空華 ー 日はまた昇る

小説の創作が好きである。私のブログFC2[永遠平和とアートを夢見る」と「猫のさまよう宝塔の道」もよろしく。

青春の挑戦 5

2021-05-07 16:34:20 | 芸術
5
彼は久しぶりの中学校になっかしさと会社とはちがう雑然とした雰囲気にとまど ったが、気持を引きしめちょっと緊張した表情で大声を出したのだった。
「大山中学校の先生方、私はルミカーム工業の宣伝課の者です。今日はみなさんにルミカーム工業の商品について知ってもらい色々買っていただきた いというお願いよりももっ と重要なことでま いりま した。実はルミカーム工業では世界平和についてみなさま方にう ったえていこうということになりました。会社がこうした問題に深入りするの を 不思議に思う方もありましようが、わか社は自社の発展を真剣に考えるならば、平和こそ第一条件であるという結論に達したわけです。この平和については、なにもわが社の特権ではありません。むしろみな様職員の方のほうが次の時代の子供達をそだてているのですから、より切実に真剣に考えているテーマだと 思われます。私はその意味でみな様と協力して世界の平和について考えていきたいと思っております。」

その時、 職員室の隅の方から争う声が松尾優紀の 声を圧倒するように、響いてきました。職員室の中の人間は、みな松尾優紀の方からそちら の方に注意をむけたのです。 一人の大柄の男の子が椅子にすわっている教師に反抗的な口調でなに かを言って います。
黒の学生服の胸元を開け、背が百七十ぐらいありがっちりした体格で、髪は伸び放題で、長細い浅黒い顔には大きな目と厚い唇があり、声の調子といい、中々中学生離れした町のお兄さん風の迫力を感じさせるのだった。
「おれか弁当をどこで食べようとおれ の勝手だろう。屋上でおれが食べたからといって学校に何の迷惑をかけたわけじゃない。先公はなんでそんなにうるさいことを言うのだよ。
それに、何だ。この間の職員会議の話を盗み聞きしてみればよ。教師の意見はわれているじゃないか。マルクス主義だの保守主義だの聞こえていたぜ。話が割れていたのは弁当のことでじゃなかったけどよ。どちらにしても、二つに真っ二つ。俺たちの前では、同じ意見のようなことを言い、中身はひどい割れ方じゃないか。俺たちに似たような意見もあったような気がしたな。内容は忘れてしまったけどよ。弁当のことだって、議論しりゃ、意見は割れるぜ。俺たちのように、弁当は自由に食べていいという教師もいると思うぜ」
松尾優紀は驚いた。マルクス主義という言葉をこの中学生から聞くとは思わなかったし、この言葉は先輩の熊野から一度、聞いて何か印象深かかったからだ。具体的な詳しい内容は聞いてなかったが、いずれ聞いてみたいという気持ちを持っていたからだ。
その頃は、教師は弁当を食べ終わった者、教室から昼の休憩に戻る者と、いたが、生徒を指導しているのは白い半そでのワイシャツをきた細面の紳士という風貌をした中年の男だった。

