「オストリッチ・ファッション」という表現を知った。
麗澤大学の織田邦男特別教授(元航空支援集団司令官・空将)が産経新聞の寄稿文で紹介されている表現であるが、日本人の国防観を米軍人は蔑笑とともに「オストリッチ・ファッション」と呼んでいるらしい。英語力に乏しいので正確には訳せないが「駝鳥の風習・やり方」とでも云うのだろうか。
駝鳥は、危機が迫った場合は穴に首を突っ込むという習性があるらしく、穴に首を突っ込むことで迫り来る危機を「見ざる・聞かざる」の状態に置くそうである。
織田教授も、「ウクライナ事変・台湾問題。北のミサイル・・・」等の危機に対しても憲法9条という穴に首を突っ込んで思考停止している一部国民の現状から、米軍人の比喩も「宜なるかな」と続けておられる。
さらに教授は「国防や安全保障は本来逆説的なもので、懸念される事態に備えれば備えるほど、そのような事態は発生し難くなる。それが抑止力であり平和を獲得する最良の方策」ともされているが、予算員会委員にも心に留めて欲しい言葉である。
とは云ううものの、財源については論が分かれるものの防衛予算の増額に対して6割強の国民が「已むを得ぬ」とするような世論調査結果を観ると、徐々にではあるが抑止力を整備することで平和が保たれるという積極的専守防衛論が市民権を獲得しつつあるように思える。しかしながら、昭和末期まで流行した「財源不足=防衛予算の削減分転用」の主張は、子育て支援・少子化対応で再び息を吹き返しつつあるようにも思える。
昨年行われた安保関連3文書改訂前の有識者会議(ヒアリング)で、メディア出身(元朝日新聞主筆)の委員が「戦わないためには戦える備えを維持する必要がある」と述べ、話題となった。
当時は「抑止力」というソフトな表現ではなく基地攻撃能力という禍々しい表現を使用されていたが、元朝日新聞主筆⇒基地攻撃力保持是認はまさしく「君子豹変」の極致と思った。
織田教授は「国家の安全保障(平和と同義)の基本は、国民一人一人が「考えたくないことを考える」、「最も起こって欲しくないことを考える」ことと結論されている。
氏の論を待つまでも無く、『「オストリッチ・ファッション」からは何も生まれず、児孫に誇れる何も残せない』と思うが、如何。