空華 ー 日はまた昇る

小説の創作が好きである。私のブログFC2[永遠平和とアートを夢見る」と「猫のさまよう宝塔の道」もよろしく。

青春の挑戦  9 [ 小説 ]

2021-06-05 20:06:10 | 芸術


9
外は秋晴れで、白い雲のかけらがゆったり動いていた。ポプラ並木の歩道を歩きながら、新聞記者の林原が真剣な表情で言った。
「松尾さん。 今日のことは記事にしますよ。 実におもしろい。 それであなた方にわたしの家に来てほしいんですよ。岡井さんとこと同じように、私にも息子がいましてね。上の長男と長女は仕事を持っているのですが、一番下の 私の息子なんですが、美大を出て広告会社に一度勤めたんですが最近、 そこをやめて家でぶらぶら遊んでいるのがいるんですよ。
今の話には飛びつくと思いますよ」

松尾は一人帰った。一人になりたかったのだ。田島とロボットは車で帰った。林原も車で帰った。松尾は広い公園を歩いたり、ベンチに座りながらこの日の出来事の中で、一番の収穫は何かと思った。
核兵器は政治家や軍だけにまかせておくだけでは、軍拡が進むばかり。一人一人が立ち上がるのは無理だろう、今のままでは、政治家集団に核兵器廃止を頼みたい所だが、それも見とおしが暗いとなれば、企業の一角に目を付ける。平和産業のように、企業という名の人の集まり、の一角に核兵器廃止の金字塔を打ち立てることにより、この金字塔がいくつにもなり増加していくことを願いながらという人の意表をつくのも一つの手段。
それは途方もない夢で、あることは分かっていても、若い彼の頭には、自分のやっていることが正しいと思う切ない気持ちがあった。それに、世界の一角で若い女性が気象温暖化で立ちあがり、国連にまで、波紋は届いたではないか。利潤追求の筈の企業も平和がなければやっていけないと、獅子のように雄たけびをすれば、獅子の雄たけびは世界を動かす。それが平和産業だ。何もしなければ、世界は滅びるという実感のある企業は立ち上がる。もはや、企業は株主だけのものではない。こういう考えが世界に広がれば核兵器の軍縮という奇跡が起きる。
松尾優紀はそういう希望を持った。核兵器は政治家と軍人にまかせておけば、軍拡が進むのはニュースを見ているだけで分かるではないか。
便利なネットを平和のために使えないのか。世界の核兵器を廃止することに反対の人はいない筈。それにしても、「偶然だな。岡井さんと林原さんの息子さんが失職している。その二人ともロボットに興味を持ちそうなことを自宅でやっている。」と松尾優紀は思った。
夕焼けが空に広がる頃、彼は故郷に向かう電車に乗った。

松尾優紀の頭の中に、平和産業に若い仲間を集めることが出来るではないかという思いは膨らんでいた。この気持ちを船岡工場長の家で道雄の家庭教師をした帰り、父親の船岡に伝えた。道雄の国語力が上がってきたことが船岡工場長の信頼をさらに高くしていた。
「それは良い。君を平和産業の有力スタッフに推薦しようと思っていた。仲間がいるなら、それの入社試験の係は君だ。須山社長に話しておくから、そのようになるだろう。」
須山社長は今度の事件で、安泰だった以上に、船山工場長の後押しでさらに、力を増したようだ。
ちょっとしたことで、広川取締役のことが出た熊野の話では、「広川さんは白沢さんと彼と親しい政治家に誘われてギャンブルにはまった。それで、今度は白沢さんぬきで、政治家に誘われて、行った時、一千万円を吸ってしまった。このすった額も大きいがはたして広川さん一人の責任なのか、そこが分からない。広川さんは日本に帰ると、返すつもりで、会社から金を借りた、そしてああいう結果になった。

気の毒だが、ギャンブルにのめり込んだのがいけなかった。白沢さんのように財産家とちがう。広川さんのようなサラリーマン重役にそんな大金を出せるわけがない。
誘われたという言い訳は大人の社会では、同情論はあっても、自らの責任を取らなければならないだろう。政治家はどうも巧みに、法の網をすり抜けているようだ。広川個人の問題にされてしまったようだ。どちらにしても、須山社長は安泰だ。平和産業も安泰だ。

