時折、海水風呂を懐かしく思い出す。
艦船勤務の楽しみの一つが海水風呂である。海水風呂の好みについては、「海水風呂絶対」から「真水絶対」まで個人差が大きいが自分は海水絶対派であったように思う。
海水風呂は、概ね距岸20マイル程度以遠から行われることが普通であったと記憶しているが、40℃前後に温めた海水からほのかに立ち昇る磯の香りにも似た浴槽に身を沈めていると、将に至福の思いがしたものである。
医学的な効能はともかくとして、海水風呂は艦船勤務者の職業病とも云える「水虫」に絶大な効果を発揮したように思う。艦艇では、概ね2日に1度の入浴であるので1週間ほど行動すれば3.4回の入浴機会があるが、相当な水虫でもその程度の入浴で影を潜めたと記憶している。
更に自分にとっては癒し効果が絶大であった。若年隊員であった頃は、交代入浴や当直勤務等、時間に追われているので「カラスの行水」にならざるを得なかったが、歳を経ると幾分の長湯を満喫できるようになり、船の動揺に身を任せつつ傾斜によって時折浴槽からこぼれる海水の音を聴きながらの海水風呂は格好のアロマテラピーであった。
ちなみに、日本温泉協会の資料でも海水風呂に似た「塩化物泉」の効能として、きりきず・末梢循環障害・冷え性・うつ状態・皮膚乾燥症が挙げられているので、あながちのようにも思える。
では、海水風呂にすると艦艇の貴重な真水の節約に繋がるかと云えば、真水風呂と同等もしくは真水の使用量が多くなることもあった。海水浴で経験するように、海水でシャンプー・石鹸の泡立ちが悪い、海水のぬめり感を洗い流すためにシャワー時間が長いことによるものだろうが、これらを差し引いても海水風呂に軍配を挙げたくなる。
また、海水浴や海水風呂で使用したバスタオルが柔らかくなる経験から、繊維の柔軟効果もあるのではとも思っているが、実証実験が行えないままになっている。
疾病や精神安定について温泉と同等の効能、繊維の柔軟効果、何より懐旧の情を満たしてくれるであろう海水風呂(塩分濃度3.4%)であるが、再現しようとすれば団地サイズ浴槽の我が家でも、2‣3袋の食塩が必要となって財務大臣はもとより下水を管理する市長様からもお叱りを受けることになるだろう。そのため入浴剤使用で妥協しているが、これとても「洗濯に残り湯が使用できない」とする環境大臣との長い折衝の末に勝ち取った権利であるが、海水風呂の雰囲気には到底及ばず、悪戯に郷愁を刺激することにしか至っていない現状である。

