋三首相が閣議決定という形で集団的自衛権を容認した方法については、反対の立場を採っている。〉と解説している。
また、《日本がアブナイ!》なるブログに、〈安全保障が専門で拓殖大学海外事情研究所長の川上高司さんは「日本は、軍事費を削減しているアメリカに、有事の際、本当に守ってもらえるのかという問題に直面している。アメリカを巻き込み抑止力を高めるためにも、集団的自衛権の行使は必要で、相手に守ってもらうためにはこちらも血を流して相手を守る必要がある。ただ、そのためには国民の合意を得て憲法を改正するべきだ」と指摘しました。(NHK14年5月24日〉と、その姿勢を伝えている。
谷山博史は日本国際ボランティアセンター(JVC)東京事務所事務局長。南スーダーンの治安は地方のみならず、首都ジュバでも安倍晋三や稲田朋美が説明するように比較的平穏ではなく、かなり危険な状況にあると警告を発していた。
柳澤協二は東京大学法学部卒業後、防衛庁に入庁、防衛庁運用局長等を経て、 NPO法人国際地政学研究所理事長。かなりリベラルな立場の人物のようで、「Wikipedia」には、〈第2次安倍内閣に対しては批判的なスタンスで、2014年(平成26年)2月28日、「集団的自衛権を考える超党派の議員と市民の勉強会」に講師として出席し、集団的自衛権をめぐる米国、アジアの動きを解説し、安倍内閣が閣議決定で集団的自衛権の行使を容認できるよう憲法解釈を変更しようとしていることを批判した。〉と紹介されている。
このブログでは自衛隊PKO派遣部隊に対する駆け付け警護付与に関しての稲田朋美のいくつかの発言を取り上げて、その妥当性を指摘したいと思うが、《NHK「日曜討論」》のサイトに載っている番組の解説を紹介しておく。
〈政府は、国連のPKO=平和維持活動にあたるため今月20日から南スーダンに派遣される自衛隊の部隊に「駆け付け警護」などの新たな任務を付与することを今週、閣議決定する方針です。
「駆け付け警護」とは、国連の関係者などが武装集団に襲われた場合、 自衛隊が駆け付けて救援する任務です。
政府は、ほかに対応できる国連部隊が存在しないなど極めて限定的な場面で、応急的かつ一時的な措置として行うとしています。
また、他国の軍人を「駆け付け警護」することは想定されないとしています。
自衛隊が活動する南スーダンについて見ていきます。
南スーダンは、2011年にスーダンから独立した、世界で最も新しい国です。
国連は国作りを支援するためPKOを開始。
日本も2012年から自衛隊を派遣し、首都ジュバを拠点に道路整備などの活動にあたってきました。
しかし、その後、石油の利権配分などをめぐってキール大統領とマシャール副大統領の対立が深まり、2013年12月、マシャール氏が副大統領を解任されたことをきっかけに、 政府軍と、マシャール氏を支持する反政府勢力との間で激しい戦闘が起きました。
去年8月、周辺国などの仲介で和平協定が結ばれますが、 今年7月、首都ジュバで大規模な銃撃戦が再び起きました。
安倍総理大臣は、7月に発生した銃撃戦について、政府軍と反政府勢力との衝突はあったものの、戦闘行為にはあたらないという認識を示しました。〉――
島田敏男キャスター「なぜ、今駆け付け警護という新たな任務を自衛隊PKO派遣部隊に付与する必要があるのか、この点は如何ですか」
稲田朋美「先ずですね、南スーダンにあります我が国自衛隊は施設部隊なんですね。要するに治安維持ではなくて、道路を造ったり、それから施設を造ったりすることによって国造りに貢献をしております。
そしてなぜ今駆け付け警護なのかということになりますと、それは施設部隊、そして道路を造ったりする、その自衛隊が自分の安全を確保しつつも、例えば近くで活動を(している)関係者から助けを求められたときに、その助けられるにも関わらず助けないということではなく、自分ができる範囲で保護をする。
そういった新しい任務を与えるかどうか、これも今までのPKOの中でも、コンゴ、ザイールでもですね、そういったことがあったときに今までも法的根拠がなくて、そんな中、訓練をしていなくて、保護をしたという事例があります。
そういった場合のことを考え、法的な根拠を与える。更には訓練もする。
そこで助けられる人は助けていくという、保護をするということを進めていくということで――」