松尾優紀は仲間を集めた。まず自分の会社の仲間である、遠藤と飯田と先輩の熊野に声をかけた。遠藤と飯田は、すぐに松尾の話に喜んでのってきた。
熊野に話しかけた時は、彼はまじめに松尾の話を聞いていたけれど、「ちょっと考えさせてくれ」と言った。
松尾優紀には、 平和産業はとりあえず、ロボット課と映像詩課と平和セールス課に人材を集めるようにと言われた。優紀の頭の中の人材の中には、自分の仲間と島村アリサが入っていた。
しかし何日かして熊野も平和産業の話はおもしろいから、 まだ参加するかどうかはわからないが、 話の仲間に い れてくれないかといって きた。それから岡井警部の息子。 そして松尾。 松尾は声をかけた仲間と一緒に、新聞記者の林原の息子憲一の家をたずねることにした。新聞記者の林原が 「息子を助けてくれるなら、別荘を使っても良い」 と言ってこの話にひどく積極的だったことと、別荘はルミカーム工業に近いということで、今の仕事を早めに終えた後、彼の別荘を根拠地にしばらく活動できるという話になった。
平和産業そのものは株主総会を終え、社長も部長、課長、アンドロイド課、映像詩課、平和セールス課などの組織も決まり、ルミカーム工業から一キロの広い敷地に中古のビルを借り、スタートすることになっていた。



新聞記者である林原の息子憲一は親父の別荘で、孤独な世界にとじこもりながら美大出身者としての自分の芸術論を磨いていた。松尾達に会った時、 憲一はすでにウイスキイーを飲んでいたらしく、 とたんに芸術論を始めて人を煙にまいた。
「映像詩とロボットで、世界中に平和をばらまく、核兵器をなくすですって。 まあ、 おもしろい話ですがね。ま、夢みたいな話ですな。ユーチュウブはもうすぐ日本に上陸しますよ。これは面白い。面白いが、見る人が限られますからね。ロボットの話もね。
それなら、僕の考えている反機能的なロポットが良いと思いますよ。もちろん、 看護ロポットなんて機能性がなくては話になりません。 ですから、僕の言っている反機能性というのは、必要な機能性は当然のこととしてあるんですよ。 その上に機能性をこえた反機能的なものを加えていくんです。 ですから一見した所、反機能的な作品で充分人間の精神を満足させてくれるんです。 それで いて人間の要求に応じた機能も立派にあるんですね。今の日本では機能性にひきずられたデザインが多すぎるので、人間生活が大変無味乾燥なものになって きていますね。平和論も同じ。パターン化した平和をその時期になると、叫ぶ、それも必要な大切なことは分かっていますが、もっと違う角度から、平和を言う。意表をつくような形で平和を叫ぶ、世界の核兵器をなくして、その金を福祉に回せと叫ぶ。最も、今の日本では一市民がうっかり言うと、差別されることがありますから、気をつけた方がいい」
松尾は驚いた。林原憲一の考えていることは、自分の考えている平和セールズにそっくりではないか、こんな偶然があるのだから、いやもしかしたら世界中にこういう考えをする人は少なからずいるのに、彼らは冬眠しているのかもしれない。
平和産業はそれを掘り起こし、大きな平和の声にしていく必要がある。特に大国の若者が核兵器は地球にいらない、その金を福祉に回せという風になれば、世界の政治家が動く。
「君のおやじさんが週刊誌に書いた記事を読んだ」と熊野は低い声で言った。
「白沢専務と広川取締役の関係ね。白沢は広川を巧みにギャンブルに引き込んだ。
白沢はルミカーム工業の創始者の家柄で資産は莫大だ。ギャンブルにも慣れている。ところが、広川取締役は貧しい家からのぼりつめた秀才。」と熊野は笑った。
「今の社会は資本主義社会ですよね。」と林原憲一は言った。「 人間は、 もともと動物ですから弱肉強食の本能を持っていて、 常にこの弱肉強食の原理は人間の社会に作用しているということですよ。 今は、 民主主義が説かれて、 すべての人はお互いに紳士的につきあうことを知っていますから、 見かけはこんな弱肉強食は捨てられたようですけど中々どう して人間のこの本能的な原理は根強いのです。
こうした洞察は、 心理的に落ちこぼれた人間でなくては わからない社会の原理なんですよ。 ですから、人は虎視耽耽と相手の弱点を見つけようとし、 そして自己の力に相手を屈服させようとする野心を持っているといえるんです。
広川さんは繊細な秀才型なんですよ。でも、船岡さんのような強力で誠実な実務家と手を組んで、途方もない平和産業に手を出そうとした。たちまち敵意を持った相手から駄目なやつだとレッテルを貼られ、それを宣伝されるんです。 こうした宣伝は、 効果的ですから今まで友人だと思っていた人ですら、 この宣伝にのせられ友情を裏切るということをやるんですよ。 そして、この有能な人間もこうした社会のレッテルを貼られると、そうした人間関係のしがらみの中でがんじがらめにされて動きがとれず、 ますます自己を落ち目にさして いくことになるのです。こうした相手をけおとそうとする悪意はいたる所にありますよ。
自分を守るのは自分であり、 自分の価値を知っているのは自分なのです。 機能性が社会にとって必要であることは認めますが、 機能性は科学の発展にともなっ て機械やロポットやコンピユーターにとってかわられていくではありませんか。 そんなに簡単に機械にとってかわられる人間の機能性などというものに人間の価値があると は思えません。 では、 いったい人間の価値とは何か これはむずかしい。 難問ですよ。 でも私はこう考えています。 人間はみな、 すばらしい宝を持っているのです。 その自分の宝を発見し、 その宝の輝きを隣人や社会にひろめていく方法を自分なりに知り、 それを実践していくことのできる人は、 価値のある人間だと思うのです。私はこう思った時、 私を疎外し、 私を歯車の地位に追い

