太田ジオリサーチの太田さんのブログで、小林一輔氏の「コンクリートの文明誌」という本が紹介されていて、重厚そうですが読み応えがあるのではないかと思って早速買ってみました。
冒頭からセメントとモルタルとコンクリートの違いの解説であるとか、コールドジョイントのできやすい、できにくい工法のイラスト解説など、わかりやすい表現方法がちりばめられています。そのような親しみやすい工夫が見られる一方で、文章はなるほど、強烈な表現も多いようです。
まだ斜め読みの段階ですが、いくつか印象にのこった箇所を引用します。
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万代橋
1964年の新潟地震では、戦後にかけられた同じコンクリート橋である昭和大橋は12径間のうち中央流深心部の5径間が無残にも落下してしまった。ところが、目と鼻の先にあった万代橋は補強する程度でたすかった。(略)実地経験の浅い新技術というものは、予期しない事態に遭遇した場合には直ちに欠陥があらわれるという教訓でsる。238頁
正しい秩序
正しい秩序からしか美は生み出せない。橋にとっての正しい秩序とは構造系がなす基本的な秩序である。一つの橋に異なる系を混合せず明確に統合する。正しい秩序は構造系のエッジが表す。線の方向や正しい秩序は一定の間隔を目指せば得られる。
経済性、完全な技術が自ずと美を生み出すとは限らない。完璧な技術は必要だが、それ以上に美をつくる意識と熱意が必要であるとも説く。芸術性が浮かびあがるのは建築物ばかりではない。242頁。
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このような文章を読んで思ったのは、構造物を造るために必要な力学・化学より「美学」が大事だということです。美学は数値化はもとより文章にもその定義が表現しづらいものですが、忘れさられようとしている日本語のひとつであるようにも感じます。
いま、専門分野のアウトリーチ、わかりやすい表現などがもてはやされていますが、ただ単に鮮やかであることだけなく、一見無骨、コワモテであっても論理構造美から滲みでてくるようなプレゼンテーションを行っていかなければならないと感じます。
それと、最後の文章に
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ともすると「技術史」に傾倒しがちな私に対して「文明誌」の軌道に引き戻す
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とありますが、市町村「シ」は「史」が多数派、「誌」は少数派のように思います。また、どちらにしても、縄文時代から現代までを時系列的に並べるだけで、退屈なものが多いのが現実です(実は、自然環境編に地形学・地質学の専門家が携わった場合は、後者が多いような気がします)。
それぞれの故郷にその土地の自然と共存し、誇りをもって生きてきた人たちの刻印があるのだから「誌」の方が正解だろうと思います(やや話がそれましたが)。
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