稲田朋美が「今までのPKOの中でも、コンゴ、ザイールでもですね」と言っていることは1994年9月から同年の12月28日まで、ルワンダ内戦によって西隣に国境を接するザイール(現コンゴ民主共和国)に大量に流入したルワンダ難民を救援するために国連部隊としてではなく、国際平和協力法に基いて日本独自にザイールとケニアに自衛隊PKO部隊を派遣したそうだが、派遣時に日本人の医療NGO(AMDA)構成員が武装集団の襲撃に遭ったさい、自衛隊の難民救援隊現地指揮官の判断によってNGO構成員の輸送を行ったが、それが法的根拠のないままの救援だったために日本国内の一部マスコミから批判を受けたという。
だから、法的根拠の必要性を感じて今回その措置を講ずることになったと言うことなのだろうが、どうも舌っ足らずで困る。番組で討論していることも国会で議論を戦わせていることも、国民に対する説明責任を同時併行に果たしていることになるのだから、もう少し具体的に説明すべきだろう。
先ず稲田朋美は駆け付け警護とは救援の要請を受けたとき、「自分ができる範囲で保護をする」ことだと規定している。
だから、「助けられる人は助けていく」というケースバイケースの性格を持たせることになる。いわば助けられない人は助けないことになる。
では、「自分ができる範囲」とは何か判断基準を設けているのだろうか。
また「自分ができる範囲」はいつ判断するのだろうか。あるいはいつ判断できるのだろうか。
そしてその判断は常に的確な結論足り得るのだろうか。
この問題は一時置いておき、他の発言を見てみる。
稲田朋美「本来業務(道路建設等)を遣りながら、近くで助け出る人が出たときに、そして緊急要請を受けたときに人道的な見地から対応できる人を見殺しにしないっていうのが今回の駆け付け警護でありますので、そういった趣旨をしっかりと説明していく必要がありますし、そのための訓練もしっかりと遣っていくことも申し上げたいと思います」
駆け付け警護の趣旨を説明しているのみで、駆け付け警護を可能とする判断基準や判断時期についての具体的な説明は一切ない。その説明がないままに、「近くで活動を(している)関係者から助けを求められたときに、その助けられるにも関わらず助けない」ことはしないとか、「近くで助け出る人が出たときに、そして緊急要請を受けたときに人道的な見地から対応できる人を見殺しにしない」と駆け付け警護の眼目のみを述べている。
島田敏男キャスターが南スーダンでの自衛隊のPKO派遣部隊は国連平和維持活動(PKO)下の活動でありながら、日本国内のPKO協力法等の法律に基づいて行動する、その特殊性の可能性と限界について尋ねた。
稲田朋美「仮に今後駆け付け警護と言うものを付与したとしても、施設部隊として対応できる範囲、国連に歩兵部隊もいるわけであったり、南スーダン政府であったり、治安を専門に遣っている組織があって、それが先ず優先をして、日本としては施設部隊が対応できる安全性を確保した上で、しかしできるものをしっかり遣っていくというその立場はこれからもしっかりと説明していく必要がございます」
前の発言と何ら変わらない繰返しとなっている。
国連や南スーダン政府が「治安を専門に遣っている組織」として歩兵部隊を展開させていたとしても、それで治安の確保が保障されているわけではないから、駆け付け警護を想定しなければならないということであるはずだ。
だとしたら、「対応できる安全性を確保した上で」と言っている「対応できる安全性」の判断基準や判断時期は警護する上での必要条件となるはずだが、その説明がない。
ただ単に駆け付け警護とはこういう活動ですという説明の言葉のみが進行しているに過ぎない。
稲田朋美「今回の駆け付け警護に於いて正当防衛、緊急避難以外では相手を危害射撃(相手を危害射撃相手に危害を及ぼすことを意図して行われる射撃)ですることはできないですね。
そして武器使用って言った場合でも危害射撃だけではなく、相手を威嚇射撃すること、色んなことがあります。(正当防衛、緊急避難のケース以外に)威嚇射撃した場合、個人として責任を負うと言うことですけれど、これは正当防衛、緊急避難の場合はですね、刑法35条で違法性は阻却されているわけですよ。
そして現地では指揮官の指揮に従うことになっていますし、そのために色んな場合を想定した訓練をしています」
正当防衛、あるいは緊急避難のケースでは許されている危害射撃と威嚇射撃を行った場合の刑法の除外規定であって、そのようなケース以外に両射撃を行うことないという絶対前提に立っている。
「そのために色んな場合を想定した訓練をしている」と。自衛官にしても、その集まりである自衛隊にしても、それ程にも絶対的存在としていいのだろうか。
