気分はガルパン、、ゆるキャン△

「パンツァー・リート」の次は「SHINY DAYS」や「ふゆびより」を聴いて元気を貰います

(車輌目次表紙)西住家 Ⅱ号戦車F型

2022年09月30日 | ガールズ&パンツァー

  使用キット  ドラゴン/サイバーホビー  (商品コードCH6263)

  制作期間   2021年10月23日~2022年1月4日、3月6日~7日

  製作記事   その1 その2 その3 その4 その5 その6 その7 その8 その9 その10 その11 その12 その13 その14 その15 その16 完成です!!

  総評・備考
 ガルパンにおけるⅡ号戦車は、劇場版における西住家車輌を初出とし、最終章第1話の青師団高校チームの車輌も同型である。いずれも実際のⅡ号戦車の標準型の最終形態となったF型に該当する。そのキットはプラッツから西住家、青師団高校の2種(下のキット一覧の1と2)が出ており、いずれも元キットはドラゴンの製品(下のキット一覧の7)である。適応キットはタミヤ(下のキット一覧の3)やアカデミー(下のキット一覧の9)の品が知られるが、前者は初心者向け入門キットの代表格とされ、初心者クラスにもおすすめ出来るガルパン仕様制作用の適応キットとしても有名である。
 今回の作品はインテリア付きのドラゴン製品(下のキット一覧の7)を利用し、キットでは省かれているエンジンルーム部分もジャンクパーツや自作パーツで補完してフルインテリア仕上げとした。
 ガルパンにおけるⅡ号戦車は、他にコミック「リボンの武者」にて黒森峰女学院選抜シュバルツバルト戦闘団の車輌としてF型が、「リトルアーミーⅡ」にてC型がベルウォール学園チームの柏葉姉妹の搭乗車として登場する。C型もタミヤの適応キット(下のキット一覧の4、5、6)で再現可能である。

  公式および適応キット一覧(2022年9月現在) 黄帯が今回の使用キット  


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海洋堂「ゆるキャン」プラモケイを作る11  志摩リンを作る 上

2022年09月29日 | ゆるキャン△

 海洋堂ゆるキャンプラモケイの4人の4人目、志摩リンを作ってみたいと思います。中身は御覧の通り、説明書、デカール、表情印刷済み頭部、ランナーパーツから成ります。

 今まで作った3人のうち、犬山あおいと大垣千明はカプセルの説明書通りに作り、各務原なでしこは荷物のパーツを活かして背負い持たせる姿勢への変更製作を行ないました。それで二通りの楽しみ方を紹介しました。今回の志摩リンは、パーツの改造による姿勢の変更という方法を試みたいと思います。

 

 パーツは二つに分類されます。上図左が志摩リン本体のパーツ、右がキャンプギア類のパーツです。ここでは志摩リン本体を姿勢を改造変更して組み立てますので、キャンプギア類のパーツは後日にまとめて組み立てます。

 

 志摩リン本体のパーツ群を上図のようにランナーより切り離して準備しました。これらのパーツを説明書通りに組み立てれば、チェアに深く腰掛けるポーズが出来上がりますが、ここでは他の3人と同じく立ち姿勢に作ってみたいと思います。

 

 つまり、この姿に作ります。公式ガイドブック「野外活動記録」の54ページに掲載される姿で、プラモケイのキットの座姿勢を立ち姿勢にするとこうなります。両手をポケットに突っこんだまま、立ち上がった状態です。

 

 39ページには各アングルからの図が掲載されています。これも立ち姿勢ですから、改造制作の参考資料になります。

 

 志摩リンを立ち姿に改造するにあたってのポイントは、上掲の125ページの作者あfろ氏によるキャラクター原案図に示されるように、4人のなかで志摩リンが一番背が低いという点です。この特徴を忠実に再現することが肝要です。

 

 私なりに考えた改造案の下手なイラストです。左がプラモケイの座姿勢で、これを右の立ち姿勢に改造するわけですが、最も手間がかかるのが両脚部分です。折り曲げている脚の大腿部をカットして、犬山あおいの立ち姿勢の両脚の大腿部と交換します。ブーツは志摩リンのパーツをカットして移植し、足首の向きも修正します。犬山あおいのブーツとはデザインが異なるうえに長さも違うからです。
 また、台座は志摩リンのキットには入っていませんので、犬山あおいの台座を転用します。台座に差し込むダボも犬山あおいのブーツ底から切り取って転用します。

 続いて頭部および上半身が丸め気味にしているのを縦に真っ直ぐにします。頭部は下を向いてセットされますが、そのダボ穴を後ろに削り拡げ、首後ろのマフラー部分を削ることにより、頭部を上向きに直します。前下の腹前部分は座姿勢により欠けていますので、パテを使って盛り上げて補完します。

 なお、今回の改造で使用したパテは、「タミヤパテ(ホワイト)」商品コード87059です。タミヤから発売されている各種のパテのなかで、最もベーシックなタイプで、価格も安いです。

 

 最初に頭部の向きを変えます。キットのままですと、上図のように上半身を真っ直ぐに立てた時に頭部は下を向く状態になります。ダボ穴が斜めに作られていますから、これを垂直の穴になるように拡げる必要があります。

 

 アートナイフで首のダボ穴を後ろへ削って拡げました。マフラー部分も、首の後ろの範囲は削らないといけないので、志摩リンの頭部のパーツのニット帽子の位置を仮組みで確認しつつ、必要な範囲を削りました。

 

 改造後の頭部の向きです。下向きから前向きに変わったのがお分かり頂けるでしょうか。ポケットに突っ込んだ手の下の腹前部分がパーツでは欠けていますので、その範囲を後でパテで盛って補完し造形することになります。

 

 次は両脚部の改造です。御覧のように志摩リンの両脚部は座姿勢なので、曲げ部分の範囲になっている大腿部をカットします。さらにブーツの足首もいったんカットします。パーツは足の甲を斜めに伸ばした状態ですので、これも修正しないと立ち姿勢になりません。

 

 ブーツの足首の向きを変えました。上図の上が改造前、下が改造後の状態です。カットして、ヤスリで削って調整して足首の向きを変更しました。

 

 足首の向きを変更して、御覧のように立ち姿勢の状態に直しました。細部の削り跡はパテで埋め、さらに接着剤を多めに付けて乾燥させ、その余分な部分をヤスリで削って整形しました。  (続く)

 