やろうとした会社の機構に腹が立ち、自分の主体性をとりもどすことができたのです。私は会社をやめました。そして私は、もう一度デザインを勉強し、反機能的なテザインの必要性を考えたわけです。あなた方が、 ロボットで世界平和を叫ぶという考えはわかりました。私も今やっと自分なりのテザイン感がつかめた所で、さて何を始めるかという所に立って いるのです。あなた方の話にのせていただけるならば、この上なくうれしく存じます」

「映像詩の話も平和産業の重要な一角を占めています。」と松尾優紀言った。「僕は広島の映像詩を作ったのです。ま、見て下さい。」

別荘は、ちょっとした高台の上にある。窓からは、緑の林やまとまった家並みや川が見える。
家は木造の二LDKの一軒家で、そこにあるテレビは大型のものだった。松尾優紀は会社や中学校の職員室でやったように、映像詩を見せた。

岡井は微笑して言った「よく出来ている。原爆の恐ろしさがいかに、悲惨であるか、観念でなく現実として理解できます。ただ、問題なのはどれだけの人がこの映像を見るかですよ。見ても、行動に移すかですよ。結局、反戦映画を見て、次は娯楽という風な現代の流れでは、結局は力になるかですよ」
「ええ、ですから、ロボットを使って色々の人の集まり、組織を訪ねて映像詩を見てもらい、平和の波紋を広げる、それが平和産業の腕ですよ」

「ロボットがこの映像詩を見せて回るという事実を既にやっておられるわけですね。つくる場面では、ロボットと映像詩は違う場所でやるのでしょうけど、平和セールスということでは、一緒にやるのが効果的かもしれませんね。」

岡井は一瞬、宙を見るように視線を向けたあと、松尾に視線を合わせて言った。
「私は高校生の頃からの夢として何かものをつくってみたいという気持があったのですから、この夢の実現としては、あなた方のロボット平和論の話にのってみるのがいいです。映像詩も興味があります。平和産業、どうです。やりましょう。」