自衛隊機を操縦誤認でコースに入っていない山にぶつけたり、ヘリコプターを墜落させたり、「Wikipedia」によると、1995年11月22日に石川県能登半島沖で航空自衛隊戦闘機の訓練中、実弾射撃は訓練予定に含まれていなかったにも関わらず、F-15J戦闘機が誤ってミサイルを発射、僚機を撃墜している。
撃墜された戦闘機の操縦士は緊急脱出して海面に着水し、無事だった。
稲田朋美「武器使用と言った場合に何かこう、バンバンと撃って撃ち殺すようなイメージがありますが、それは本当に正当防衛と緊急避難のとき以外はできないんですね。
武器を向けるというときで威嚇射撃をすることも武器使用の中に入っています。そしてまた武力の衝突が起きているところに駆け付けて救出するというのは、それは本来の施設部隊がやることではなくて、歩兵部隊がやったりすることです」
近くに歩兵部隊がいなくて、近くにいた自衛隊のPKO部隊に救出の緊急要請をするケースは決して否定できないはずだ。如何なるケースであっても常に歩兵部隊が近くに存在していたら、駆け付け警護は必要ではなくなる。
だとすると、最初の問題点、自衛隊PKO部隊が駆け付け警護に於いて「自分ができる範囲」を判断する基準とするルールの問題に戻らなければならないことになる。
その判断をいつするのか、判断時期も問題としなければならない。
駆け付け警護は他国の軍隊は適用外で、当面は国連職員やNGO(非政府組織)の職員等が襲撃を受けた場合を救出対象としているそうだが、国連職員やNGO(非政府組織)の職員等は武器を携行していないはずである。
武器を携行せずに襲撃を受けている集団に対して駆け付ける判断を無線等で救出の緊急要請を受けた時点で襲撃人数と使用武器の種類の大体の説明を聞いた上で行うのだろうか。あるいは襲撃現場に駆け付けてから、その状況を確認した上で、「自分ができる範囲」か否かを判断するのだろうか。
前者の場合、できないと判断したなら、その場で断る。
後者の場合、駆け付けたものの、「自分ができる範囲」ではないと判断したなら、そのまま撤収することになる。
どちらであっても、判断するための大まかな基準は必要となるはずである。例え指揮官一人の臨機応変の判断に任されていたとしても、判断する統一的な基準自体は大まかなものであっても必要となる。でなければ、ケースバイケースで対応に違いが出てくる。
出た場合は問題となるはずだ。
また判断時期が前者であったとしても後者であったとしても、「自分ができる範囲」ではないと断った場合、襲撃された集団の被害の状況によっては、例えばあとで結果的に知ることになる死者が何人も出たといった場合、武器を携行している自衛隊PKO部隊と武器を携行していない集団との比較で見殺しの批判を受けることはないだろうか。
稲田朋美は駆け付け警護の趣旨を「人道的な見地から対応できる人を見殺しにしない」ことだと言っているが、対応できない場合は、いわば「自分ができる範囲」ではないと判断して駆けつけ警護を行わなかった場合は「人道的な見地」を捨ててかかることができるとしていることになる。
つまり「人道的な見地」は駆け付け警護ができるかできないかの都合に応じて決まる自己利益を主体とした価値観となる。
そのようなご都合主義は許されるだろうか。
更に言うと、自衛隊側の犠牲を前以て一切排除することを前提とした「人道的な見地」に立った行動は可能だろうか。
このような前提はある程度の犠牲が想定された場合でも、その想定を回避しなければ成り立たないことになる。
回避せずに駆け付け警護に応じた場合、ある程度の犠牲の想定が相当な犠牲という結果を生むケースは否定できないからだ。いくら訓練を重ねても、相手がある場合、こちら側の想定内で動くとは限らない。
危機管理とは最悪の事態を想定して、その事態を避ける可能な備えをすることを言う。だが、安倍晋三の駆け付け警護にしても、稲田朋美の駆け付け警護にしても、最善の事態を想定して、その想定に備えた類いの駆け付け警護に関わる危機管理となっている。
稲田朋美は言っている。「武器使用と言った場合に何かこう、バンバンと撃って撃ち殺すようなイメージがありますが、それは本当に正当防衛と緊急避難のとき以外はできないんですね」
「正当防衛と緊急避難のとき」は「バンバンと撃」ち合うことはあることになる。最悪の場合、負傷者や死者が出ることを想定内としなければならない。
にも関わらず、安倍晋三にしても稲田朋美にしても、自衛隊のリスクは高まらないを持論としている。
安倍晋三や稲田朋美が言っているような最善の事態を想定したようなことで駆け付け警護を可能とすること自体が土台無理なのである。
自衛隊に駆け付け警護を付与する以上、最悪、死者が出ることを想定した危機管理に立つべきだろう。