生徒は二人だ。松尾はちょっとそちらに気をとられ、自分の話をやめて近くの教師に事情を聞いた。大柄な男の子二人は教師の前にすわらせられているのだ。口だけは反抗的だった。つまり教室で弁当を食べることになっているのに二人で屋上で食べている所をある生徒の注進により知った担任が呼び注意を与えている所だった。
「学校は迷惑しているよ。お前たちのように、学校のルールを違反すれば集団生活が乱される。そんなことが分からんのか」
教師は生徒に反抗されて興奮して大きな声で怒鳴った。生徒も負けてはいなかった。「なんだよ。俺たちにだって好きな所で楽しく食べる権利はあるよ。学校が勝手にルールを決め、俺たちに押し付けているだけじゃないか。」
そんな風に強い口調で言った男の子は立ち上がり、教師につかみかからんばかりの勢いで言うのだった。
もう一人の男子が先生の机の上に何気なく置かれていた週刊誌を見つけ、「あ、この週刊詩。親父が言っていたぜ。「2003年の今から、二十年後の北朝鮮」というのだ。それは松尾優紀も読んでいた。
「その頃、北朝鮮は核武装をすっかり整え、日本にとって脅威になっていたので、平和憲法のもとに、日本でも、防衛省の裏方で核武装の準備を始めていた。」とその男子は言った。
教師は驚いて、彼の口を塞ごうとした。松尾は自分の頭の中でその文章を思い出した。「国民に内緒で自衛のために、核武装をするのだから、合憲とする勢力が多勢を占めるようになり、準備段階に入っていた。しかし、これが北朝鮮にもれたのだ。北挑戦は怒り狂い、自分達が持っているくせに、日本に核武装を辞めない限り、通常兵器で日本のすべての原発を攻撃するとSF風に書かれている。」
北が核攻撃すれば、アメリカが出てきて、北は全滅することを計算に入れて、通常兵器で原発をねらう、とその作者は想像している。優紀は北がどう出て、アメリカがどう出るかは分からないが、恐ろしいシナリオだと思った。
どちらにしても、こんな将来の心配を考えても、平和憲法を国に守らせ、北朝鮮に核放棄の平和志向を取らせることが日本の役割なのだと思った。アメリカの力も必要だが、中国の力も必要だ、そのためには文化交流が大切なのでは。それに、憲法九条を守り、核兵器禁止条約の批准が重要だと、松尾優紀は思った。



