日本の農業を高関税保護と補助金漬けでダメにした自民党政治の代表、安倍晋三がアフリカ農業に助言するという滑稽を演じた。
《アフリカは「稼ぐ農業」を=安倍首相》(時事ドットコム/2013/09/27-08:15)
国連総会出席のために訪米していた安倍晋三が9月26日午後(日本時間27日早朝)、コートジボワールのウワタラ大統領、マラウイのバンダ大統領らと国連本部で会談して、アフリカの農業について意見交換した。
安倍晋三「『食べるための農業』だけでなく、『稼ぐための農業』を目指すべきだ。農民が豊かな生活を送るようになれば、アフリカは巨大な消費市場へと変わっていく」――
記事は、アフリカの〈経済発展を見据えた農業開発の必要性を訴えた〉発言だとしている。
インターネット上に次のような記述がある。
日本の農業が1960年から2010年の今日までGDPに占める農業の割合は9%から1%に減少、逆に65歳以上の高齢農業者の比率は1割から6割へ上昇。専業農家は34.3%から19.5%へ減少し、第2種兼業農家は32.1%から67.1%へと大きく増加。
1953年まで国際価格より低かった米は800%の関税で保護されるなど国際競争力は著しく低下、食料自給率もカロリーベースで79%から40%に低下――云々。
但し生産額ベースの総合食料自給率は68%と高い比率を確保しているが、非効率生産によるそもそもの価格が高いことが一因となっている68%という高い比率であって、高い価格は逆に国民の生活を圧迫する原因となっているはずで、褒めることのできる68%というわけではあるまい。
また、先に挙げた65歳以上の高齢農業者の比率の1割から6割への上昇と関連するが、日本の65歳以上の高齢者が3186万人で過去最多となり、総人口に占める割合は25%丁度、日本人の4人に1人が高齢者となったという報道に最近触れた。産業別では農業・林業が101万人と最多で、農業・林業に従事する就業者の45.1%と半数近くを占め、高齢者が日本の農業や林業を支えている現状が窺えるとしている。
要するに日本の農業こそが高い関税に守られたコメ以外は多くを外国産農産物の流通を許すことになっていて、「食べるための農業」とはなっていないし、当然、政府保護がなければ大半が「稼ぐための農業」ともなっていない。
少なくとも現時点ではそうなっている。
このように日本の農業をダメにし、自立させるに至らなかったのは減反政策と輸入米に対する高関税、現金給付等の様々な保護策、地方の過疎化の放置等だと言われている。最近の3年間は民主党政治が関わったものの、戦後ほぼ一貫して政権を独占してきた自民党政権が戦後から現在に至る長い年月をかけて培ってきた今ある日本の農業の惨状ということであろう。
長い年月の産物である以上、健全な姿を取り戻すには至難の業で、一朝一夕には不可能なはずだ。
にも関わらず、安倍晋三は2013年5月17日の日本アカデメイアでの「成長戦略第2弾スピーチ」で、一朝一夕に日本の農業を立て直すと宣言したばかりか、この10年間で所得を2倍に生産額を10倍に飛躍させるとご託宣した。
「この20年間で、農業生産額が、14兆円から10兆円へ減少する中で、生産農業所得は、6兆円から3兆円へと半減した」、あるいは「基幹的農業従事者の平均年齢は、現在、66歳です。20年間で、10歳ほど上がりました。これは、若者たちが、新たに農業に従事しなくなったことを意味します。耕作放棄地は、この20年間で2倍に増えました。今や、滋賀県全体と同じ規模になっています」と言っていながらの大飛躍の約束である。
安倍晋三「私は、現在1兆円の『六次産業化』市場を、10年間で10兆円に拡大していきたいと思います」
・・・・・・
今日、私は、ここで正式に、『農業・農村の所得倍増目標』を掲げたいと思います。
池田総理のもとで策定された、かつての所得倍増計画も、10年計画でありましたが、私は、今後10年間で、六次産業化を進める中で、農業・農村全体の所得を倍増させる戦略を策定し、実行に移してまいります。