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拾翠亭の意匠

2022年09月28日 | 洛中洛外聖地巡礼記

 拾翠亭二階の座敷からの眺めは御覧の通りで、東には九條池と高倉橋が見えます。U氏はこの景色が気に入った様子で、しばらく眺めていました。地元の水戸でも、月に一回は偕楽園に行って風光を愛でるのが習慣であるほどに、庭園が好きな人です。いわゆる庭園マニアで、奈良や京都の古い庭園や雅な庭に常に憧れがあるそうです。

 

 そして北には九條池の汀線がほぼ直線に望まれ、その左右に藤棚と東屋が見えます。東屋は京公家においては四阿と表記され、読みは同じ「あずまや」ですが、唐風に音読して「しあ」と呼ぶ場合もあります。

 

 まったりと景色を眺めつつ、時折吹いてくる風に若葉の香りを感じました。

 

 U氏が次に「これは何かな」と指したのが、上図の障子の紙の貼り付け状態でした。御覧のように真ん中に紙の継ぎ目が見え、それが上下でずれているのでした。ああこれが「石垣貼り」か、と以前に京都御所の参観にて嫁さんに教わった公家邸宅独特の障子紙の貼り方の知識を思い出しました。

 石垣貼りとは、障子紙の紙の継ぎ目を縦の桟の二本間隔ずつずらして互い違いに貼る方法で、紙の寸法や切り方や貼り方のそれぞれに高度な技術が要求されます。
 武家邸宅の障子紙は一枚の大きな紙をベタッと貼るだけですが、皺やズレが出やすくなります。季節の寒暖差による紙の収縮が大きくて破れが生じやすくなります。これは公家邸宅や寺社建築での障子紙の貼り方を形だけまねて一枚紙で貼っているわけですが、本来の古式な貼り方は石垣貼りのように紙を細かく重ねて継ぎ目も綺麗に整えるものです。

 ここ拾翠亭の全ての部屋の全ての障子戸や欄間や明り取りの紙がこの石垣貼りで統一されていますが、よく見ないと気付かない特徴であるので、U氏の並々ならぬ観察眼のさまが伺えます。

 

 二階座敷の南窓から、南側の表門と塀の区画を見下ろしました。この景色もU氏は「いいねえ、武家屋敷とは全然趣きが違うねえ、これが殿上人の雅の空間なんだねえ」と上機嫌で眺めていました。

 

「おい星野、連子窓の横桟に模様が切り抜いてあるぞ」
「あー、それは丁子七宝やな」
「チョウジシッポウ?」
「うん、丁子は漢方薬の原料の草のひとつ、仏教でいう七つの宝の一つとされたんで、丁子七宝と呼ばれる」
「ふーん、流石に詳しいな・・・」
「いや、これは嫁さんの受け売り。あれのほうがこういうことに物凄く詳しい」
「そうか、怜子さんは王朝文化とか公家文化の研究やってたとか聞いたな。いい奥さんだねえ。一緒に楽しく社寺史跡巡礼が楽しめるわけだな、羨ましい。しかもモケジョさんときてるから、ガルパンとかのプラモも一緒に楽しめるな」
「最近はもうガンプラに戻ってるけどな・・・」
「そうなのか、ガルパンもオワコンになったのかね」

 

「こっちの欄干の造形もなかなか凝ってるねえ、こんなの武家屋敷じゃ見ないなあ」
「そうやな。公家邸宅のこういうしつらえは、源流が天皇の御所建築にあるからな、御所の素晴らしい建物や建具を専門に作ってる一流の職人が上級公卿の邸宅にもかかわったりするから、材料も技術も費用もトップクラスに近くなる」
「だろうな」

 

 では降りるか、とU氏が立ち上がり、30分余りをまったりと過ごした二階座敷より下へ降りました。階段の手摺にもU氏は感心して「これ、一本の磨き丸太で作ってあるよ、反対側のも一本だし。すっげえ贅沢だなあ」と言いました。確かにこれだけの長さの真っ直ぐな柿の細い丸太というのは貴重であり、なかなか得られないものでしょう。手摺一つにも、九條家の格式と財力とがしのばれます。

 

 玄関口より外に出て、庭園の散策路に進みました。拾翠亭の西側の飛び石から北側に行きましたので、小間の茶室部分の外観がよく見えました。小間だけが外壁の色も異なり、建て方も数寄屋ふうになっているのが分かります。

 

 北側に回って改めて外観を見ますと、小間の茶室部分が窓も小さく閉鎖的な数寄屋ふうであるのに対して、主室や二階座敷は広縁を大きくとって開放した間口が目立ち、王朝時代邸宅の名残をとどめているかのようです。

 

 小間部分の雰囲気は、武家屋敷の茶室のそれとあまり変わりません。それでU氏は気に入ったらしく、躙り口まで寄って中を覗いたり、時代劇の密偵の真似をして「畏れながら注進・・」などと呟いたりしていました。おそらく、水戸光圀の西山荘の奥茶室に見立てていたのでしょう。  (続く)

 

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(車輌目次表紙)ボンプル高校 自走砲アーチャー

2022年09月27日 | ガールズ&パンツァー

  使用キット  タミヤ ミリタリーミニチュアNo.356  (商品コード35356)

  制作期間   2020年12月10日~2021年2月25日、4月6日

  製作記事   その1 その2 その3 その4 その5 その6 その7 その8 その9 その10 その11 その12 その13 その14 その15 完成です!!

  総評・備考
 自走砲アーチャーはイギリスが第二次世界大戦中にバレンタイン歩兵戦車のシャーシをベースとして開発した対戦車自走砲である。アーチャー対戦車自走砲ともいい、英軍での正式呼称は17ポンド自走砲型バレンタイン Mk.I アーチャーである。ガルパンではコミック版「リボンの武者」にてボンプル高校チームの最強車輌として登場する。連合国軍がポーランド亡命政府指揮下の国内軍(Armia Krajowa)にアーチャーを含めた数輌を貸与したと伝えられるのに因むのであろうが、確証はない。公式キットは無いが、適応キットはブロンコモデルとタミヤから発売されている。ガルパンの作中車は形状や装備品からみてブロンコモデルの品がモデルになっているようである。

  公式および適応キット一覧(2022年9月現在) 黄帯が今回の使用キット  


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海洋堂「ゆるキャン」プラモケイを作る10  大垣千明と犬山あおいの荷物を作る

2022年09月26日 | ゆるキャン△

 海洋堂「ゆるキャン」プラモケイの製作、今回は大垣千明と犬山あおいの荷物が対象です。上図のように、二人の荷物のパーツを並べて準備しました。これらのうち、共通パーツである薪は別にまとめて作ることにして、バッグ類や食器類やキャリーを組み立ててみることにしました。

 

