日本はノーベル賞受賞者を多く輩出していながら、なぜ戦略構築や組織運営能力が求める創造力が劣るのか

2015-10-07 09:49:27 | 政治


 ここで言う組織運営能力とは、組織設立の目的に添って効率よく組織を動かすために共同で戦略を立て、組織設立の目的を果たす能力を言う。

 つまり組織のリーダーだけではなく、組織の少なくとも各部署・各部門の責任者全てが組織運営能力を備えていなければならない。リーダーだけが組織運営能力を備えていても、それに応える人材がいなければ、組織は満足に動かないし、リーダーが優れた戦略を立てることができたとしても、周囲それぞれがその戦略を体系化できていなければ、戦略は生きてこないことになる。

 当然。組織運営能力を欠くということ、あるいは機能させることができないということは出発点とすべきそもそもの戦略を欠いていることになる。

 戦略とは、「長期的・全体的展望に立った目的行為の準備・計画・運用の方法」を言う。

 また戦略は、組織の性格に応じて世界を相手にする組織なら、世界全体の状況を、あるいは日本一国で済むことなら、日本全体の状況を見渡して、その全体的な状況の中から組織設立の目的遂行に必要なありとあらゆる情報・知識を抽出して、自分たちの情報・知識に高め、活用する創造性を必要とすることになる。

 今年もノーベル賞受賞者発表の10月を迎えて、10月5日、6日と早々と日本人2人のノーベル賞受賞者決まった。日本人のノーベル賞受賞は24人目で、アジアでは圧倒的な数を誇り、日本人の頭脳の優秀さを証明した。

 もし日本人が全体的に頭脳優秀な人種であるなら、組織運営能力に関しても優秀でなければならない。組織運営に関わる戦略構築能力も優れているということになる。

 これらの能力は歴史的に後天的な日本人性としてあるものではなく、歴史的に伝統的なものであるはずだ。

 だが、旧日本軍は米国が初戦の劣勢から態勢を建て直して以後、軍隊と言う組織を状況に応じて臨機応変に動かし、米軍を圧倒する運営能力を最後まで欠いていたことはつとに有名である。最後まで欠いていたということは戦術ばかりか、戦略を欠いていたことの証明に他ならない。

 いわば戦略が初戦にのみ通じたということは、目的行為の準備・計画・運用の方法である戦略が長期的・全体的展望に立っていなかったということになるばかりか、勝機のないことが科学的な統計で裏付けられていながら、精神論で開戦したのだから、当然だが、途中で日本軍の戦略が通じないことに気づかなかったということでもり、気づいて戦略を立て直すこともしなかったことに他ならない。

 いわば組織運営能力に関しても戦略に関しても、全てに亘ってこれらに必要とする創造力を欠いていた。

 最近では新国立競技場整備計画に関わる日本スポーツ振興センター(JSC)とJSCを所管して共に計画を進めていかなければならない立場にあった文科省の整備計画を担った部署の組織運営能力の欠如=戦略の欠如から、整備計画が二転三転して最終的に計画の白紙撤回を招いた迷走を挙げることができる。

 新国立競技場整備計画経緯検証委員会は検証報告書で権限と責任の曖昧、それ故の当事者意識の欠如を指摘、権限と責任が曖昧だから、文科省とJSCとの間の情報共有と相互連携が満足に機能せず、しかも文科省はJSCに対する監督を怠ることになったと指摘している相互関連性に行きつくことになったのだろう。

 権限を持つべき者に権限を与えずに、では自分たちがその権限を十全に発揮したかというと、そうではなく、報告書は〈すべての重要な決定は、文部科学省、財務省、JSC及び有識者会議のなかで、「止むを得ない」という「空気」を醸成することで行われていた。〉と、他人任せ、リーダー不在、責任回避の馴れ合い状況を呈していたことを結論の趣旨としている。

 このような状況は組織設立の目的を果たす戦略を欠き、それゆえに組織運営能力を満足に機能させることができなかったお粗末さの説明でもあるはずだ。

 いわば、繰返しになるが、戦略に関しても組織運営に関しても全てに亘ってこれらに必要とする創造力を欠如させていた。

 この欠陥性は新国立競技場整備計画に関わる日本スポーツ振興センター(JSC)と文科省だけの問題ではないはずだ。だけの問題だとすると、新国立競技場整備計画に関わった日本人だけに起こった問題となって矛盾が生じる。多かれ少なかれ、日本の組織が抱えている問題点だとすることによって整合性を取ることができる。

