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もうチョットで日曜画家 (元海上自衛官の独白)

技量上がらぬ故の腹いせにせず。更にヘイトに堕せずをモットーに。

「うさぎ追い」の中止

2023年02月23日 | 世相・世論

 熊本県産山村が、伝統行事「うさぎ追い」を来年以降廃止すると発表した。

 廃止の理由は、今年の「うさぎ追い」で担当者が「野兎」の足を持ってぶら下げていたことをインターネット上などで虐待と非難されたことであるらしい。
 当該行事は、戦後に学校行事として始まったが1996(平成8)年以降は産山村が主催していたとされる。学校行事として始められた背景は報じられていないが、体育教材も乏しく、かつ戦前の軍事教練の廃止で失われた集団行動教育のために、先生方が知恵を絞った結果ではないだろうかと推測している。また、子供向け娯楽も無かった郡部の小学生にとっても年に一回の娯楽でもあったのだろうかとも思える。
 兎、それも野兎をぶら下げ・追い掛け回すことが動物の虐待に当るのだろうか?
 これまで「野兎」と書いていたが、ノウサギは旧和名で正式には「ニホンノウサギ(日本野兎)でウサギ目・ウサギ科・ノウサギ属に分類される日本固有種」とされている。
 また、野兎は、ペットとして飼われる家兎と違って動物愛護法に定める愛玩動物とはされていないものの、鳥獣保護法によって許可なく狩猟・捕獲・飼育などが禁止されているようである。
 以上のことから、法的に見れば「うさぎ追い」には若干の疑義があるように思えるが、1914(大正3)年に文部省唱歌として発表された「故郷(ふるさと(高野辰之作詞・岡野貞一作曲)」では《♬兎おひし彼の山 小鮒つりし彼の川・・・」とされているように、小動物を追い掛け回すことは、里山の原風景であり、幼児における情操体験であったと思っている。それ以上に、先人が兎を鳥と同じように「1羽・2羽」と数えた裏側には、宗教的に忌避されていた四つ足獣食下にあっても、生存本能が求める蛋白源としての兎食が貴重であったことを示しているように思える。
 また、兎の毛皮によって寒さを凌げたことで助かった命も少なくないのではとも思える。

 自分も野生動物保護と共生は必要と思っているが、動物界が種の闘争によって進化したことを考えれば、保護・共生も無限であるべきではないと思う。猿・猪・鹿・羚羊に依る農林業被害、鳥の糞害、熊による人員被害などの報道に接すると、野生動物との共生には個体数の制限などの一定の歯止めが必要であると思っている。
 産山村の「うさぎ追い」には、小学生に対して「野生動物の保護と人間との共生」を教える場にできたのではないかと思うとともに、先人の営み・文化を考えさせる意義もあったのではないだろうかと思えば、廃止決定は残念に思う。
 自論の繰り返しであるが、今様の倫理観で眺めた全ての過去・歴史を定説化し、将来までも縛ろうとする硬直化は避けるべきと思っている。食糧危機が到来すれば野兎の捕獲禁止は雲散霧消し、繁殖・飼育が比較的容易な家兎も食肉化が当然とされることがあるかもしれない。
 都市伝説では、《兎の肉は「つなぎ」として有効であることから、現在流通しているソーセージなどの加工品にも混入されている》とまことしやかであるが、???。