職員室は緊張した雰囲気に包まれた。弁当を食べている教師もハシを持ったままそちらの方に気をとられていた。
その時、優紀の友人である田島がすばやくその男の子の所にかけよった。田島は小柄ではあるが、柔道三段の太い腕で、その大柄の男の子を優紀の方にまでひっぱってきた。その間の時間は数秒であった。
怒っていた教師もあっけにとられて田島の方を見ていた。
田島はうむを言わさずにその男の子を捕まえて優紀と菩薩の前にすわらした。その生徒はびっくりした表情をしてアンドロイド「菩薩」を見た。
「何だ。こいつは。ロボットじゃねえかよ」
「そうだ。ロボットだ。平和の使徒として働くロボットだ」
菩薩は金属性の声でそう言った。
口は動かないで音だけが流れた。
「ふーん。ロボットのくせしてなまいきに口までききやがる」
そう言ってその生徒は立ちあがろうとした。ロボットはその生徒の肩を抑えて言った。
「今の言葉は許せない。ロボットだって人間だ。そんな風に僕を差別する人間を僕は憎む」
その生徒はちょっとびっくりしているのだが、それを隠すかのように乱暴な口をきく。
「ロボットが人間だって? 冗談言うなよな。お前に俺の気持なんて分からんだろう。お前は結局、人間の奴隷なんだよ。奴隷に主人の気持なんか分かる筈ねえだろ。」
「それは違う。君は勝手な人間だ。ロボットより、劣る。ロボットの心はやさしさに満ちているが、君の心は野蛮なエゴで一杯だ。」
生徒は立ち上がって妙な顔を見詰めた。
その時、優紀は微笑を浮かべて言った。
「君は中学生だろ。中学生ならこのロボット君の言っていることが分かる筈だ。君は自分のことしか考えない勝手な人間になりかけている。天気が良いから屋上で弁当を食べたい。これは誰しも思うことだ。その欲望を許したらみんな勝手なことをやりだすぞ。
そしたら、中学校をめちゃくちゃになってしまう。
分かるだろう。自分の欲望を抑え、君は正しいことを考え、行動するように、自分を訓練する必要があるんだ。君は素晴らしいエネルギーがある。それを正しく使いたまえ。神と平和について考えたまえ。毎日、祈りたまえ。」
その男の子は一種の夢遊病者のようにうなずいていた。松尾優紀は菩薩の方をふりむき、
「この少年をさっきの先生の所に連れて行きあやまらせなさい」と言った。
菩薩は「はい」と返事をし、その男の子をひっぱり、さきほどの教師の所まで、連れて行った。そして「あやまりなさい」と菩薩が言うと、その生徒は素直にあやまった。教師はきつねにつままれたような顔をして生返事をし、生徒を叱責することもなく二人とも教室へもどらした。松尾優紀は教頭に呼ばれた。校長室に入るとた ぬきのように色黒で丸い顔をした校長が目がねの中の瞳をきらきらさせて言った。「いや、これはどうも。今、あなたのお手並みを拝見させていただきまし生徒をあっかう腕前などは教師の見本という感じですな。それに又、会社の方が平和問題を訴えるなんていうのも大変ユニークですな。どうです。今日の六時間目、全校集会があるのですが、ぜひ生徒達にあなたのお話を聞かせていただきたいものです。」
「ええ、私としまし てはそのような申し出は大変うれしいです。喜んでお話させていただければと思います」
そのあと、松尾は教頭の案内で校舎の中をまわった。まだ昼休みだったのでグラウンドに出ず、教室にのこっている生徒が大変な騒ぎだった。松尾は菩薩と田島をうしろに従え、教頭のあとにあちこち目を四方にくばりながら歩いた。もの珍しそうに見る女生徒。ていねいに挨拶する中学生。教室内でポールを投げていて教頭の顏を見るとやめる生徒。将棋をやっていてまわりに数人が取り囲みわいわいやっている所もある。そうかと思えば教室の隅にすわり込みべちゃくちや、おしゃべりに夢中の女生徒。実にさまざまな中学生がさまざまな形で躍動していた。
そしてたいていの生徒は ロポットの「菩薩」を見ると驚きと憧れの表情を出して近づいてきた。彼等はも の珍しそうに菩薩の身体にさわったり「可愛いい」と言ってみたり色々話しかけての楽しんでいた。菩薩君はいつもまじめな調子で答えるので生徒の中にはからかう者もいた。
「あなたは自分を美男子だと思いますか?」菩薩君が「はい、美男子だと思います」と言うと、どうっと笑いが四方の中学生達の間にひろがった。松尾は背丈が百八十五センチあってやせていたから、ひどく長身に見え、たいていの生徒は松尾の方を見て驚いたよう な顔、憧れる顔、挑戦的な顔と色々な顔をして見せるのたった。それでもロポットの人気が抜群だったため、松尾の行く所、生徒か集まった。こんな風にして会社のセールスマンが校舎の中の見学を許可されたり集会で演説するなどは前代未聞のことですと教頭は笑いながら言った。教頭は中肉中背できわめていんぎんな男だったが、その表情の裏になんとなくずるい調子のあるのを松尾は見のがさなかった。

チャイムが鳴った。グラウンドにいた生徒が戻ってくるため、廊下や教室は生徒の人数が急に増えた。その時、さきほどの男の子が廊下の隅で別の男の子と喧嘩をしていた。両方とも大柄だ。殴りあっている様子だった。さきほどの男の子は松尾達を見ると、驚いた顔つきになり、その激しい語調を急にやわらげていた。教頭が「どうしたんだ?」と声をかけると、その男の子は「なんでもありません。ちょっとした喧嘩です。」と言って教室にもどろうとした。ところが、もう一方の男の子が涙を流し泣きながら「逃げる気かよ」と相手の肩に手をかけた。「逃げるわけ じゃねえよ。先公達が来たからやばいだろ」その男の子はちよっと激しい口調たった。 「おい、待て」田島がその男の子の前にふさがった。「なんだよ。てめえ、先公でもないくせに何で出しやばりやがるんだ。」
男の子は口調は戦闘的だが、あきらかに逃げ腰だった。
「まあ。落ち着け。あいつ、泣いているじゃないか。何で喧嘩していたのか、ちょっと訳をきかしてくれよな。さつきは先生に反抗し、今は友達をなぐ るっていうのはあんま穏やかじゃないからな。」教頭が松尾に小さな声で耳うちした。 「この子はうちの学校の問題児なんですよ。大変むずかしい子でしてね」 松尾はその男の子と田島のそばに近かずいて、言った。「君の名前、なんて言うんだい?」「俺の名前か。川山海彦っていうんだ。」「君と友達になりたいね。」
「小づかい、くれるかい」
「小づかいはないが、君にはできるだけ僕の贈り物をしてあげたいと思う。これは僕の名前だ。ぜひ、ここに遊びに来てくれたまえ」
「じゃあな。あばよ。」



