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もうチョットで日曜画家 (元海上自衛官の独白)

技量上がらぬ故の腹いせにせず。更にヘイトに堕せずをモットーに。

コロンビア大学の助成停止に思う

2025年03月25日 | 社会・政治問題
 トランプ政権は、コロンビア大学に対する助成金590億円の支給を停止したそうである。
 支給停止の理由は、先のパレスチナ紐帯デモによって、反ユダヤ教育活動が適切に行われていないことであるとされている。
 590億円と云う助成額にも驚いたが、同大学の年間授業料が1000万円を超えるとされていたことにも驚かされた。一般的にアメリカの私立大学の授業料は高額ではあるが、卒業生の寄付によって運営されている基金を持つ大学が多く、成績優秀者に対しては基金の給付奨学金を得る道が整備されているために、成績優秀者が貧困のために大学教育を受けられないという事例は少ないとされていた。しかしながら奨学金を獲得できなかった凡庸な学生は出世払い的ローンを組むそうで、大卒資格が就職・出世に直接結び付かない社会構造であれば、ローン返済もままならない大卒者も多いとされている。
 現在、日本でも社会構造が変化し、昭和の常識「大卒=幹部候補」は無くなったが、それでも大学進学率は高まっているものの、校名・学部を選ばなければ、全大学の定員は全員が進学できるキャパシティであるとされている。
 コロンビア大学の助成停止は、大学の自治を損ないかねないという意見があるが、大学の自治とは何かが良く分からない。学長や教授の選任における自由度か、教育理念や研究テーマに対する自由を指しているのだろうか。学生運動華やかりし頃、学内の秩序維持のために機動隊が導入された際は、大学自治の危機と大騒ぎしたものであるが、反対意見の多くは越前の一向宗自治的な「学内の治外法権扱い」に等しいものであった。識者の大学自治危機懸念は、よもや治外法権的扱いではないだろうが、助成金を貰い続ければ政権の意向に関係なく教育ができるが、助成金が途絶えると交付再開を願って我意に反して面従腹背の教育になりかねないとするものであろうか。
 研究テーマに対する干渉についていえば、日本学術会議の「武器・戦術研究拒否」の方が遥かに大学の自治と学問の自由を損なっているように思うのだが。