 大垣千明、犬山あおいの荷物類の公式設定図です。公式ガイドブック「野外活動記録」の15ページに掲載されています。プラモケイの説明書には無い固定用ヒモの細部や荷物の固定状況もよくわかって参考になります。

 

 劇中では、上図のように描かれています。イーストウッドキャンプ場を後にして帰途につく三人の後姿、荷物の様子がよくわかります。今回の海洋堂「ゆるキャン」プラモケイの製作における私なりの「野クル」の三人の仕上げイメージは、この状態を基本としていますので、各務原なでしこは荷物を全て持った姿に仕上げています。

 今回の大垣千明、犬山あおいはカプセルの説明書通りに作りましたので、荷物類もそのまま説明書通りに作ります。

 

 まずは大垣千明の荷物類から作り始めました。パーツは上図の状態まで切り離して準備し、右の薪は保管しておきました。

 

 公式ガイドブック「野外活動記録」の15ページに掲載される、大垣千明の食器類です。甲府のツカモトで大人買いしてやったぜ、という計2370円の品々です。厳密にいうと、この食器類は原作コミックでは第13話に初めて登場しますので、プラモケイの元シーンとなっている第8話までのイーストウッドキャンプの時点ではまだ持っていなかったものです。

 このことから、海洋堂ゆるキャンプラモケイの内容は、原作コミックの時系列には沿っていないことが分かります。要は各キャラクターの個性や特徴がよくわかるアイテムを選んでまとめた、ということでしょう。

 

 同じく、キャリーの荷物類です。これらの公式設定図を参考にして、パーツに塗るポスカのカラーを選びました。

 

 上より青、黄色、緑、銀、黒、茶色の6色でした。

 

 パーツを塗りながら組み立ててゆきました。バッグ類はクリップに挟んで、半分ずつを交互に塗りました。

 

 キャリーの車輪は、接着剤でくっつけました。上図のタミヤリモネンセメントを使用しました。

 

 全てのパーツを塗りました。

 

 続いてカプセルに同封されている上図のデカールを取り出しました。二種類の表情のほか、キッチンラックにかけるランチョンマットや980円テントのロゴが入っています。このうち、ランチョンマットと980円テントのロゴを使います。

 

 デカールは、上図のように使うものだけを切り出して準備します。

 

 小皿に水を張って、デカールを沈めて濡らします。この状態で1分もすれば、デカールが剥がれてきて、浮き上がってくるのですが、私の場合はパーツ塗りと組み立ての合間にデカールを水につけていましたので、5分ぐらいは放置していました。

 

 台紙ごと水から上げて、上図のようにピンセットで慎重に丁寧につまんでゆっくりとスライドさせました。上図には写っていませんが、デカールの下にキッチンラックのパーツがあり、デカールを台紙からパーツの上にスライドさせてゆきました。デカールは非常にデリケートで破れやすく、指でつついただけでも裂けたりしますので、ピンセットを使うことをおすすめします。

 

 パーツの上にスライドさせたランチョンマットのデカールです。天面部分を丁寧にパーツの天面に合わせました。それから四方の側面部分を下へ折って貼りました。

 

 こういう感じで仕上がりました。パーツを手で持てないので、塗装用クリップではさんで持ち手としました。

 

 980円テントのロゴのデカールも同じ要領でパーツにスライドさせて貼りました。

 

 これでデカールを貼る荷物が二つとも仕上がりました。

 

 荷物類をキャリーに接着して仕上げました。

 

 これで大垣千明の荷物類、食器類、キャリーは完了です。

 

 続いて犬山あおいの荷物とキャリーを組み立てます。

 

 公式ガイドブック「野外活動記録」の15ページに掲載される公式設定図を見てポスカのカラーを選びました。

 

 上より白、スカイブルー、黒、茶色、山吹の5色にまとまりました。

 

 荷物類のパーツのうち、上図のザックのパーツを少し改造します。パーツは肩ベルトが下で広がっていて、置いた状態にて成型されています。私の製作ではキャリーに載せますので、肩ベルトも本体にピタッと密着した状態になります。その密着状態に直します。

 

 改造の手順は簡単です。上図のように肩ベルト部分をニッパーやヤスリなどで薄く削るだけでした。

 

 全てのパーツを塗って組み立てました。キャリーには犬山あおいの右手が一体成型でついています。

 

 デカールは980円テントのロゴと、ザックの菱形エンブレムの2枚を使用して貼りました。

 

 キャリーに全ての荷物を取り付けました。御覧のように980円テントは外側に重ねてくくりつける積み方になっていますので、忠実に再現しました。

 

 カプセルの説明書通りに組み立てると、ここまでになりますが、これだと荷物をキャリーにくくりつけるヒモが省略されていますので、ちょっと違和感を覚えてしまいます。

 

 そこで、裁縫用の黒い糸を使って、上図のように二人の荷物のくくりヒモを再現してみました。このようにより劇中シーンに近づける工夫が楽しめる、というのも海洋堂ゆるキャンプラモケイの特徴の一つだと思います。

 次回は、志摩リンの製作です。  (続く)

 

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拾翠亭の空間

2022年09月25日 | 洛中洛外聖地巡礼記

 京都御苑の旧九條家別邸の拾翠亭は、数少ない近世公家住宅の遺構のなかでも古式を伝えるとされています。上図の広縁などは、そのまま平安期公家邸宅の広縁の系譜上にあるような空間を示します。

 一見するとひとつの広縁ですが、よく見ると上図のように縁の中央で線が引かれていて、線の左右の敷板の幅が異なることに気付かされます。線の外側の縁板は幅が狭く、内側の縁板は幅が広いです。それぞれの造りの差は天井にも示されていて、外側は化粧屋根裏、内側は鏡天井となっています。平安朝の昔には、源氏物語絵巻などの描写に見られるように、内側の空間に高位の人が坐し、外側は女官や従者などが控えていたことが知られるので、建築内における身分ごとの空間規模が受け継がれて広縁にもこのような造りの差が伝わっているのでしょう。

 

 広縁に限らず、玄関からの空間構成も、九條家当主とそれ以外の住人との区別を示しています。上図は玄関から続く控えの間ですが、当主は玄関から奥の通廊を通って主室の広間に直行し、従者および女官はこちらの控えの間に入って奉仕の番があるまで待機します。
 従者および女官といっても、官位のうえでは七位ぐらいはあったので、庶民や武士よりは身分が高いのが普通でした。控えの間といっても七畳半の広さがあり、主室と変わらぬ造りとしつらえを示します。

 