その着実な推進のために、新たに、私を本部長とする『農林水産業・地域の活力創造本部』を官邸に設置します。さっそく来週から、稼働します」――
民主党は2019年総選挙マニフェストで、「農山漁村の『6次産業化』」を掲げている。但しインターネット上の記述を参考すると、6次産業化は1990年代半ばに現東京大学名誉教授の今村奈良臣氏が提唱した造語で、1次産業+2次産業+3次産業=6次時産業という考えに基づき、1次産業(農林漁業)の従事者が2次産業(製造・加工)や3次産業(卸・小売・観光)に取り組み(=6次産業)、新たな付加価値の創造や農村漁村・農山・漁村の活性化を策すとする考えだそうだ。
提唱から20年近く経過している。一部では成功しているようだが、全体的な成功の水準にまではいっていない。そのために農業の法人化を進めて、6次産業化を推進する政策に取り組んでいるのだろうが、次のような農水省の統計がある。
私自身理解していなかったから、最初にお断りしていくが、「新規自営農業就農者」とは農家世帯員による新規就農者を言い、「新規雇用就農者」とは農業法人や農業生産法人などに雇用される形での就農者を言い、「新規参入就農者」とは、農家以外の外部人材による新規就農者を言うということである。
「新規雇用就農者」には農家世帯員と外部人材、両方が所属していると思う。農家に生まれて農業を生業としていながら、将来に見切りをつけて農業法人に就職するということもあるはずだからだ。
平成23年新規就農者数
平成23年の新規就農者は5万8120人となり、前年に比べ3550人(6.5%)増加した。
これを就農形態別にみると、
新規自営農業就農者は4万7100人――+5.1%
新規雇用就農者は8920人――+10.9%
新規参入就農者は2100人――+21.4%
年齢別にみた新規就農者数(平成23年)
新規自営農業就農者数4万7100人(100%)
60歳以上29920人(63.5%)
40~59歳2230人(25.0%)
39歳以下7560人(16.1%)
新規雇用就農者数8920人(100%)
60歳以上830人(9.3%)
40~59歳9620人(20.4%)
39歳以下5860人(65.7%)
新規参入者数2100人(100%)
60歳以上540人(25.7%)
40~59歳760人(36.2%)
39歳以下800人(38.1%)
こう見てくると、「新規自営農業就農者」の世界は現実の農業社会をそのまま反映した高齢化状況となっている。
「新規雇用就農者」と「新規参入就農者」のみの人口構成がピラミッド型となっていて、若者の底辺が広がりを見せているが、「新規参入就農者」に限ると、その差は小さく、尚且つ絶対数が決定的に少数となっている。
希望は雇用就農者が雇用される農業法人や農業生産法人ということになる。
また、安倍晋三が「現在1兆円の『六次産業化』市場を、10年間で10兆円に拡大」すると言っている「六次産業化」は「新規雇用就農者」が主たる就職先としている農業法人等の新規参入増加や既存組織の経営規模拡大を欠かすことができない。
だが、農業法人が雇用就農者の年齢構成を無にする定着率の問題を抱えていることを次の記事が伝えている。
《就農調査 離職率の高い雇用就農者、アンケートから背景を探る》(全国農業新聞/2012-4-20)
記事冒頭。〈離職率の高さが指摘される雇用就農者。農業法人の経営者からは、従業員定着の難しさを嘆く声が多く聞かれる。全国農業会議所で農業法人などの従業員を対象に行ったアンケートなどから、彼らの意向や離職の背景を探った。 〉――
入来院重宏全国農業経営支援社会保険労務士ネットワーク会長「正社員に対して時給で給与を支払っているのは、農業ぐらいのもの。生活や将来の見通しが非常に不透明だ。
社長一人の頑張りには限界がある。現場作業だけでなく経営面にも熟練した従業員が求められている」――
言っていることを裏返すと、給与が安く、生活の見通しや将来性を立てることができない。そのため離職率が高くて、熟練従業員が集まらない。あるいは短期で辞めていくために技術習得がままならない。