その時、遠藤洋介が岡井に握手を求めて言った。
「僕はこういうアイデアを持っているのですよ。ミニロボットを作り、額から電波を飛ばし、白壁に映像詩を映し、それから、平和演説をする。これだと、ロボットと映像詩の両方を持って飛び回る必要はないのですよ。ミニロボット一台でいい。これを世界中に売りまくれば、ミニロボットが多くの人に平和と核兵器の廃止を演説してくれる。これは前から考えていたことですが、喋るのは初めてなのですよ。夢がありますよね。僕は以前からヨガや禅に興味を持っ ているんだが、ヨガや禅をコーチするミニロボットなんていうのを作って、全世界に売りまくったら面白いと思っていた発想から出てきたアイデアなんですが。」
「平和産業ですよ。儲けることばかり、考えるのではなく、本気になって核兵器を無くすことを考えなくてはね。遠藤君のアイデアはいいが、売れなくてはね。多くの人はエンターテインメントを求めていますからね。世界中の皆が共感してくれるかどうかですよね」と技術者の田島が重々しく言った。

飯田が口はさんだ。 「また遠藤君は夢みたいなことばかり考えますね。ヨガの出来るロボットなんて出来るわけないでしょう。そりゃ、遠い将来にはできたとしてもね。坐禅できるミニロボットは出来るかもしれませんが、全然面白くないでしょう。でも、今回、初めて聞いた電波を額から飛ばすという話、これは面白いね。」
「ついでに、言わせてもらえれば」と遠藤は笑いながら言った。 「おれね、 こんな夢みたいなこと考えているの。 つまりね、 ダンスの出来るロボット、体操のできるロボット、 こういうロボットをつくって我々はロボットと一緒に自己の心身の鍛錬をするのだよ。 子供には家庭教師のできるロポット、 こうなるとロボットも人間なみだな。 どうですか。 松尾君。 君は夢想家で詩人だから僕の気持、 わかってくれ るだろ。」
松尾優紀は微笑して言った。 「そりやわかるさ。 でも実現可能な所で我々は商売するのだから、 その点も考慮しないとね。僕は最初は映像詩から出発しているから、原爆の恐ろしさを多くの人に訴える完璧なものをつくりたい。この間の作品は短いし、確かに今度アメリカから入ってくるユウチュウブに乗せるのにはいいかもしれないが、もう少し大型の映画に近いものもつくって見たい。
でも君の夢みたいに考えるくせ、い いと思うね。人間夢がなくちゃ。 ミニロポットをつくって、 このミニ ロボットに平和のセールスをしてもらうというのは映像詩を運ぶ必要がないからね。ただ、田島さんの心配するのは今直ぐにそこまでの技術力がないだろうということではないかな、近い将来、目指すミニロボットいうことでは、僕も大局としては、
賛成。ただ、今、僕のやっている、ロボットと一緒に、映像詩を持ち歩いて、平和セールスをするという儲からないビジネスも忘れないで欲しいね。
全世界に平和をうったえ核兵器をなくしていく運動、 これこそ、 現代人に課せられた最大の有益な仕事だと思う。具体的にはね。 菩薩や仏像の顔をしたミニロポットをつくるんだ。 もっと現代的な顔でもいい。平和を訴える真摯な顔だ。 それは芸術の域にまで達する顔である必要がある。 つまり僕の考えて いるミニ ロボットは芸術と科学の結合だよ。 コンピュータによって動かされるロボットであると同時に、 人間の心の底にうったえてきて感動を与え、 人々を平和にかりたてるような顔を持つ必要があるんだな。 これは確かにむずかしいしい、実現性に乏しいかもしれないが、 将来的には平和産業で考えていくアイデアとしてミニロポットはいいね。目標はそこにあると思う。 遠藤君の考えているようなダンスのできるロボットや家庭教師のできるロボットも素晴らしい夢だと思うが、 やはり平和産業は平和にしぼる。核兵器のない世界をつくる。