 こちらは主室の広間です。当主および客人のみが入れる空間で、建物の中心にあって十畳と最も広いです。上図左奥にみえる小さな絵画入りの戸板は、当主専用の出入口で、当主は玄関から通廊を経てこの戸口から広間に入ります。控えの間を通る事はありませんから、控えの間の襖を開け閉めして出入りするのは従者および女官のみです。

 

 そして広間の南西寄りの畳が小さく方形切りにはめられてあり、その下には炉がおさめてあります。茶室としても使用出来るように作ってあります。茶席の参会者が多数にわたる場合にはここで催されるのでしょう。

 

 広間からは、広縁を通して北と東に眺望が開けます。東は九條池の景色が望まれますが、北は上図のような景色になります。九條池のほとりの藤棚、東屋が見えます。

 

 広間の奥には小間と呼ばれる奥の茶室があります。玄関からの通廊の突き当りから小間を見たところです。出入り口が二ヶ所にあっていずれも太鼓張りの襖になっていますが、左側が主人の手前座への出入り口にあたります。右は給仕口の襖で引違いになっています。小間は立ち入り禁止になっているので、出入口から中を覗き込むだけでした。

 

 小間の内部です。奥が北側で、庭園からの躙り口(にじりぐち)が奥に開け放たれていました。客人はそこから入って二畳敷の客座に座します。主が座する上図左手の手前座は一畳で、客座とは炉を切る床板で仕切られます。三畳中板の席と呼ばれる標準的な茶室空間の規模です。

 

 小間の南側に隣接する給仕用の勝手口と道具置き場の棚室です。棚室の床は竹で敷かれて流し場としても機能したそうです。いまでいう台所にあたる空間です。小間にて茶席が設けられる際の従者および給仕の奉仕作業の空間にあたります。

 

 小間の窓は全て蔀(しとみ)の形式で、蔀板を下におろせば小間内を暗くすることが出来ます。公家衆の内密の集まり等においては窓を閉め切ることが多いので、このような窓の形式が多いです。

 このしつらえにU氏は興味津々であちこち細かく見ては、小間が立ち入り禁止であるのを残念がっていました。水戸黄門の大ファンであるU氏のことですから、立ち入り禁止でなければ入り込んでどっかりと座し、悪役公卿の内密の謀のシーンでも再現したに違いありません。

 果たして、「のう右京大夫殿、さる大納言家の某に仔細ありとの風聞が」と時代劇っぽく低い声でささやいてきたのでした。それで私も「なに仔細とな、水戸権中納言殿の地獄耳も相変わらずよの」とノリノリで返しました。はたから見たら変なオッサン二人であったことでしょう。

 

 二階の座敷に上がりました。拾翠亭における最上の造りを示す空間で、武家風の書院造りの要素も加えてあります。床の間は畳との段差が無い、いわゆる「踏込床(ふみこみどこ)」の形式に造られます。これは床框(とこがまち)がありませんから、床の間にも畳からの続きのくだけた感じを醸し出しており、この座敷が完全な休憩用の空間であることを端的に示しています。  (続く)

 

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聖グロリアーナ女学院 クロムウェル(プラウダ戦記版) 完成です!!

2022年09月24日 | ガルパン模型制作記

 塗装作業に入りました。車体色は作中車のカラー図が無いために分かりませんが、聖グロリアーナ女学院チームの指揮官搭乗車であることをふまえて、ミスターカラーの「ガールズ&パンツァーカラー XGP03 聖グロリアーナ カーキグリーン」を使用し、これに白を混ぜてやや明るめに調色したものを吹き付けました。

 

 転輪のゴム部分はポスカの黒で塗りました。

 

 車外装備品類の金属部分は28番の黒鉄色で、木製部分は43番のウッドブラウンで塗りました。

 

 転輪を車体の軸にセットしました。

 

 28番の黒鉄色で吹き付け塗装しておいたベルト式履帯を取り付けました。

 

 側面前後のスカートを取り付けました。

 

 車体前面および砲塔の機銃を28番の黒鉄色で塗りました。

 

 砲塔左側面のライトは内側を8番のシルバーで塗り、パーツG6の代わりにウェーブの「Hアイズ1」からサイズが合うクリアパーツを持ってきて付けました。この方法で、透明感のあるライトレンズの質感が簡単に出せます。

 

 左側フェンダー上の車外装備品類は、ステップ9の指示通りに取り付けました。

 

 車体右側面の車外装備品は、ステップ11の指示通りに取り付けました。

 

 塗装後の組み立てが完了しましたので、モデルスカステンのガルパンデカールセットより校章マークのデカールをとって貼りました。

 

 作中車のシーンを見ると校章マークは砲塔左右の2ヶ所に確認出来ます。聖グロリアーナ女学院チームの戦車は車体の四面にも校章マークを貼っているというイメージがありますが、「プラウダ戦記」のクロムウェルは例外であるようです。

 

 最後につや消しクリアを薄く吹き付けて仕上げました。

 

 以上で、聖グロリアーナ女学院チームの巡航戦車クロムウェルMk.Ⅳがコミック「プラウダ戦記」仕様にて完成しました。製作日数は、2022年2月26日から27日までと8月17日の計3日でした。組み立てに2日、塗装および塗装後の組み立てに1日かかりました。

 今回はタミヤのキットをほぼストレート組みで作りました。「プラウダ戦記」仕様への変更点は、砲塔上の二つの部品とワイヤーを省く、でした。「プラウダ戦記」に登場するオリジナル仕様の5種の車輌のなかでは、手間のかかる変更改造箇所が全く無いので、最も簡単に再現出来ます。履帯は簡単なベルト式パーツで、塗装カラーも車体色は一つですので、楽に作れます。

 

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海洋堂「ゆるキャン」プラモケイを作る9  志摩リンのビーノを作る

2022年09月23日 | ゆるキャン△

 海洋堂「ゆるキャン」プラモケイの4人目、志摩リンの製作に先だって、その愛車のヤマハビーノを作ることにしました。「ゆるキャン」プラモケイと同じ1/24スケールのビーノのプラモデルは、上図のタミヤの「キャンパスフレンズセットⅡ」に入っていますので、アマゾンで注文して取り寄せました。

 アマゾンでの「キャンパスフレンズセットⅡ」の案内記事はこちら

 

 ビーノのキットは上図のように1枚のランナーにおさめられています。成形色も志摩リンの愛車のカラーに似ています。

 