 ネット上には日本人に欠けている能力として統率力(=リーダーシップ)や創造力や表現力等々が挙げられている。

 全ては戦略を生み出す能力として必要であり、組織運営能力につながっていく。

 では、なぜこうも多くのノーベル賞受賞者を輩出している優秀な頭脳の日本人でありながら、戦略や組織運営能力を生み出す想像力を欠くことになっているのだろうか。

 この矛盾をどう解いたらいいのだろうか。

 それはノーベル医学生理学賞を受賞した大村智氏の研究を見てみれば分かる。

 微生物が様々な無限とも言える薬効を持っていることは知られていた。大村氏は先ず国内外を歩き回って様々な土地の様々な土を採取、その中に存在する微生物を大量に集め、今回受賞理由「寄生虫病に対する新しい治療法の発見」の治療薬である抗生物質「エバーメクチン」を生み出す基の放線菌を発見したという。

 これは無から有を創り出す創造力というよりも、微生物が様々な無限とも言える薬効を持つという元となる知識、あるいは原型があり、そのような知識・原型に基づいた応用――どちらかと言うと、同じく元となる原型や知識が存在していて、それらを応用して改良を加えていくモノづくりの工程に似て、その範疇に入る能力ということではないだろうか。

 日本人がエンジンで動く自動車を発明したわけではない。フランス人が蒸気で走る自動車を発明し、それがガソリン車へと発展していったということだが、日本人はそれらの元となる原型・知識をお手本に自らも自動車を生産し、改良していって、今では世界で冠たる自動車生産国となることができた。

 このモノづくりの能力である。

 今回ノーベル物理学賞を受賞した梶田隆章東京大学宇宙線研究所所長の受賞理由となった、質量がないと考えられてきた「ニュートリノ」に質量があることを発見したことも、ニュートリノの存在という元となる知識・原型を応用したのもので、モノづくりの能力に似ている。

 ネット上で見つけたのだが、ノーベル物理学賞受賞者の江崎玲於奈氏が「日本人は欧米に比べて創造性に長けているとは言い切れないが、工夫・考案(contrivance)の才では抜群の力を発揮する。これを創造性が欠除しているなどと言えば問違った評価になろう」と言っている。だが、ここで言っている「工夫・考案」は元となる原型・知識を必要とする。決して無から有を創り出す創造力のことではなく、元となる原型・知識を前提とした創造性である以上、モノづくりの能力の範疇に入る「創造性」と言うことになる。

 モノづくりの能力に於ける工夫・考案を核とした創造力と組織運営のための戦略構築能力と組織運営能力が必要とする創造力は似て非なるものである。

 アジアに於いてはノーベル賞受賞者を多く排出していながら、後者の能力に於いて欠けていると言われる根拠がここにあるのだはないだろうか。

 このことはグローバル人材(世界的規模で活躍できる人材)不足が言われていることとは無縁ではないはずだ。

 大和佐智子人材センター公共体ソリューションチームマネジャー「『グローバル人材』の重要性が指摘されていますが、実はそれは今に始まったことではありません。例えば2006年には、当時の小泉純一郎首相が設置した経済財政諮問会議が『グローバル戦略』を纏め、人材の国際競争力の強化を掲げています。

 それから9年も経っているにもかかわらず、グローバル人材の必要性を訴える声は減少するどころか、高まる一方です」(日経ビジネス/2015年4月9日(木)) 

 世界的規模で活躍するには世界に氾濫する様々な情報・知識から自身に必要な知識・情報を抽出して自身に独自な知識・情報に翻訳、その上にそれを逆に世界に通用させる戦略を構築できる創造力と、その戦略に基づいた、組織運営能力に当たる達成力と、達成のための創造力を欠かすことができないはずだ。

 勿論、組織で動いているなら、組織運営能力そのものとなる。

 断っておくが、勿論私には逆立ちしたって真似はできない。

 グローバル人材がなかなか育たない、あるいはなかなか育てることができないという日本人の能力からも、日本人ノーベル賞受賞者排出に見る日本人の頭脳の優秀さと比較した戦略構築や組織運営能力が求める創造力の欠如を窺うことができることになる。

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