入社2年以内の新入社員を対象にした10年度調査
「離職を考えたことがある」45%
「よく離職を考えている」15%
離職を意識した理由(複数回答)
「給与額が低い」23%(最多)
「人間関係がうまくいかない」11%
「勤務先に将来性を見いだせない」11%
農業法人等に務める雇用就農者の半数近くが「離職を考えたことがある」というのは異常である。
農業法人がこのような状況を一般的としていたなら、安倍晋三が「六次産業化」をどう謳おうと謳うまいと、本人が言うように10年やそこらでの大きな飛躍を確実視できるだろうか。
確実視できないとなったなら、所得倍増も絵に描いた餅で終わる。
また、新規自営農業就農者数4万7100人に対して農業法人等に雇用される新規雇用就農者数8920人は5分の1であって、まだまだ少数であることも課題であるはずだ。
この8920人にしても青年の就農意欲の喚起と就農後の定着を図るため、就農前の研修期間(2年以内)及び経営が不安定な就農直後(5年以内)の所得を確保するための給付金を年額にして150万円を給付し、農業法人に最長2年間、研修費として月10万円支給している上での8920人であろう。
だが、農業法人の給与は低い。景気が悪くて、就職先がなくて飛び込んできた新規雇用就農者であるとしたら、給与の低さから、景気が回復して就職先がより自由に選べる時がきたら、さっさと離職していかない保証はない。
決してバラ色ではない「六次産業化」だと言うことができる。
先ずは足元の日本の農業の諸問題を一つ一つ解決していくことが先決であって、立て直した上で将来を見通すべきだろう。どのような建物も、政策と同じで、最下層の土台がしっかりしていないと上層はいくら見栄えよく造ろうとも、見かけの見栄えでしかなく、内部は常に脆さを抱える。
《首相国連演説、国連女性機関が歓迎 米誌は注文も》(MSN産経/2013.9.29 11:43)の記事も、安倍晋三の国連総会演説、「女性が輝く社会」に女性の地位向上を目指す国連組織「UNウィメン」のムランボヌクカ事務局長が歓迎の意を示したものの、米誌タイム(電子版)が、〈先ず日本は、女性が活躍しにくい企業社会を変えるべきだと注文した。〉と、同じく足元の状況の解決が先決だとしている。
この場合の足元の状況とは未だ残っている男尊女卑の風潮と、その風潮を受けて働く女性たちの多くが低い地位と低い給与にとどまっていることの先進国として貧しい社会的状況であり、そのような状況の優先的是正を言っているはずだ。
ムランボヌクカ事務局長「演説を心から歓迎し、指導力を持って、女性、少女を最優先の政策課題としたことに拍手を送る」
〈一方タイムの記事は、日本企業の上級管理職のうち女性は7%とする統計を挙げ「安倍首相は(日本の)企業文化を変える必要がある」と指摘。英金融大手HSBCや国際的な監査法人デロイトの女性支援プログラムが効果的だと紹介した。〉――
女性を低い地位にとどめているのは「企業文化」ではない。日本人が根に巣食わせている男尊女卑の精神性であり、それを受けて企業文化にも反映されている一般的な社会化であろう。
安倍晋三は確かに立派なことを言う。素晴らしい世界を言葉で描くことに長けている。しかし殆どが足元の今ある状況を無視したバラ色の未来に過ぎない。
足元の状況を是正できないままに、その上にどうバラ色の未来を築くことができるというのだろう。地に足をつけていないままの変革といったところだ。空中楼閣と表現することもできる。
かくこのように足元を合理的・客観的に把握する認識能力を欠いているから、自分たちの政治がダメにした足元の日本の農業のお粗末な現状を顧みずにアフリカ農業に助言することができる。「女性が輝く社会」の演説と同様に可能としたのは日本の指導者としてリーダーシップがあるところを演出できたといったところだろうが、所詮、演出に過ぎない。アフリカの農業に助言すること自体が滑稽だが、ホンモノのリーダーシップだと勘違いしているとしたら、恥の上塗りならぬ滑稽の上塗りとなる。