 ゆるキャン公式ガイドブック「野外活動記録」の25ページに掲載される、劇中のビーノの設定図です。静岡在住の学生時代の友人がヤマハ発動機の磐田本社に勤めているので、ゆるキャンの志摩リンビーノに関して詳しく教えて貰いました。
 その話によると、ヤマハのビーノは、1997年モデルの初代、2004年モデルの二代目、2018年モデルの三代目があって、三代目が現行型であるそうです。この三代目はホンダのジョルノの外観を変更したヤマハ向けOEM車であり、生産もホンダの熊本工場で行なっているそうです。山梨県や静岡県の聖地やイベントのスポットに展示されているビーノはだいたいこの三代目にあたり、身延で見かける展示車も殆どが三代目です。

 志摩リンの愛車は、公式の設定図で見る限りでは二代目にあたりますが、二代目は2007年と2015年にマイナーチェンジを行なっているので、年式によって三つのモデルに分かれます。原作コミックにて、志摩リンが初めてビーノに乗る場面が描かれる第6話は「まんがタイムきららフォワード」の2015年12月号を初出としますので、第6話にて「免許取り立て」の志摩リンが新しく買ったビーノは、2015年10月からの排ガス規制対策によるマイナーチェンジモデルである可能性が高いようです。つまりは二代目の2015年モデルである、ということになります。

 ちなみに私の現在の愛車ビーノも同じ二代目の2015年モデルですので、乗るだけで志摩リン気分に浸れます。ふだん実物を見て、乗っていますから、プラモデルの製作は組み立てガイド図を見なくても出来ました。

 さらに志摩リンのビーノは左右のバックミラーが黒色のパーツになっています。これはビーノを購入する際に選べるオプションパーツであり、通常はシルバーのパーツで出荷されて販売されているそうです。つまり、志摩リンはビーノを買った時にバックミラーのパーツは黒を選んでシルバーと交換している、ということです。
 これは私がビーノを買う際に同じことを言われましたので、よく分かります。私のほうは汚れがつきにくくて手入れし易いシルバーのパーツのままで買いました。

 

 今回、用意したポスカは上図の6色でした。上よりパステルグリーン、灰色、黒、だいだい、黒(細字)、白、赤です。

 

 パーツを切り出してゆきました。車体本体はほぼ一体成型でワンパーツとなっており、これに外周りのパーツを貼り付けてゆくという手順で組むものでした。車体カラーはパステルグリーンと白の塗り分けになりますが、そのカラー毎にパーツが分かれているので、パーツを塗ってからの組み立てが出来るように配慮されていることが分かります。

 

 車輪から塗り始めていき・・・。

 

 御覧のように全てのパーツを公式設定図を参考にして塗りました。

 

 組み立てました。タミヤのキットらしい組み立て易さにより、3分とかからずに組み上がりました。

 

 どこから見ても、普段私が乗っているビーノそのままでした。異なるのは車体カラーだけでした。

 

 ヘッドライトと前部左右ウインカーの透明感を出すために、ヘッドライトのレンズのパーツはウェーブの「Hアイズ 1」のクリアパーツに置き換え、前部左右ウインカーの前面にも同じく「Hアイズ 1」のクリアパーツを貼り付けました。実車にちょっと近づいた感じになりました。

 ウエーブの「Hアイズ 1」のアマゾンでの案内記事はこちら。 

 

 以上で、志摩リンの愛車、ヤマハの二代目ビーノ2015年モデルが完成いたしました。  (続く)

 

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(車輌目次表紙)ワッフル学院 ヴィッカースT-15軽戦車

2022年09月22日 | ガールズ&パンツァー

  使用キット  レトロキット(レトロモデル) (商品コードRT35002)

  制作期間   2020年11月24日~12月17日、2021年4月17日

  製作記事   その1 その2 その3 その4 その5 その6 完成です!!

  総評・備考
 T-15軽戦車は、ベルギー軍がヴィッカースの豆戦車M1934をベースにして第二次世界大戦時に開発した4トン級の軽戦車である。ガルパンでは最終章第2話にてワッフル学院チームの車輌として登場する。現時点でプラモデル製品はどこからも出ておらず、ベルギーのレトロキット社からガレージキット製品が発売されるのみである。個体によっては足回りのパーツに不良が散見されるが、足回りはヴィッカース系列のユニバーサル・キャリアと共通であるので、その適応キットであるタミヤのブレンガン・キャリア(商品コード35175、35249)のパーツで代用が可能である。劇中車は車体と砲塔の一部しか出ていないため、あとは実車準拠で仕上げるのが良いだろう。

  今回制作のガレージキット ベルギー T15 (ビッカース カーデン ロイド軽戦車モデル 1935)


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京都御苑の拾翠亭へ

2022年09月21日 | 洛中洛外聖地巡礼記

 2022年4月9日、水戸の友人U氏が京都に遊びに来ました。昨秋に交わした約束の通り、大徳寺の春季特別公開を観に行こうというのでしたが、今回の対象は総見院のみとなりました。それで時間が大いに余ってしまうので、氏のリクエストにあった知恩院を追加し、私からの希望で京都御苑の拾翠亭(しゅうすいてい)を加えました。

 9日の朝6時17分、京都駅八条口バスターミナルにて水戸駅発の夜行バスから降りてきたU氏と合流し、そのままバスターミナルの南向かいのなか卯で朝食をとった後、地下鉄烏丸線で丸太町駅まで移動し、上にあがって上図の京都御苑関之町口に着きました。

 

 拾翠亭(しゅうすいてい)は、関之町口を入ってすぐ右手に位置し、かつての九條家邸宅の敷地内に庭園を望んで建てられた別邸の遺構を指します。江戸後期に建てられ、茶室を伴って交流遊興の場として使用され、明治期の九條家の東京移転にともなって本宅をはじめとする殆どの建物が移転または取り壊されたなかで、唯一残された建物です。現存する数少ない貴族の邸宅および茶室の遺構として貴重な存在です。

 

 最近の二年間余りはコロナ流行のために一般参観が停止されていましたが、今年の4月からようやく再開となったため、U氏も「それは是非見ておきたい」と乗り気になって常に先へ進んでいました。もちろん私もこの建物の参観は初めてでしたので、とても楽しみにしていました。

 上図の案内文のように、拾翠亭の開館日は毎週の木曜、金曜、土曜となっております。さらに春の葵祭と秋の時代祭の開催日にも開かれますが、大抵はイベント絡みで茶会や歌会の団体が貸切るために一般見学客は入れないケースがあったりします。それで京都観光のコースにはちょっと入れにくいこともあり、普段でもあまり訪れる人は居ないと聞きます。それがU氏は気にいったようで、なかなかの穴場じゃないかね、と何度か言いました。

 

