今日で3日続いた天気も明日は雨とのこと。
西瓜の畑から南に延びる道路を400mほど往ったところから見る。看板を真ん中に左に駒ヶ岳、右にに僧ヶ岳 。
日曜の今日は村の環境保全運動のひとつ用排水路の掃除が各戸一名の参加で行なわれる。
用排水の掃除という事で断水されてるため、これを機会に我が家の田んぼの水口の修繕をしようと朝一番から飛び回る。
このように水を取り込む口の堰板が腐ってきて漏水するため、何年かに一度取り替える。
定刻8時になり村の公民館に集合。 各班に別れそれぞれに割り当てられた持ち場に就く。
用排水路に落ちてるものは石や泥だけではない。コーヒの缶や傘の柄など意図的に捨てたと思われるものなど様々だ。
今朝も出立式で区長さんが、「用排水路は身体に例えるなら動脈だ。例え微力であっても続けていくことで、いつかは健康な村になるでしょう」 と言っておられたが、正にその通りだ。
村の環境を誰が守る?町や県ではないでしょう。村人に心が無いとこういった運動は続かないものではと思う。
午前中目一杯働き、午後から慰労会が催された。
何が大事といって、地域にあっては人と人の交流が一番大事なことだ。
こうやって一つの区切りに皆で酒を酌み交わすのも大事なコミニュケーションだろう。
とは、言っても仕事を抱えた僕は、早々に退散、朝の続きを済ませ娘の車のタイヤ交換を手伝う。
朝の早い娘は休みの今日まで待っていたので、 これでようやく責任が果たせた(笑。
西瓜の仲間で今日畝作りを済ませたとの情報を得たが、なぁ~に慌てることはないと自分に言い聞かせる。 事実僕の畑はいまだ乾いてはいない、羨ましがってはみても畑は取り替えることは出来ないのだから。
ウチの社宅でも、年に2回社宅周りや排水路の掃除がありますが、いつの間にか「ビールとジュース」を配って、「ハイ、終了!」になってしまいました。
たった40戸しかないのに、住人の顔すらわからないです。
人と人との交流が無くなって、「隣は何をする人ぞ???」
楽母のところでも、町内の大掃除みたいなときは、エーさまと同じ、ジュース解散。みんなが寄れるような場所がないというのもありますが。
近所の田んぼ兼畑にはこういった用水路の取水口?は丸く穴が開いていて、普段はくるくる丸められたボロが詰め込まれてます。
このような作業は妻と弟の約束で弟が出る ということになっているらしいのですが 時間が許せば行事には出るようにしています。
私が小さな時には勤労奉仕と言っていろんなことをしていました。
今はジュースの缶や煙草の吸殻は捨てて行くのがあたりまえの様な感覚なのでしょうか 道や土手はゴミだらけです。
持って帰りごみ箱に入れて欲しいです。
「美しい日本」はどこへ
僕らの町によらず、富山では新しく団地が形成される場合でも必ず皆が集える集会場を設けないといけないのですが、やはりそういったことは土地の問題とかもあるのでしょうかね。
田んぼの水口はこちらでも丸いパイプにキャップを廻して蓋をするタイプなどもありますが、僕の村の場合29年ほど前の工事ですから、こうやって上から板で堰止めるタイプが多いのですよ。
今、ボランテアですか?、昔と違うのは、積極性が無く「やりたい人がやれば」的なところがあるように思いますね。
道路の吸殻はひどいですよね。この前も大きな道路の路肩に吸殻入れから空けたのか一塊で捨ててありました。カチ殴ってやりたいですよ。僕の家の田んぼにも缶やコンビニの弁当空が結構捨ててあるんですよ。
にゃにぃさん、そのハートマークは旦那様に向けてください(笑。