空華 ー 日はまた昇る

小説の創作が好きである。私のブログFC2[永遠平和とアートを夢見る」と「猫のさまよう宝塔の道」もよろしく。

青春の挑戦 3

2021-04-24 13:35:34 | 芸術
3



理恵子は、ちょっと早口に向きになったような表情でそう言った。彼女に抱かれた猫が大きな目を見開いて、松尾優紀の目を見た。「うむ、不思議な目だ」と彼は思った。
目の奥に一つの宇宙が広がるという詩的なイメージが松尾の心に浮かんだ。
「瞳の奥から、迷い込んできた自然の神秘な光はわが胸を射す」という以前ノートに書き留めた詩句を思い出した。
理恵子の母は上品な微笑を浮かべていた。
「でも、世界をアニミズム的に見る方なんて、今時、珍しいんじゃない。その点では二人は一致しているのよ。」と彼女は娘の理恵子の方を向いてそう言った。
工場長が細い目を大きく見ひらいた。 「そうだな。お母さんの言うようにア二ミズムという点では二人は一致している感じがするね。そのことで思い出したんだが、うちの会社でもロポット開発がさかんになってきているんだが、このロボットのことを考えると君達の考えているアニミズムが 正しいのかもしれないと思う。今のロポットは、まだ自動車工場で使われている程度の簡単なものだが、近い将来は高度なものができるだろう。内の研究所でも研究しているからね。アンドロイドをね。そうするとね、 ロボットに意識が生まれるという風に言っている学者もいるんだがね。かなり先の話だと思うが、話題としては面白い。
機械 が人間と同じような意識を持つのだからね。ある意味で意識というのは別に珍しい現象ではなくて、条件され整えばいくらでも生まれるんだね。とすると松尾君の言う石ころを人間と同じように見る見方というのも納得できる。
人間は他人の意識を見るこ とはできないで、自分の意識の世界しか感ずることができないんだが、それと同じように猫の意識や犬の意識を知ることはできない。だが、猫や犬にも人間に近い意識があると想像できる。ならば、草花や石ころにだって意識に近いものがあると想像するのも面白いね。
意識について一番知っているのは自分だよね。この自分が生きているという感じを 一番大切にしたいと思うんだ。色々のものを見たり 聞いたりしながら希望を持って生きているというこの自分がなによりも意識の証明だね。つまり、それと同じように他人も生きて いる し、猫や犬そして石ころさえも 意識や無意識を持ちながら生きているんだという風に考えれば、さきほど松尾君の言ったアニミズムの考えは充分理解できるし、僕としてもそうした考えに共感できる。さらに話を発展させれば、そうしたすべて のものが生きている生命に満ちたこの世界で死を意味する 核兵器の使用は許せな い という ことだね。
科学は人間の持つ最高の道具である理性が発展させてきたものだが、理性というのも戦争に勝ちたいという自我と結びつくと、とんでもないものをつくる。核兵器をつくり、さらに性能の良い核兵器へと進む。これは人類の死を意味する。だからこそ、会社が生き残り、さらに発展していくためにも平和のための宣伝を世界にむけて率先してやっていく必要があると思っているんだ。
ところがこれには勇気がいる。うちの会社の上層部は保守的で頭のかたい人が多いから、今そういう行動は中々とれない。
しかし、社長は立派な平和主義者だから、僕のこうした考えもいずれ理解してくれ、わが社が世界に向けて平和へのアピールを出す日が来ると思うね。
その時のためにも松尾君にさらに良い作品を作ってもらわなくちゃならんと思っている。いずれ、君を本社の宣伝部に推薦するつもりだ。ところでね、松尾君。
会社の仕事とは別に君に頼みごとがあるんだ。
実はね、道雄の家庭教師をやってほしいんだ。週に一度でいいんだ。
いつ来るかは君の都合の良い日を選んでもらえば良い。
時間は二時間ぐらいだな。
僕はね、この子のことがとても心配でね。
以前にも大学生の家庭教師に何人か来てもらったことがあるのだけれど、どうも僕がそうした大学生が気にいらないんだ。確かに優秀な学生だったんだが、ハートがないんだな。
もちろん彼らだけで今の大学生全部を批評しようとは思わないが、また大学生を頼む気がしないんだ。