 拾翠亭の表門に進みました。「おお、これが九條家の別邸か、立派なもんだねえ、さすがは五摂家だな」とU氏が声を上げ、私を振り返って、「九條家って上のほうなのかね」と聞きました。
「近衛家と並ぶ五摂家の双璧や、藤原北家九条流の嫡流で、平安期には藤原氏の長者だった家格や」と説明すると、「そうか、九條兼実の流れか」と思い当ったように応じました。

 

 表門から玄関口へと続く飛び石を、U氏は立ち止まってしばらく見下ろし、「なんかこの石ひとつひとつが高級品に思えて、踏むのもはばかられるな」と言いました。「水戸藩28万4千石の威光も、やんごとなき殿上人の風格には及ばぬのかね」と冷やかすと、「そんなことはない・・・」と胸を反らして、何か吹っ切れたように勢いよく石を踏みはじめたU氏でした。

 

 拾翠亭の建物が見えてきました。全盛期の九條家邸宅の建物が3800坪もあったなかの、40坪余りの小建築に過ぎませんが、現代の標準的な和風民家よりはやや大きくて二階建てに造られており、小建築には決して見えませんでした。

 

 右手には庭園がいま九條池とも呼ばれる勾玉池(まがたまのいけ)の周囲にめぐっていて、それを一望出来る位置に建物が位置して二階は展望所の役目も担っていました。

 

 外観を見ると、江戸期までの公家邸宅の建物としては簡易質素の類に属しますが、外装の設えや仕上げなどをよく見ると決して単なる簡易質素ではないことが上図からも分かります。壁土や柱の色が、高級素材独自の風味を帯びた独特のカラーを示しているからです。U氏もそのことを察したようで、「この建物だけで、ものすごい費用をかけてるんと違うか」と小声で囁いてきました。

 

 玄関口に進んですぐ横の放ち戸より外には、庭園の石組と石橋が見えました。大きな石を自在に拝して立派な一枚板で橋を架けてありました。公家邸宅の庭園は、武家邸宅の庭園と違って池の護岸石にも大き目の石を選ぶ傾向があり、全体的に大振りでゆったりとした配置にまとまっています。

 

 玄関口から控えの間を通って広間に進み、その東側の広縁に出ました。というより、玄関口を入った時点で既に見えていた向こうの庭園の景色に吸い寄せられたというのが実感でした。
 御覧のように、広縁だけで歌会が楽しめるぐらいの広さがありますが、このあたりは平安朝の貴族邸宅の基本空間構成を踏襲しているかのようで、並べて垂れ下げられる簾にも雅の空間の匂いが感じられました。

 

 この空間がU氏は気に入ったらしく、「官位とかで呼び合いたくなるな」と言い、さっそく私に「のう、右京大夫殿」と呼びかけるのでした。右京大夫は室町期の幕府管領たる細川京兆家の官位ですが、U氏は私が2019年8月に京都市に凱旋移住してから常にこの呼び方をします。なぜなのかはよく分かりません。

 対して、私のU氏への呼び名は常に「水戸の」です。20年前に京都造形芸術大学にて共に学んだ頃からの呼び名ですが、その由来ははっきりしています。U氏が水戸の生まれ育ちで典型的な水戸藩サポーターであるからです。

 

 それでこの時も私は「水戸の」と呼びかけました。
「水戸の権中納言殿、これなる勾玉池の庭園の風光明媚さを、如何愛でなさるかの」
「うむ、老中堀田備前の邪な企みの黒さとは対照的よの・・・」
 こんな調子で、いつものように時代劇水戸黄門の世界に浸って成りきって楽しんでいたU氏でした。  (続く)

 

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ガルパンの聖地 ・ 大洗を行く38 その20 「ファイナルです!!」

2022年09月20日 | 大洗巡礼記

 大洗駅の続きです。通路の奥の上図の案内図により、駅内の工事とはエレベーター設置工事であることが分かりました。駅前のロータリーが拡充整備されて利便性が向上したのに合わせて、駅構内での利便性の向上も図られるわけですね。鹿島臨海鉄道はガルパン効果のおかげで黒字になって車輌も新しくしていますが、駅設備のほうはまだだったのですね・・・。

 

 工事区域の仕切り壁の階段側には、マリーと西絹代が。最終章の第1話と第2話の対戦相手チームの隊長ですので、次は第3話の相手、継続高校のミカが加わるということですかね・・・?

 

 駅ホームへの階段にて。ここでも撮影していただくのは初めてのことでした。 (上図はTさん撮影)

 

 背後にはたまたま島田愛里寿のポスターが。十二単みたいな格好していますね・・・、て言うか、これ十二単だよね?なんか違うような感じがするのですが・・・。 (上図はTさん撮影)

 

 駐機線には新型車輌が2輌、その奥には従来の車輌が色々と。

 

 ガルパン車輌も居ました。2号車ですね。その後、15時5分に水戸行きの列車で大洗駅を発ちました。

 

 水戸駅には15時35分に着きました。二人とも同じ16時27分発の常磐線特急に乗る予定でしたので、それまでの待ち時間を水戸駅ビル内のサザコーヒーさんで過ごしました。ここでもホシノは大学教授モードで色々と語っていましたが、学生気分のTさんには、どのような「講義」として感じられたことでしょうか。

 ホシノは、職場の大学ではもっと専門的かつ意欲的な内容を語って学生連中とも熱いやり取りを交わしていますから、大洗での「講義」はどちらかというと一般教養とか雑学のほうに終始した気がします。 (上図はTさん撮影)

 

 このときいただいたココアラテです。

 

 16時20分頃に水戸駅のホームに移動しました。常磐線特急の発着ホームは、鹿島臨鉄のホームの向かいになっているので、このときは待機中のガルパン車輌4号車を見ることが出来ました。これで、見納めになるのだと思い、しばし感慨にふけりました。

 

 4号車の乗降ドアが閉まっている状態も、初めて見た気がします。ドア部分のラッビングはⅣ号戦車だったんですね・・・。

 

 常磐線特急に乗るのは同時刻ですが、席は別々になりますので、乗車前の待ち時間が最後の同道タイムとなりました。それで記念撮影をしました。ガルパン車輌4号をバックにして、ガルパン巡礼としての正式な記念撮影をしましたが・・・。

 

 共にマスクをしたままであったのに気付いて、ノーマスクでの撮影も提案し、上図の二枚目と相成りました。大学教授と学生、という感じで大洗の三日間を楽しく過ごしたラストのショットでした。Tさん、色々とお世話になりました。三日間の同道お疲れ様でした。有り難うございました。

 Tさんは岩手の方ですが、私は岩手県方面には全く行ったことが無いので、いずれ夏頃に岩手に行くので宜しく、という話もしました。しかし、コロナ第7派の感染拡大によって、その機会は来年以降に後送りとなりました。

