峠の語り屋

FLAT OUT!全開~!

中島飛行機の信頼

2008-01-03 18:43:33 | Weblog
当時、軍は第一次世界大戦における航空機の活躍、飛躍的な
技術進歩に着目していた。
中島飛行機は欧米の情報収集を行い、軍からの大量発注を受
けることで大きく発展した。

昭和5年に弟に経営を渡し、知久平は政界に入る。

やがて終戦を迎え、知久平はA級戦犯の容疑者とされる。
中島飛行機は財閥解体に指定されて6社に分割される。
そこで富士重工が生まれ、今のスバルの六連星の意味は
財閥解体を意味する?とも言われる由縁がある。

衆議院議員だった中島Yさんは知久平の孫です。
2001年に首吊り自殺してしまった悲しい出来事がありました。

中島知久平

2008-01-03 16:53:55 | Weblog
スバルを語る時、中島飛行機を省くことはできない。

知久平は明治17年群馬県尾島村に生まれる。
大正6年飛行機研究所を創立する。
その後、中島飛行機に発展する。

航空機の重要性に目を向け、「将来は飛行機が活躍する時代、
飛行機の研究製作が重要、日本の国防策は航空機に負うべきで
あり、そのためにも民間航空機事業を成功させるべき」との
持論を展開する。