モンドセレクションを学ぶ

2023年02月22日 | 世相・世論

 大方の人にとっては、「何を今更」であろうがモンドセレクションを調べてみた。

 コマーシャルなどで「モンドセレクション金賞受賞!!」との連呼・大見出しを見かける。そのことで特段に食指が動いたことも無いが、さぞや権威のあるコンクールかと調べてみた。
 Wikipediaでは、
 《モンドセレクションは、食品、飲料、化粧品、ダイエット、健康食品、水道水まで幅広い商品の技術的水準を審査するベルギーにある民間企業から与えられるラベル。応募費用を支払い、評論家の審査を受け、モンドセレクションよりラベルが与えられる。1961年にベルギー経済省やECの支援を受け[1]、ブリュッセル郊外に設立された。》
 《出品者からモンドセレクションに送付された商品に対し、評論家などが審査を行う。審査基準は「味覚」「衛生」「パッケージに記載されている成分などが正しいか」「原材料」「消費者への情報提供」等の各項目の点数を加算し総合得点(100点満点)によって各カテゴリごとに以下の賞が授与される。
・90点以上で優秀品質最高金賞(グランドゴールドメダル)
・80点以上で優秀品質金賞(ゴールドメダル)
・70点以上で優秀品質銀賞(シルバーメダル)
・60点以上で優秀品質銅賞(ブロンズメダル)》とされていた。
 また、コンクールではない絶対評価であるために受賞製品数に制限は無く、応募費用(約14万円)を払えば誰でも簡単に応募できるのみならず、一度受賞すると3年間有効ともなっていた。
 そんなわけで通販番組では「モンドセレクション3年連続金賞受賞」というキャッチコピーが躍っていることも理解できた。
 しかしながら、「金賞受賞」と銘打たれた商品も20%近い問題があると判定されたわけで、良心的な店ならば「傷物」若しくは「訳あり商品」として格安販売されるレベルとすべきものではないだろうか。

 他社製品と大同小異・団栗の背比べ的商品を売る場合、「金賞受賞」というコピーは自分のように実情に暗い消費者を引き付けるに十分な権威であるのだろう。
 モンドセレクション金賞は、14万円払って20%近い不備を見逃してもらった証明に過ぎないことを消費者庁はPRするとともに、でき得れば使用できないようにできないものだろうかと思うが、モンドセレクション最高金賞受賞というコピーは見た記憶が無いので、モンドセレクションにもそれなりの権威は有るのかもしれないとも思える。


立民党大会に思う

2023年02月21日 | 野党

 2月19日に行われた立憲民主党大会の模様が報じられた。

 野党第1党の党大会としては報道も低調で、ベタ記事扱いに近いものであったように思う。
 泉代表は挨拶で、政権交代へのステップとして党勢の拡大・地方議員増勢を挙げるとともに、「この(民主党政権以降の)失われた10年を取り戻す」と宣言したが、具体策の無い政権批判に終始しているように感じた。
 長くなるが、代表の「安倍政権は安保法制を変え、岸田政権は反撃能力、敵基地攻撃能力に駒を進めようとしている。この10年間、周辺国との緊張を緩和することができたのか。友好な東アジアの環境を作ることができたのか、むしろ緊張が高まっているのではないか。われわれは、日本の安全を守りながら周辺国との対話を続け、国民の皆さんにとって絶対に戦渦に巻き込まない、安心できる平和な周辺環境を作ることこそが、わが国に必要な外交ではないか。自民党政権で失われた外交・平和を取り戻さないといけない」と述べていることに注目した。
 これは、東アジアにおける現在の緊張状態を作り出している元凶は、海軍兵力の拡張とサプライチエーンのセンターに位置する事で中華覇権を目論む中国であるという認識が希薄とする以上に、中華覇権に組み込まれることを容認しているのではないだろうかとも疑えるものである。冷え込んだ米中関係は既に米ソ冷戦時代に匹敵し、第三国の独自外交で斡旋できるレベルを超え、まして尖閣という核心的な係争を抱える日本が米中の仲を取り持てると考えるのは噴飯ものに思える。
 泉代表の云う「失われた10年」を考えれば、米中の狭間にあっても、日米豪印戦略対話(Quad)体制を深化させることでASEAN加盟国からも一定の同調者を得、インド太平洋戦略の構築で中国の膨張に一定の歯止めが効いているのが現状で、これらの要因で東アジアは緊張状態下に一応の安定を保っていると思っている。

 立憲明民主党政権が誕生した場合の外交を考えてみた。
 立憲民主党が思想の寄り合い所帯であることは周知のとおりであるが、中でも赤松広隆氏(旧社会党)を宗祖とする「サンクチュアリ(近藤昭一会長、27人)」、菅直人議員率いる「国のかたち研究会16名)は、左派の牙城であってサンクチュアリに至っては共産党に近い極左グループと看做されている。
 これらが主導した主張が自公の媚中勢力と結んで、香港・ウイグルの人権擁護議決から中国名指し文言を削除し、土地規制法を骨抜きにした姿勢を思い出せば、立民政権の外交は容易に想像できる。
 強国(狂国)の圧制を受け入れることで、ただ単に戦争が無い状態を「消極的平和」若しくは「見せかけの平和」と呼ぶが、泉代表の党大会挨拶を見る限り、その言葉が脳裏をかすめる。
 今、ウクライナに出かけて行って、政権と民情を観てくることが必要なのは、立民執行部であるように思う。