 なお、今回の巡礼行動をもって、私自身のガルパン大洗への記録取材を兼ねた聖地巡礼は完結となります。つまりは今回第38回目の巡礼レポートが、大洗巡礼記のラスト・ファイナルであります。

 これまで読んで下さった皆様、長い間どうも有り難うございました。  (大洗巡礼記・完結)

 

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海洋堂「ゆるキャン」プラモケイを作る8  各務原なでしこを作る 下

2022年09月19日 | ゆるキャン△

 各務原なでしこの制作の続きです。荷物類の塗装が大体仕上がりました。大体、というのは、場合によっては剥がれたりしてリペイントする場合があるからです。
 白のショルダーバッグには、パーツのベルトに代えてゴムバンドのベルトを取り付けました。

 

 ゴムバンドは、ダイソーで100円で売っている上図のヘアーバンドを使いました。ガルパン戦車の装備品の細部やエンジンのファンベルトなどにも使用しており、模型用にも色々と使い道があります。
 このゴムバンドを、パーツの中に回して挟んで組み立てれば、簡単にベルト付きのショルダーバッグを再現出来ます。1/24スケールにおいてはややオーバースケールですが、初心者クラスのお手軽改造にはうってつけのアイテムです。

 

 同じように、オレンジのサイドバッグにもベルトを付けました。付属のパーツの代わりに、ゴムバンドをカットして両端を上図のようにダボ穴に突っ込んで瞬間接着剤で固定しました。

 

 これで各務原なでしこが左右の肩にベルトをかけて持っている二つのバッグが仕上がりました。赤いのはシュラフケースです。

 

 このシュラフケースは、劇中シーンでみてもリュックの上に乗っかっているだけという感じで、ベルトの類が全く見えないのですね。どうやってリュックの上に固定しているのか、気になりますが、公式設定図にも詳細が示されていませんので、謎のままです。

 

 さて、各務原なでしこの本体に荷物類を組み付けてゆきました。最初にリュックを上図のように背中に貼りつけました。

 

 劇中シーンでみると、右サイドにオレンジのサイドバッグ、左サイドに白のショルダーバッグをかけています。これに合わせます。

 

 オレンジのサイドバッグをかけました。頭部が付いているとベルトが肩まで入らないので、頭部を付けないままにしていたのですが、頭部が無くてもベルトを回すのが少しキツイ感じでした。

 

 次に白のショルダーバッグをかけましたが、これもキツキツでした。ですが、それで正解でした。バッグがピタリと体側に密着した状態でおさまり、劇中シーンと大して変わらない状態になりました。そのあと、赤のシュラフケースをリュックの上に接着固定しました。

 

 上着のクロス模様が背後からは殆ど見えなくなりました。左右になびく後ろ髪のパーツは、説明書通りに付けるとリュックやシュラフケースの妨げになのますので、ダボを斜めに削って取り付け角度を外側に開いて変更しました。

 

 今回使用した100円のゴムハンドのベルトは、この1/24スケールのフィギュアにはちょうどピッタリというか、ややキツイ感じの長さであることが分かりました。第2弾のキャンプセットの改造用パーツとしても使えそうです。

 

 最後に頭部を取り付けて完成しました。荷物類を全て背負い持って元気に歩く各務原なでしこの姿が再現出来ました。

 

 海洋堂のプラモケイのパーツ構成は、こういった状態にも仕上げられるように設計してあるのかもしれないな、と思いました。

 

 後ろから見ると、荷物を可能な限り持っている状態がよく分かります。アルプスの最高峰に挑む登山家顔負けの重装備ぶりですが、コミックにおいてはもっと沢山の装備品を背負っている各務原なでしこの姿も描かれています。第7巻の富士宮での初のソロキャンプの話だったかな・・・。アニメだと2期の第7、第8話ですね。

 

 このようにカプセル内の薪以外の全てのパーツを組み付けるので、重心が移動して不安定になったりするかなと心配もしたのですが、杞憂に終わりました。組み立てにおいては全て接着剤で固定しましたので、後で外れたりする事もなさそうです。

 

 以上で、海洋堂ゆるキャンプラモケイの3人目、各務原なでしこが荷物類携行姿にて仕上がりました。プラモケイのパーツを活かしてより楽しい姿に仕上げられる、というのを実践してみた結果でした。

 次は志摩リンの製作に進みますが、これはパーツの改造や作り替えを伴う作業の試みとなります。その前に志摩リンの愛車、ヤマハのビーノを作っておこうと思います。  (続く)

 

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聖グロリアーナ女学院 クロムウェル(プラウダ戦記版) 作ります!! その5

2022年09月18日 | ガルパン模型制作記

 ステップ18ではハッチ類とワイヤーを取り付けます。ワイヤーは作中車にありませんので不要です。ステップ19ではオプションパーツを選んで取り付けます。作中車は右図のノルマンディーカウルを装着していますので、C18を選んで組み付けます。

 

 それでハッチ類を組み立てました。

 

 これを車体にとりつけました。その時点で、さきほどから感じていた違和感の正体に辿りつきました。作中車の姿を再確認していて、ふと見たシーンで違和感が最高潮に達したのでした。あっ、と思いました。

 

 このシーンです。よく見ると、D11とD12のパーツが作中車の該当位置には描かれていないのでした。しまった見落としたか、と気付いて他のアングルからのシーンも確かめました。

 

 真横からの描写でもD11とD12のパーツが見当たりませんね・・・。

 

 ということで、やっとミスに気付いてD11とD12のパーツをカットして表面を修正しました。

 

 さらに作中車には、ステップ19で選択するノルマンディーカウルがあります。

 

 ノルマンディーカウルのパーツ、C18です。

 

 組み付けました。

 

 以上で、塗装前の組み立てが完了しました。ここまでの作業時間は、2時間半ちょっとでした。  (続く)

 

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ガルパンの聖地 ・ 大洗を行く38 その19 「大洗駅です!!」

2022年09月17日 | 大洗巡礼記

 ブロンズを辞して、最後はカノウヤに行きました。時間があったので休憩を兼ねて柴沼さんと雑談をし、大洗の近況などを伺いました。かつてのカノウヤ応援作戦にて、数人の有志が色々と寄託品を展示していた店内の上図の陳列ケースには、いまはAさんの寄託品フィギュア群とOさんの缶バッジ群だけが残されていました。