熊野はさきほどから腕組みをし、笑いもせず気むずかしい顔をしながら、 三人の話をまじめに聞いて いたが、 ついにがまんができないというような調子で声を出した。
「松尾君」 そう言った熊野の声 かあまりにも大きかったので、 みんなあきれたような表情で熊野を見た。 熊野は理論家だが興奮すると、 たまにこんな抑揚のある調子になることを優紀は思い出して苦笑した。
「松尾君、 君も遠藤君と同じように夢想家だな。ミニロポットをつかって平和をうったえるというのはアイデアとしてはおもしろいが、 そんなロボットがはたし て売れるのかね。 世界中に平和運動をもりたてていくために商品をとおして、 平和というのもわかるがね、 それは結局、 今うちの会社で君が中心になってやっている平和セールスと同種類のものだね。 悪いとはいわんが、 平和が商品となってしまうというのはなんだか寂しい気がするね。 平和ぐらい商品にしないで、 もっと純粋な人間の気持からうったえる方法はないものかね。僕はミニロボットをやるというのはおもしろいと思っている。しかし、それはあくまでも商売としての話である。商売は売れてもうからなくては、商売をしている者の生活がなりたたないのだし、その意味で、 ミニロボットは売れない予想がつく。それと平和を結びつけるのは 、ちょっと飛躍のような気もする。
平和は、署名運動や集会、デモ、国会や政府への請願それに大切な選挙という人間の主体的行動の中から、政治家を動かして平和を作り上げていく必要があるんじゃないのかね。

こういったからと言って、僕がミ=ロポットをつくってもうけることばかり考えているなんて思ってもらいたくないね。僕は、むしろその逆だ。 ミニロボットを生産し、それか売れるような土台がつくれたら、 平和産業という会社の組織を一種の原始共産制のような組織にして、利益は、公平に分配するというようなことを考えているんだ。
この平和産業は船岡工場長の発案なのだから、彼はこういう組織を理解できる。
株式会社のルールに基づいて社長をはじめ従業員が完全に平等であるような組織がつくれたら素晴らしい。そして、商品がどんどん売れてこの組織が大きくなっていけば、従業員は賃金が上昇し、働く意欲がわくだろうし、労働の中で完全な平等性を獲得できる。これが、俺の夢で、さきほど林原君が言っていたような能力の問題もこの組織で は完全に解決される。もっとも、 この株式会社そのものがもっと大きな日本 の社会の矛盾をしよっているのだから、こんなことは結局無理なんでしょうが、さっきからみんな夢みたいなことばかり言っているから、僕も自分の夢を言わせ てもらえば、組織を人間性の回復に役たてるような風にすること、 これこそ平和の問題とならんで、我々現代人 がやっていかねばならない重要な問題なんだ。組織の問題と平和の問題は結び付いている。現にここに集まっている人達で平和産業を立ち上げようとしている。」

それまで黙っていた飯田が、大声をたてて笑った。「 や、実に熊野さんらしい発想だね。 人間性の回復に役立つような株式会社か。しかし、大会社の幹部の連中がそんな話を聞いたら、目を丸くして会社は慈善事業じゃねえと言いそうだね。」
飯田はそう言っておかしそうに顔の表情を震動させた。それは笑っているというよりは笑いをこらえてい るというような感じだった。
松尾はお酒を半合ほど飲んで、少し夢見心地だった。そのせいか、心の中に詩でないような詩句が浮かんできた。
  
   お茶の香りと昇りあがる優雅な白い蒸気
   広島の中心部の座敷で、十人近い人がお茶の会をやっていた。
   ところが上空からB29が黒い円筒のようなものを落とした
   それが地上に物凄い光を放つ時
   その十人は消え、広島の町も焦土と化した。
   たった一つの核兵器がこれだけの威力を持つ
   今やそれが世界に何千とある。
   少し前の話だが
   インドとパキスタンが衝突しそうになった時
   思春期のインドの女の子達が「核戦争をしないで」と叫んでいた。
   そういう風に叫ばないと、核兵器を地上から、なくすなんて夢物語になってしまう
   どんな美しい花も虎や猫のような愛すべき生き物も焦土には生きていけないのだ
   国や組織のエゴが衝突する時
   まとまって良い筈と思うものもまとまらない
   軍は勝つだけを考えた組織だ
   最近は宇宙軍なんていうものも出てきた。
   政治家は話をまとめることをせず、自分の威信を高めるために、腐心する。
  
   核均衡論は主張する。
   同じくらいの核兵器を持てば、怖くて戦争できない。
   はたしてそうか。
   理性が万能ならばありうる。
   歴史を見ると、理性は感情に動かされ、戦争が起きるのは証明ずみだ。

                      【 つづく 】
                     


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