誰か、いい人がいないかなあと思っていたのだけれど、君の映像を見してもらった時から君が良いと心に決めていたんだ。教える内容は国語だけで良い。
君の日本語の鋭い感覚をいかしてもらって道雄にいくらかでも豊かな感受性と国語力をつけさせたいんだ。どうだね。僕の頼みを聞いてくれないかね。」
工場長はおだやかな瞳で、松尾を見詰め、返事を待った。
「僕でよろしかったら、喜んでお受けしますよ。
でも、家庭教師なんかしたことないから、僕が教えて道雄君の学力が向上するかどうかはあまり自信がないんですけど」
松尾は工場長がこんなにも自分を好意的に見てくれているのがうれしかった。
「学力が向上するかどうかは道雄の努力にもかかっているのだから、そんなことはあまり気にかける必要はないんだよ。
むしろ、君のものの考え、行動力が気にいっているわけだから、なんらかの影響を道雄に与えてもらえればそれで良いんだ。
ま、気軽に考えてくれたまえ。つまり、道雄と友達になってもらえれば、僕は満足なんだ。姉の理恵子がいるんだが、やはり君に若い男のエネルギツシュな魅力を道雄に見せてほしいんだ。
理恵子も道雄の面倒はよく見てくれているのだが、やはり魅力的な男性を道雄の友達にしてあげたくてね。君が受けてくれるということで、僕は君に感謝するよ」
奥さんもうれしそうな表情をして言った。
「あたしからも、お礼を言わせて下さい。母親として、この子がたくましく生きていく力をつけてほしいと願っているのですけど、やはり、すぐれた指導者が今の時期にはこの子に必要なんですわ。松尾さんなら、この子も喜びましようし、あたし達も大喜びですわ。毎月のお礼も充分さしあげるつもりですから、よろしくお願いしますわ。で、 いつ来ていただけますの ?」
松尾は、結局毎週土曜日の夕方、 道雄の家庭教師として船岡家に通うことを約東したのだっ た。 理恵子が二人の会話が終わるのを待っていたかのように、言った。
「ねえ、松尾さん、 又、議論をふきかけるみたいで悪いんですけど、このことはぜひ、あなたの御意見をうかがいたいんです。あなたは、悪魔の存在を信じていないようだけど人間として生まれ、 人間として活動しているということじたい何か悪魔と手を結んて遊んでいるような所がありませんかしら。私は最近そんな気がしてならないのですけど、こんな感じ方異常かしら?
パウ ロも言っておりますわ 。善をなしたいと思 ってもその欲している善はすることができず、悪ばかりやると言って嘆いているパウロの気持が、 私には わかるような気がしますの。たとえばですよ。あなたの着ていらっしやる洋服は、洋服屋でつくったものでしようし、それは立派な布地を使っているのでしょうけど、もしも、その洋服が悪魔の変身だとしたらどう でしようね。あたし達は、悪魔にたぶらかされているのかもしれませんよ。あたしがあなたを素敵な男性と思ったのも悪魔のたぶらかしかもしれませんしね。悪魔は、色々なものに化けますから用心するにこしたことはありませんわ。見えるものにばかり変身するとはかぎりませんし、本当に悪魔は気紛れだと思いますよ。ですから、空気の中に入り交って私達の胃の中に人り、血液から脳の中にまで人り込む かもしれませんよ。パウロの言うように、 あたしは自分が悪魔に支配されているのかと思って、ぞおっ とすることがありますわ。でも神を信じることはできない。神様を昔の人のように素直に信じれたらどんなに幸福でしよう。この心の中の悪魔を神様は決してお許しにならないでしようし、きっと追い出してくれますわ。でも、こんな奇跡は信仰のない私には無理なこと。どうです、松尾さん。私の話はあまりにも夢物語のようで面白くありませんでしよう」
松尾は、 理恵子の話を聞きながら、彼女の話が現実にあてはまるのか疑いながらも、 そんな風に周囲を見てみる実験をするのも悪くないと考えた。応接室のシャンデリア風の豪華な飾りをつけた螢光燈の 黄色い光から小愛魔のような小さな小人達が飛び出して船岡家の人々 と松尾の頭上で小悪魔の村の祭りで楽しい舞踏を始めているという風に。松尾は、 そんな風に周囲を見た自分を不思議な生き物のように感じていた。
「いえ、大変おもしろいです。妖精について考えたことはありますが、悪魔について深刻に考えたことはありませんので、大変勉強になります」