 時間が近づいたので挨拶して退出し、鳥孝の店先で雨が強まったのでしばらく雨宿りをしました。どしゃ降りになってきたので、このまま歩いていくと二人ともびしょ濡れになりかねないと思い、タクシーを呼ぶことを提案しました。Tさんがスマホで大洗地域のタクシー会社をあたり、依頼した車がやってきたので、それで一気に大洗駅まで戻りました。それでも荷物類がかなり濡れてしまい、特に私の紙手提袋が限界に達して破れ落ちてしまいました。

 

 大洗駅のとなりのうみまちテラスのカフェで一休みでも、と考えたのですが、あいにく閉店になっていました。オープンから一年も経ってない筈なのに、と驚きました。後日、このカフェの経営者が事件を起こした旨を知り、それで閉店になったのかと納得しました。その後は新たに店舗が入れ替わるらしい、とも聞きましたが、詳しい経緯はまだ知りません。

 

 とりあえず、うみまちテラスの売店でも土産を買いました。Tさんは記念に幾つか買っていたようですが、私は雨に濡れて破れてしまった紙手提袋の代わりに布製の大洗トートバッグを買い、荷物や土産品をそれに入れ替えました。このトートバッグは大きさの割に容量があるので、いまも通勤や外出の際に大きな荷物がある場合に使用しています。

 

 うみまちテラスから隣の大洗駅舎に移動しました。駅舎内の隅のガルパンコーナーを外から見ました。

 

 駅舎内に進んでガルパンコーナーを一瞥しました。最近の大洗においては、公共交通機関や役場関係などの公共施設におけるガルパンの扱いが縮小されて最低限のディスプレイにとどめられていると聞きますが、その程度で良いと思います。ポスター一枚でも十分に宣伝効果があるほどにガルパンの聖地であることは知れ渡っていますから。ブーム自体はもうピークを過ぎて久しく、最終章シリーズの進捗も遅々として飽きられつつあり、巡礼者も以前に比べればぐっと減っているので、次第に自然にガルパン以前の大洗に戻ってゆくのでしょう。

 

 改札口にて。大洗には今回で38回目の訪問となりましたが、大洗駅の改札口で撮影していただいたのは今回が初めての事でした。いい記念になります。  (上図はTさん撮影)

 

 駅構内の連絡通路空間は施設工事のために半分になっていました。

 

 その工事区間の臨時区画壁に、おなじみの駅員制服のあんこうチームのパネルが貼りつけてありましたが、いかにもやっつけ処理の雑な貼り付けでした。丁寧に貼っても外れたりするからでしょうか。
 これは西住みほ。運転士っぽい雰囲気です。

 

 秋山優花里。改札担当ですかね。

 

 武部沙織。駅内での手旗信号の作業姿でしょうか。

 

 冷泉麻子。車掌でしょうか。5人で一番小柄、そして寡黙かつ鋭利なところは、ゆるキャンの志摩リンを思わせます。

 

 五十鈴華。生徒会長ですから、駅では間違いなく駅長ですな・・・。駅長でなければ助役でしょうな。  (続く)

 

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海洋堂「ゆるキャン」プラモケイを作る7  各務原なでしこを作る 中

2022年09月16日 | ゆるキャン△

 頭部が完成したので、他のパーツを塗ってゆきました。上図は両脚のパーツです。靴の襟の十字ラインは100円細筆にポスカのインクを付けて引きました。

 

 上着のクロス模様は、劇中並みに細かく塗ってもあまり意味がないので、大まかに塗りました。今回の製作では、同封されている荷物類のパーツを活かして、劇中同様になでしこが背負い、肩にかける状態に作るので、上着のクロス模様は大部分が荷物類によって隠れてしまうからです。
 なお、両腕のクロス模様のほうは全部見える状態になりますので、そちらはきちんと塗りました。

 

 頭部以外のパーツを組み合わせて接着し、台座も取り付けました。ここで各務原なでしこ本体の組み立てはいったん止めておいて保管しました。

 

 荷物類のパーツの組み立てに移りました。これらの荷物類は、説明書通りに作れば置物として仕上がります。それを今回の製作では、劇中同様になでしこが背負い、肩にかける状態にします。

 

 つまり、このシーンの重装備なでしこちゃんを再現するわけです。今回のキットの各務原なでしこは、勢いよく腕を振りつつ元気に歩く姿を再現していますので、荷物類が付くのであれば、置物にするよりは持たせてイーストウッドキャンプ場への移動中の姿に作ったほうが、それらしく仕上がるのではないか、と思います。

 

 ですが、ここで問題が発生します。劇中の各務原なでしこの荷物は全部で4つありますが、今回のプラモケイでは3つしかありません。上図のリュックの上に載る赤い袋、なでしこが「野クルレッド」と呼ぶシュラフケースのパーツが無いのです。
 これは海洋堂さんの設計ミスかもしれませんが、意図的に省いている可能性も考えられます。

 

 シュラフケースのパーツは、犬山あおいを練習用に製作した分の残りを転用しました。劇中では野クルの3人が同じシュラフケースを色違いで持参しており、犬山あおいと大垣千明のキットには同じパーツが入っているので、色を塗り替えるだけで各務原なでしこの荷物を再現出来ます。

 考えようによっては、各務原なでしこの荷物類を4つとも完全に揃えたいのならば、犬山あおいか大垣千明のキットを買ってね、ということになります。それを狙って、海洋堂さんが意図的にパーツを省いているのかもしれません。

 

 各務原なでしこの荷物類、装備状況、それらの色については、公式ガイドブック「野外活動記録」の23ページの設定図を参考にしました。この種の設定図もカプセルの説明書に入れて欲しかったですね。
 左下の各務原なでしこの荷物類装備状況の図も見ていて楽しいです。兵隊さんの装備品よりも量がありそうです。

 

 カラーを合わせてポスカの7色を準備しました。上よりうすだいだい、茶色、パステルオレンジ、黒、赤、だいだい、白です。

 

 パーツを塗りました。上図は下塗りの段階です。ポスカは基本的に二度塗って仕上げます。

 

 リュックのパーツは、上図の内側のパーツのベルト部分をちょっと変更します。このままですと置物の状態になりますが、これを各務原なでしこの背中に付けて背負った状態にするので、ベルトの突起が不要になります。

 

 ニッパーでベルト部分を全部切り落として、上図のようにフラットに改造しました。ベルトを新たに作って劇中シーン通りに各務原なでしこの両腕内側に回す事も考えましたが、細かいパーツになって作業がややこしくなります。模型経験者の中級クラス以上の工作レベルが要求されますので、初心者向けの今回の製作紹介においては省略することにしました。

 

 かくして、リュックはこのように塗って、各務原なでしこの背中に接着剤で張りつける範囲のみを塗り残しておきました。  (続く)

 

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