川山海彦は教室の中に入って席についてしまった。松尾優紀は生徒がみんなの席につき、静まった廊下でまたざわつく教室を見、教頭と話をしなから再び職員室にもどった。五時間目は職員室の中で待った。授業に出ない教師、教頭、校長、生徒指導主任などが映像詩を見てくれた。見終わったあと、松尾はまばらにいる職員の中を回って、感想を聞こうと思った。映像を見終わった後、感想らしい声が何も聞こえないのも奇妙に思われたからだ。
新聞や本を読んでいる教師や鉛筆を紙の上に走らせて仕事をしている教師、雑談をしている教師、実にさまざまな形がそこにはあった。松尾は暇そうにしている教師を見つけ話しかけた。
「どうでした。映像詩は」
「大人に見せるのには良い映像詩だと思いますよ。中学生はまだ子供ですからね。残酷な場面がいくつもあったでしょう。中学生に見せるのには、私は賛成出来ませんね」
お茶を飲んでいた浅黒いこわもての顔をした教師は目を丸くして松尾を見つめそう言った。
「それに、お宅の会社は面白いことを始めましたな。営利企業が広島の原爆を映像詩にする。理解しにくいですな」
その時、ロボットと田島が松尾の近くに来た。
「平和のロボットですか」とその教師は言った。
「愛称は『菩薩』っていうんです。わが社はですね。単に自社の利益追求ということたけでなく人類の平和と経済に貢献できるために寄与しようと願っておるわけです。 ともかく経済の発展のためには平和が必要です。核兵器をこの地上よりなくすことは緊急にやらねはならぬことなのです。
世界平和のためにわが社が貢献できれば大変名誉なことです。」
「ほほお、そうですか。」面白いことをルミカーム工業さんは始めましたな。それで、商売になるんですか。企業は利益が第一だと思いますのにそんな採算のあわないことをやって大丈夫なんですかね。もっとも、お宅の会社なんか内部留保が沢山あるから、そういう余裕があるのかもしれませんね。お宅は車もつくるのでしょ。車は僕はこの間まで乗っていましたけれど、一か月ほど前からやめましたよ。考えてみれば、車は小さな子供を脅かしますし、日本古来の美しい風景を破壊してきたのですから、法人税を沢山払うべきですよ」

「そうですか。確かにそういう疑問はあると思います。なんならその答はわが社の開発したロボット「菩薩」君に答えてもらいましよ う。」
「おーい。菩薩君に平和について喋らせてくれ。」と松尾は菩薩と田島に声をかけた。
田島は松尾の声に徴笑を浮かべ菩薩に合図をした。すると菩薩は松尾のいる方向に歩き始めた。そしてまるで生徒のようにまじめな雰囲気で教師の前に立ったのだ。
松尾は菩薩に言った。 「菩薩君、答えてくれたまえ。わが社がなぜ平和問題と取り組むこと になったかについて。明快な答を頼むよ」
「はー 。社長。松尾社長。今度ルミカーム工業の宣伝担当の子会社として平和部門をあっかう松尾社長」
「おーい 、余計なことは言わんでくれよ。」
松尾は菩薩君がまちがったことを一言 ったのでびつくりした。松尾は子会社の社長になったわけではなく宣伝課の係長にすぎないから、 こんなまちがいをロポットが言うのに内心動揺していた。冗談に言っていたことが菩薩君の電子頭脳に人力されてしまったのだと思った。



【つづく] 










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