カード遊びをする男たち

2023年02月20日 | 美術

 有名画家には同じモチーフの複数枚が残されていることが多い。

 今となっては複数枚の絵が描かれた経緯は分からないが、出来栄えに満足できなかった画家が再び取り組んだことも有るだろうし、評判をとった絵を持ちたいというファン・パトロンの要求から描いたケースも有るだろう。
 今回紹介するのは、ポール・セザンヌの「カード遊びをする男たち」である。
 Wikipediaでは《セザンヌ(1839(天保10)年~1906(明治39)年)は、フランスの画家。当初はクロード・モネやピエール=オーギュスト・ルノワールらとともに印象派のグループの一員として活動していたが、1880年代からグループを離れ、伝統的な絵画の約束事にとらわれない独自の絵画様式を探求した。ポスト印象派の画家として紹介されることが多く、キュビスムをはじめとする20世紀の美術に多大な影響を与えたことから、しばしば「近代絵画の父」として言及される》と紹介されている。
 表題の絵について自分図書館で発見できたのは4枚であるが、この他にも沢山有るだろうと思っている。自分学芸員では、最初に掲げる「コートールド美術館所蔵品」がカード遊び(賭けと勝敗)の心象を最も表しているように思うのだが?


「コートールド美術館蔵」


「ルーヴル美術館蔵」


「メトロポリタン美術館蔵」


「ペンシルバニア美術館蔵」


気球撃墜の閣議決定に思う

2023年02月19日 | 防衛

 本朝のTV番組で「気球撃墜」のテーマでの応酬を観た。

 論点は、気球の撃墜における自衛隊の武器使用を閣議決定に依ったことの是非に関してであったが、橋下徹氏は非とし櫻井よしこ氏は是とする立場に立たれていた。
 武器使用範囲は自衛隊法で規定されているので、その範囲を拡大するには閣議決定ではなく自衛隊法改正によるべきとする橋下氏は正しく、気球の浮遊を急迫の不正と捉えて時間を重視する櫻井氏の意見も軍事オプションの常識からは正しいように思う。
 両者ともに正しい意見の応酬を観て、かねてから危惧している軍事オプションに対する小田原評定の一種であろうと思ったが、自分では櫻井氏に軍配を上げるものである。
 所属や目的は何であれ、気球の浮遊が軍・官・民航空機の飛行を阻害する危険性はあるので政府としては無害化や排除は当然行わなければならないが、橋下氏の正論に従えば自衛隊法改正実現まで数か月かかるが、万が一、その数か月間のうちに民間機が被害を受けたとしても、それは法治の大原則から許容すべきとするものであるのだろうか。
 一般的に法律は、顕在化した事象に対する対策として作られるものであるために、後追い整備されることは否めないとともに細部まで事細かく規定できるものではない。そのために、細部については政省令に依ることが多く、更に個々のケースについては行政手続きとして閣議決定による場合も多い。自衛隊法の武器使用範囲についても、改正時には無人機の実戦運用は研究開発段階であり、偵察気球の運用は全くの想定外であったことを思えば、閣議決定に依る武器使用範囲の拡大も止むを得ないように思うとともに、諸事に逡巡して「十日の菊」となりがちの岸田総理としては珍しくタイムリーに行い得たと評価している。

 気球の危険性に対しても「たかが気球」の意見もあるし、米軍がアラスカ沖で撃墜した気球が個人で飛ばしたものであったとも報じられているが、秋葉原の自動車暴走がテロ企画者に「自動車が有効な武器になる」との認識を与えたともされていることを思えば、安価に製造できるとともにコントロールできる気球はテロ兵器としても活用される可能性があるように思える。
 探知困難とされる気球は今後とも世界中に現れるだろう。なにしろ、あの中国が次世代の隠密兵器として本腰を入れているのである。