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もうチョットで日曜画家 (元海上自衛官の独白)

技量上がらぬ故の腹いせにせず。更にヘイトに堕せずをモットーに。

海難船の引上げに思う

2022年05月04日 | 社会・政治問題

 沈没した知床周遊観光船の引上げが話題となっている。

 このことについては既に、保安庁が飽和潜水の能力を持つ民間業者とサルベージ契約したとも報じられているが、真偽・詳細は明らかでない。
 自衛隊・海保・道警の水中カメラによる捜索では船内に遺体は確認されていないようであるので、何故に船体の引上げが必要なのだろうかと聞き耳を立てているが、よく理解できない。
 メディアが報じる引上げ理由と経費の負担に関する主張を見ると、引上げの理由は「船主の法的責任を問う証拠保全」「再発防止、規制強化を行うための原因調査」に集約され、経費の負担については「全額国費」、「国費で行い船主に代理弁済を求める」、「全額船主負担」と多様である。
 そもそも、船主に引上げ義務はあるのかという点では、東海大海洋学部の山田吉彦教授が「船主に引上げ義務があるかというと、少し難しい。引き上げを拒否した事例もある。法的には必ずしも船主が引上げなければいけないことはない」とするのが正解であるらしい。
 山岳遭難事故を考えると、警察が行う捜索・救助活動に関しては全額公費であるのに対し、民間のレスキュー隊や山岳会の活動は自己(遺族)負担であると聞いているが、今回の事例では「船内に遺体が確認されない」以上、船体の引上げは捜索・救助の域ではなく、かつ燃料搭載量から見て軽油が流出したとしても海洋汚染に対する影響は小さいために船主に負担を求めることは難しいように思える。さらに先に挙げた「証拠保全」的意味合いを考えると、犯罪捜査における警察の鑑識活動の拡大版で全額国費に依らなければならないように思える。

 以下は、人でなし貧乏人の感想であるが、「多額の公費を掛けて沈没船を引き上げる必要はない」と思う。引上げが論じられるのは、沈没地点が水深120mと「無理をすれば引上げられる」ことに由来しているだけで、例え引上げ得たとしても沈没の衝撃や長期間沈没していたことで証拠品等は流出している可能性が高く、敏腕弁護士にかかれば「船体の破損状況や搭載品の不備は沈没に至る衝撃や引き揚げ作業によるもの」とされて証拠能力を論破されるに違いない。
 また、これまでの情報を眺めると、事故原因の多くは陸上と船員の人間(ソフト)が負うべき様相を呈しており、船体(ハード)に起因する要素は少ないように思える。事故船から「エンジンが止まった」と報告されたともされているが、19㌧の船体であれば今以上の海水飛沫防護機能を持たせることは不可能であるので、再発防止・規制強化には寄与しないと思う。
 気象・潮流・波浪の厳しい海域で深海潜水を伴うという困難な作業に、多額(数億円?)の経費と時間をかけての結果で得られるものが少ない(皆無?)ことを考えれば、沈没船を引き上げる必要はないと思う。


条件付出港を考える

2022年05月03日 | 社会・政治問題

 知床半島周遊観光船事故については、痛ましい事故であり人災の誹りを免れないように思う。

 観光船沈没の直接原因は現在のところ不明であるものの、船の管理と運行管理に数々の瑕疵が指摘されているので、運航事業者の刑事・民事の責任について今後の判断に俟たざるを得ない。
 事業者の出港判断の一つとして取り上げられている「条件付出港」に関しての感想を書くが、一般論であって今回の事業者を擁護する意図はないことを最初にお断りしておく。
 世の中の諸事は全て「条件付」で行われており、行動開始後に何らかの変更は当然とされていると思う。家族旅行でも、出発後に交通渋滞、子供の熱発、交通機関の乱れ・・・によっては予定を変更するし、登頂目前で引き返した登山隊があり、生還を度外視した特攻機ですらエンジン不調や荒天で反転帰投した例もある。
 特に、海象については予報精度が劇的に向上した現在でも、想定外の急変も起こり得るとの認識を以って出港することは船乗りの常識であり、自衛艦であっても航路上に幾つかの避泊地を念頭に置いて航海計画が立てられるのが常で、拙い経験でも避泊地に逃げ込んだ経験を複数回持っている。
 海上自衛隊では、気象・海象を予察するとともに、荒天や機関故障の突発的な事態から艦を保全する能力を観海性・慣海性という言葉で表わし、海上勤務者とりわけ指揮官には不可欠の要素とされている。
 レーダーが無い帝国海軍時代の逸話である。霧の中を編隊航行する場合は単縦陣形で航行し、各艦は霧中標的という筏を曳航して後続艦は前続艦の霧中標的を追従するという方法を採っていた。とある隊の霧中航行時、2番艦の航海長も先頭艦の曳く霧中標的を追従していたが、「磯の匂いがする」として独断で沖合方向に転舵した。その後、先頭艦は浅瀬に座礁したものの、この処置によって2番艦以降は座礁を免れたとされており、観海性・慣海性の見本と語り継がれている。