「それはあなたがロマンチストだからですわ」

「 ファウストだって、「罪と罰」のラスコニーコフだって常に悪魔と結託しているではありませんか。人間って誰にもそんな所があるんですよ。松尾さんだってそういうことにそろそろ気づいてもらわなくちゃ。良い作品は生まれないんじゃありませんかしら」
松尾は、彼女の話が自分に善と悪の問題について考える切っ掛けをつくってくれたように思った。工場長の家でタ食まで御馳走になり、 色々と歓談したあと帰りの道で、深刻に彼の思考に肉薄してきたのは、この善と悪の問題であった。



彼は広島の原爆の恐怖を映像にしてビデオ作品を製作し、 それを人々に公開することにより平和を訴えようと行動を始めていた。これは善としての行動であると思われた。だが、 はたして彼は善人であろうかと彼は自分を疑ってみたのだ。善人としての行動の裏に功名心がないであろうかと考えてみた。絶対にないとはいえない自分がなさけなかった。しかし一方で、なぜ自分は善をなしたいと思うのだろうか。
そして又、今まで 自分はどれほど善をなしたであろうかと思ってみた。もしも善を他人とのかかわりあいの中で他人への思いやりのある行動、他人への救いの手を伸ばして あげることという風に定義するならば、過去における松尾優紀の行動は、あまりにも本物の善が少なかったのではあるまいか。
しかし人はなぜ悪を反省し、善を求める必要があるのであろうか。昔ならば善をすれば天国か極楽に行け、悪をなせば地獄に行くという風に考えれば良かった。しかし、現代人でそんな風に考えることのできる人は少ないだろう。だとするならば天国も地獄もないと思い この地上と科学的理性だけを信じる現代人が善を求める理由は何か? 個人の立場から言えば、悪をなしたっていいじゃないか、それは個人の勝手という風に考える人達が生まれるのもある種の必然であるかもしれない。 松尾は徹底的に悪人としての生活を貫きとおす人物の姿を思い浮かべ てみた。だが、彼自身は反対の方向を考えていた。つ まり善をなしたいという欲望が彼の心の中に高まっていくのであった。これは不思議な感情だった。弱い人を助けたい、悪い奴をこらしめたい、これは欲望というよりは地下水からこんこんと湧き出る泉のような愛と慈悲の感情だった。彼は帰りの道々、人類愛に似た感情が彼の心を圧倒し、目から涙があふれ てくるのをどうすることもできなかった。その理由は彼にもわからなかった。
工場長の家には、土曜日ごとに行った。家庭教師のあとの夕食の雑談を繰り返していくうちに、会社の上層部でかなりの内紛があるということを松尾は知るようになった。 工場長が、 どうもその主役であるらしかった。 工場長は、重役にはなっていなかったが、 才気があり会社への貢献度で重役を圧倒しており、 社長の信任が厚かった。 工場長の会社への経営についての提言を社長がどんどん取り入れていくので、大株を持っている重役を中心に工場長への不満と圧力が強まっていたらしかった。工場長が重役になれないのは、重役の中に船岡を敵視する者がいたということかもしれない。
<<会社の株は、 森下家と藤沢家の二家が半分近く所有しており、 この二家が経営陣の採用には大きな力を持っていた。しかし、 この二家は昔は一緒に事業をやった仲であるにもかかわらず、 最近ではひどく仲が悪くなっていた。現社長は森下家の信任が厚く、重役陣の中には藤沢家の子息が入りこんでいた。 この程度のことが松尾の耳に人ったわけだが、 この二つの勢力が会社の経営についてどんな風な相違があるのかよくわからなかった。
ただ、 わかったのは、 工場長が松尾の平和運動に大きな関心を持っていることであり、 この平和運動も会社の営利事業の中に組み込んで いこうという考えがあるらしかった。もともと大株主の森下家は、理想家肌の人が多いのに対し、藤沢家は実務家肌の人が多いとも聞いていた。社長や工場長にとって他の重役はこわくなかったが、 藤沢常務か面倒な相手であった。藤沢常務はロポットとAI導入による合理化によって、 労働者首切りを主張していて、労働者の生活よりも会社の利益と内部留保を優先するような人物だった。 であるから、組合側も社長に対しては好意的であり、藤沢常務に対しては警戒色を 強めるという感じであった。熊野は、松尾の親しくしている先輩でもあり組合活動家として強力な指導力を持っている若者であるだけに、藤沢常務に対する悪感情は露骨に松尾の耳に披露されたものだった。