 今回の事故でも、観海性・慣海性に長けたウトロ港の漁船・漁師は出港を見合わせていたとされるので、事故船長の判断を知ることができない今、経営者が船長の観海性よりも経済的利益を優先したか否かに注目が移っているが、どのような結論に至るのだろうか。
 ともあれ、「条件付行動」は世の常で、その条件を如何様に設定するか、如何様に評価・判断するか、で結果は大きく変化するものと考える。


光市母子殺人の死刑囚に思う

2022年04月24日 | 社会・政治問題

 山口県光市母子殺害死刑囚の第2回再審請求が広島高裁で棄却されたことが報じられた。

 驚いたのは、死刑囚の年齢が41歳とされていたことである。
 事件が起きたのは1999(平成11)年で、逮捕されたのは当時18歳の少年であった。罪状は殺人・強姦致死(屍姦)・窃盗とされ、一・二審は無期懲役判決であったが最高裁で破棄差し戻され、差し戻し控訴審で死刑判決がなされ2012(平成24)年に死刑が確定した。その間、少年犯罪に対する死刑の是非、二審から担当した弁護団の教唆と疑われる荒唐無稽な陳述、橋下徹氏の弁護団懲戒請求の呼びかけ、実名本の出版、被告が被害者家族に宛てた嘲笑的な文章、・・・などの大きな社会的反響を呼び起こし、最高裁も従来の死刑判決の永山基準を変更せざるを得なかった。
 逮捕以来23年間の獄中生活、そして2012年の確定後死刑執行に怯える(?)10年間、彼は何を考え・何を求めて生き、そして今はどのようになっているのだろうか。
 再審請求は、公判以降に見出された新資料(証拠)がないと受理されないこととなっているが、彼の再審請求資料は、「人格形成に関する学術書」だけであり、責任能力の低下という罪一等を減じる根拠とは看做されないと判断されるものであるらしい。
 死刑の執行は、再審請求中には行われず、更には死刑囚が人間性を取り戻し、かつ刑死を受け入れた時に執行されると聞いたことがあるので彼の執行は未だ先になるのだろうし、執行に際しては高僧もかくやと思わせる態度で逝く死刑囚もいると聞くが、果たして彼の場合にはどうなのだろうか。

 自分は、死刑制度容認者であるが、長期間にわたって限られた空間で・限られた生を独房で過ごすのは、死刑囚にとっても社会にとっても如何ほどの意味を持つのだろうかと考えざるを得ない。
 死刑執行は確定後3か月以内に行うこととされていること、仮釈放の望みが殆どない無期懲役が長い時間をかける死刑と呼ばれること、を思えば、厳格な死刑執行は人道的ですらあるようにも思える。
 「それでも、生きることに意味があり」「国家が殺人を行うことはあってはならない」という人々からの総スカンは免れないとは思うが。


解り難いこと

2022年04月18日 | 社会・政治問題

 素人観には不可解なことが多過ぎる。

 朝日新聞編集委員の峯村健司氏が、「週刊ダイヤモンド」に対して安倍元総理のインタビュー記事のゲラ刷りを求めた。
 経緯を振り返ると、峯村氏は、週刊ダイヤモンドが行なった安倍氏のインタビュー記事の掲載前に、同誌の副編集長に電話で「元総理が記事の中身を心配されている。私が顧問としてファクトチェックを任されているのでゲラ刷りを見せて欲しい。ゴーサインは私が決める」と要求したとされている。
 峰村氏は多くの受賞歴を持つ朝日のエース記者とされ、本人の弁によると「安倍元総理にも外交・安全保障について定期的にレクチャーしており、安倍氏から”明日から海外出張するので核兵器共用に関する部分のファクトチェックをして貰えると有難い”と言われ取材記者の名刺を貰った」と述べている。
 ダイヤモンド編集部は要求を拒否するとともに朝日新聞に「編集権の侵害」と抗議し、朝日新聞も調査したうえで「政治家と一体化して他メディアの編集活動に介入したと受け取られ、記者の独立性や中立性に疑問を持たれる行動だった」とダイヤモンド側に謝罪、峯村記者の行為が「報道倫理に反する」と編集委員の解任と停職1か月の処分を下した。
 一方の安倍事務所は、「朝日新聞社と峯村氏の間のことで、事務所としてコメントは控える」とするに留まっている。
 報道前の他社原稿を要求したことは新聞人としてあるまじき行為と思うが、安倍氏と朝日新聞が犬猿の仲とは云わないまでも相互不信の関係にあると思っていた自分としては、安倍氏が本当に峯村氏にファクトチェックを依頼したのかと疑問を持っている。
 一般的には、対談やVIPの独占インタビュー等は出版前に当事者の了解を得るとされているので、安倍氏と週刊ダイヤモンド間にも校正の手順は話され、安倍氏が峯村氏に校正を一任するならば当然に双方が了解していたように思うので、どうも峯村氏の主張は分が悪いように思える。
 かって、黒川弘務元東京高検検事長の賭け麻雀問題では、卓を囲んでいたのが産経と朝日の記者であったと聞いて「産経は分かるが、朝日も?」と感じたことを思い出した。自分は「左の朝日」と思い込んでいるが、「左朝日の中核であろう編集委員が「安倍氏の顧問」を名乗れるほどの存在」と思うと、なにやら伏魔殿の一角を覗き見た思いがする。

 パキスタンがアフガニスタンを空爆したことも自分の目から解りにくい。
 アフガンのタリバン政権樹立はパキスタン国内アルカイダの直接支援とパキスタン政府の陰陽支援の結果であると思っているが、現在、パキスタンは国内でパキスタン・タリバン(TTP)という反政府武装勢力の跳梁と討伐に手を焼いている。TTPはアフガンのタリバンとは別組織とされているがアフガンからの支援を受けているのは確実らしく、そのためにパキスタンは現在でも「アフガニスタン・イスラム首長国」を承認しない以上に今回の空爆に踏み切った。パキスタンにとって、まさに「一寸先は闇」、「飼い犬に手を噛まれた」状況であろうかと思っている。


Honda DREAMOを知る

2022年04月04日 | 社会・政治問題

 本田技術研究所で、藻の研究が成果を挙げつつあるとする記事をネットで読んだ。

 3月30日に発表された「Honda DREAMO」と命名された藻は、世界トップレベルのCO2の吸収量を誇り、栽培には特別に温度調節された部屋も、大量のエネルギーも、滅菌も必要が無く、水道水を足すだけで繰り返し培養ができ、寒さにも強いため、他の植物が育ちにくい環境であっても育てられるとされている。また、培養液をを変えるだけで、燃料やバイオプラスチックに活用したい時は炭水化物が多い藻に、化粧品や食料の原料に活用したい時はタンパク質が多い藻に3日で成分を変化させることができ、消費者のニーズに合わせた成分を持つ藻の生産が可能とされている。
 さらには、水道水で育つ「雑菌に負けない強い藻」ではあるが、培養施設から流出しても生態系を破壊しないことも検証されているらしい。
 今後は、加工の技術やコストについての開発・検証を進めて、2050年のカーボン・ニュートラに貢献したいと研究グループは意気軒昂であるともされている。
 自然環境改善の夢を抱かせてくれる素材であるが、1960年代には「世界の食糧危機を救う」としてクロレラが脚光を浴びたが、生産コスト、体内での副生成物、細胞壁が固いために消化吸収率が悪いなどの理由から、健康食品として使用されるにとどまっているケースもあるものの、「Honda DREAMO」の今後に期待したいものである。

 「Honda DREAMO」の研究リーダーは福島のぞみ氏で、HONDAに中途採用された後に研究職以外の職域を経験した後に念願の研究職を得たが、経費1万円からのスタートであったと述べている。
 その後8年近くも結果が出ずに、研究が打ち切りになるかもしれない場面が何度かあったが、上司の「世間に理解される技術をいま研究しても遅い。理解されない技術こそ価値や可能性がある」との言葉に励まされたとしている。
 もし「Honda DREAMO」が大化けした場合、福島のぞみ氏の名前と業績は脚光を浴びるであろうが、福島氏の挫折感を救い研究の継続を扶けた「無名上司」が喧伝されることはないだろう。
 しかしながら、無名上司の言は、基礎研究が遅れているとされる日本の現状と基礎研究の本質を衝いたもので、大学・大企業の研究者はもとより研究機関の運営に携わる政治家・企業経営者などに広く共有して欲しい言葉であるように思える。
 福島氏と本田技術研究所に限りないエールを送って。