秋も近くなったある日のことだった。工場の近くに、森林公園があった。久しぶりに、熊野と松尾は二人で昼食後に、噴水があるその公園に散歩に出た。沢山の小鳥のさえずりや青空の白い雲やそよ風が心地良かった。相変わらず、セミの声は樹木の間から、聞こえてきたが、ツクツクボウシの声はどこか弱弱しく秋を告げているように思われた。


二人はベンチに座ると、熊野は図太い声で、会社の話をした。
「ねえ、松尾君。藤沢常務みたいにロポットを導入して労働者を首切り 、利潤ばかり追求していく会社が日本にどんどんふえていくとしたら大変なことになるよ。企業は、もっと社会的責任ということを考えるべきだよ。 藤沢常務は大株主だから、会社を私物のように考えているようだがとんでもない話だ。あの優秀なロボットの入った最新鋭の工場はみんなのものだ よ。 ロポットを導人することは僕も結構なことだと思っている。人間が危険なことやひどい重労働をする必要がなくなるからね。 これからの企業は、もっとアイデアを出して工場で働く人々の創意工夫による色々な生産活動があって良いと思うんだ。特に我が社は、ロボットや電気製品を多く売っている会社で消費者と密接に結びついている。アイデアさえあれば、我々の日常使っている電気製品は驚くほど豊かになり、生活は芸術的にすらなると思うよ。例えば、ロボット、これは工場だけのものでなく、やがて家庭で使うペットのようなロボットが出てきても良いと思う。松尾君が工場長の家でやっている家庭教師のような仕事のできるロボットもあって良いと思う。もちろん、これはすぐにできることではないが、ロボットは我々の生活を豊かにするために、使うべきだし、だからロボットはすべての労働者の共有物なんだ。それを藤沢常務は何を勘違いしたのか、私物のように考えている。全く馬鹿な常務だよ。その点、うちの社長の方がずうっと話が分かる。内の組合は今の段階では、社長をある程度支援して藤沢を追っ払う力に加担するのが得策だろうね。もちろん我々の組合が社長や大株主と利害が完全に一致するということはありえないから、その点ではいつも経営に対しては警戒の手をゆるめてはならないし、戦いは進めていくべきなんだが、最終的には労働者の代表を経営陣の中にいれなければだめだろうね。そうすれば、君の核兵器反対の映像詩は会社のイメージアップにもつながるということが大声で主張できると思うよ」
それから、熊野は一息ついた。
その間に、松尾優紀はそばの花壇に咲いているホトトギスを見た。白に赤紫のまだらが彼の興味をひいたのだ。
その後すぐに、熊野はちょっと強い調子で言ったので、優紀ははっとした、
「そうすれば、多くの国が核兵器禁止条約を批准し、発効しはじめたというのに、被爆国の日本が批准しないという愚かなことを辞め、批准する方向に前進できる筈だ。」
ふと、森の方の小鳥のさえずりの中に、ホトトギスの声が聞こえたような気が優紀にはしたのだった。

【つづく】








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